社内人間関係には互いの距離感が大事

カアカアとカラスの鳴く声が遠くに聞こえた。

ズキズキと痛む頭はそんな些細な音にすら過敏に反応してしまうらしく、痛みが酷くなった。頭痛が痛い。滅茶苦茶痛い。二日酔いの朝の頭痛よりも酷い。つまり死にそうだ。

予定より大幅に遅れて到着した合宿所には既に先生たちが待っていてようやくか、とでも言いたげな目をしていた。普段なら殺す気か!と噛みつく峰田や上鳴も今回ばかりはそんな気力もないのか、沈黙を守っている。上鳴は……ウェーイだからか。
いつもなら笑う耳郎も流石に疲れたらしく、この状態の上鳴を見てもいつもより笑い方が控えめで、全員が漏れなく疲労困憊だった。

実際に嫌味を飛ばしてきたヒーローに反論する元気もなく、甘んじて指摘を受ける。ねこねこねこ!と笑う声に普段であれば、なんつー笑い声だ、と突っ込むが、今はそんな元気もない。今にも崩れ落ちそうなお茶子を支えるので私も精いっぱいである。

敗因は明白。序盤飛ばし過ぎた以外に見当たらない。一応体力は温存するようにと伝えたものの、初っ端から攻撃特化型の先頭グループが私の想像以上にハイペースで飛ばした。中途半端にピンチ慣れしてしまった彼らのテンションを抑えることができなかったのがひとつ。

加えて私の見立ての甘さである。これに関しては弁明の余地もない。

かなりの質量がある土砂を生物の形に成形し、複数体の個体が別々の動きをするよう同時に操作。さらに、倒された瞬間に次の魔獣を生成。
相当の負担が掛かるから後半は量より質の勝負になってくる。
多少バテていても1個体に掛けられる人員も増えるし大丈夫だろうと予測したが、見事に裏切られた。攻撃が一切緩まなかったのである。完全に予想外だ。

そしてこの余裕である。あれくらいじゃなんともないってか。最早嫌味だな、としみじみ思った。
まあこんなもんだろう、という顔で生徒を眺める相澤先生には申し訳ないが現状、殺意しか湧いてこない。徹夜して修正した資料をまあいいんじゃない?の一言で済まされた気分である。

「特にその4人躊躇のなさは経験値によるものかしら?」

唾つけとこ!と途端に勢いを増した彼女に、一同が騒ぎ立てた。いや、あの、おすすめしないですよ、そいつら。30手前の女の焦りはよく分かるが、学生に手を出さなくても、となんだか胸がざわついた。気持ちは、とてもよく分かる。やめよう。

相澤先生だれか紹介してあげてくださいよ、とちらりと相澤先生を見れば首を振られた。俺に話を振るなとでも言いそうな顔だ。教え子が手を出されるのはいいのか、と思ったが、相澤先生の眼力によって華麗に黙殺された。はい、余計なことは言いません。

「ーーあと、そう、貴女もなかなか冷静な判断力。素晴らしかったわ!男の子ならアナタ一択!………………惜しいな」
「きょ、恐縮です……」

やけに真剣味のある声でそう言われて思わず固まった。今の声どこから出したんですか。
恐縮、と返したものの返答が正しかったかわからない。なんでもいいからひとまず休ませてくれ……!と祈る。触れて欲しくない議題の質疑応答の時間と同じ気持ちだ。一刻も早く終わらせたい。

しれっと気配を殺していると、緑谷が施設の近くにいた子供を指さした。さっきといい、緑谷はほんと地雷踏み抜くよね……。時々心配になるわ……。職場体験といい、どうにも素直すぎる節があって危なっかしい。
失言は一瞬で自分の立場を危うくするから気を付けた方がいいぞ、と思っていたら緑谷が子供に制裁をくらっていた。今のは失言じゃないけど、なんだ、怖すぎないかあの子供、と冷や汗が出る。

「マセガキ……」
「お前に似てねえか?」
「アア!?似てねえよつーかてめえしゃべってんじゃねえぞ舐めプ野郎!」
「悪い」

いや似てるよ、多分どっちもどっかしら。というか、爆豪は理不尽にもほどがある。

内心で元気だな、こいつら、と思っていれば小さな足音が近くで止まった。え、と視線を下げれば先ほど緑谷を戦闘不能に追いやった赤い帽子が見えた。案の定、私のことを睨みつけてくる。マジか。ええ……子供苦手なんだけどな……。
緑谷の丁寧な対応はNGだというならもう選択肢は無視か、同世代への対応と同じになる。でもそれは子供にまずくないか、と思っていたら小さな口が動いた。

「お前!」

年上をお前呼ばわりである。親御さんは苦労しそうだな、と思った。加えてこの目力である。幼稚園くらいだろうに、なんでこんな目をするんだ。
普通あれくらいの年齢の子供なんてもう少しきらきらしているはずなのに、これではまるで爆豪2号だ。面倒くさい予感しかしない。何言われるんだろうか、と思ったらその子は私をひと睨みして何も言わず宿舎へ向かって行った。

「もっと絡まれると思ったんだけどな……」
「苗字、子供をヤンキーみたいに言うなよ」
「あながち間違いじゃないだろ緑谷を見ろって……」
「アイツ、良いパンチ持ってるな!」
「ぞっとするがな……」

ぽつりとそう零せば、瀬呂に突っ込まれる。さらに耳敏く上鳴や切島、障子までが会話に乗ってきて緑谷の息子の簡単な追悼式が行われた。まだ生きてるよ、という緑谷の叫び声を耳に入れながら去って行く小さな背中を見送る。

なんだろうか、今の。

首を傾げても答えなど出るわけなく、同じように見守っていた瀬呂や常闇に何かしたんじゃないか、という目で見られた。失礼だな、何もしていない、と弁明をする一方であの少年の目がちらつく。

緑谷の時には見て取れた嫌悪感。それが一瞬だけ違うものになった気がした。
泣きそうに歪んだ顔。迷子が親を探すような、不安そうな表情はおそらく私しか見ていなかっただろう。

子供は苦手だ。こちらの都合などお構いなしに泣くところも、我慢を知らないところも。
あの表情の理由は気になるけど、こちらから不用意につつく必要もない。マンダレイの言い方からもデリケートな事情が垣間見える。そもそも他人の柔らかいところにずけずけと入っていくべきではない。他人には適度な距離感が大事だ。

「洸汰くんって、どうしてここにいるんだろう……」

君に言ってるんだよ、緑谷。
そんな私のツッコミがさえることなく、荷物を部屋に入れるため宿舎に向かった。上手くいかなかったな、苗字、と相澤先生に揶揄われて思わず舌打ちをしたくなった。

くそ、お見通しですか畜生!!

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