本人不在で会議を進めないでほしい

初めてのヒーローインターン。そこには、僕の知らない世界が広がっていた。

ナイトアイにオールマイトの後継者と認めないと言われたこと。オールマイトに宣言された恐るべき未来のこと。助けを求めて来た女の子の背中を、為す術もなく見送ったこと。
その背中に、クラスメイトを思い出したこと。

仮免に合格したときには、これで誰かを守れると思った。大きく前進出来て、オールマイトに近づけたんだと思った。けど、仮免を取っても街中でヒーロースーツに身を包んでも、僕が思うよりも出来ることは少なかった。その証拠に、肝心な時にたったひとりの小さな女の子すら助けることが出来なかった。

ナイトアイには自惚れるなと戒められたけど、やっぱり心の何処かであの小さな手を、震える体を、離してしまったことを僕は後悔していた。何のために仮免資格を取ったのか、そんな後悔が少しだけ僕の心に積もっていた。
この会議に参加するまでは。

「その弾薬っちゅうんが厄介やな」
「その子供の体が使われてるっつー根拠はねえが、……イレイザーの抹消が効かない可能性も考慮すると、もう1人くらいは解毒人員がほしいな。これだけの案件だ。手札がありゃそんだけ計画の成功率が上がる」

ヒーローの口から出てくる言葉がとんとん拍子に物事を進めていく。
プロがどんなことを考えて作戦を立てているのか、その視野の広さに舌を巻くと同時に焦りが生まれた。
エリちゃんをなんとか救わなくては。そのためには僕には何が出来るだろう。自惚れるなとナイトアイには言われたけれど、それでも諦め切れなかった。どうしたらいい。
どうすれば、あの恐怖に震える瞳にもう大丈夫だと言えるだろうか。

「打ち込まれた後じゃ遅すぎるわね」
「誰かいねえのかよ、薬を無毒化できる個性の持ち主」
「無毒化できるヒーローに心当たりはあるが、『毒』だけだ。今回みたいな特殊な成分を含んだ場合は対応できないらしい」
「せめて重要な個性を破壊する物質だけ分解でもできればいいんだがの……」
「分解……」

そうだ、と頭に1人の姿が思い浮かぶ。日々の訓練でかっちゃんの爆破や轟の炎熱を根本から無効にする姿。個性そのものを無効化するのではなく、物質の形や分子操作が出来るなら。
無毒化も出来るんじゃないだろうか。

「苗字さん、とか」

僕のその言葉は思ったより大きな音となって会議の場に落ちた。一斉に僕に向けられた視線は音がするんじゃないかと思うくらいで、正直かなり焦った。いつもの調子で独り言のつもりだったのに……!こ、これは発言していいんだろうか。
というか僕らみたいなインターン生が作戦に口を出すのっていいのか、と発言を迷っているとそれより強い、刺すような視線がナイトアイから向けられた。

「発言時は所属事務所とヒーロー名を名乗ること」
「は、はい!すっ、すいません……!ナイトアイ事務所のインターン生、デクです。えーと、アルキミスタ……!同じ雄英高校の同級生に操作の個性を持つ人が……!彼女なら、個性を破壊する物質の分解が出来るんじゃ……ない、かと……!」
「そうか!確かに苗字さんなら!」

通形先輩がポン、と手を叩いた。確かに、と切島くんや麗日さんから似たような呟きが上がった。けれど、ヒーロー達には不安にも近いざわめきが広がる。

「苗字……少女Aか。おいおい大丈夫なのか?」
「実力があっても適性があるかわからんな」

ロックロックや他のヒーローたちが口々に不安を口にした。街中で見ていたモニターの前で、苗字さんを知らない人たちが口々にしていたものと同じような疑心と。

苗字さんの神野で植え付けられた印象。それがいかに深く根強いものかがわかる。余計なことを言ってしまったんじゃないか、と胃の奥を撫でられるような嫌な気持ちになる。
彼女を貶めてしまったんじゃないか、という僕の居心地の悪さを拂拭してくれたのはナイトアイだった。

「この件については、私から。端的に申し上げれば、私も彼女の作戦への参加を希望します」

ざわ、と今度こそ大きなざわめきが広がった。僕が思い付きで漏らした案がナイトアイの言葉で一気に輪郭をはっきりさせていく。なんとなくで聞いていただろうヒーローたちも、ナイトアイの言葉に耳を傾けた。

「僭越ながら私なりに評価をさせていただければ、現状把握の的確さ、具体的な解決案の立案、一手先を見据え他者との連携を想定して動く勘の良さ。そして最適解を出すまでの合理的な判断力――もはや新人の域でありません」

苗字さんにナイトアイとの接点があったなんて、知らなかった。だから僕がインターンを決めたときにあれだけ羨ましそうにしていたのか、とようやく合点がいった。
まだ仮免がなかった時期とはいえ、一緒にやったことのあるプロヒーローからこれだけ高い評価をしてもらってるなら、インターンに行きたいというのも納得だ。

だからこそ、焦る。
苗字さんほどの評価を僕はもらえていない。本来座るべきだった苗字さんの枠に僕が収まったのは、僕の実力じゃなくて、僕がオールマイトの後継者だからだ。申し訳なさと共に、自分が不甲斐なく感じて思わず拳に力が入った。

「個性コントロールを含めた実力は申し分なし。呼べば確実に戦力としてその力を発揮するでしょう。我々が求める『解毒剤』としての役割以上に」
「ナイトアイがそこまで言うならここに呼べばいいじゃねえか」

鶴の一声、とばかりに苗字さんを招聘する流れが出来上がっていた。それはつまり、ナイトアイの判断にみんなが信頼を置いているということだ。
実績が信頼を蓄積していくのだとこんなに痛感することはない。僕には足りない。ナイトアイからの信頼も、信頼されるだけの実績も。エリちゃんを救い出したいのに。今の僕には、何もかもが足りない。

「ええ。ですが問題が。彼女はどこのインターンにも参加していません。私の一存ではインターン生でもない彼女を参画させることは出来ません」
「イレイザー、彼女をこのチームに呼べないの?」
「彼女自身インターンには積極的です。……ここだけの話ですが、実を言うとヒーロー公安委員会から強くインターンの見送りを求められています。加えて、敵連合が関わっている以上、雄英としても慎重な判断が必要だと考える案件です。この場ではお答え出来かねます」

相澤先生に直接ヒーローが尋ねると、僕らを一瞥したのちにそう答えた。本人も事情は知っている、と付け加えがあったけれど苗字さんがそんな風に言われているなんて初めて知った。だから猶更、あんなに羨ましがっていたのか。

ギリ、と歯を食いしばる。苗字さんが、どんな気持ちで僕をインターンへ送り出してくれたのか。それを知らず、安易に苗字さんの名前を出した自分が恥ずかしかった。
でも、それでも――エリちゃんを救うためなら。そんな感情、どうだっていい。

「私から上に要請をしてみましょう。判断は公安委員会と、雄英に任せますが、私としては捜査に協力頂きたい。どうぞ、よろしくお願いいたします」

その話を最後に、協議会は終了となった。僕に、少しの居心地の悪さを残して。




「――で、各所の了承が通ったわけだ」
「冗談ですよね?」
「残念ながら」

相澤先生から渡された案件の概要を記載した書類。書いてある内容とこうなった経緯を聞いて思わず頭を抱えた。

反社の武力鎮圧?未知の物質の解読・分解による臨機応変な対応を望む?
本気か?相澤先生はともかくとして、インターン生にやらせるにしては規模がデカすぎる。しかも、しかもだ。書類からわかるこのポジションと有無を言わせない配置。

ど、どう見ても!最前線勤務……!

子供のSOSを無視しない精神は崇敬されるべき善行だが、それとこれとは話が違う……!私が望んだインターンはもっと街のパトロールとか、そういう生命の危機が低い案件から着実に経験を確保していくことなんだ!!
しかも敵指定団体とは名ばかりの児童監禁、違法薬物売買、殺人なんでもありの倫理ゼロ集団が相手だと……!?相手はこちらを100%殺す気で来るに決まってるだろうが。街中で暴れるチンピラに毛が生えた敵とはレベルが違うんだぞ!

大体、インターン生とはいえこちらは現場も知らない新人である。確かにナイトアイから即戦力評価されてるのは有り難い。有り難いが……!
まずは小さな案件から順当にステップアップしていく、もしくはスキルに見合った案件を担当させるのがセオリーだろうが。これはどっちも満たさないぞ!物事には順序ってものがあるんだがご存知ない!?
だとしたらヒーロー公安委員会はこのヒーロー飽和時代にあたって人材不足に陥っているというのか……!まったく嘆かわしい!

ナイトアイは百歩譲って正当な評価の結果だとして、どちらかというと問題は公安のこの書類!
『段階的な実戦形式の導入による本人の動機向上を目指すため貴校におかれましては積極的なインターンおよび作戦への参画をご検討いだきたい』!?信じられない、私が敵連合にトラウマを覚えていたらどうするつもりだ!

私学だったら教育機関への過干渉で突っぱねられるが、悲しいかなここは国立。御上の言うことを無視はできない!くそ!こんなものパワハラだ、いやモラハラだ!訴えてやる!

しかし、しかしである。相澤先生にインターンに行きたいと大口を叩いた以上、今更辞退は出来ない……!そしてなによりそんなデカい会議の場で私の作戦参加が検討されている以上、ここで断れば『インターンのくせに仕事をより好みする新人』とかいう最悪の烙印をおされかねない!!

「俺だって反対だ。だが作戦の成功確度を考えるとどうしてもお前が必要だ。現に警視庁からも協力要請が来ている」
「す、すこし考えさせ――」
「作戦に参加するなら一時的にインターンを認めることになる。その場合はナイトアイ事務所が受け入れを容認してくれている。緑谷、通形と同じくナイトアイ事務所でインターン活動を行ってもらうが……」
「行きますっ!!行かせてください!」
「お前……」

そんな目で見ないでほしい!
だってしょうがないじゃないか!1度断られているインターンの敗者復活枠だぞ!!是が非でも手にしたいに決まっている!!

今の私に足りないものは業界の信頼。仮免を取得出来たとはいえ、未だ資質に懐疑的なヒーローも少なくない。そういう意味合いでは、他のA組の面々と同じラインに並べた訳ではない。少女Aという私のイメージを覆すには圧倒的な実績と、プロヒーローからのお墨付きが必要なのだ。

雄英教師もプロヒーローだが、関係者である以上カウントはされない。あくまで第三者的立場のプロヒーローからの支持が不可欠。
今回の件はそれらを全て解決する。私が仮免を取るにふさわしい実力と精神の持ち主であること、有益な人間であることをヒーローおよび警察、公安に証明できる千載一遇のチャンス!

その点ではナイトアイ事務所なら実績・ネームバリュー共に十分すぎる。正直受け入れてくれたナイトアイには感謝しかない。しかも、他のヒーローも参加するということだが、地方で名前の通ったヒーローが多い。上手くいけば一気に私の評価を広げられる。一石二鳥どころか三鳥、四鳥も夢ではない。

真面目にコツコツ外部に顔を売っておいてよかった〜〜!
いつまでも雄英に閉じ籠っていては名誉挽回など不可能。こちらから能動的に動かなければ業界の信頼は回復しない。やはり事態の打開には能動的なアクションと地道なセルフマーケティングに尽きる。

惜しくらむは私の想像よりも1万倍くらい物騒な案件だったことか。だがしかし、ナイトアイ事務所でのインターン実績を考えればおつりがくる計算!警察と関わりがあるということで公安からの信頼も厚い。いいぞ、追い風だ!はーっはっはっは!

「お前……ほんと……ハァ……」

相澤先生の深すぎる溜息が部屋に零れた。


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