前回の議事録はご確認いただいてますか?

「やあ苗字さん!体育祭はお疲れさま。その後変わりはないかい?」

昼休み。
職員室行けば、場所を変えると言われてそのまま連れていかれた先は予想外の場所、校長室だった。

校長室へ向かった私を出迎えたのは風格のある男性ーーではなく、可愛らしいねずみの校長だった。さあさあ座って、と皮張りのソファに座らされる。おぉ…流石雄英の校長室……いいソファだ……。

「はあ、おかげさまで。相澤先生宅にぶちこまれて世紀末なご飯に咽び泣くこと以外は特に」
「苗字、おまえ覚えてろよ」

いやだなあ軽い冗談ですって、と笑うと校長が高らかに笑った。本当にこの人……いや、ネズミか。本当にいい性格している、としみじみ思った。ギロリ、と突き刺さる相澤先生の視線は華麗に流しておこう。ひとしきり笑った校長がこほん、と咳払いをした。落ち着きましたか校長。

「さて、それで本題なんだけどね。苗字さんのことだから変に隠しだてするよりいいと思って。ここまで来て貰ったのさ!今度の職場体験についてだよ!」
「―――公安委員会から、お前の職場体験派遣について苦言を呈されている」
「公安委員会から、ですか」

ヒーロー公安委員会。
文字通りヒーローに関する社会の秩序方針を定めたり、あるいはヒーローを取り締まったりと、まあ兎に角ヒーローにおいてのお上である。会社でいえば取締役会みたいなものだろう。一介の学生には免許取得以外では、ほぼ接点を持たないに等しい政府機関である。

実を言うと、もともと生い立ちが生い立ちなだけに、公安には少しお世話になったことがある。しかし、それも事件後に事情聴取とカウンセリングといえ微々たる干渉だ。それ以降はなんの音沙汰も無かったというのに、急にこれである。

「連合と直接接触した苗字さんは今、他の生徒に比べて著しく危険度が高いと判断して、職場体験を再検討するように求められていてね」
「それは……決定事項でしょうか?」
「まさか!我々は君の意思を尊重するつもりさ!あんなことがあった訳だけど……君自身、どうしたいのか意思を確認しておこうと思って!」

ここでヒーロー公安委員会がでばってくるのか。正直、お節介以外の何物でもない。ましてや個人的なカリキュラムの干渉など、学校の自治に大してずいぶん過干渉な気がした。

ただ、学校の自治などと悠長なことを言っていられないのも事実だろう。警戒しながらも、雄英の、数多のヒーローの環視を掻い潜って敵陣のど真ん中に出現し、生徒を襲ったのだ。
セキュリティが低いわけではないこの態勢において、2度も侵入を許したことから、内部に手引きしたものがいる可能性を考えたはずだ。


そして、大方、私のことを連合のスパイだとでも見立てているんだろう。


自身のバックグラウンドを考慮すれば、簡単に予想がついた。エンデヴァーに聞いた通りである。
こんな善良な市民を疑うなど、全く無駄なことだ。税金と労力は正しく使ってもらいたい。が、ここで反抗して余計な憶測を呼ぶのは避けたいところだ。

なにより、相手は公安委員会。
ここで協力的な態度を見せておけば、公安に対して一定の信頼は得られるだろう。国家権力とあえて邪険になる必要もあるまい。なにより、ここで協力的な姿勢をみせておけば、将来的にはオブザーバーとして公聴会などの第三者を交えた会議に呼ばれることも無きにしもあらず!

これは、むしろチャンスでは!?公安委員会が胡散臭いのは重々承知であるが、ヒーロー免許や方針を決めていくのもこの機関なのだ。アピールしておくに限る。そしてあわよくば!その安全かつ影響力の高い地位をくれ!!

「そうですね、私も折角の機会を潰したくありませんし……どうにかして折衷案を提示いただけないでしょうか」
「そんなことだろうと思って、用意してある。が。このことは他の誰にも漏らすなよ」
「もちろんです」

雄英側にも立場というものがあるだろう。ナイトアイ事務所にはミリオ先輩という伝があるので、非っっっっ常に残念だが見送るしかあるまい。
案の定雄英からの打診があったので、なにかしら取り決めがあったようだ。

「インターン先はこっちから指定させてもらった。これが向こうにもうちにもできる最大の譲歩だ」
「拝見します。―――弁護士ヒーロー、ジャッジメン……確か、東京に事務所を構える弁護士兼任のヒーロー。救助から損害賠償請求まで一貫して行う……、ん?もう一枚……ゆっ……!?!?!?」

かさ、と手に伝わってきたもう1枚の薄い紙の感触。契約書なり誓約書だと思って読めば思わず言葉を失った。手がガクガク震えてなんだか脂汗も出てきた気がする。いや、だって、こんなことある?

「お前さん、面談で言ってただろう。ヒーローとして、物理的に人を救うだけでなく、人を導き個人が最善を尽くせる環境作りにも積極的に取り組みたいと」

いや、そうなんだけど。そうじゃなくて、私が就きたいのはあくまで後方支援的な安全な立場なわけであって……!

「そういうわけで!苗字さんは奉仕精神を存分に活かせる場所弁護士兼ヒーローの『オフィスジャッジメント』と」
「ヒーローの仕事に加え、人を育て、環境を整える、教師という職を体験してもらう」

にや、と相澤先生が笑った。これ絶対さっきのご飯のこと根に持ってるというか。
というか、もう面白がってるじゃん!!!

「苗字、お前のもうひとつのインターン先は、ここ、国立雄英高校だ。ヒーロー活動と教師を兼任することがどういうことか、存分に学べよ」


違う、ちが、そうじゃねえええええ!!!


思わずその場で頭を抱えたくなった。待ってくれ、何を、どこをどうしたらそんな話になるんだ……!

雄英でのインターンなど正直私にとってなんのメリットもない。折角、外に向けてに堂々と自分の営業活動ができるチャンスだったのに、何が悲しくて雄英に籠らなければならないんだ……!これならまだエンデヴァー事務所の方がマシだ!!だらだらと冷や汗が頬を伝う。

まずい。非常にまずい。この流れ、どうにかして止めなくては……!

「ゆ、雄英高校ですか……、その、私では、2か所のインターンは少々荷が重いように感じますが……それにお互いの引継ぎも大変でしょうし……」
「安心しろ、そこらへんはこっちも配慮して行う予定だ。教師としてよりも、教師職を兼任するプロヒーローとして、接するつもりだ。お前さんの要望を鑑みて今回組んだが、異論はあるか」

あるに決まってる!!と叫びたいが、現状、相澤先生への反論の材料が見つからない。
教師職採用ではないこと、公安が絡んでいること、インターン開催自体が怪しいことを考えれば最善の手だろう。下手に外部に依頼するよりある程度自分たちでコントロールできたほうがやりやすい。

しかし、最善のプランが最高のプランではない……!つまりこれ私にとってベストではないことを意味している。
くそ!!どうしてこうなった!!

こうなったら何が何でも拒否して――、と思った瞬間。校長室の空気がピリ、と変わった。出所は、校長。
つぶらな瞳のまま、まっすぐに私を見て、ぽつりと零した。

「―――不服かい?」


やばい。


「―――っ!とんでもありません!この苗字名前、取り計らい頂きました内容にて業務に邁進いたします!」
「それはよかった!じゃあ、そういうわけで相澤くん、後はよろしくね!」
「わかりました。苗字、次の授業はUSJだ。早く行って準備しなさい」
「はい!!ありがとうございます!!どうぞよろしくお願いいたします!!」

失礼します!と校長室を退室した。足早に廊下を進んで、角を曲がる。周囲に誰もいないことを確認して、壁に寄り掛かった。

「こっっっっっっわ!!!」

何が不服かい、だ!断らせる気なんか絶対になかったくせに!
確認とは名ばかりの決定事項の通達じゃないかあんなもの!私の意志なんかほぼ関係ないだろ!というか最後のアレはもはや脅し!校訓が無茶苦茶なら校長も同じ穴の貉か。伊達にこの雄英を束ねてないってか!ああ、もう、腹立つ!!

これだから上の人間が出てくるとロクなことにならないんだ!!

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