契約書は何度読んでも変わらない

試験開始の合図と共に死角と遮蔽物の多い森林ゾーンへ向かった。爆豪との作戦通り森の淵を走って進む。何しろ時間がない。時間が経てば経つほど乱戦になってゲート通過の難易度があがる。

最初の一人だけは教えて貰えたが予想の通り、相手はイレイザーヘッドこと相澤先生である。おそらく私の性格や能力の使用傾向を一番把握している故の人選のはずだ。
しかしいきなり中ボスというのは如何なものか……。はっきり言ってお呼びでない。顧客ニーズとのミスマッチはビジネスの最大の禁忌だぞ……。

「ああいやだ……本当に嫌だ……出来の悪いプレゼンの前のような気分だ……」

相澤先生の個性と戦うのは異形型を除いて相性が悪い。個性抜きの純粋な肉弾戦がメインで、体格差が出やすい分、向こうも弱点を熟知してのあの捕縛アイテム。だからこそ個性利用重視の私に対する人選だろう。つくづく嫌になるほど理解されている。

視界内での個性は効かない、近付けば捕縛、おまけに経験差まであるときた。
あれ?待って?相澤先生最強じゃない?ずるくない?
しんどい、と思った瞬間ちり、と背中に嫌なものが走った。

思わず転がると近くの木に捕縛武器がぶち当たった。早速のお出ましである。切実にお引き取り願いたい。

「流石だな、苗字。やっぱりお前はこの世代でもひとつ抜きんでてるよ」
「そりゃどーも……。うっわ!」
「だからこそ言うぞ。本気でやれよ。じゃないと除籍だ」

評価を高くしていただけるのはありがたいんですけどね!出る杭は打たれたくないんで悪目立ちたくないんです!なにしろ早々に引退したいので!
そんな私の野望も知らず、相澤先生は攻撃を仕掛けてくる。髪の状態を見るに能力を使用されているから、こちらの個性の使用は厳しい。

「ずいぶん本気じゃないですか……っ!」
「常に実戦だと思えよ。どうした、本番なら死んでるぞ」

ご心配なく!私早々に引退するので!と叫びたいのを我慢した瞬間、避けた捕縛布が地面を砕いた。

おいおい……捕縛というかもはやそれは拷問器具では……。伸びてくる捕縛布を避けつつ、発目力作のスカウターグラスで成分分析を行う。

多少の構造に特殊なところはあるものの、所詮ただの布だ。そう難しいことではない。主な構成は炭素だ。

問題はタイミング。相澤先生の視界に入っているうちは個性が使えない。肉弾戦でのパワー勝負は体格差があるから積極的に持ち込みたくない展開だ。しかし隙がない。本当に厄介な個性だ。

相澤先生対策がないわけじゃない。けど、追加される敵役に対応ができなくなる可能性が高い。理想は奥の手を使っていることを見せずに相澤先生を捕縛すること…フツーに不可能案件だろ!

そして地味につらいこの子供ロボット…!足枷でしかない。しかし早々に離せば人質にされる未来しか見えない。そうなれば完全に詰みだ。
ロボットを守りながらの応戦は流石に厳しい。しかし、その意図を理解できるだけに恨み節のひとつやふたつ言いたくなる。防戦一方のまま時間が経っていく。

「二度は言わねえぞ。やすやす殺されるなよアルキミスタ」
「どうなっても知りませんよ……!」

個性を使って捕縛布を分解しようとしたその時、ドン、と僅かに背中を押された。衝撃波に近い感覚に思わず腰を落として耐えるが、その後に届いた音に思わずうめいた。

「HEEEEEEEEEY!!!」
「いっ……!」
「マイクか……うるせえな」

突然轟いた爆音に、思わず動きが止まる。耳鳴りが酷く、一瞬方向感覚が鈍った。つーか相澤先生は動じなさすぎませんか!

「へい!待たせたな苗字リスナー!俺も参戦するぜ!」

へらへらとしながらも、いつもの笑みを消してやってきたプレゼントマイクに内心で舌打ちをした。ウザそうにマイク先生を見る相澤先生。声による広範囲の攻撃は敵も味方も関係ないというのにこの対応の差。

雄英同期というこの2人は、既に幾度となくチームアップをしている。お互いの手の内を理解した2対1は分が悪い。一度身を引くか、と脳内で地図を開く。どこか逃げられる場所は――!

「おいおい、余所見するな」
「yeaaaaaaaah!!」
「〜〜〜〜っ!」

相澤先生の相手をしながら、乱発されるマイク先生の攻撃に耐える。マイク先生の遠距離攻撃は無差別かつ甚大。
攻撃に集中できないうえ、相手は相澤先生!これはあれか、にげられない!ってやつか!
あと5分もすればまた先生が追加される。状況が絶望的すぎてもう一周回って怒りが沸いた。というか本当に勝ち筋なんてあるのか……!?

「教え子相手に随分じゃないですか……!?」
「悪いな、苗字。こっちにも事情がある」

事情……?生徒相手に大人げなく実力をさらすことに一体どんな事

「お前に勝ったらボーナス5%増なんだ。悪いな。俺たちのために散ってくれ」

おのれ校長!!!!





「なあ……、先生たち本気じゃねーか?」

モニターに映る最後の試験は苗字さんと複数の先生たちによる、明らか差のつけられた試験内容だった。発表されたとき、珍しくかっちゃんが絡みにいかなかったから、きっとかっちゃんも認めているんだと思う。

少し時間を空けて行われた苗字さんの試験。保健室で眠っているかっちゃん以外のみんなが、その行方を固唾をのんで見守っていた。僕もリカバリーガールに治してもらって速攻戻ってきてみんなと一緒に鑑賞している。この試験は熱すぎる。

モニターに映る苗字さんと先生達は、上鳴くんの言うように確かに本気を出しているように見える。どうしてなんだろう、と思っても当然だけど答えは出ない。それどころかさらに激しくなっていく。

プロにも引けを取らない攻撃の連続に、すごい、と心臓がどきどきした。
でも、やっぱりプロの壁は高い。時々カウンターで攻撃するけど、基本は苗字さんの防戦一方だった。マイク先生が登場したことで一気にバランスが崩れて、ますます分が悪くなった。

「くそっ……!がんばれ!苗字!」
「いけ!そこだ!……ああー、やっぱキツイか……」

ロボットを逃がした苗字さんの一瞬の隙をついて、相澤先生が苗字さんのマウントを取った。切島くんと瀬呂君が残念そうに声を上げた。

モニター見ている轟くんや飯田くんの表情が曇る。何してるんだ、と言いたげな表情だ。僕もそう思う。いや、苗字さんのことだから、きっと、まだ何かあるはず。

だって、まだ目が死んでない。



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