切られた衝撃で一瞬、意識が飛ぶかと思った。
しかし波のように寄せては返す痛みで意識は手放せなかった。血は派手に出ているが、臓器を傷つけるような重篤な怪我ではなさそうだ。
とはいえ、このままの出血量はまずい。それにしても、猛烈に痛い。死ぬほど痛い!!いっそ気絶できればどれだけ良かったか!
全身に脂汗を掻いている。出てくる血は止まらない。思考も纏まらない上になんだか痛みでイライラして、内心で舌打ちをした。
状況は最悪だ。
これだけのスピードのある相手に対して機動を削がれるということは敗北に等しい。そしてこの状況における敗北がなんなのかは想像に容易かった。どう見積もっても確実に2人は死ぬ。
どうにか単身逃げることも考えたが、流石に見捨てて逃げれば評価にも関わる。なにより後味も悪い。こうして逃げるという選択肢は消えた以上、この男相手に勝たねばならない。……とは言っても。
困ったことに、勝てる要素が何一つ見つからない。
こちら側3人合わせても手札と経験値が足りなすぎる。
何しろ相手の動きを封じる個性を持つ相手に対して、近接戦闘という相手の得意な分野で対応しなければならないのだ。この手練れを相手に。最っ悪だ。
視線の先のステインがにたりと笑って私を見てくる。歓喜ともとれる表情に、ぞっと背筋が粟立って素直に恐怖と嫌悪を覚えた。
「そうか、お前、あの家の子供か。……道理で。お前の目がヤツとは違う理由がよくわかった」
舌なめずりをして私を見てくるステインの目には、分かりやすく興奮が浮かんでいて腹が立った。
死柄木といい、こいつといい、どうしてヴィラン共はこうもこれにご執心なんだ、と内心で舌打ちをする。こんな忌々しいものすぐにでもくれてやるというのに。
「―――良い。お前は良い。存在自体に価値がある」
「ごちゃごちゃうるさいな。実績を伴わない評価は不要だ」
「そう言うな。あの子供とヒーローを片付けたら、次はお前だ」
次がなんなのかは知りたくもない。一層笑みを深めたステインが刃先を舐めて、そして訝しげな表情に変わる。
さっきまで付いていた私の血は既に分解済みだ。色々勝手に話してくれて助かった。
「血がない……?確かに切った筈だが……お前の個性か。さっきから一体何をしている」
「さあ?なんでしょう?」
すっとぼけたものの大方はバレているだろう。せめて轟のところまで下がりたい、と痛みを堪えながら少しずつ後退する。
「なら追加を貰うまでだ」
ステインがぐ、と踏み込んだ。迎え撃とうと頭の中で演算を展開したが、体に力を入れたせいか全身を刺すような痛みが巡った。
思った以上に痛みが酷くて、頭の中で行っていた計算が全部吹き飛んだ。その間に再びステインの日本刀が迫る。まずい、これは避けれない、と腹を括った瞬間、視界の端を緑の影が掠めた。
「チッ、邪魔を……!」
「―――っ!苗字さん!」
日本刀を構えて迫っていたステインが緑谷の乱入で大きく後退した。ほっと息をつくと皮膚が引き攣れてまた痛みが走った。完全にお荷物だ。
負担の掛からないよう呼吸を落ち着ければ、緑谷が駆け寄って来る。
「苗字さん、大丈夫!?」
「緑谷、ごめん、先走った。あんまり腹立って」
「大丈夫、それより酷い傷だ……!血も……!」
「そう、ちょっときついんだよね。つーわけで、1回引くわ。近接は緑谷の十八番だろうけど、日本刀以外も警戒した方がいい」
こくり、と頷いた緑谷がそのままステインに向かっていく。ようやく轟の所まで下がってバトンタッチをすれば、緑谷の戦法を理解して轟がサポートに回りはじめた。
案外良いコンビネーションだな、と痛みを誤魔化すように周りを眺めれば、顔を歪めて私を見ている飯田と目が合った。視線が私の腹に行く。未だに血の流れ続ける腹を押さえれば、さらに歪んだ。
これの意味を理解してる訳じゃない。きっと自分のせいでクラスメートが傷付いた事実がショックなんだろう。純粋だ。くそが付くほど真面目な飯田らしい。
後悔、喪失、無念。瞳の奥に色々な感情が渦巻いているのがわかる。どうして、と力なく唇を動かすことだけが、今の飯田にできるすべてだった。
分かるよ、君が何を考えて、何を思ってここに来たのか。
真面目だものな、兄の無念を晴らすのは自分しかいない、それが正義だと思ったんだろう。
でもここに来て途方もない理不尽を、真っ直ぐな友達の思いをぶつけられて、揺らいでるんだろう。その決意が。
理不尽は苦しいだろう?
何もできない自分は惨めだろう?
友人の信頼を裏切るのは辛いだろう?
その寂寥感も、苦痛も、嘆きも、失意も、虚無も、傷心も。なにもかも。
もう嫌だと、そう言うなら。そう思うなら。
考えろ。立て。足を止めるな。
理不尽に何もかも奪われたままでいるな。
他人に自分の全てを握られるな。
自分に言い訳をして正当化するな。
反抗しろ。諦めるな。自分を捩じ伏せようとする全てから、自分自身の矜持を取り返せ。前を向け。歩き続けろ。
自分を、憐れなままで、終わらせるな。