横から失礼してほしくないのですが

「2対1か、甘くはないな―――誰だ」

ステインが忌々しそうにそう呟いたと同時に、ピタリと動きを止めた。僕たちへの警戒は怠らないまま、半身で振り返って誰もいない筈の路地を睨み付けた。

「出てこい。さもなくば斬る」

ステインのその言葉の後、コツコツとヒールの音が路地裏に響きはじめた。なんだ、誰だ。突然の第3者の登場に、背中に冷たいものが走る。

ヒーローだったらまだいい。突然襲ってきた脳無の存在を考えれば、敵連合の誰かがいてもおかしくない。いやそもそも、協力者は敵連合だけじゃないかもしれない……!

どうする……!?まともに動けるのは僕と轟君だけ……!ただでさえステインの容赦ない攻撃だけで手一杯なのに、これで向こうが2人になったらもう絶望的だ。どうしたら、誰か……!ヒーローはまだ来ないのか……!

ステインの背後。すぐ側でカツン、と音が止まった。

「随分と高尚な演説、拝聴できて至極光栄」

この声。まさか。

路地に立ちふさがった黒い外套を纏うヒーロースーツ。よく見知ったそれに、思わず叫んだ。轟くんに続いて苗字さんまで……!こんなにA組が保須に集まってるなんて……!

「苗字、さん……!どうして!」
「位置情報。送ってきた癖になんで来たなんて言わせないけど?……それより、随分大物と対峙してるんだね。相変わらずのトラブル吸引体質か」
「うぐ」

苗字さんが、そう言ってため息をついた。呆れたような声色に心臓がぎゅうと嫌な音を立てた。苗字さんの声はどこか余裕があるのに、視線はまったくステインからそらさない。隣の轟君も驚いたように苗字さんに声を掛けた。

「苗字、お前なんで保須に……!」
「まあ、職場体験でね。その話はあとで。ステイン、だっけか」

苗字さんは変わらずステインから目を離さない。きゅ、と目を細めた横顔が今まで見たどんな苗字さんよりも険しく見えた。たぶん、気のせいじゃない。

苗字さんは、その、とても――――キレている。

ぽつりと溢された言葉はピリピリとした雰囲気を纏っていて、轟君も僕もなにも言えなくなる。有無を言わせないその雰囲気に、飯田君がぽつりと苗字くん、とうめいた。

「反吐が出たよ。いつから犯罪者が偉そうに大口を叩けるような社会になったんだ?」
「おい苗字……!」
「あのさ、轟くん。私はこういう勘違い野郎が一番嫌いなんだよね」

轟君の落ち着け、といわんばかり問いかけすらパシリ、と弾かれてしまう。苗字さんと半身で振り返ったステインがお互いにじっと睨みあう。

「崇高な理念?粛清?―――黙れ犯罪者。貴様は社会の代弁者でもなんでもない、崇高な理念と名ばかりの低俗な使命感と、自己陶酔にまみれた万能感に燃えているだけの、ただの犯罪者にすぎん」
「黙れ」
「どんな理由があろうと法を犯した時点でただの犯罪者であり、理念などただの子供染みた言い訳だ」

流れるように紡がれる苗字さんの意見。普段とは比べ物にならないくらいの強すぎる語気と内容に、思わず轟君も僕も息を呑んだ。

いつも教室でみんなに囲まれている苗字さんは、笑顔と大人びた雰囲気の持ち主だ。学級委員の飯田君や八百万さんも頼るような、A組のバランサー。
常に冷静で、偏らない中立的な意見を持っている。視野が広くて色んな人の気持ちを汲んで動ける、そんな人が。

「法治国家を舐めるなよ。先人が築き上げてきた数多の犠牲の上に、我々の安寧がある。お前はその先人たちを愚弄し、社会を混乱に陥れるだけのただの思想破綻者だ」

こんなにも強い言葉で、相手を否定するなんて。
強い否定の言葉と怒りの滲む声色に僕も轟君も動くことが出来なかった。
苗字さんの表情はステインで遮られていて見えない。それでも、淡々と紡がれる言葉に突然ぶわり、と熱が籠った。

「どんな理由があろうと!犯罪は犯罪!法を犯した時点で、相応の罰を受ける責務がある!驕るのもいい加減にしろ、社会を背負ったつもりか犯罪者!社会に認められないと勝手に嘆き、歪んだ思想で子供のような癇癪を起こした結果がこれか!随分と安い思想だな……!」
「黙れ……!」

吐き捨てるように言う苗字さんが、一段と熱を込めて矢のように言葉をステインに突き立てた。叫びのようだと感じたのはなぜだろうか。
思わずごくり、と喉を鳴らした。すごい、気圧される……!

「被害者と、その遺族がどんな気持ちになるかも知らない癖に、のうのうと持論を垂れ流すな!―――虫酸が、走る……!」

ぐっ、と飯田くんが声にならない声を上げた。
ステインにヒーローとしての全てを奪われてしまったインゲニウム。そんな憧れて目指していたお兄さんの背中を、突如として見失ってしまった飯田くん。

飯田くんの気持ちを胸に、苗字さんは戦っている。立派な人だと思った。こういうヒーローが、きっと人々の心に寄り添うんだろう。やめてくれ、と飯田くんが呟いた。

「黙れ、黙れ、黙れ……!!」

ステインから背筋が粟立つような怒気が溢れる。小さく呟くように溢された苗字さんを否定する言葉に、僕と轟くんは思わず個性を発動させた。
まずい、と思って名前を叫ぼうとしたけれど、それよりもステインと苗字さんの方が早かった。

「黙れ!!本物を知らない子供が!!」
「子供の戯言だ!!黙らせてみろ!!」

そう言って苗字さんに向かって行ったステインに叫ぶ。まずい……!せめて、アイツの個性を伝えないと――!

そんな隙もなくガギィン、と刃物同士の擦れる音がして苗字さんのコスチュームから出来た炭素刀とステインの刀が交錯した。

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