突然のリスケ対応にも限界はある

王族貴族にはじまり魔法使い、南の蛮族、果ては魔王軍とくれば、否が応でも理解する。よくあるファンタジーの世界の世界に生まれ変わってしまった。――21世紀の日本でビジネスマンとして労働に励んでいた記憶を持ったまま。

悪夢だ。治安もさることながらなによりも衰退した文明に絶望しか感じない。
なんの冗談だ、夢なら醒めてくれ。
こんな蝋燭と徒歩移動中心の文明なんて誰が望んだ!!あの便利で衛生的だったミレニアムな年代に帰せ!!

幾度となく願ったが、何度寝ても覚めても発達した高層ビル群が目の前に現れてくれることはなかった。詰んだ。
しかし嘆いていても現実は変わらない。どんなに叫んでもWi-Fiが飛び交う世の中になるにはあと1000年は掛かりそうである。不老不死でもあるまいし、こうなれば今できる限りの健康で文化的な生活を送るために最善を尽くさなければならない……!これは生存戦略だ……!

私の知る世界の歴史とは完全に異なっていたが、どの世界でも世知辛いのは変わらないらしい。持つものは持ち、持たざるものは持たない世界は、絶対的とは言わないまでも身分に基づいた階級社会が一般的であった。つまり平民は一生平民。貴族は一生貴族である。ただ、幸運だったのは私が生まれた国は、優秀な人間にはそれなりの地位を認める能力主義の風潮があったことだろうか。

ならば、せめて能力で優遇がされやすい職業につくしかない。そんな合理的思考のもと、選んだ職業はーー軍人だった。
私の生まれた国は大きな国に囲まれ、地政学的なリスクを負いながらも逞しく生きている小国である。北国と呼ぶに相応しい位置では資源も豊かではない分、人的資源が全てだった。国力とは資源。資源とは人。人とは能力。
つまり能力を持つ人間は価値がある、価値があるなら積極的に国家中枢へ登用すべし、という一歩間違えれば徴兵制度になりかねない風潮だが、評価されるのであれば全力で乗るしかない。

そういうわけで、私は前世の経験をフル活用して職業軍人になった。
若い人材はただでさえ重宝される。加えて、合理的かつ客観的な意見を具申できればあとはエリートコースまっしぐらである。目指すは安全な後方勤務で実績と地位を積み上げて安泰な暮らしだ!

そう目指して愚直に働くこと数年。私は順風満帆に参謀将校の地位を獲得していた。

はーっはっは!!アドバンテージは活かしてこそ!!コーヒー片手に暖炉付きの参謀室勤務は最高だな!!さらば最前線!!さらば24時間体制勤務!!

――しかしながら。人生というものはそう簡単に上手く行くものでもなく。そして、大概上手くいっているときほど、落とし穴に嵌りやすいのである。




「い、今なんと……?」
「苗字少佐、貴官には魔王討伐に向かう勇者一行の動向を監視する、参謀本部直属の特命についてもらう」

この世界において、魔王という存在は絶対的かつ強大な敵である。そして、その魔王討伐を果たした勇者という存在はこの世で最も大きな力を持つことを意味する。ただでさえ各国が魔王討伐に手を拱いている状況が数百年続いているこの現状だ。
その状況を打破した勇者ともなれば、もはや数人で数万の軍隊に匹敵する大いなる力、すなわち軍事力に等しい。

そして、魔王という共通の敵を有する今、幸いなことに国家間での戦争はここ数十年起きていない。仲間割れをしている場合ではないというべきか。
しかし魔王討伐が実現すれば共通の敵を失い、国家間のパワーバランスが崩壊することは目に見えていた。加えて、魔王を屠るほどの力を手にする国が出来たとなれば、その国が覇権国家の地位を狙いに行くのは自明だ。
残念ながら人間という生き物はどの世界でも戦争をするらしい。前世は人間同士での戦いだったが今回は種族が異なる分、更に質が悪い。

話を戻す。もし魔王が討伐されたとなった場合、残念ながら我が国のような小国は列強各国の侵略に耐えられる程の軍事力は持ち得ていない。
そこで参謀本部は考えた。自国を守るためには同盟を結ぶべきだと。
国家の生存戦略として決して間違いではないが、問題はどの国と手を結ぶかだ。そして手を結ぶのであれば、強大な力を持つ国、すなわち勇者輩出国を選ぶべき。

「貴官には魔王討伐の可能性の高い勇者の情報収集および、他国より先んじて同盟を結ぶべき国家選定任務についてもらう」

いやいやいや国家選定って……要はスパイしてこいってことでしょ!?
そんなの、情報戦の最前線じゃないか!!なんでそうなった!?どうしてそうなった!?
い、嫌だ!なんのために上官からの無茶振りに応えてここまでコツコツ階級を上げてきたと思っている!!私はコーヒー片手に戦略室で会議をしていたいんだ!それを陰謀渦巻く情報戦だと!?こんなの死んでも文句を言わない狂信的な愛国者がつくべき任務だろう!拷問されても祖国の情報は売らない、必要であれば自死を選ぶなんて冗談ではない!

「――不服かね?」

私の雰囲気から察したのか、参謀長官の眉が上がった。ギラ、と射抜かれた視線から戦場を掻い潜ってきた軍人特有の迫力を感じて思わず息を呑む。
怯めば図星と捉えられる。ついでに上層に不満ありと勘違いされて前線で酷使されるのは何が何でも避けなければならない……!臆病者に対する軍の評価は矢尻のない矢よりも低いのはもはやわかりきったことだ……!

「とっ、とんでもございません参謀長官殿!身に余る光栄です……!ですが、その、私は諜報員としての訓練は積んでおらず……!」

かといってこのまま前線も避けたいところ……!なんとか異動日を遅らせられないかと思ったが、相手が一枚上手だった。

「心配するな。貴官のために特別カリキュラムと講師を用意した。――ホークス」
「どうも〜、名前さん、同期会以来ですね。いや〜俺みたいなのが優秀な名前さんにモノを教えるなんて恐れ多いっていうか、はは。まあよろしくお願いしますよ」
「っうぐ……ほ、ホークス……!」

にこにこ笑いながら出て来た年上同期に思わず白目を剥きそうになった。よ、よりによって私が一番苦手な同期だと……!!こいつそもそも今どっかの国に内偵中じゃないのか……!?よ、余計嫌になった!!
しかしながら、命令拒否は銃殺刑にも近い蛮行。軍人である以上答えは、ハイかイエスかのどちらしかない。故に、答えはもう決まっている。

「っ、は、苗字名前、特命任務、拝命いたします……!」

い、いやだァ〜〜〜〜〜〜!!!!





数カ月後、一通りの訓練を終えた私は行商と身分を偽って、勇者捜索ため情報収集の旅に出た。物を売りつつ各地にいる工作員から情報を聞き出し勇者の行方を追うという作戦だ。
もし勇者を見つけた場合、近づきすぎず情報収集を行い本国に情報を送る。もちろん勇者一行に帯同するという作戦も検討されたが、断固としてこちらの作戦の優位性を説いた。頑張った。

そもそも、勇者一行に加わって魔王軍と戦う?ふざけるのも大概にしてほしい。こちとらただの軍人。何が悲しくて勇者なんていう慈善事業に付き合わなければならないのだ。軍人になったのだってさっさと参謀本部で業績を上げ、そこそこの地位で退役し、安心で安泰な生活を送りたいだけである。
それがどうしてこんなことに……。

なにはともあれ、同じ最前線ならまだ魔王とかいう倫理がぶっ飛んだ存在より同じ人間の方がまだ思考が読める、という持論のもとなんとかこの行商作戦をつかみ取って今に至る。超頑張った。そう、超頑張ったのだ。私は。

「ヘッヘッヘ……お嬢ちゃんその荷物金になるんだろ?置いてけや」
「荷物さえおいて行けば命は助けてやるぜ……」

そう、超頑張った私は任務に出発してすぐトラブルに出くわした。わかりやすく野盗である。
この辺の国と国を結ぶ街道には盗賊が出ると聞いていたが、まさかこんなテンプレート集の1つ目に該当しそうな輩が出てくるとは思わなかった。
なんというか、もうご愁傷さまと言うしかあるまい。数いる行商のうち私を引き当てた運の悪さを呪ってほしい。

これでも弱小国とはいえ現役の軍人だ。野盗如きに負けるほどヤワな体作りなわけではない。体術、魔術に加えてホークスとの超圧縮訓練を乗り越えているのだ。

思い返せば本当に地獄だった。この任務が終わったら絶対に八つ当たりしてやる、という気概だけで乗り切った気がする。
……なんだかあの胡散臭い笑みを思い返したらイライラしてきた。これはもうストレス発散に付き合ってもらうしかない。私のために散ってくれ。

これは正当防衛かつ治安維持の一環である、と呪文の詠唱を始めようとしたその瞬間、目の前一面が氷に覆われた挙句、その氷を砕いて何かが飛び出してきた。それと同時に誰かに庇われた感覚に思わず出そうになった声をなんとか押し留めた。――は?

「大丈夫ですか!?っ、轟くん!かっちゃん!!」
「行くぞ、爆豪!」
「俺に命令すんなっつってんだろうが!!」

飛び出た影にボコボコにされる野盗。いや、それはいい。問題は、そのボコボコにしている人間だ。いや、いや、え??待って、ちょっと、あの……なんか、嫌な予感がする。

「大丈夫ですか、怪我は?」
「い、いえ……あの、大丈夫です、ハイ……あの、あ、あ、あなた方は……」
「良かった、ええと、僕たち魔王を倒すために旅をしていて、野盗に襲われているように見えたので助けに入ったんです。怪我がなくてよかった」

ほ、と安心したように息をついた少年がにこりとほほ笑んだ。その一方で私の背中にはダラダラと嫌な汗が流れている。この髪色、そばかす、装備、性格。なにより、似顔絵と一致した人相。

「おい、クソデクなんだその女ァ」
「緑谷、その人は平気か」
「かっちゃん、轟くん。大丈夫、怪我はないって!」

まずい。やらかした。完全に、アウトだ。だって――こいつら、私がマークする予定の勇者一行だ!!!!

緑谷の呼びかけた方にぎぎぎ、と顔を向けると、そこには南方蛮族の伝統衣装に身を包んだ金髪の男と、顔に火傷を負った赤白の髪を持つ男がいた。
ひっ、と思わず喉が引き攣りそうになるのをなんとか堪える。

私を支えている少年は人相がそのまま緑谷出久だし、呼び方も一致する。ただでさえ隠密を徹底しようとした矢先に接触したのは致命的だというのに、大問題はこっちの2人!!どう見て南方蛮族の筆頭、爆豪勝己!!しかもこの特徴あるツートンカラーの髪、完全にエンデヴァー王国の第3王子、轟焦凍!!

き、き、聞いてないが!?この2人が緑谷と行動を共にしてるなんて、聞いてない!!
蛮族が人間と行動を共にするのも全然わかんないし、轟焦凍に至っては王族!それが何がどうなって勇者一行に加わったんだ!!意味が分からない!!
というかエンデヴァー王は知っているのか!?くそ、お家問題が激化してるってこのことか!!蛮族も移動したんじゃないかって言ってたのはこれが原因!?

「てめェ、女が1人でウロウロしとんな。目障りだ」
「おい、爆豪。何か事情があるかもしんねぇだろ」
「てめえは俺に指図すんじゃねえよ!事情もなにも荷物見りゃ行商だって分かんだろうが!のこのここんな道歩いてカモられるこいつがワリィだろうが!」

爆豪の声に思わず頭を抱えたくなった。人の記憶に残るような大通りを使うのを躊躇った結果これだ。回避行動が仇になったうえに、ターゲットにここまで近づいてしまうなんて誰が想像しただろうか……!

まずい、ここは穏便かつ適当にお礼をして一刻も早くここを離脱すべきだ……!これ以上計画が狂わされるのはごめんである……!初っ端から計画失敗なんていう実績などそれこそ降格の原因になりかねない。さらに、わが軍はこの計画にそれこそ人的コストを掛けている。降格ならまだいい。計画失敗となれば最悪、最前線送りの末適当な理由を付けられて殺されてもおかしくない……!

心臓がめちゃくちゃ嫌な音を立てている。当たり前だ。野盗に襲われるよりも圧倒的に命の危機に瀕しているのだ。胃に穴が開きそう。というか、嘆いている場合ではない。早く次の手を――、と思考を巡らせる私を遮るように緑谷がにこりと笑って声を掛けて来た。

「このあたりは治安も悪いですし、良ければ次の町まで僕たちとご一緒しませんか?」
「見たところ、結構いい品も持ってるし、このまま1人はまずいだろ」
「い、いやあ……はは、大丈夫です、一応、その、魔法も使えますし、今まで1人でも大丈夫だったんで……」
「てめぇ、そういや、さっきも珍しい魔法使おうとしてたよなァ……?」
「は、ははは……いや、そんなことは……!」

ばっか!!余計なところに興味を持つな蛮族!!
というかこの中だったら一番反対しそうな奴だからひっかかりそうな所を攻めたのに、なんでこうなる!!そこは『今まで1人なら俺らが護衛する必要もなさそうだろ勝手にしろ人間』が蛮族のセオリーだろうが!

あああまずい、なにがまずいって、これ以上緑谷との接点を増やすことだ。そうでなければ、プランBに自動で移行してしまう!!プランB――つまり勇者一行に帯同して情報を流す当初の計画。そこに流れが行きつつある!断固として拒否だ!

しかも、この森を抜ければホークスへの定期連絡のタイミングにぶち当たる。そこまでに勇者一行と距離を置かないと、自動的に参謀本部へ報告が流れる……!
最低だと理解しているが……言ってしまえば、この案件は握り潰したい!!隠蔽?事後報告と言え!!

今ならまだ自力でどうにか出来る……!そう思っていたのに。

「苗字名前、商人ギルドBランクなァ……。しかも通行許可書も俺らと同じ国まで発行されてやがる」
「は!?ちょ、なんでギルドカードを……!?」
「すいません、落ちていたので拾いました」

開き直るな第3王子!!勝手に見るな蛮族!!
身分こそバレなかったが、完全に認知された。出身地、ランク、名前すべてがバレた。
ギルドカードには、出発時に次の目的地にあるギルドへの通行書のデータが添付される。魔力を込めればどこから来て、どこに何をしに行くか読み取りが出来る仕様になっている。つまりはパスポートと就労ビザだ。

つまり私は距離を取らないといけないターゲットに自己紹介をしたも同然。なにが隠密計画……完全に致命傷である。
もう嫌だ。どうしてこうなった……!私が進めたかったプランは完全にお釈迦になった。当初の計画通り、勇者VS魔王軍の最前線勤務確定だ。どっちにしろ死にそうだ。

愕然とする私を事情ありと判定したのか、一番魔王討伐に近いと囁かれている勇者・緑谷出久は私に微笑みかけた。人を安心させるような、そんな笑みだった。

「もう大丈夫です――僕らは困っている人を、放っておいたりしない」

その言葉に白目を剥かなかっただけ許して欲しい。



結局、魔王討伐やらエンデヴァー王国の御家騒動やら、超常解放戦線と名乗るパルチザンの蜂起やら。のちに周辺諸国の複雑な問題を解決した勇者一行の1人として名前が知れ渡ることになるとは、この時の私は思わなかったのである。

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