よろしい、ならば代替案をいただけますか

「苗字どうしたんだよ、そんなに落ち込んで……あんなににやにやしてたじゃねえか」
「大丈夫ですか、名前さん……もしやお体の調子が……!」
「失意の楽園……」
「大丈夫、なんでもない……」

ちーん、と音がしそうなほど落ち込んで地面にのの字を書く私に、佐糖ことシュガーマンが心配そうに声を掛けて来た。おまけに元気だせよ、とお菓子までくれる始末。
チームを組んだモモと常闇くんにも心配されているのは重々承知だけど、どうにも身が入らなかった。

ワガママを言って申し訳ないが、今日は許してほしい。昼休みにあんな話されて、もうやる気が削がれてしかたない。モチベーションよ帰ってきてくれ。
人間常にやる気に満ち溢れているわけじゃないんだ。月曜の午前中はやる気でないし、金曜日の午後も早く帰りたい。今日は振休明けだからそのルールは適応されるだろう。させてくれ。

「苗字は珍しく注意散漫だったな!調子悪かろうがなんだろうが、敵は待ってくれねえ。引き摺んねえように切り替えて行けよ!」
「……すいません」
「まあ、そんなに気にすんな!じゃあ次行くぜェ!」

案の定、プレゼントマイクに見抜かれて注意された。しくったな、と思ったけどもう終わったことだ。プレゼントマイクの言うとおり切り替えていくしかない。
この時間が終われば、今日はあと数学と英語だけでヒーロー関連の科目はない。どうか穏便に終ってくれ、と祈って再び地を蹴った。




夜。
自主訓練を終えて、家でパソコンに向かっていると、着信があった。なんだろうか、と見れば三奈に無理矢理交換させられた轟の名前が乗っていた。ますます心当たりがなくて、首を傾げた。なんだろうか、こんな時間に。
パソコンの画面をそのままに電話に出ると轟が、轟です、自己紹介をしてきた。いや、家電じゃあるまいし、ねえちょっと電話慣れしてなさすぎでしょ、とツッコミたくなった。

『苗字、今大丈夫か?』
「轟君……、ウン、まあ大丈夫。どうしたの?」
『いや、情報学の後から様子おかしかっただろ。ワリィ、気になった』
「んーん、こっちこそ心配かけてごめん」

コーヒーマグを片手にベッドへ居場所を移す。手持ち無沙汰になって、近場のクッションを引き寄せた。随分と冷めたコーヒーをすする。

『さっき……アイツから連絡があった。……苗字のとこにも来てたろ、指名』
「あぁー、うん。頂いたよ指名。なんだか恐れ多いけど」
『その、苗字は、受けんのか、指名』
「私? エート、その今回は、その、じ、自分の個性を伸ばしたくて……」

ぎりぎりとクッションを握りしめる。個性の伸長?
そんなわけあるか。行くところも多少個性の被りはあるものの、自分の個性強化なら学校で事足りる。わざわざ外に出る必要もない。

昼間のやりとりを思い出して再び腹が立ってきた。くそ、本来ならナイトアイかエンデヴァーの元で売り込みをかけていたというのに……!何が悲しくて雄英高校……!これが3年、果ては就職まで響く可能性も十分あるというのにこの仕打ち……!全部雄英と公安委員会のせいだ!

『そうか……じゃあ別のとこにすんのか』
「今のところその予定。気を悪くされるかな?」
『いや、大丈夫だろ』
「本当は行きたかったけど……、よろしくお伝えしておいてくれる?」
『わかった……でも、そんなに行きたかったのか?アイツのところ』

眉間に皺を寄せて首を傾げる轟が簡単に想像できた。忌々しそうにそう言う轟に、少し笑ってしまった。まあ、理解はできる。が、個人的には轟はせっかく指名が来たなら行っておくべきだと強く言いたい。

エンデヴァー自身は家庭的にはかなりアレだけど、ヒーロー兼経営者として見ればかなりのやり手である。
ヒーロー飽和時代と言われるこの時代に、NO.2まで上り詰めるのは容易ではない。失礼を承知で言うが、オールマイトほど支持層の厚くないエンデヴァーである。

事件解決数、支持数、社会的貢献度の3つの要素を加味するビルボードチャートでオールマイトに次ぐ2位。それだけでも優秀なヒーローだと思うが、加えて大規模な事務所の経営手腕。
優秀なサイドキックやヒーローを流出させず抱えておけるというのは、それだけ経営や評価が安定した事務所ということだ。業界最大手の信頼感。最高である。子供に対してはあれだけど。

『そうか……苗字と職場体験先が一緒だったら、って思ってたんだが……。なら仕方ねぇな』

は?なにそれどういう意味?

一瞬そう思ったが、まあ、あの家庭環境である。1人であの事務所に行くのは心細いかもしれないが、私も地獄を見る予定なのだ。とてもじゃないが構ってられる状況ではない。すまんな、私は私で精いっぱいだ。

「お互い場所が違っても得られるものは多いよ。たぶんね」
『そうだな……。まだ先になるがお互いそうならいいな』
「きっとそうだよ。きっと。頑張ろう、うん」

なんだかほぼ自分に言い聞かせている気がする。そう、きっと得られるものはあるはずだ。ある、きっと。プラスになるはずだ。たぶん、きっと。そう信じなければやっていけない気がした。……やっぱり自分に言い聞かせてるな。

『それで、……苗字』
「うん?」
『その…………たまに、こうやって電話してもいいか』
「? 別にいいけど……」

少し間隔をあけて轟がそう言ってきた。電話くらい別になんともないのでそう答えると、ほっと息を吐いたような音が聞こえてくる。
むしろそういう相談は私でいいのか、と思ったが多少事情を知っていて近すぎない人間の方が話しやすいんだろう。気持ちはよくわかる。私も大学時代の友人には大変お世話になった。

『ありがとな苗字……じゃあ、また明日』
「うん、またね。おやすみ」

ぷつり、とスマホの電源を落としてベッドに放り投げる。スリープモードになっていたPCを再起動させて、画面を呼び起こした。検索画面、新聞記事、諸々調べても出てくる答えがひとつしかなくて、内心で舌打ちをする。

「そういうことね……」

職場体験まで、あと僅か。


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