誰もいないオフィスはある意味天国

やらかした。

完ッ全にやらかした。


「お、終わった……!こ、これまで積み重ねてきた正当な評価が……!」

あああ、どうして、なんてことをしたんだ私!!

誰もいない廊下で思わず頭を掻きむしりたいのをどうにか堪える。後悔で頭がおかしくなりそうだった。挙動不審?知るか、そんなことより!

崩れてしまった。これまで優等生として培って来た信頼が!いや崩したのは自分だが!それにしても!こんな崩し方誰が想像した!?

いくら疲れて頭が回らなくて苛立っているところに、理不尽気味に意味の分からない問いを投げかけられたからといってあの態度はない。いち社会人としてあるまじき対応。口からうめき声が出るのを抑えられない。

「くそ……!自分の口を縫い付けたい……!やはり謝罪は必須……!そうでなければ今後の信頼関係に影を落としかねない……!」

しかし今更謝罪に戻って話を蒸し返すか?いやいやまたあのよく分からない議論をされても私も困るし、できればこれはそっとしておきたい案件。だが相手は合理性の塊である相澤先生だ。逃がしてくれるだろうか。
だめだ、想像が付かない。それは何に対しての謝罪だ、と言われたらもう萎える自信がある。

「明日、明日の様子見で決めるのが妥当か……答えを、用意しないと……」

しかし面接用の志望理由も一蹴されてしまった。しかも私本音を話していなかったか??いくら精神的にも体力的にもしんどかったとはいえ、そんなことを言うほど私は冷静じゃなかったということか。

普通にショックだ。肉体に年齢が引っ張られているのか。相澤先生がぶった切ってくれたからいいものの、あれを本気にされていたら本当に終わっていた。よかった、相澤先生がリアリストで。

しかし、ちょうどスマホに影からの連合とステインの繋がりについて連絡があったのは助かった。あれ以上焦っていたら正直、何を言っていたかわからない。考えただけで背中に寒いものが走った。
もう今日は考えるのをやめよう、こういう時に出した結論はだいたいろくなものではない。明日の私に賭ける。

スマホを預けることになったのは少々誤算だったが、まあいいだろう。
影を通した公安とのやりとりはそんな頻度の高いものではないし、山嵐さんのあの言い方では警察からの情報提供も望めないだろう。連絡を取る相手もいないし、そもそも地獄の合宿なのでスマホを見ている余裕もなさそうだ。

さっさと寝るか、と深いため息を落としながら廊下を曲がった。同時に何かにぶつかりそうになる。小さすぎて反応が遅れたせいか、思わずわ、と声をあげてしまった。ぽとり、とトレードマークの赤い帽子が廊下に落ちる。

「びっくりした、大丈夫?怪我はない?」
「……」

無視だ。随分な嫌われようである。夕方の時も思ったけれどなんだってこんなに敵意をむき出しにするんだろうか。そう疑問に思っていたら洸汰くんに下からぎろりと睨まれた。これは触らぬ神に祟りなしである。面倒な気配しかしない。

「お前はなんでーー」
「まず聞け少年。ひとつ、目上の人に対してお前と言って言わない。ふたつ、人に名前を聞くときは自分から名乗る。みっつ、良い子は寝る時間だ。明日も早いんだからはやくお休み」

そう言ってその脇を通り過ぎようとすれば、なんでだよ、という声が聞こえてきた。その声に足を止める。混乱しているうちに帰ってしまおうかと思ったが駄目だったか。
絡まれるのはなんとなく想像していたが、こうも真剣に絡まれるとは。また面倒な、と隠さず額に手を当てた。

「なんで、ヒーローなんか目指すんだよ……!気持ち悪いんだよ、お前ら……!」
「なんでって言われても……なんで言わなきゃいけないの?関係ないよね、君に」

そう返せば、え、という言葉が小さな口から漏れた。こうも面と向かって答えたくないと言われるのは初めてなんだろう。でも、聞いたことに誰しもが答えてくれるなんて思わない方がいい。ましてやその聞き方なら。

「君がヒーローに対して気持ち悪いって思うならなんで聞くの?ほっとけばいいよね?」
「だって……っ」
「残念だけど、君に教えてあげる。大多数のヒーローは人間だよ。神様じゃない。間違えることだってあるし、皆が皆、誰かのピンチに間に合うわけじゃない。間に合わないことの方が多い」

ヒーローは資格であり、職業だ。生まれつき総理大臣や教師の人間がいないように、最初からヒーローの人間なんていない。もとは、皆同じように人間として生まれた生き物だ。犬が空を飛べないように、鳥には早く走る足がない。つまり、私たちには限界があるのだ。

「だからヒーローは絶対に助けてくれるなんて考え、やめた方がいいよ。―――たとえ、オールマイトでも、人間であることに変わりないんだから」

そう言うと、こうたくんとやらはぐっ、と堪えるように唇をかみしめた。これだけ言ったらただの意地悪か。子供に分かるかは些か疑問だが、子供を苛める趣味もない。しょうがない、と小さな体の前にしゃがむ。少しだけ怯えたような目が私を見上げてきた。私はこういう目を知っている。

「ヒーローがいなくても、ちゃんと自分で立って歩け。自分の心の真ん中を自分以外にするな。―――誰かのせいにするのは、君がしんどくなるだけだよ」

そう言えば洸汰くんはきゅ、と唇を噛みしめた。言葉の本質は分からないだろう。でも、少しだけ目の奥にある感情の色が変わった気がした。存外、彼は賢いのかもしれない。
なにかしら、複雑な事情があるんだろう。それがヒーローに関するものなのだと簡単に想像が付いた。

「今はそれでいい、マンダレイたちに当たっても、私たちに当たっても。でも、誰も彼もがそれを受け入れてくれるなんて思ったらだめだよ。さあ、良い子だから歯磨きしておやすみ。幼稚園が休みだからって夜更かしはよくない」

ぽす、と大きな帽子の上から頭を撫でてやる。このくらいの子供ならきっと両親に甘えたい時期だろう。それが彼にはできない。愛情を注いでくれる両親がいることは絶対ではない。この子はそれを知ってしまった。

まあ、だからと言って私に何ができるわけでもない。この子に笑顔を取り戻してあげることも、幸せだと感じれるように愛情を注ぐことも私にはできないし、すべきじゃない。もう私も自分の大切なもので手一杯だから、ごめんねと内心で謝った。

いざとなったら、生粋のヒーローがいるよ。お節介で、向こう見ずなやつが。そんな奴に目を付けられた洸汰くんに同情しながら部屋に向かう。そろそろ皆は寝た頃だろうか。




「おはよー」
「はよ、苗字眠そうだなー」
「なんか疲れ取れなくて」

そんな話をしながらテーブルに着く。まだ起きてこない面々がいるせいか席はまばらだった。
結局部屋に帰る直前に三奈に捕まって男子部屋に拉致られたことせいで些か寝不足が否めない。昨日から睡眠時間が足りていないせいで食欲はないけど、キツイのは分かり切っているので朝食を抜くわけにもいかない。

「洸汰、今のうちにご飯食べておいてね」
「……わかった」

ゆっくり食べているとマンダレイの声が聞こえて、洸汰くんが自分の食事を用意し始めた。偉いなあ、とそのままぼーっと白米を口に運んでいたらふと隣に気配が生まれた。
まさか、と恐る恐る右を見れば赤い帽子と小さなスプーン。ちら、と見上げてくる視線は鋭いものの、昨日までとは大きく違っていた。少なくとも敵意はない。

「……はよ」
「……おはよう」

思わず挨拶を返す。周りも何事かと私と洸汰くんを見ている。

「苗字さん……?」

心配そうな声で、緑谷が声を掛けてきた。もちろん、視線の意味が分かって首を横に振る。あの、なんで轟も爆豪もそんな顔してんの。朝から元気すぎるでしょ。

懐かれた。何もしてないのに。

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