今週も休日出勤は遠慮したい

「それを聞いて、どうするんですか?」

純粋な疑問8割。嫌味じゃないかという疑いが2割。
思わず顔がひきつったのを隠せなかった。相澤先生の質問に質問で返せば案の定、ピクリと相澤先生の眉も跳ねる。

「どうもしねえ、ただ気になっただけだ。お前にとってこの数か月は何だった」
「……勉強になりましたよ。ヒーローの基礎と同期の大切さを学ぶ良い機会になりました」
「それだけか」
「他に何があると?」

相澤先生の質問の意図が分からなかった。何が聞きたい。今、わざわざこの場で何の回答を求めている。理解ができないまま話だけが進んでいく。本当に今、どうしてそんなことを聞く必要があるんだ。

「……お前にとって、ヒーローはなんだ?」
「個性を乱用して社会に害する敵を取り締まり、法律と理性を以て社会秩序を平定するお仕事……違いますか?」

こんな禅問答染みた問いかけなんて、合理性の塊のような相澤先生が。しかもよりもよってそれを今、聞いてくるんだろうか?

自分にとってのヒーローとはなにか。これまでカウンセリングも授業でも散々聞かれて来たことだ。私の中では何一つ変わっていない。
釈然としない。慎重に言葉を返していこうとしても、理性以上に感情が揺れる。落ち着け、落ち着くんだ私。アンガーマネジメントは身に着けたはずだ。

「苗字、お前だからはっきり言うぞ。ヒーローを怨んでもおかしくないお前が、どうしてヒーローになりたいと思った」
「……なるほど、生徒個人のバックグラウンドと志望動機ですか。ならば、私からもひとつお聞きしたいのですが」

相澤先生からの肯定が返って来ないまま無理矢理話を進める。大丈夫、私は冷静だ。これくらいの反論は許されるだろう。

雄英に入学した時点で私の生い立ちは全て学校側に伝えている。第三者による推薦書とカウンセリング結果も併せて送付した。こういうのは隠すとロクなことにならないからだ。ヒーローという立場なら簡単ではないにせよ、私の生い立ちには辿り着ける。

「ヒーローにとって出生と志望理由はそんなにも大事ですか?」

言いたいことは山ほどある。
入学時には先手を打って書類を投げたし、表面上設けられた面接試験もクリアしたのだ。それを承知で雄英が私に入学を許可した以上、ヒーローへの資質、適正については既に解決した問題。今更蒸し返されてとやかく言われる筋合いはない。文句を言うなら私の入学を決めた校長に言ってくれ。

「ヒーローも職業のひとつです。どの職業を目指すか。それは出生で制限されるものはないはず。それなのにどうして私だけがこうして問いただされるのですか?」

ヒーローはただの職業だ。
大多数の人間が人生のほとんどを仕事に費やす。だがそこに目的がある人間など一握りに過ぎない。百歩譲って、奉仕性の高い仕事なのは認める。であれば公務員や医師と何が違う。犯罪者であれば問題はあるが、こっちはその逆だ。現時点でこの社会に不満があるわけでも、ましてや過激な思想を持っているわけでもない。

「資質を問うのであれば、私よりも余程問題のある人間がいるのではないですか?」

父親を見返すために雄英へ入学した轟。
復讐と憎悪に駆られた飯田。
クラスメイトを蔑称で呼び続ける爆豪。
自分を顧みず、時に視野の狭くなる緑谷。

彼らが向いているかどうかは分からない。まだ思考も視野も未熟な高校生だ。これから自分の考えなんていくらでも変わる。
轟や飯田が自分に向き合ったように、爆豪や緑谷だって自分の考えを変えるような何かに出会うかもしれない。価値観はいつひっくり返されてもおかしくない。自分を形成するうえで、思想や価値観は非常に大事だ。

ただ、私たちは思想家でもなければ政治家でもない。評価の対象はいつだって壮大な理想論より実績ある結果だ。いつの時代も、実際に行動に移してきた革命家たちによって、歴史には一石が投じられてきた。良い結果も、悪い結果も。

個性黎明期に主張を続けた個性の母も、かつて個性と無個性の対立を煽った指導者も同じだ。行動したから結果が生まれ、受容と拒絶を以て評価された。そう、いつだって、行動しなければ評価はされない。信頼もされない。信頼を得るには行動で示すしかない。

だからこそ理解ができなかった。なぜ特段の問題行動を起こしていない私が、出自という理由だけでここまで危険視されなければならないのだろうか。理不尽だ。自分の実力や思考以外で評価されることほど、気にくわないことはない。
いらいらする。こういう意味のない押し問答が死ぬほど嫌いだった。

「論点をすり替えるな、お前がヒーローになりたい理由を聞いている」
「ヒーロー引退後の安泰な生活のためです」
「いい加減に……」

少し相澤先生の声が荒くなったの同時に私の心にも漣が立つ。

しつこい、しつっこい!なんなんだ!言いたいことあるなら言ってくれ!
私は時間が惜しいんだ、オブラートに包むのは結構だが、結論から述べるのはビジネスの基本だろう!いつもの相澤先生らしくない!

「では、なんと言えば満足ですか?金のため?名声のため?自己満足のため?それとも、あの時助けれくれたヒーローに憧れて、私もああなりたいと思ったから?―――そんなの、居なかったのに?」

そう言えば、相澤先生の顔が歪んだ。分かっている。こんなのはただの八つ当たりだ。でも内心で荒れる感情を抑えられなかった。

理解できないだろう。普通を噛みしめてきた人間に、ある日突然全てを奪われた人間の気持ちも、原動力も。同じ立場に立てとは言わない。こんなこと、経験しない方がいいに決まっている。しかしそれはそれ、これはこれだ。

互いの価値観に共感が得られない以上、いくら議論しても時間の無駄だな。内心でため息を吐いた瞬間、ピコン、と夜を裂くような音がしてスマホの画面にメッセージが表示される。

メッセージを読めば早く影に連絡を、という焦りは解消した。だが、一連の心のわだかまりは未だ消えない。なんなんだ、一体。本当に、イライラしてしょうがない!

「なんにせよ、私はヒーローになることを諦めません。チャンスがあるなら、私はそれを目指し続けます」

もういいだろう。これ以上言うこともない。私は自分の意志で諦めないかぎりヒーローという称号獲得と引退後の安泰な生活を目指すのだから。他人からのお節介など聞いている暇はない。
それに、私にはどうしても叶えなければならない思いがある。

「スマホはお渡しします。パスはロックしてませんので、通話履歴もどうぞご確認ください」

そう言ってすれ違い様、相澤先生にスマホを押し付けて宿舎へ向かう。待て、という声を無視して歩みを進めた。
溜飲の下がらない思いを胸に抱えながら扉を押す。背中に掛けられる声はいつの間にか消えていた。
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