締めのビールだけが楽しみ

数的不利を忘れた訳じゃない。
でも、ほんの少しだけ事が思い通りに動いたことに気を取られた。
おそらく、それが致命的だった。今まで狙われなかった箇所に向かって弾丸が飛んでくるのがわかった。

このタイミングでの被弾は絶望的。それが足狙いなら尚更だ。純粋に重症。しかも機動力を落とす意味でも、有意義な攻撃。最初から足を狙わなかったのはそれが私にとっての勝ち筋だからだろう。

それがどうしてこのタイミングで!!なんでだ!!生徒に勝ち筋を残すんじゃなかったのか!!

まずいまずいまずい!これは避けれない!

さっきから鬱陶しい遠距離攻撃。当たりそうで当たらない、そのギリギリで撃ち込んでくる。地味に行動に牽制を掛けてくるのがイライラしてしょうがない。それが今度は確実にガードのないところへ当てにきた。やめろ追い討ちが過ぎるぞ!

こちとら相澤先生で手一杯なんだ!そのまま、のしつけて返してやる!ぎ、とスナイプ先生の方を睨み付けた。

「邪魔、す、んなぁぁぁああ!!」

ええい!!ままよ!!
重力操作の応用だ。一時的に掛かる力を0に。そして反転。理論上は可能だと確信はしている。多分大丈夫。やったことないけど!ぶっつけ本番だけど!もう知らねー!どうにでもなれ!!

頭の中を駆け抜けていく理論値。行けるけど力加減が全然わからないので、上手いこと避けてください、頼みます、と思いながら個性を発動させた。キン、と冴える頭とざあ、と体の末端から冷たくなっていく感覚に、ああ、とどこか冷静になった。


失敗したら死ぬやつだ。これ。


世界がスローモーションに見えた。弾丸の溝までよく見える。瞬きすら感覚が宿る。頭の中を膨大な数式が駆け巡っていく。
その弾丸に全神経を集中させれば、くるり、と弾丸が反転した。まだ、だ。銃弾の威力は初速と重量で決まる。目を離すな。集中しろ私……!

ここから、さらに、……打ち出す、イメージを……!
負荷を、加速度をゼロから銃弾自身を爆発させない程度に操作しろ……!失敗したら、どの道終わりだ……!

「ぅらぁあああ!」
「苗字お前……!まだそんな手隠してやがったか!避けろスナイプ!!」
「遅い!!」

打ち返したと同時に、相澤先生の蹴りが思いっきり脇腹に入った。パキ、と軽い音が体の中から聞こえた。くそ、しかし、間に合った。この際アバラの1、2本など必要経費だ。くれてやろう。

放たれた全弾を文字通り打ち返す。本来であれば速度操作や物体の運動エネルギー操作にあたるんだろうが、今の私にそこまではできない。一時的にかかる重力負荷の方向と量を操作したが、恐らく無駄な演算が多い。余計なメモリを使ったせいで、がくり、と体から力が抜けそうになる。

疲労と痛みで意識が朦朧とする。
しかし、ここで終われば相澤先生の対応ができずタイムアップだ。だから、あと、もう一撃、いや三手で終わらせる!

銃弾に気を取られた相澤先生の隙をついて、顎に掌底を食らわせる。視界に入って個性を使われたら作戦が全部お釈迦になる……!視界に入っても個性を使用させないか、視界に入らないように一撃を食らわせるしか勝算はない!

ノーガードで攻撃を受けて、意識がぶれた相澤先生に追撃を重ねる。ふらつくその腹に体の捻りを加えて、拳を叩き込んだ。

さっきとは威力が段違いの、捻りを加えた重力負荷マシマシの一発だ。そのまま相澤先生に肉薄して、更に個性使用を重ねた。相澤先生の体に触れている今、自分の体と同じ要領で重力の操作ができる。

「飛ん……重力を0、に……!」

重力を操作してほぼ0へ。打ち込んだ衝撃のせいで、今相澤先生の体には慣性の法則が働いている。重力を減らせば、宇宙空間のように物体は運動エネルギーを維持したままになる。地面から飛び出して、浮いた体が向かう先はーーースナイプ先生のもと。

なんとか銃弾を避けたらしいスナイプ先生が銃を構えたが銃弾が飛んで来ない自信があった。銃口の先はなにも強化していない相澤先生。人間の盾だ。人道的に如何と思うがそんなこと言ってられない。私の赤点回避と安泰な引退生活が待っているのだ!!

これで撃って来たら私は相澤先生に全力で転職を勧める!

「くそ、射線上……!」
「これで……!終われ!!」

相澤先生と自分から無くした重力負荷を解除して、スナイプ先生に相澤先生ごと突っ込む。どしゃ、と縺れて転ぶように地面に転がる寸前、ガスマスク染みた横っ面に思い切り膝を叩き込んだ。勿論重力負荷のおまけ付きだ。
ガクリ、と力が抜けたのを確認して、痛む頭を抱えた。相澤先生もスナイプ先生もノックアウトだ。

もういいよな?もう終わりだよね!?プレゼントマイクとか来ないよね!?

もういいから!!早く仕事終わりの締めのビールを飲ませてくれ!!!!





無茶な重力を掛けたせいで、足に異様な重みを感じる。頭痛も酷い。度重なる演算補助のせいで脳が限界を迎えているようだ。加えて折れたあばら骨が軋むように痛む。
鉛のように重い体を引き摺って、ゴールが見えたところでとうとう体が動かくなかった。足が縺れる。

倒れた拍子に思い切り地面に頬を擦ったはずなのに、その感覚すらない。いよいよやばいな、と思うがどうにも体も動かない。ぼんやりと頭に掛かるもやと、薄れていく意識。

ああ、私この感覚を知っている。あれだ、経営陣に発表する、特大なプロジェクトのプレゼンが終わったあの解放感。

「う…くそ…も、」

むり。
やりきった。私。もう寝たい…。疲れたな…。どうせ寝るならふかふかの布団が良かった……。きっと、今日はビールが美味しい、は、ず…。

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