で?結局何が決まったんだっけ?

電話越しにお母さんの心配そうな声が聞こえた。
出久、と僕の名前を呼んでくるお母さんの声は悲痛で、それだけに申し訳なさが立つ。安心して欲しくて、今起きていることとこれからのことを話せば、息を呑むような声が耳に入ってきた。……余計な心配を与えてしまったかもしれない。

「うん、ほんと心配かけてごめん。大丈夫、じゃあまたそっちに帰ったときに話すね」

よかった切り上げろって言われなくて、と肩から力を抜けば途端に病院の喧騒に包まれる。後はオールマイトと相澤先生かあ、と思いながら病室へ戻る廊下を歩き始めた。

僕たちの病室は人気のないエリアに設けられていた。売店も遠いし、少し不便だとは思ったけどその理由を苗字さんに教えて貰えば納得できた。僕らがいかに丁重に扱われているかということを。
ここには保須で負傷したヒーローたちも入院していることもあって、必然的にメディアからの注目度も高い。あえて入口から遠くされた病室の位置は、マスコミから接触されないように大人たちが配慮してくれた結果だろうね。そう教えてくれた苗字さんになるほど、と思わず頷いた。

いつもながら苗字さんの洞察力には感心させられる。

個性のコントロールはクラス、いやもしかしたら学年随一。それに加えて頭の回転の速さと思考を加速させる洞察力。僕たち、あるいはかっちゃんや轟くんよりも頭ひとつ抜きんでた存在が苗字さんだった。

でも彼女がその実力をひけらかすことはないし、苗字さん自身は強く主張するというよりはおかしな方向に行かないようにやんわりと軌道修正するような、そんな人だ。
さっきの病室だってそう。逸る僕や轟くんを抑えて、苗字さんだけが面構署長の真意に気付いていた。そうして、取り返しが付かないことになる前に真意を伝える。後から思えば簡単に見えるけど、感情が乗ってしまうせいでとてもじゃないけどあんなに冷静には見れない。

すごいよなあ。人生何周したらああなるんだろうな。

実は中身は薬で小さくされた大人だったりして。なんて、そんなコミックみたいなことあるわけないよね。ははと笑いを零す。
1人でそう思いながら廊下を歩いていると、どこからかぼそぼそと声が聞こえてきた。なんだろう、と耳を澄ませば目の前の扉からさっきまで聞いていた声が2つ。思わず足を止めて息を殺した。

「―――それでは、君は本当にあそこに居合わせたのは偶然だった。そういうことで間違いないかワン」
「間違いありません。私の体験先にご確認いただければ証言はいただけるかと」

苗字さんと面構署長だ。なんの話をしているんだろうか。もう事情聴取は終わったと思っていたんだけど。
轟くんと違って、苗字さんは僕のメールを見て駆け付けたってわけじゃなさそうだったし、一体何かあるんだろうか。

「そうか……それにしても、君が行った事務所はまた随分と変わった事務所だワン。鉄の掟と言われるほどの法律家でありながらヒーローでもある。……やはりあの事件が影響しているのかい?」

あの事件? 一体なんの話だろうか。
ドクドク、と心臓が音を立て始めた。聞いていいのか、聞いちゃいけないのかは分からない。でも、気にはなる。苗字さんはクラスメイトだ。なにか困っているなら助けたい。

「していないといえば、嘘になりますが……。私事でヒーローになろうなんて思ってませんよ」
「君はヒーロー殺しに言ったそうじゃないか。お前「も」粛清の対象だと」

そうだ。
苗字さんは確かに言っていた。悔しそうに、顔を歪めながら。どうしてそんな顔をするのか不思議だった。圧倒的な情報量に押しつぶされていた違和感がひたりと足音を立てて近寄って来るような、そんな気分。

面構署長の言葉に何かあるのかもしれない、と思ったけれどその真意はやっぱり分からない。何が言いたいんだ、と思ったと同時に聞こえてきたその言葉に、僕は静かに息を呑んだ。

「君は今でも、ヒーローを恨んでいるかい?」

苗字さんからの答えは聞こえてこない。




「ああ、苗字か。丁度いい、雄英から連絡が来てね」

病室に戻ればジャッジマンがちょうど胸ポケットにスマホを仕舞ったところだった。
内容は私の職場体験を切り上げさせるというものだった。先日の体育祭での襲撃と、今回の保須の件。いずれも敵連合が絡んでいる以上、私の扱いについては慎重にすべきという結論に至ったらしい。

雄英としては警察関係者や公安委員会から無為につつかれる前に学校に戻しておきたいところだろう。あの校長らしい手腕だな、としみじみ感じた。ぞっ、と背筋に寒いものが走る。

ここで反抗してもメリットはないので大人しく帰るとしよう。それなりに事務所へもアピール出来たし、費用対効果はそれなりだろう。
怪我に関しても他の3人より重症だったことで治療の優先順位も上ったので、ほぼ完治の状態だ。1,2日もすれば万全の状態に戻るだろう。だから。

「雄英まで送ろう」
「お断り致します」

ここでこの手を取るわけにはいかない。
間髪入れずにそう言えば、少しだけ予想外だという表情をしたジャッジマンが私を見ていた。

「来たとき同様、自分の力で帰れますので。ご心配なく」
「そうは言っても君は今」
「ステインと敵連合に目をつけられている厄介な子供、でしょうね」

今の私の印象はこれだ。厄介、という言葉以上に的確に私を表す表現はないだろう。それは重々承知だ。雄英と公安が私を警戒するように、同様に私も周りを警戒をしている。最悪、自分の身は自分で守らなければならない。

そんな中、雄英まで送る、という真意はとてもではないが表面通りに受け取れなかった。特に、この人のものは。

「はっきり申し上げますが……私はあなたを信用していない。なぜなら、あなたは2度ミスを犯しているからだ。法律を武器に戦う弁護士として、致命的な」

はじめはただの違和感だった。何かが違うけれど言い表せない、そんな実体のない直感。それが確信に変わったのは、同じミスが2度続いたせいだ。この人に限って絶対にありえない。

ただの偶然にしろ何かを試されているにしろ、敵か味方かわからない以上警戒はすべきだと結論を出してここまで過ごしてきた。何もないことを祈ったが、ステインと敵連合というイレギュラーに焦ったのか、らしくない失言だった。だが、今の私が不信感を抱くには十分過ぎた。

だから私は彼の手をとれない。
今の状態であれば恐らく車での移動を選択してくるはずだ。公共交通機関を利用しない以上、主導権は相手に委ねることになるし、密室はなるべく避けたい。最悪の場合、拉致される可能性だってある。

そもそも私には職場体験を切り上げたことが事実なのかも確認していない。例え間違っていなかったとしても、与えられた情報を鵜呑みに出来るほどの信用が今のジャッジマンになかった。なぜなら。

「敵被害者救済措置はヒーロー法8条。6条は敵被害者救助措置。似ているけれど全く異なるものだ。法律がヒーロースーツとまで言われるあなたが、間違えるわけないですよね。……―――で、誰ですか?」

ジャッジマンの眼鏡の奥の雰囲気が変わった。す、と細められた目と返って来ない答えが私の想像が杞憂ではないことを証明してくる。

「ジャッジマンではないでしょう?裁判官よりも厳粛な法の番人、鉄の掟とまで言われ恐れられている人間が犯すようなミスじゃない。外見のコピー、あるいは何かを媒介に増殖、相手を遠隔操作する個性か。いずれにせよ本人ではないことは確か」

静かに、後ろ手で病室の扉の取っ手を掴む。穏便に済めばいいが、そうでなければ一般人を巻き込むことになる。それだけは避けたい。
というか、やっとステインから逃げられたというのにこれである。肉体的にも精神的にもギリギリの綱渡りなんかもう沢山だ!いい加減普通に職場体験させてくれ!こんなん新人に体験させるにはハードすぎるだろ!

「ここにはまだ警察もヒーローもいる。―――どうします?」

選択肢を2つ提示してやる。撤退か敢行か。
爆発の1つや2つ起こせばすぐにヒーローは駆けつけるはずだ。一方で、このまま黙って立ち去れば私は何もしない。相手が賢い敵なら迷わず後者を選ぶはずだ。逃がすのは癪だが安全には変えられない。

向こうには私を殺す意思はないということがこの交渉テーブルで強気に出れる要因だった。これだけ一緒にいたのだ。殺すのならとっくに殺しているはず。つまり最低でも命は保障されている。万が一、こいつが突っ込んでくるような大馬鹿者だった場合は、私もただでは済まないだろう。

私の命に価値があるというのなら、テーブルにベットするのは私の命になるのは必然だった。

いやだ!くそ、なんでこんな地下帝国にいるみたいになっているんだ!私がいるのは秩序の保たれた現代社会だぞ!闇のゲームなんか始めるんじゃない!頼む、お願いだからフォールドをコールしろ!

そう思っていると目の前の男がくつくつと喉を鳴らすように、笑い始めた。顔を片手で覆っているものの、手の隙間から歪んだ口元が見えた。あまりの歪さに内心で嫌悪感しか湧かない。サイコパスにもほどがあるだろう。

敵連合の一員とアタリを付けていたが、ただのサイコパスな一般敵のような気がしてきた。昏倒させたらいいかな、と急に雑になった思考回路は、目の前のジャッジマンの顔が融けたことによって引き戻された。

「失礼。いやなに、嬉しい誤算じゃねえの」

眼鏡を外し、胸ポケットへ仕舞いこむ。どろり、という音がした。

「俺はさ、大分君を見くびってたわ」


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