明日、会社爆発してくれないだろうか

※独自解釈を含みます



「帰って来てそうそうアレだが……」
「はい……」

目の前に佇む黒い影が凄まじい怒気と共に口を開いた。これはもう何を言っても火に油注ぐだけである。私に出来ることは頭を下げ、謝罪を述べることしかないのだと、長年の経験から知っている。この怒りを鎮めるためにはこっちが悪くなくても謝意とプライドという犠牲が必要なのだ。

「お説教だ、苗字」
「はい……」

理不尽!!どう考えてもあの3人に比べたら私が一番罪が軽くないですか相澤先生!!

職場体験先から帰ってきた私を迎えたのは怒りのオーラを出し続けている相澤先生その人だった。わかりやすく怒髪天の様相を呈している。
一通りジャッジマンからお説教を受けたのだから同じ内容のものは勘弁してほしい。なにしろとことん理詰めで展開されるのである。流石にしんどかった。

そして今日もまた合理性が服を着ているような相澤先生が相手である。私が昨日どれだけ登校したくなかったかはわかるまい。

結局、ひとしきり職員室でお説教を受けた私はなんとか反省文を免れ、今日の夕方まで自習することになった。
よかった。夜からはプレゼントマイクのチームアップ要請に同行するので、大人しくしているとしよう。迷った私は図書室へ足を運んだ。
昼休み、面倒な意見交換をすることになるとは知らず。





「なんだ、ヒーロー科でも職場体験行けないやついるんだな。安心したよ」

そんな言葉が聞こえて、図書室で論文を漁っていた私は思わずその手を止めた。出会い頭、通り魔のようなコメントを投げかけられて思わず内心でため息をついた。面倒なのに絡まれた。

私だって好きでここに居るわけじゃない。本来なら自己PR真っただ中だったはずなのだ。それなのにあのステインと影だとか名乗ったジャッジマンもどきめ……!

このイライラをこいつにぶつけてやろうか、と顔だけを振り返れば視界の先にいた男子生徒は不満そうでいてどこか釈然としない表情をしてこちらを見ていた。体育祭で見た顔だ。そしてA組、主に爆豪に喧嘩を売りにきた顔でもあった。名前はなんだったか。

予想外の人物に思わず驚いたせいで苛立ちはどこかに消えていた。それよりも体育祭前といい、人を煽るような絡み方しかできないのか、君。無闇に敵を増やすだけだぞ。

「……なにいじけてんの?」
「いっ、いじけてねえよ!」
「それで?君、えーと、何の用かな、私と同じで暇そうなしんぞうくん」

煽られてキレるのは爆豪の専売特許であるが、残念ながら私には効かない。ただやられっぱなしは性に合わないので、意趣返しも忘れずに私に何か用?とそう問いかけてやった。
正しく意味を理解した彼はぴく、と口元を引き攣らせる。互いに一発ずつ。これで鞘を納めてくれないだろうか。

「C組の心操。心を操るで心操だ、苗字名前だろ。操作の個性の」
「そうだよ。A組苗字。似た者個性同士よろしく」
「……似た者じゃないだろ、全然違う」

は?同じ操作系じゃん、と思って首を傾げれば心操くんとやらは私の言葉を否定し、自嘲するように短く笑いを零した。その様子に拗らせてるなァー、と思いながら話を聞く。完全に藪蛇だった。面倒な気配しかしない。聞かなかったことにしてくれないだろうか。

「心操るんだぞ。洗脳だ。敵向きの個性だろ」
「あのねえ……じゃあ聞くけど、敵向き不向きって何を基準にして言ってんの?」

ため息と共に投げかけた問いかけに心操くんが黙り込んだ。答えは返ってこない。

洗脳。言い方に多少の悪意は見られるものの、この世界における立派な個性のうちのひとつだ。あくまでわかりやすく敵「っぽい」というだけで。
だが、私からすればこの世界の個性を持っている人間全てが敵と紙一重の存在でしかない。組成変換も、超人パワーも、爆発も。やり方ひとつで国が滅ぶと考えるのは過分ではないだろう。

個性のない社会の在り方を知っているからか、当初、こんな力を個人単位が持っているのであれば社会が秩序崩壊を起こしてもおかしくないと思っていた。が、私の想像よりも案外世界はまっとうに動いている。

それは今に至る間に、先人たちによってさまざまな段階を経て、社会通念が一新されてきたからだろう。常識、理性、善悪。
個性の出現により、すべてに革命的な思想転換が起こり、立場によって分断された思想は時代の流れと共に受容と排斥を繰り広げてきた。

その中でいち早く独立したコミュニティを形成したのが敵という存在だった。
ヒーローとも、犯罪者とも異なる存在である、敵とは何か。個性を用いて罪を犯すものの総称。その定義なら、個性を使わなければ敵ではないのか?情報屋は、密売人は、闇医者は、ブローカーは。彼らは個性を使っていようがいなかろうが、社会的には敵と認識されている。

この社会において、敵の定義はひどく曖昧だ。社会に徒なす存在として認知されているくせに、その実態がいまいちつかめない。おそらくだが、敵自身も分かっていないだろう。

誰かが敵だと指をさせば敵と認定される。それだけだ。そこに明確な線引きなどない。なんとなく感じている、個性に対する漠然とした恐怖を「敵」と呼んでいるだけに過ぎない。私がこの世界に生まれて感じていた社会と認識の齟齬はいつもそこにある。

「敵向きってなに?ヒーロー向きってなに?私からしたら無効化も創造も硬化も、全部敵向きの個性だよ。道具もなく、自分の意志と体ひとつで人を殺せる。洗脳なんかよりよっぽど簡単に」
「そ、れは……」
「君は自分の個性を敵向きっていうけど……、それって本当に君の考え?」


誰かに言われてきた言葉を、鵜呑みにしてるだけじゃないの。


そう言えば心操くんの顔が一層歪んだ。図星なんだろうな、と思う。それくらいは予想が付いた。

性別や環境で考え方が大きく変容する思春期は、人生の中でも多感な時期だ。その期間に周囲から刷り込まれた自己のイメージはいつまでも自身の根底に深く居座る。彼も周りからとやかく言われてきた性質だろう。個性という分かりやすいユニークなパラメーターがあれば猶更だ。

だけど、私からは馬鹿げているとしか言いようがなかった。心操くん、と呼びかければ苛立ちを隠そうともしない表情で私を睨みつけた。彼に何かひとつ言えるとしたらこれしかない。

「物事を一方向からしか見れないと馬鹿と同じ目線になるなんてそれこそ馬鹿げてるよ。敵っぽいというイメージは、あくまでそいつの固定概念に過ぎない」
「ば、ばかって……」
「馬鹿でしょ、実際。そういう風にしか見れないんだから。そういう考え方するんだ可哀想に、視野が狭いんだなあくらいに思っておけばいいよ」
「……ひどいな」

何を言う。社会人になったらこの考え方がどれだけ大事か分かるぞ。そう言いたくなったのをぐっとこらえる。
徐々にその数を減らしていっているものの、自分の中の固定概念でしか話が出来ない人間は未だ多い。女はコピー取り、お茶入れ、電話対応。うるせえ手の空いてるお前がやれ。

一刻も早くこの手の人種が絶滅してくれればいいが、そんなことは大抵無理だろう。大体こういうことを言ってくるのは、先輩だったり上司だったり立場が上の人間である確率が高い。

そして、真面目な人間ほどこういう悪意に満ちた言葉との相性が悪い。
真面目は美徳であるが、時には己すら傷つけない諸刃の剣だ。だからこそ、そう思うくらいでいいのだ。
高校生という年齢では難しいかもしれないが、この先どこに行ってもこういう人間はいるんだ。早めに割り切っておくに越したことはない。こちとら経験者だ、この手の話なんていくらでも語るぞ。

呆れたような視線を向けてくる心操くんへ、それに、と言葉を重ねる。

「持ってるものをどう使うかなんて今更そんなこと、ここまで来た君が悩むことじゃないだろ」

ヒーローになる道はここだけじゃない。士傑だって傑物だってある。それ以外にも方法はいくらでもある。試験だって自分力が発揮できて、合格できた学校に行けばいい。
それでも、君は雄英を選んだんだろう。僅かな可能性に掛けるほどの想いがあったのなら、今更彼に敵向きだのなんだのそんな話は馬鹿げている。

「自分で選んで、ここまで来た人間なら、大丈夫でしょ」

そう言えば心操くんからはっと息を呑む音がした。

「そりゃ、そうだけど……!」
「じゃあ聞くけど……はさみの使い方を覚えた幼子は必ず人を切りつけるの?」
「――っ、なわけ」
「だろうね。個性だって一緒だ。どんなことだって使い方ひとつで最悪も最高も生み出せる」

何度でも言う。使い方次第だ。そして使い方とは、常識であり、倫理であり、理性だ。そして、人間は理性の生き物だ。私は知っている。

「個性を使う上で、理性を利かせられないというなら―――それはもはや獣だよ」

びくり、と心操くんが肩を震わせた気がした。

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