ハラスメント、ダメ絶対

土煙が舞う向こうから白と黒の、壁というに相応しい大きな体躯が現れた。殺気立つその姿にぞっと背中に寒いものが走る。雰囲気、怖すぎる。

『敵が姿を表し追撃を開始。現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ救助を続行してください』
「なんで!!!よりによって!!このタイミングで!!」

なんで私が現場に出ようとした瞬間にこうなるんだ!?タイミングなんかいくらでもあっただろうが!!このタイミングを見計らってるとすれば相当意地が悪い。しかも敵役の選定に悪意を感じる……!オフィスだったら絶対に近寄らないのに!

「ひっ、ギャングオルカ……!」
「苗字か……貴様は相手にすると少々厄介だ。大人しくして貰おうか!」

その言葉と共にギャングオルカが肉迫してきたが、どうにか炭素繊維製のコスチュームを物質操作で硬化させつつ攻撃を受けながす。一撃でも食らったら完全にアウトだ。

というか、しっかり認知されてる!!
名指しされた時には思わず変な声が出たが致し方ないだろう。だって怖すぎる。本当は一目散に逃げたいところだが、この至近距離で敵に背中を向けるのはあまりに不自然!敵前逃亡は銃殺とまでいかないが、合格の道は確実に閉ざされる。結論、対応一択しか道はない!
どうしてこうも最悪の上塗りが出来る!?人の心はないのか公安委員会め!!

内心で公安にクレームをぶち撒けながらも、個性発動の準備に入りつつ相手の観察と情報を記憶の底からさらう。

チャート10位、ギャングオルカ。
見た目どおり、シャチの個性を持つヒーローだ。広範囲攻撃もさることながらその体格ゆえに至近距離での戦闘も強い。
いつだったか緑谷に個性だの必殺技だのこと細かに説明されたが、途中から聞き流していたから細かい情報は知らない。チッ、こんなことならちゃんと聞いとけばよかった!

過去の自分に文句を言いいながらも攻撃体制に入る。一酸化炭素中毒にして戦闘不能にしようと思ったが、相手の個性は海の生物。息継ぎなしでも十数分は行動出来る可能性が高い。そうなるとこの至近距離での一酸化炭素生成は自分ダメージが行きかねない。ならば重力操作で――!

「遅い!己よりもパワーのある相手に持久戦とは、甘いな」
「――っ、相性の悪さは重々承知……!」

個性の適応範囲は視界中央3メートルだ。その視界から外れれば個性は効かなくなる。散ったサイドキック達は対応出来ないが、ギャングオルカ1人ならどうにか足留めくらいは出来る……!

「ほぉ……足止めに徹するか。確かに貴様の噂は良く聞く。優秀だとな」
「それはどうも……!」
「だがこの状況では分が悪いだろう……こうして俺に構っている間に俺の部下が市民を襲うぞ……!並行処理出来てこそ一流のヒーローだ」

確かに、この状況はあまり芳しくはない。そもそも相手は格上だ。向こうに有利なパワーと持久戦に持ち込まれている以上、こちらが勝てる確率は低い。だが、それはあくまで1対1の場合。今ここには私以外にも多くのヒーローが居る。

「ご立派な仕事論どうも……!けど、なんでも1人で全てが出来るほど自己評価甘いわけじゃないんでねーーチームで対応させて貰いますよ!」
「インターバル1秒ほどの振動で畳み掛ける!」

その声と共に地割れが起きて敵役の足が止まった。この個性、あの真堂さんの個性だ。A組のみんなから聞いていた話と一致する現象に、ひとまず援軍が来たと、一瞬だけ気が緩んだ。それが良くなかった。その瞬間、ガッ、と体を掴まれた。ぞ、と悪寒が走って、足が浮いた。


「えっ、うそうそうそ!?ちょ、まっ」


抵抗むなしく次の瞬間、体が宙に放り出される感覚に包まれた。文字通り、投げられた。ギャングオルカに。野球のボールの如く完璧なフォームで。

「ちょ、投げ……っ!うわあああ!」

嘘だろ!?人1人こんなに容易く放り投げるか普通!しかもこのスピードで!?障害物に当たったら中身が出る勢いなんだが!?
しかも投げられた先には、真堂さんが居る。まずい、と思うと同時にすぐ背後に迫る殺気立つ気配。まずい、これは、私が期末試験でやった人間の盾……!

よけきれない、と思うと同時にふと違和感がせり上がる。
さっきのままならギャングオルカに勝敗が上がったはずだ。それをなんでわざわざ仲間のところに放り投げたんだ?
分断、各個撃破以上のメリットがあるとすれば――1度に複数の相手を無力化できると考えたからに他ならない。頭の中にシャチの生態と緑谷の話が甦る。海洋生物、特に鯨類の特徴といえば。

「ぬるい!」
「が……っ!」
「真堂さん!苗字さん!」
「っぐ!う、あ……っ」

ゆれる……!気持ち悪い!!吐きそう!!
視界のぐらつき具合から脳震盪を起こしているのがわかるが、こうなると収まるまで待つしかできない。
クジラやイルカのコミュニケーションツールは音波だ。その超音波の振動エネルギーを利用して直接脳を揺らしに来た。初見殺しだろ、こんなの……!

幸いなことにギリギリで真空の壁は生成できたので脳を直接揺らされるダメージは軽減できた。が、そもそも即席で装甲が薄かったのと、真堂さんとぶつかった物理的なダメージもかなりキている。
やばい、気持ち悪い!!吐きそう!!おええええ!

「ちょう、おん、ぱ……!」
「相手の攻撃を予想したことは褒めてやる。だが、この実力差で殿1人……?なめられたものだ……!」

耳鳴り酷くて何を言ってるかわからないうえに、体も動かない。視界が回って気持ちが悪い!!そんでもって真堂さん、お、重い!!
重なるようにして真堂さんと倒れ込んだせいで圧迫されてさらに気持ち悪い。真堂さんの意識は無さそうだし、避難もすぐには完了しないだろう。くそ、こういう時に本部が指揮を執らなくてどうする……!これだから本部から離れたくなかったんだ……!

そのまま救護所の方に向かおうとするギャングオルカに個性を発動させようとするも、頭が揺れて演算などまともに出来なかった。誰か援軍を、と思った瞬間、冷気が体を包み込む。さらに不自然な強風まで吹き荒れ始めた。知っている、この個性は。

「とどろき、よあらし……」

氷にしろ、風にしろ、あの2人の個性なら広範囲制圧に長けてる。練度も十分。炎と風の組み合わせは火事の際に被害を甚大にするが、逆に言えば敵には最大のダメージを与えられる。
上手く噛み合えば最小人数で制圧が可能だ。救助の要である本部と救護所が襲撃されれば完全にアウトだと思ったが、この2人ならなんとかなるかもしれない。

視界の揺れが少しずつ収まっていくと、次第に聴力も回復してきた。
もう少し落ち着けば演算処理も出来るだろう。そうなればギャングオルカの意識外から攻撃も出来る。気になることといえば、さっきからギャングオルカに攻撃が当たっていないように見えることぐらいか。

なにかの作戦かはわからないが、何かを叫んでいるようだった。状況はわからないが、このまま回復を待って2人の会話から攻撃の方針が見えればいい。そんなこちらの想像を砕くような言葉が飛び込んできて、思わず変な声が出た。

「は?」

まるで、これは。この感じは。いや、どっからどう聞いても……ただの、喧嘩……では……?

「はあ!?誰がそんなことするかよ……!」
「するね!だってあんたはあのエンデヴァーの息子だ!」

不毛ともいえる口論の内容に、ブチ、と頭の中で何かが切れる音がした。


「っ、この……馬鹿共が……っ!!」


ありえない。ありえない。ありえない!!敵、しかも格上を前に内輪揉めだと!?何を考えているんだこいつら!
やばい、全然冷静になれない。当たり前だ、よりによってこんな重要な局面で愚行に走るなんて誰が考えただろうか。いつもの冷静な轟の片鱗など欠片も見えないどころか、爆豪並みにキレている。いやもう爆豪の方がマシだ。

とにかく、頭にきている、などという言葉では表現出来ない。怒髪天を衝くとはこういうことか……!!

怒りに震えて演算もままならないところに、風にのって勢いを増した炎が迫ってきた。まずい、真堂さんの方までは演算が間に合わないと思ったとき、緑色の影が炎の前に躍り出た。


「何を、してんだよ!!!」

もっと言ってやれ!!!緑谷!!!








先程のようにギャングオルカ相手に体術で対応することは難しいが、それでもある程度まで個性を使えるまで回復はした。頭痛は酷いが。
それよりも動けない真堂さんがあの2人の攻撃に巻き込まれないように避難させるべきだ。救助者が負傷する二次災害は減点対象になりうる。連帯責任は避けたい!絶対に!

「――苗字さん!!」
「真堂さん優先!!」

幸いなことに短い言葉の中で意図を理解した緑谷によって、真堂さんは安全地帯まで避難させられた。が、現状は悪化している。

少なくとも、轟と夜嵐はここから撤退させるべきだ。ここまで私情に走った挙句、冷静さを欠いているなら連携など不可能。正直なところ、邪魔以外の何物でもない!
くそっ、こんなの、クレーム処理がマズすぎた挙句、当事者たちがクレーム案件を放置したせいでさらに大炎上したようなものだ。まさしく地獄の案件じゃないか!

冷静な対応?アンガーマネジメント?出来るわけがないだろうが!!こちとらロボットじゃないんだぞ!

「〜〜〜っ、いい加減にしろ!!仕事にプライベートの好き嫌いを持ち込むな!!喧嘩するなら業務時間外に勝手にやれ!!」

その言葉に轟と夜嵐の動きが一瞬止まった。聞こえていようがいまいがどちらでもいい。この2人に対応させれば余計に拗れて、最終的に行きつく先は誰かの首、もとい弱者の命だ。

多少のミスは誰だってする。対応を間違える場合もある。問題はそれをどのように処理したかだ。結果的にクレーム対応が功を奏する場合だってある。だが、それは然るべき対応が、正しい選択をして真摯に対応した場合だ。

最初から感情で仕事をして、重要なことをないがしろにするくらいなら――敵より先に私が排除してやる!

「お前らがやらないなら私がやる!迷惑だ!!――人の邪魔をするなら帰れ!!」


しまった。やばい。
さあ、と急激に登っていた血が下がっていくのを感じた。これは、完全に……言い過ぎた。

「……な、」
「苗字……」

ハ、ハ、ハラスメントしちゃった〜〜〜〜!!!!

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