過大評価も過小評価もされすぎは良くない

苗字名前が生まれたのは、閑寂な海沿いの町だった。短い夏が終れば、海には流氷が押し寄せ、音は雪に吸い込まれる。そんな、最果てという言葉が相応しい町。そこが苗字の故郷だった。

苗字の個性が発動したのは、4歳のとき。化学的な知識と理解の必要な苗字の個性は、齢4歳で扱えるものでもなかったのだろう。
個性の暴走を恐れてか、我が子に恐怖を抱いたのか、苗字の両親はわずか4歳の娘をある私塾に預ける。

そこで、苗字名前はこの世の地獄を見ることとなった。



次はこいつか、と隣で話すマイクをよそに、書類へ目を落とした。
写真に写る苗字は、言ってしまえばどこにでもいる少女に見える。教室では大人びた発言でクラスメイトをまとめ、距離感を出しすぎないように時々年相応の面も見せている。
交友関係も広く、他の科や上級生とも接点を持っている。社交性・積極性に関しては正直100点を出してもおつりがくる。稀に見る優秀な生徒だった。

そんな苗字の人生は齢16にして既に波乱万丈というにふさわしいものだ。
経歴だけ見れば、この世の不幸を詰め込んで生きてきた哀れな少女だが、本人はそれをおくびに出さねえ。いっそ可愛げがないほどに、彼女は大人だった。

凄惨というに相応しい苗字の過去。あのクラスメイトと笑い合う彼女の背景には、ヒーロー社会の抱える闇が今も根付いている。助けたのがこちら側でなければ、彼女は恐らく敵になっていても可笑しくはない、そんな危うい存在が苗字だった。
この環境下で育ちながら、あまりに普通過ぎる人格。正直どう転ぶか全くわからねえ。

ヒーローとは自己犠牲の精神である。ステインの言葉が動画に流れたとき、脳裏に描いたのは緑谷と苗字、正反対の2人だった。

どこまでも合理的に、目標を達成するために何が大切なのか、何を優先すべきか、何を見捨てるべきか。そのトリアージが異様に上手い。プロのヒーローでも感情に囚われて引けない線を、苗字はいとも容易く引いていく。

「ダメなんです、絶対、ヒーローじゃなければ、私はヒーローでなくてはならないんです。私のような子供を出さないためにも」

特殊な経歴から公安委員会同席で行われた面接で、何故ヒーローに成りたいのか、と聞けば並々ならぬヒーローへの熱意が返ってきたと聞く。
入学後の面談で同じように聞けば、真剣な眼差しでそう言う苗字に少し気圧されたのも事実だった。普段は適度に手を抜く癖に、その時だけ熱を出したからか。

なんにせよヒーローになるという意思はかなり強い。それが間違った方向に行かなきゃいいが。

俺の杞憂はそれだけだ。緑谷とは違う意味で要注意な生徒。

緑谷や爆豪が『手の掛かる生徒』というのであれば、苗字は『厄介な生徒』だった。16歳というには、あまりに老成した精神。正直、社会人と話していると言われたほうが納得ができる。

能力の使い方においても欠点らしい欠点がないのもある意味で問題だった。全てをほぼ完璧にこなす苗字だが、ひとつ問題があるとすれば常に6,7割程度の力でこなそうとする悪癖と意外と読みやすい思考回路か。いずれにせよ、期末試験はこいつが一番過酷だろうな。

相澤はそこまで考えると、苗字の経歴と成績が載った書類をぱさりと置いた。

「……ということで。苗字は近接戦闘から遠・中距離支援までこなす安定したオールラウンドタイプです。ただ、生い立ちもあってか全力を出さない悪癖があります。そのため、変則的ではありますが一部試験内容を変更し、過剰な付加を掛けて全力を出させます。こうでもない限り彼女は乗り越えらません。よって……」





期末試験当日。
教師陣を前に、分かりやすく絶望するA組。緑谷とのチームアップに、キレる爆豪。分かりやすすぎるだろ。お前はもう少し我慢を覚えろ、餓鬼じゃねえんだ。

各ペアと相手が発表されていく中で、呼ばれない名前に苗字の顔が強張っていく。最後まで名前の呼ばれなかった苗字はおそるおそる、といった様子で手を挙げた。
まあ、察しのいいこいつなら分かってんだろ。雄英の校風は自由、そして校訓。

「あの、先生……?私余るんですけど……」
「苗字、お前、ウチの校訓わかるか?」

苗字の目が死んだ。やっぱこいつ分かりやすいな、と思ったのは俺だけじゃないはずだ。マイクが小さく吹き出した。奇遇だな、俺も少し笑いそうだ。

「お前はペアなし。単独での試験だ。条件にも少し手を加えてある。変更点は4つ。1つ。お前は子供を救助中のヒーローだ。救助後と仮定してサポート科開発の子供型ロボットと行動し、ゲートを潜れ。2つ、10分おきに追手の教師を増やす。3つ、制限時間は40分。最大で3人のヴィランがお前を追ってくる。4つ、応戦しても構わんが、カフスを付けてもプラス評価にはしねえ。救済措置としてフィールドの選択権はお前にある。上手く逃げねえと」

取ってくっちまうぞ。

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