会議……?なんの会議なんです?

体育祭が終わって、休養日。
昨日の体育祭で発生した敵連合とのあれこれのせいで私は病院に来るはめになった。まったくもって余計な手間である。

いつもお世話になっている先生との面会を済ませて、いざ帰ろうと廊下を歩いていれば、ものすごい勢いで病室の扉が開かれた。それはもう敵襲では、と思うくらいの勢いで。思わずそちらを見れば、見慣れた紅白のおめでたい頭。なんでここに君がいるの。

「は!? え、と、轟くん……」
「わりぃ、話中に……ちょっと来てくれねえか?」
「え、いや、……というか、なんでここに……!」

扉を開け放ったのはなんとクラスメートの轟だった。突然の事態についていけず呆然と廊下で立つ私へ、ずかずかと大股で距離を詰めてきた轟は逃がさない、と言わんばかりに手を取った。

真剣な目で私を見てくる轟にどうしようか、と考える。病室から出てきた轟の焦り様を見るになんだか面倒な気しかしない。
どうしたものか、と穏便に断る方法を探していると思ってもいない方向から狙撃された。

「いいよ、行っておいで名前ちゃん」
「………………先生……、アリガトウゴザイマス」

ばちーん、とウインクをした先生に一言二言、いやそれ以上に言いたいことはある。邪推しないでください。せっかく逃げる算段を考えていたのにまさか一番言い訳になってくれそうな先生から裏切られるとは。

ひらひら手を振る先生にはあとで恨み節を伝えるとして、轟にひかれるまま病室に入る。ここまで来たら乗りかかった舟だ。そう思っていた。病室の中にいる人を見るまでは。

「お母さん、その、クラスの、……友達の、苗字だ」

まさかの!!お母さんだと!?先に言え!!

内心で轟に文句を言う。同級生のお母さんに会うとか気まずいし、場所が場所だけに事情しかない。事前情報がないにもほどがあるだろう!せめてなんか一言言ってくれ!担当者レベルの商談にいきなり取締役が出てきたようなものだぞ!
そんな私の荒ぶる感情など知らず、轟が口ごもりながら私を紹介する。なんとなく察した。大方、入院中のお母さんと学校の話になったんだろう。

見たところ、長くここにいるようだし、高校に馴染めているか聞かれたタイミングで私が通りかかったということか。ただ、そんなに仲良くもない私をどうして引き込んだ、轟。
そう言いたいのはやまやまだが、ここでわざわざ波風を立てるほど子供でもない。流れには身を任せるに限る。

「……はじめまして、苗字名前です。焦凍くんにはいつもお世話になっております」
「そんな堅苦しくしないで、焦凍の母です。はじめまして苗字さん、焦凍と仲良くしてくれてありがとう」
「とんでもないです、こちらこそありがとうございます。突然お邪魔してすいません」
「いいのよ、この子が突然連れてきたんだもの、貴女は何も悪くないわ」

ふふ、と笑う姿はなんというか、深窓のご令嬢なのでは、と思うくらいに上品さを感じる。流石No2ヒーローの奥さんは育ちもいいってか、と内心で零した。
あの頑固そうなタイプにはこういう献身という言葉が似合うな女性と相性がいいんだろう。偏見で申し訳ない。私には絶対無理だ。

視界の端にはソワソワとしながらこっちを伺う轟の姿が見える。意外と勢いで動く轟のことだ、思わず引き込んだはいいものの場を持たせるほどの話題もないんだろう。さて、どうしたものか。そう思っていると、轟のお母さんが轟を呼びつけた。

「焦凍、申し訳ないのだけれど下のお店で甘いものでも買ってきてくれないかしら」
「分かった」

えっ、待って轟!分からないで!?というか私をひとりにしないで!!!このタイミングで2人きりとか気まずすぎる!

そんな私のお願いも空しく、轟はお財布を持って病室を出て行った。待て、本当にどうしてくれる、この空気。異性の友人の親と2人きりだなんて何を話せばいいんだ。内心で頭を抱えた。いや年齢的にはこっちの方が近いんだが。

「苗字さん……ふふ、そう固くならないで」

にこにこと楽しそうに話す轟母は家族や病院関係者との接触が少ないんだろう。話をしていればだんだん慣れてきたのか、まるで同年代に接するように打ち解けていった。

私としても精神的にも年齢の近い同性は周りに少ないので、なんだか少しだけ羽が伸びた気がする。意外なことに話は盛り上がった。轟が帰ってこないのをいいことに話込んでいると、轟母が急に話題を変えた。

「ねえ、苗字さん。焦凍とは本当はそんなに仲が良くないんじゃないかしら?」
「……お見通しですか」
「離れていても私はあの子の母だもの、あの人との拗れてしまった関係も娘から聞いているわ。……焦凍は学校ではどうかしら?」

鋭い一言である。流石、母。離れていても自分の子供の状態はなんとなく分かるってことか、と内心で舌を巻く。
本当のことを言ってもいいが、轟もお年頃というやつだ。彼の張った去勢を、私が崩す訳にもいかない。

「歯に衣着せぬ物言いではありますが……存外、皆から慕われてますよ。本人は気にもとめていないでしょうけど」

よかった、と胸を撫で下ろすその人を見る。轟から聞いていた母の姿とは違う穏やかな様子。
煮え湯を浴びせるほど追い詰められていた姿はもうどこにも見られなかった。今、目の前にいるのは自分の子供を気にするどこにでもいる母親の姿である。

「心配していたの、あんなことをしてしまったから。容姿や、家のことで悩んでいないか」
「大丈夫ですよ。轟くん、露ほども気にしてないですし。まあ、父親とは色々あるんでしょうけど」
「……そう、」
「だから、貴女も、もう自分のことを赦してあげたらどうですか?」

そう言えば、はっと息を呑む気配がした。
この人の根底にある、轟に対する罪の意識。自分を赦せない、赦してはならない、という強迫にも似た自己嫌悪。話をしているとそんな欠片がチラチラと見えてくる。あまり自分を責めない方がいい。やんわりとそう伝えれば、少しだけ涙を拭う仕草を見せた。

「なんだか、苗字さんは焦凍のクラスメートとは思えないわ。大人みたい」
「そ……そんな、ことは」

ギク、と体が震えた。す……鋭すぎるだろ!!
ブラックな部署にいたときの後輩の思考回路とあまりに被りすぎて思わず慰めてしまったが、完全に蛇足だった。後輩は結局産業医の元に駆け込んだ。その時からこういうのは専門家に任せると決めたというのに……!

そう思って視線を轟母に戻す。浮かべられた笑顔を見て、ヒヤリ、と背中を何かが駆け抜けた。待て、なんで、私いま何かしたか??なんでそんな目をしてるんだ……!

「ふふ、あの人に余計なこと言われてないかしら?焦凍の嫁に、とか……あら、図星かしら」
「……そう仰るのであれば止めて頂けませんかね。私に彼は勿体ないですよ」
「止めないわ、だって私も名前さんのこと気に入っちゃったもの」
「は……?」

今までのどこにそんな要素が!?
いやどう考えても流れがおかしいだろ!と思っても轟母はにこにこと笑うばかりだ。待て……なんだ、いったいどういうことだ。私は深窓の麗人を相手にしていたんじゃなかったのか……!?

「あの人、たまにはいい事するのね。せっかくだから黙っておくことにするわ」

辛辣である。他人のご家庭事情に首を突っ込むほど野暮ではないが、それにしてもこの人、逞しすぎやしないか!?
とても深窓の麗人の精神構造ではないと思うんだけど!おかしいな?ここ心理系の病棟なんだけどな!?

「ふふ、楽しみね名前さん」

怖すぎるだろ!!!
エリート一家へ嫁入りは人生楽街道まっしぐらに見えるが、家庭での面倒事の方が逃げ場がない分精神的に削られる。
轟には悪いが、この母とあの父である。一筋縄ではいかなさそうなので是非とも遠慮したい。というか私はおたくの焦凍くんとの結婚は1ミリも考えておりません!!

「お母さん、シュークリームで……」
「と、轟くん!ありがとう嬉しいなでもごめんねもう行かないと先生待たせてるから行くねまた明日お母様もご無理なさらないよう心身の回復心よりお祈り申し上げます失礼致します!」
「またね、名前さん」

ようやく帰ってきた轟に全部押し付けて病室を飛び出た。悪い轟、文句は教室で聞く。それよりも、帰りがけの轟母の目を見て、見なければよかったと後悔した。完全に捕食者の目である。ぞわ、と背筋に寒いものが走った。

おっかねええええ!




「じゃあ、また。お母さん」

久しぶりのお母さんとの面会は無事に終わった。また来てね、と手を振るお母さんの笑顔を見てなんとなく昔を思い出した。じんわりと胸の奥が温かくなる。

途中で苗字に来てもらう、っつう想定外のこともあったが、来てよかった、と病院を振り返りながらそう思う。心配していた姉さんにも今日のことを伝えないと。はた、と病院を見て思う。

「そういえば……なんで苗字、ここにいたんだ?」

心療病棟なんかに、何の用事があったんだろうか。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -