マルチタスクしたら逆に効率下がった

いやいやいや。何言ってんだ。
マジで、えっ?ちょっと、ねえ、本当に何言ってるの?

「現場で人手が足りてないなら向かうべきじゃないか?」
「敵の出る気配もないし、このまま終わるならなおさら出ておきたいな」

せっかく戦闘もなく大きな混乱もなく、安全かつ穏便に試験を終わらせられるかもしれないのに?どうして?なんでわざわざ飛び込んで行くんだ!?理解できない!

「これだけ混乱がないなら、確かに。本部にこんなに人はいらねーかもな」
「むしろここに過剰な人員を割くことが非効率じゃないかしら?その結果不合格になったら目も当てられないわ」

馬鹿か!?何もないのは人数と能力が足りていて、それだけ円滑に回せているからだ!!安易な人員削減など絶対に行うべきではない!全体のパワーバランスを考えた上で慎重に下さなければ泣きを見るのは自分たちだぞ……!!
退職者が出て一気に労働環境が悪化した部署なんて世の中にどれだけあると思っている!1度そのサイクルに足を踏み入れたが最後簡単には抜け出せなくなるぞ!?

いやだ。ぜーーーったいに嫌だ!!そんな環境、どうしてわざわざ作り出さなければならない!?

他の受験生が救助者というわかりやすい実績を積み上げていく中、救助者ゼロという結果がどのように作用するのか。採点基準が明かされていない以上、不安に思うのは仕方がない。ここにいる受験生たちは気が気じゃないだろう。

それはわかる。それはわかるが、本部の人間がおいそれと離れるわけにいくか……!それこそ責任放棄で減点の対象となりかねないだろうが!わかって言っているのか!?

ヒーローの役割には敵退治、災害救助と大きく2つの路線があるが、どちらにせよ警察や消防への引き継ぎは必須事項だ。特に大規模災害ともなると、どれだけの情報を共有できるかでその後の救助活動が大きく変わる。
しかも今回のようにある程度人手があるなら、少なくとも私たちは情報精度の向上に努めるべきだ。

被害状況の確認。救助専門ヒーローの派遣依頼。要救護者の搬送準備。罹災者の身元確認。
どれだけの人がどこにいたか。救助はどれくらいできているのか。どこにどれだけの人員を割けばいいのか。
今は試験だ。だから明確に救助する人数が決まっている。だが、実際の被災現場ではそれを知ることは不可能だ。あと何人助ければ終わり、なんてゴールが決まっているわけではない。

だから情報が必要なのだ。しかし情報は勝手に入ってくるものでも、ましてや勝手に集まって精度が高くなるわけでもない。誰かがこの仕事に徹しなければ情報の精度は落ちる。
華やかな仕事の影には必ず誰かの献身がある。そして救助活動全体を見れば、今その役割を求められているのは私たちだ。

「でも、ここを簡単に離れるわけにいかないだろ?」
「そうは言うけどよ、誰も助けなくていいのかよ、俺らヒーロー科志望だぜ!?」
「冷静に考えるべきだ。成果のためだけに安易に現場に出るべきじゃない」
「でも試験だ!何もしないで落とされてたまるかよ!」

喧々諤々。意見が激しくぶつかり合っているのを頭を抱えて見つめる。
まずい、非常にまずいぞ……。チーム内での揉め事はとにかくマイナスに働くんだ……建設的な意見交換のはずなのに相手への否定合戦になりかねない……!
仕事に感情を持ち込むなと言いたいが、案外難しいことでもあるのは重々分かっている。人間である以上、どうしても感情があるのは仕方がない。

ーーが、それは今、ここで全面に押し出すことじゃないだろうが!!クラスメイトならわかるが、たかがイチ現場で一緒になった人間相手だぞ!?こんな短期間でどうして揉められるんだ!?適当にやり過ごした方が無難だとなんで割り切れないのか!?高校生ってこんな感情丸出しの生き物だったっけ!?

「苗字さん、君は、どう思う?暫定的に君がリーダーだ。君の意見にしたがうよ」

その言葉と共に全員の目がこっちを向いた。
うっ……面倒くさい。チームのマネジメントの中で一番面倒なのがこういう人間関係が起因のトラブルである。解決の方法が全く見えない。
くそ……!一体どうしたものか……!

と、とにかく、今は全体から冷静に判断すべきだ。

試されているのはこちらのメンタル。結果を残せない焦りが生まれる中でどんな判断を下すべきか、どんな行動を取るべきか。この判断は審査員に見られている。つまり判断を誤れば間違いなく減点の対象になる。
とはいえ、これ以上不満を抱えさせたままここに押しとどめても悪影響が出かねない。それは困る。非常に困る。私の仮免取得のためにも、ここは出来る限りの穏便に済ます姿勢を見せるしかない……!

「………………………わかりました。試験もおそらく終盤。最低限の人数を残して希望者のみの現場状況確認チームを結成します。必要とあれば救助活動を行ってください。ただし公正を期すために救助者を運ぶ、もしくは20分で帰還、交代してください。異論ありますか?」

嫌だけど。マジで嫌だけど……!ここが最大の譲歩だ。
希望者だけがいけばこの不満は解消されるだろう。ついでに明確なルールを設けておけば違反した場合、こちらに非がないことを証明できる。いや、照明せずとも採点者が然るべき対応をするだろう。私とてリスクを追ってまで断罪や非難をするのは避けたい。内輪揉めと取られかねない行動はとにかく回避すべきだ。

「助かるよ……!」
「ーー、本当に君はいいのかい?」
「全員が前に出るだけでは何も進まないこともある。今はここに居る受験者全員が1つのチームです。派手に動く役割がいれば、それを支える役割も必要。チームとして人を救助するということが今の最大の目的です」

私はちゃんと対応したが、そもそもこんな意見を言い出した時点で目的見失ってますけど、と遠回しに嫌味を伝えるが正直伝わったかは微妙である。
1番手を決め始めた様子を横目に見ながらこっそりとため息をつく。
これまでで大きく減点されるようなミスはしていないはずだ。このままヒーローらしからぬ対応を見せなければ合格は確実。
どうかこのまま試験が終わりますように!

――なんて、思っていたら。

「これで全員1度は現場での救助活動に取り組めた。ありがとう、君のおかけだ。だからここは俺たちに任せて君も行ってくるといい」
「いってらっしゃい!現場結構荒れてるから気をつけて行ってくるといいわ」
「山岳ゾーンに雄英が固まっていたぞ」

いやいやいや、そんな配慮いらないんだが!?私はここがいいんだ!どう考えても満たされているだろ、合格基準!行く必要はないんだ!!それをどうしてそんないらない気遣いしようと思った!?善意もここまで見当違いだとこわい!!

「い、いや、あの……大じょ……」
「いいから、いいから!!」
「あの、ですから……!!」
「ここは俺たちに任せて!」

結構です、と言おうとした瞬間背後からの視線を感じた。ごく、と生唾を飲み込む。
見られている、かつ善意の提案ならばこれ以上の固辞は違和感しか与えない……!救助活動に対し消極的と捉えられれば、最悪不合格の可能性も捨てきれない。
ただでさえ私は公安に首根っこを押さえられているのだ。余計な弱みを見せるわけにはいかない。1次試験のように基準がオープンにされているならまだしも、減点式のブラックボックスならなおさら博打だ。

ここは得た情報をもとに最もタスクの軽いところに行くのが得策……!情報を持っているアドバンテージを生かすべきだ。既に救助が完了しているエリアを見回ればそれだけで役割が終わる。我ながら20分のルールを作った自分を褒めたくなる……!

「あ、ありがとうございます……!じゃ、じゃあいってきます!」

とにかく行くしかない。嫌だけど。自分でも口元が引き攣っているのが分かってしまう。悪態のひとつでもつきたくなるが、全て終わった後で言えばいい話だ、と本部を離れて10秒ほどした瞬間。

ドガアアアン!!!

地響きと共にすぐ横の壁が破壊された。

「――救護と対敵」
「え」
「全てを平行処理……出来るかな」

マルチタスクが出来るとやりたいは別物!!!お帰りください!!!


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