"話"の分かる大人は大好物です

「事態が事態だったとはいえ戦闘を許可した私に責任がある。そもそも、職場体験中の学生に対して全責任を持つのが我々受け入れ先のヒーローの責務だ。つまり君に責任はない。過失を問うつもりもない。相違はないね?よろしい。では君の今回の対応について―――」

長い。ひじょ―――うに長い。
流石、言葉が最大の武器となる弁護士である。表情だけは真剣にしながら、ありがたいお説教を聞き流す。ある程度年を重ねればこういったこともできるようになるのだ。分かっている。大人は汚い。まあそれでも明らかに寝ている上司に比べればマシである。

事件から一夜明けた朝。検査の終わりと同時にジャッジマンが病室を訪れた。
結局、私が意識を失っている間に、ステインは緑谷たちによって倒されたらしい。ジャッジマンからそれを聞いた瞬間、私の背中には安堵と同時に恐怖が駆け上がった。

まさか、あんな手練れを倒したというのか、それもまだ子供の域を出ない高校生が。―――降りかかる悪意から自衛の術を持たない子供が。

もちろん悪人の逮捕は最善ではある。誰も死なず、事件に幕が降りたのなら、喜ぶべきだ。特にステインが相手ならなおさら。
だが、あの動画だけは。先ほど事の顛末と共に見せられた事件の一部始終。吠えるステインの気迫、命を賭した叫び。日常風景の中で繰り広げられる、非日常的なやり取り。
多くの人間が、ある意味ヒーローでさえその気迫に惹きつけられた。良くも、悪くも。

現に、その場にいたヒーローが誰一人として動けなかったことがすべてを物語っている。あのエンデヴァーでさえ動けなかったのだ。魂を掛けた叫びに、一瞬、怯んでしまった。結果的にそれは最悪のクライムプロパガンダとなって日本を駆け巡っている。そしてそれは表の世界だけでなく、裏の世界でも。

情報の鮮度と正確さ。その価値をどこよりも知っているもの達が住む世界だ。きっとすでに広まっている。ステイン逮捕劇の裏には、雄英生徒が絡んでいるということが認知された。余計な悪意を惹きつける可能性が高い。それに加えて私自身も。

そっと分からないように刺青を押さえる。あの時の興奮したステインの様子。連合といい、私の存在は思っている以上に向こう側にとって価値があるらしい。望まない付加価値だ。本当に嫌になる。

まあ、動画ではこの刺青について何か言っている様子はなかったので一安心であるが。
そもそもだ。ステインが私のこと知らなかったことを考えると、私の存在自体はごく一部にしか広まっていない可能性が高い。

大丈夫だ、まだ焦らなくていい。
そう自分に言い聞かせて息を整える。そう、バレなければ正義だ。会議資料の数値ミスも、ページ記載のミスも、全部指摘されなければ現実にないことと変わらない!
大丈夫、信じろ。というかもうなるようにしかならない!あとはアドリブで行きましょう、という後輩の笑顔が浮かんだ。いい加減学べ、お前いつもアドリブで失敗するだろ……!

前世と同じような頭痛を感じていれば、別の思考にふける私に気付いたのか、オホンとわざとらしい咳が聞こえた。しまったと思ってももう遅い。聞いていないことがバレた。胡乱な表情を浮かべたジャッジマンがため息を一つ零して私にひとつ釘を刺した。

「まあ、わかってると思うけど。このことは雄英にも既に報告済みだからね」
「承知しました……」

想定の範囲内だが、なんというかいやだなあ、としか思えない。静かに怒る相澤先生の表情が脳裏に浮かんだ。公安が動いているから目立ちたくなかったのにこれである。しかし私は悪くない。あの時はあの方法しかなかったのだ。
どうやって言い訳しようかな、と思っているとぽす、と頭の上に手が乗った。

「まあ何はともあれ、冷静な判断と規則に乗っ取った行動は素直に評価に値する。素晴らしい判断だった。……とはいえ、君の場合はまだヒーローでもない一般人だ。ヒーロー法第8条に基づいて、君には被害者救済保障が適用される。 未成年だし、報道の規制もされている。大丈夫だろうけど、不用意に他人に話したりしないように」
「……承知、しました」

その言葉と手の感覚に思わず目を見開いて思わず固まった。
こうして、ジャッジマンが今できる最大限の誉め言葉で、私の反省会は終わりを告げた。





「苗字さん!もう平気なの?」
「お陰様でね」

それから30分後、ジャッジマンからひとしきりお説教を頂いた私は、緑谷たちの病室で同じような話を聞いていた。
ちなみにお腹の傷については既に完治に近い。他の3人よりも傷が深いことから治療の優先順位が上がったらしい。医者にはもう現場復帰が出来るとまで言われてしまった。正直に言えばもう少しゆっくりしたかった。

そして今、ヒーロー2人と面構署長が私たち4人の前に並んでいた。エンデヴァーがいなかったことに安心したのは内心で留めておく。
なんでここに警察が、と不思議そうな表情を見せる3人と違って私はなんとなく察した。いわゆるお説教を兼ねた事情聴取と、少しシビアな現実の話だろう。

この3人にはちょうどいい薬だな、と思って聞いていると話を聞いていた轟が噛みついた。そうだよね、君ちょっと熱くなると周り見えなくなる癖あるもんね。しかし、あまり褒められたことじゃない。
このまま反抗するようなら雄英の看板に傷が付きかねない。私としても学校に悪い印象を与えるのは避けたかったこともあって、轟を抑えることにした。

「過ぎた力はそれだけで畏怖の対象……13号先生も言ってたけど使い道を誤れば、たやすく人を殺せる。だからこそ、私たちはルールを守らなきゃいけない。感情とは別にしてね。切り離さなきゃだめだよ、轟くん。規則は規則だ」
「っ、でも!苗字はいいのかよ……!」
「いいも悪いもそれが秩序だよ。私たちは、ヒーローの仕事に就くんだから、ヒーローのルールに則るべきだ。私たちのこれまでの価値観やルールで判断すべきじゃない」

犯罪者を取り締まるべき私たちがルールを犯してはならない。公共の場での個性使用が禁止されている世の中で、ヒーローという人間は個性の使用が公に認められている特権を持つのだ。他の人間よりも厳しい目で見られることは当然であるし、その責任も義務も果たさなければならない。

今回に限って言えば、私以外の3人は正当防衛ではあるものの、結果としては無許可での個性使用という事実があり、積極的に戦闘に参加したと判断されてもおかしくない。
私は事前に危機回避のための戦闘許可は貰っているが、3人は無許可での独断専行による戦闘だ。少なくとも犯人を無事に捕まえられたので大団円、とはならないことは火を見るよりも明らかだ。公になる以上なんらかの責任を負わなけばならない。それが、この国の、法律だからだ。

だが、それはあくまで公表すればである。

「それに……わざわざ非公式にお越し下さっているんだ。話は最後まで聞こうよ」

そう言って面構署長を見れば、すぐ横で見守っていた飯田と緑谷の受け入れ先であるマニュアルとグラントリノが苦笑いしていた。対照的に轟や緑谷は眉間に皺を寄せて理解できない、という表情をしている。

「教員も苦労するな、さすが雄英だ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ、面構署長。それで?わざわざ警察署のトップが、この忙しい中単身でお越し下さるのは、いったいどんな理由でしょう?」

にやり、と笑って見上げれば面構署長はフム、と語り始めた。いたって大人の話だ。流石、雄英の看板は伊達ではない。これまで名だたる優秀なヒーローを輩出してきた雄英だからこその将来性の高さ。素晴らしい……!やっぱり名門や一流企業のネームバリューにはそれだけの価値がある!

今の私たちの立ち位置は、世間一般から見れば正義感にあふれる勇敢なヒーローの卵。しかし視点を変えれば話は大きく変わって来る。同業者から見ればただのヒーローに幻想を抱きすぎた、手綱の握れない学生である。

ハッキリ言って評価実力不足よりも性質が悪い。
ただでさえ人気商売の気があるのだ。トラブルを抱えかねない意識の低いヒーローなど事務所のお荷物以外の何物でもない。私だってそんな人間を部下に持ちたくない。言うことを効かない新人ほど厄介なものはない。それこそ人事部に文句を言いたくなるくらいには。

私はそれを嫌というほど知っているので、個人的には経歴に傷がついてイロモノ扱いされるよりも、平穏にキャリアを積み重ねたいところ!

なので個人的には署長の意見に大賛成だ。しかもそれを分かりやすく提案してくれるのだから、この人は「所謂話の分かる大人」である。大好きです、そういう人種。お顔は犬だけど。

署長自ら持ち込んだ特別措置に思わず顔が緩みそうになるのをどうにか抑える。意味を理解したらしい3人が黙る中、轟が拗ねたように視線を外した。ちゃんと犬発言謝りなよ、と思うが署長も若気の至りだと分かっていることだろう。変に蒸し返さない方がいいか、と小さくため息を零す。偉い人を怒らせるとろくなことにならんぞ、轟少年。

「最初から言ってくださいよ」
「いや轟くん聞く耳もたなかったじゃん」
「苗字さんハッキリ言うね!?」

話はまとまったらしい。緑谷のツッコミを軽くいなしていると、面構署長が私を見た。正直犬の顔をしているから表情の変化が分かりづらくてしょうがない。まだ尻尾が見えていればいいんだが。じっと見てくる署長の視線に思わず口元が引き攣った、いったい何だと言うんだ。

「ああ、そう。苗字君。少しいいかね?」

こちらへ、と別室に誘導される。大部分が回復したとはいえ、腹を切られた人間をわざわざ別室に移動させるほどの重要かつ秘匿性の高い話。なんとなく話の展開が読めてしまって辟易とした。


「単刀直入に聞こう。あの時、君はどうしてあそこにいた?」


大方、あの家のことについてだろう。いつまでたっても忌々しい、と内心で舌打ちをした。
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