1%にも満たない情熱でなんとか生きている

依然、傷口がじくじくと痛む。大分血を流しているせいかフラフラしてくるのが自分でも分かった。
近接戦による制圧は絶望的だな、と緑谷への加勢を諦めてサポートに徹することにする。せめて足手まといは避けたい、と視線を緑谷とステインが攻防を繰り広げている先へ戻す。飯田が小さく唸る声が聞こえた。

もしも。
飯田がこのまま立ち上げれないなら。悪いが彼はここまでだ。
ヒーローという職がある程度の奉仕精神と公私の峻別を問う以上、納得いかないのならこの道は諦めた方がいい。

あらゆる仕事には向き不向きがある。情熱だけでやれるほど甘くはないのが社会であり、仕事だ。人間の脳内麻薬はそう強くない。いつかガタが来る。心を壊してしまうくらいなら、諦めた方が幸せだ。それもまたひとつの決断である。
後は飯田次第、と炎と氷を交互に出す轟の奥を見つめた。

私の個性は幸い機動が削がれても視界さえ確保できればどうにかなる。貧血で回らない頭を無理矢理動かしながら、来るかわからないタイミングに備えて布石を埋め込んでいく。間に合えよ、と思っていた矢先、緑谷が切られて動きを封じられた。

まずい、思ったよりも展開が早い……!イチかバチか、タイミングに掛けるしかない、と腹を括る。動けない分私にとってもかなりリスクの高い攻撃だけど、やるしかない。

「轟くん!左の温度調節、出来る!?」
「できねえ!」
「了解!合図であいつに向けて炎熱を!そのあとすぐに厚めに氷の幕張って伏せて!」
「はあ!?……っくそ、知らねえぞ、どうなっても……!」

そう言い放ちながらも轟は炎と氷を交互に放ってステインとの攻防を繰り広げる。あっさりと交わされる攻撃に轟が舌打ちをした。決定的に距離を詰められてはいないものの、場数と手数に天と地ほどの差がある。今に懐に入られるのも時間の問題だ。準備はまだ終わらない。

ふと、氷の砕ける音に交じって、飯田の言葉が聞こえてきた。祈るような腹の底からの嘆願。

「止めてほしけりゃ立て!」

飯田の心を裂くような声が路地裏に響く。はっ、と息を呑む声が聞こえてきた。これだから高校生は、と思わず笑いがこみ上げた。

若くて、我武者羅で、なにより青くて。精神も肉体もまだまだ未熟。分別はつかないし、拙い万能感に酔いしれている。でも、きっと多くの人が通ってきた道で、そして後悔を残してきたかけがえのない時期。

だからこそ。手に入らなかった分だけ、その真っ直ぐさを、どうしようもなく守ってやりたくなるのだ。

「なりてえもん、ちゃんと見ろ!」

すぱん、と分厚い氷が切られた。完全には間に合わなかった、でも、いける。規模は小さくても至近距離ならダメージは甚大なはず……!
問題は私が耐えられるかどうかだ。途中で力尽きれば最悪の展開。コンディションは最悪だけど、個性の連発は必須。堪えろ、私!ここから先足手まとい苗字名前になることを許せ!その分、役目は果たす!

「―――全員伏せて!!」

個性の発動と共に、膨大な熱と爆煙があたりを包んだ。






「けほ、……、ごほっ、あー……やりすぎたかな」

煙で充満した路地裏は視界が悪い。肺に良くない空気が入って来るのが分かる。パタパタと顔の前で手を仰ぐと、少しだけ息がしやすくなった。この路地裏は意外とビル風の通り道になっているらしく、思ったより早く煙が晴れていく。

もー無理、ホント無理。これ以上は時間外勤務手当貰わないとやってられない。がく、と一気に力が抜けた。
はあ、と大きく息を吐けば煙たそうにする轟が大丈夫か、と声を掛けてきた。よかった。とっさにかなり分厚い氷の壁を張ったらしい。流石の判断である。

「オイ、苗字、無事か!? 今の一体……」
「あー、轟くん、無事でよかった、飯田くんも平気?」
「どっちも大事ねえ。今の、」
「流石、気付いた?いわゆるバックドラフトってやつ。簡易的だけど。強制的に一酸化炭素濃度を急上昇させて爆発を……、まあ小難しい話はいっか。兎に角うまくいってよかった」

ひとまずステインは沈黙してくれたらしい。一か八かで巡らせた策が上手いこと嵌ってくれた。
張った策を実行に移すにはものすごい演算とアフターフォローまで考えないといけない分、負担はデカいが。即席で考えたにしてはまあまあだろう。

バックドラフト。映画にもなったあの現象である。
火災時、一酸化炭素で充満した密室を不用意に開放したときにおきやすい火災現象のひとつ。火災による高温下で発生した一酸化炭素が室内に充満した状態で、扉を開けることによって流れ込んできた酸素と急激に結びつくと、爆発的な燃焼を発生させる。

私の個性と轟の炎熱を利用して、強制的に一酸化炭素濃度を上昇させたスポットを作りだす。あとはそのスポットにステインが飛び込んできたタイミングで個性を解除すれば、後は推して知るべし、である。

「轟くん!飯田くん!苗字さん!無事!?」
「こっちは大丈夫だ!そっちは!?」
「僕は大丈夫!」

轟と緑谷のやりとりを聞きながら爆心地と化した場所を見る。個性の都合上、どうしても轟よりも後ろにいるわけにいかなかったせいで、私も爆風による熱の被害を受けている。やや喉に違和感があるのは少し火傷をしたからだろう。正直息をするのもだるい。

爆心地でモロに爆発を食らったステインは無事だろうか。さすがに殺すわけにはいかないので途中酸素濃度は調整したが、やりすぎただろうか。ちら、と未だ煙の晴れない奥を見ると緑谷の声が聞こえた。緑谷はしっかり距離を取ったのだろう。よかった、と息をつく。体から力が抜けた。

「大丈夫か、苗字」
「大丈夫、とは言えないけど。まあ、ステインも大人しくなったし、この爆発音でヒーローもすぐに来てくれるでしょ。飯田くんは大丈夫そう?」
「ちょっと見てくる」

そう言って、飯田の方に体を向けた轟の背中を見る。完全に終わったと。脅威は去ったのだと。そう思っていた。


「いい、作戦だった」


その声を聞いて、ぞ、と体中から嫌な汗が噴き出る。冗談だろう……!あの爆発を受けてなお……!

轟も弾かれたように臨戦態勢を取ったが、遅かった。ゆらり、と動いた煙の奥から手が伸びて、思い切り首を掴まれて無理矢理立たされた。その圧迫感で息が出来なくなって、思わず生理的な涙が浮かぶ。

手加減したがあの爆発だぞ……!一体コイツの体はどうなってやがる……!

「お前は象徴だ。このヒーロー社会の歪みが生んだ、最高の贄だ……!」

ぎり、と首を掴まれてそのまま持ち上げられる。喉が圧迫されて少ししか空気が入ってこない。ヒュー、とか細い息しか漏れない。くそ、贄だのなんだのの前に今ここでお前に殺される!!ギロ、と睨みつければギラギラとした瞳と笑みを浮かべたステインと視線が交錯する。

「お前は、流れる血の、礎になれ……!」
「はな、せ……!」

死柄木といいこいつといい、どいつもこいつもスカウトが下手クソ過ぎて嫌になる……!まずは相手にメリットと雇用条件を提示してからだろうが……!引き抜きなら最低限今以上の給料とポジションが必須条件!

しかもよく分からない宗教染みた団体の教祖擬きだと!?そんなもの私の経歴になんの足しになる!履歴書に書けないことをさせるな!死んでもごめんだ!!

「苗字!」
「苗字さん!」
「……まずはこちらか」

ギロ、とステインが煩わしそうに轟たちを見た。だめだ、まずい。そっちに矛先を向けるわけには―――!

なにか、策は。そう思っていたが、足りない酸素と出血で頭が霞がかっていく。くそ、どうしたら。この状況を打開できる。
ダメだ、落ちるな、ここで落ちれば全員死ぬしかなくなる。

冷たくなる指先に無理矢理力を込めた瞬間、ステインの手が急に離された。急速に入ってきた酸素に思い切り咽る。路地裏に現れた気配に、今度こそ力が抜けた。

「なんとか、間に合いましたね」
「ぁ、ジャ、ッジ……」

その姿を見て私の意識は途絶えた。

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