えっ…別室に呼び出されるの私だけですか!?

「くそ……!くそ……!なんでだ……!!どうして、どうしてこうなった!!」

喋れば喋るほど息が上がるのは分かっている。それでも叫ばずにはいられなかった。
口から出てくる悪態は誰にも拾われることなく、薄暗い地下通路に反響して消えていった。こちらの居場所を伝えてナイトアイたちと合流したいが、それよりも先に敵に位置を補足される可能性の方が高い以上、下手な手は逆効果となる。分かってる……!

だが!だが、それでも言わせてほしい……!

「どこ!?!?ここ!!!」

わん、と怒りに包まれた自分の声が薄暗い廊下に響いていった。




決行日当日。
作戦は機動隊と組織対策犯罪課の刑事、そしてヒーローの合同で行われることになった。
八斎會から先に手を打たれるというイレギュラーがあったものの、ナイトアイを先頭にエリちゃんが監禁されている地下へはなんとかたどり着くことができた。序盤でリューキュウという戦力が持っていかれたのはかなりの痛手ではあるが、致し方ない。

できれば私も地上に残りたかった……!いや無理だけど!
それもこれも、治崎が全部地下にこそこそと抜け穴なんか作るからだ……!まだ軍用ヘリかなんかで正々堂々地上から逃げてくれればいいものを……!

内心で毒づきながらも足を踏み入れた地下は薄暗く、息が詰まるような陰惨な空気が充満していた。ヒリ、と肌がチリつくのがわかる。嫌な感じだった。
薄暗い地下を道なりに進むと進路が壁に塞がれていた。ナイトアイの予知が正しければ、この先しばらくは直進のはずだ。

「進路妨害での時間稼ぎ……狡くて涙が出るね、まったく」
「来られたら困るって言ってるようなものだ……!」
「そうだな、妨害できるつもりなら、めでてえな!」
「ワン・フォー・オール……!」
「コンクリの組成操作します!」

振りかぶった切島の拳と緑谷の足がコンクリートの壁に向かう。破壊動作に入った2人に合わせるようにして分子操作で構造を脆くする。2人のパワーならこれくらいのコンクリは簡単に破壊できるだろうが、敵の戦力が分からない以上、体力の温存はすべきだ。

轟音と共にコンクリが砕かれると、ルミリオンの言った通りに道が現れた。よし、と3人で顔を見合わせて頷き合う。私を含め、緑谷も切島も思ったほど動きは固くないようで安心した。
先に進もう、と言うルミリオンの言葉に皆が警戒をしながらも足を早めた。その途端。

「な……っ!」
「道がうねって……!」
「変わっていく……!」
「最っ悪……!」

不気味なうめき声と共に地震のような揺れが襲ってきた。
本部長、入中の個性だというそれはリストにあったよりもかなり拡張されたスペックだ。もはや本人かどうかも疑わしいレベルである。
外部の人間と手を組んだ可能性も考えられるが、治崎のような警戒心の強い人間がこのタイミングでの大役をぽっと出の人間に任せるとも思えない。ということは。

「入中だと、すると……まさかブーストされてる、うわっ、んですかね!」
「こんなん相当体に負荷がかかるはずやで……!イレイザー、消されへんのか?」
「本体が見えないとどうにも……」
「いずれにせよ、ノーリスクでブーストが出来るとは思えません……!いずれ効力切れは来る、短期決戦したいのは互いに同じで……すっ!?!?」

イレイザーとファットガムに返そうとした言葉は、途中で強制的に切られた。予想外の浮遊感に臓器が体の中で浮いたような、覚えのある浮遊感に喉の奥がヒュ、と音を立てた。

――は!? 地面っ、消え……!?

視界に驚愕に歪む切島の顔が一瞬だけ映る。向こうも信じられないという顔をしていたが、切島の足元に穴はない。ということは!?わ、私だけ!?

「う、うそだあぁあぁ!!!!」
「っ、苗字!」
「苗字さん!」

焦ったような相澤先生と緑谷に何かを返す間もなく、コンクリートの壁で視界が塞がれた。緑谷たちの姿が見えなくなるのはあっという間だった。
私の個性は反射で使えるほど簡単なものじゃない。個性を使うための計算が出来なければただの人間だ。高い場所から落ちれば怪我をするし、当たりどころが悪ければ死ぬ。まずい、と焦る心を落ち着けて演算を展開すると足の裏が固い床に触れる感覚を覚えた。

「〜〜〜〜っ、あぶなかった……っ」

幸いなことに、特に妨害もなく着地は出来たらしい。内心で安堵しつつもすぐに臨戦態勢を取ったが、探ってみても周りに誰かの気配はない。
シン、と静まり返った廊下に私の震える息だけが落ちていった。上下左右しっかりと確認して、ざあ、と血の気が引いていった。

ここ!!どこ!?!?

そうして、私は敵陣のど真ん中で強制的に孤立無援の状況に追い込まれたまま――現在に至る。





カツカツカツカツとブーツの踵が苛立つように音を立てていた。自分でも思い切り顔を顰めながら走っているのがわかる。これが街中だったらティッシュ配りや居酒屋の客引きだって思わず手を引いてしまうレベルだろう。とにかく、私はひたすらに走っていた。もちろん当てはない。

「ふざけるなよ……!突入してものの数分で分断とか……!信じられない!こんな繊細に個性が使えるならもっと世のため人のために役立ててよ……!」

最初こそ周りを警戒していたが、敵の視線も、壁が動く気配もなかった。落下の滞空時間感覚だけで判断するなら、ゆうに3フロア以上は落とされている。当然ながら味方の気配は欠片もない。
せめてもの救いは、先程のようにコンクリートが動く気配がないことか。離れたエリアを同時に動かすまでにはブースト剤も及ばなかったらしい。早い話、放置されている。
一刻も早く単独行動を解消したいが、あのブーストが終わらない限り、合流は厳しいだろう。近づけば延々と妨害されることがわかっている以上、ただの時間の無駄である。

「進むしかない、とはいえどこに向かってるんだ……!!」

分断された以上、数的不利の状況は覆らない。いつ囲まれて殺されてもおかしくない。
その状況を作り出さないためには、とにかく補足されないよう動き続けるしか今の私に出来る術はなかった。逃げているともいう。しょうがないだろう。こっちだってみすみす殺されたくはない。

それにしても、忌々しい……!だいたい、対応が早すぎるんだが!?
事前に計画が漏れていたとは考えにくい。おそらく個性の闇リストを持っていて、リストに合致した人間を排除するように命令されていたんだろう。用意周到さもここまで来ると嫌になる。

そしてこの周到さを見るに、指示したのは間違いなく治崎だ。そこら辺のヤクザとはレベルが違う。連合と決裂したという警察の見立てはおそらく正しい。仲違いするわけだ。やり方が合わない、連合とは。絶対に。

それにしても、もう10分近く走り回っているが一向に変化がない。向こうの出方がわからない以上何も出来ないが、だんだん腹が立ってきた。こっちはハムスターの滑車じゃないんだ。ずっと同じところを走らされているような気がして不愉快だ。

私なら分断した後に、数的優位に持ちこんで確実に撃破する。だが、いまのところその兆しは全く見えない。アマチュアのひよっこヒーローとはいえわざわざ脅威となる個性を分断させて、そのまま放置する理由か普通?すぐに処理できるタスクの後回しはおいおい己の首を締めるぞ……!それとも脅威になりえないということだろうか。……いや。

「……そもそも、分断した理由って何……?」

待て、と自然と足が止まった。本当なら動き続けるべきだが、それ以上に思考を止めたくなかった。

八斎會の最優先事項は逃亡だ。次点で天敵ともいえる個性を持つイレイザーヘッドと私の排除。なぜなら、今後の連中の資金計画にも支障が出かねないからだ。ヒーローとの追いかけっこが長期戦になった場合、不利に追い込まれるのは連中だ。

だから短期決戦で最大の効果を上げたい。けれど。逃亡が最重要事項としても、せっかく手間を掛けて得たこのチャンスを治崎ほどの男が、無意味に捨て置くだろうか。

――いや、絶対にしない。

断言できる。治崎はそんな詰めの甘いタイプではない。計画に支障が出そうな人間をここまで追い詰めて放置するとは考えにくい。結果的に掛けたコストより多くの利益を回収できるなら、たとえ計画外でも実行することに躊躇はしないだろう。長期的な視点で判断ができる男だ。でなければ時間の掛かる違法薬物の精製など行わない。
そして、今私がこうして攻撃してこないということは、つまり、攻撃ができない理由がある。

私自身に。
そうだとすれば、その理由はひとつしかない。

その結論に達した瞬間、バシンと何かを弾くような音が静寂を打ち砕いた。音のした方へ顔を向ければ、突き当りの壁が消えてぽっかりと穴が開いていた。その奥から怜悧な黄金色の視線が向けられいるのがわかって、背中にぞくりと悪寒が走った。
思考に耽るあまり警戒を解いていた自分に舌を打つ。しまった。そう思っても、もう手遅れだった。

「――っ、オーバーホール……!」
「ようやく、VIPに会えたよ」

それまでの静けさに小石を投じるような声が届いた。いくつかの足音と共に聞こえてきたその声から感情は読みづらい。
ゆらり、と姿を見せた治崎の顔は会議で幾度となく見たものと同じだった。だが、その堂々とした立ち振る舞いはとてもガサ入れから逃げる途中の犯罪者には到底見えなかった。

「会えて嬉しいよ、苗字名前。いや、太陽の落とし子と言うべきか……。手荒な招待になったが……まァ、許してくれ。ああもしないとお前とゆっくり話は出来そうになかったんでね」
「若、この子供があの……」

治崎に続いて出てきた男が3人。そしてその腕には抱えられた女の子がいた。
十中八九、この子供が緑谷とミリオさんの言うエリちゃんで間違いないだろう。手足の包帯と容姿が緑谷たちから聞いていた情報と合致する。
そのエリちゃんを抱えて控えているペストマスクは幹部にだけ許されたという特徴そのもの。だが、フードとマスクのせいで誰だかわかったものではない。相性の悪い個性とは対敵したくないが、その判断すらできない。じり、と肌がひりつく。

戦うべきか。
いや、そもそもが数的不利なうえに事前に把握した個性とはいずれも相性が悪い。加えてコンクリートしかない地下空間では地の利も活かせない。重力操作も酸素濃度の操作も2手、3手先を考えなければ数で負ける。
援軍は望めない。戦闘手段も乏しい。そんな中では不用意に交戦など愚策だ。ならば、今私が取るべき生存戦略は1つしかない。

「っは、随分な招待ですこと、本当に。同じところを走らされて……まるでハムスター扱いでもされてるのかと思ったよ」
「正直、こっちもお前みたいな大物が来るとは思わなかったんでね。神野の一件以降、雄英の箱に大事に大事に仕舞っておかれるかと思ったんだが、会えてうれしいよ」
「お生憎様。飼い殺されるのも古いルールに縛られるのも一等嫌いでね」

吐き捨てるように、だが刺激しないだろうギリギリのラインで不満を言えば、治崎は肩を竦めた後、不意に黙り込んだ。互いに黙する時間が、訪れた。そして、その沈黙を破るように治崎が息をこぼした。

「古いルールか……。お前がそう思っているならこっちとしても交渉のしがいがある」

交渉?一体、なんの。
私がその問いを投げかける前に、治崎の目がこちらを射抜いた。
狂気にも似た感情がその視線に込められている。ぞ、と背中に寒いものが走った。

同じだ。直感的にそう思った。

「単刀直入に言おうか。俺たちと来ないか、苗字」

あの、塾長と。妄信と、崇拝と、貪欲さを隠さない獣が。
私の前にまた現れた。
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