社内のパワーバランスが絶妙すぎる

カチン、と固まった緑谷の反応を見る限り私の予想は当たっていたらしい。
こんなちょうど良いタイミングであからさまに2人になろうとするなら何あると言っているようなものだ。それとも無意識だったんだろうか。

「夜食なんて口実でしょ?なんか言いたいことあるんじゃないの?」
「その………あの………いや、でも……なんていうか、それはそうなんだけどそうじゃないっていうか、……いや、やっぱり……!」

ゴニョゴニョと歯切れの悪い答えが返ってきて思わずため息が零れた。緑谷の悪い癖だ。相手の事を考え過ぎて結局どうしたいかが曖昧になりがちになる。配慮の精神は素晴らしいが度が過ぎると身動きできなくなるぞ。
ヒーロー活動時の思い切りの良さはいったい何なんだろうかと思うのもしょうがないだろう。時々爆豪が話が長いとキレているが、どちらかというと煮えきらないところが爆豪の気に触るんだろうな、と多少なりとも共感をしてしまったのは内緒だ。

「あのね、緑谷……仮免のときも思ったけど……あんた抱え込み過ぎ!わかる!?報連相!」
「えっ……」
「報告、連絡、相談!緑谷はどれも中途半端!社会人……インターン生ならどれが欠けててもだめだから!全部ちゃんと出来て1人前だからね!?」
「はっはい!」

背筋を伸ばした緑谷が叫ぶような返事を返した。いや、返事は元気でいいんだがちゃんと分かってるんだろうか……、と不信感を抱いてしまったのは仕方あるまい。
無茶しがちな緑谷だ。本当の意味で理解したか疑問は残る。が、本人がわかったと言っている手前、いつまでもしつこく言うわけにもいかない。ここは信じるが、本当に報連相ができないと後で苦労するぞ……!老婆心ながら忠告はしたからな私は……胸に刻め……永遠に……!

「それで?緑谷がわざわざ2人の時を狙って密談なんて、例のことでしょ?違う?」
「違わないです……」

しょんぼり、と言わんばかりに肩を落とした緑谷にやっぱりか、と内心でため息をつく。
緑谷がわざわざ2人になろうとするならオールフォーワン関連しかない。生徒の中で知っているのは私と爆豪だけだし、爆豪は仮免取得に精を出している以上躊躇するのは仕方がない。ましてや数年単位で拗らせた仲だ。すぐに改善するほど亀裂は浅いわけではない。

となると、消去法で私になるわけだ。まあこっちとしてもある程度のこうなる予想があったから試しに残ってみたのだが、こうも簡単に釣れるとは。
まあ1人で抱え込むよりはマシだと思いつつもひとまず、とキッチンに向かう。

緑谷出久は元より真面目で正義感の強い人間だ。素直な性格をしてるだけに、幼気な子供が被害者となる案件はキツいだろう。ましてやファーストコンタクトは緑谷とミリオさんだ。保護できなかったことで必要以上に責任を感じている可能性も高い。

市街地かつ人のいる時間帯に戦闘を回避したミリオさんの判断は流石だと思うが、一方でその判断を批判する人間もいた。確かに、子供の保護を優先すれば子供を奪われて激情した治崎が公の場で個性を使う可能性は高い。禁止されている個性使用が確認された瞬間に公務執行妨害でしょっ引くことが出来たかもしれない。
が、そんなもののはたらればの話だ。どっちが正しいかなんて誰にもわからない。だからこそ気持ちに整理はつかないんだろうけども。だったら。

「話してみたら?」
「え?」
「私が何か答えを出せるとは思えないけど。愚痴ってすっきりすることだってあるなら話聞くよ。緑谷が話したいなら、だけど」

はい、とインスタントのカフェオレを渡す。グラスに入れた氷がカラン、と音を立てて揺れた。
はっとした表情の緑谷がこっちを見ている。驚きの奥には確かに迷いが映っていた。

「それに……友達なんでしょ?なんでも言えるってわけじゃないと思うけど……聞くことくらいは出来るし。例の件が絡んでるなら他の人に言えずとも私には言えるでしょ」

それで緑谷がすっきりするなら、友達として、話を聞くくらいは出来る。以前の私ならそれも人生だ頑張れ青少年、で終わったが、私も神野の件で緑谷たちには借りがある。
それに、私はもう彼らを捨て置いていい路傍の石として見れなくなってしまったのだ。危険の中に身を置こうとしている彼らに私ができることは少ないが、精神的な一年長者として話を聞くくらいなら私にだって出来る。

グラスを受け取った緑谷が眉を下げて笑った。下手くそな笑顔だ、と思いつつもその目にもう迷いは見られなかった。

「ありがとう……、苗字さん。実はね――」





「なるほど、ナイトアイにねぇ……」
「僕が受け継いで本当に良かったのかなって、……通形先輩の方が相応しかったんじゃないかって、言われたらちょっとキツくて……」

誰だって真正面から存在を否定されればキツい。私だってキツい。
プライベートだろうが、仕事だろうがそれは変わらない。ましてやそれがオールマイトの元サイドキックとしてこの個性に関わってきた人からの言葉だったらなおさらだ。緑谷にとって想像以上のストレスではないかと思う。

確かにこれは吐き出したくなる気持ちがわからないでもない。
嫌なことがあっても関係ない友人に愚痴を零したり、アルコールと一緒に飲み込んでしまえばある程度気持ちに整理がついたりはする。前世では大変お世話になったが、寮生活には関係のない友達なんて存在しないし、勿論アルコールの手助けも借りれない。
閉鎖的な人間関係ならではの弊害ともいえる。タイミングはちょうど良かったかもしれない、と思いつつも話を整理して思わず口元が引きつった。

――これ、完全にナイトアイの私情では?

こ、これは私のインターンが断られたのはもしかしてもなくてこれが原因か?マジで?本気か?わ、私のインターンを一体なんだと……!
事務所にあったオールマイトグッズでその偏愛ぶりはなんとなく伝わったが、ここまで私情丸出しで来るのか……!
結果としてインターンは出来たがあくまで結果論に過ぎない。セーフかアウトかといえばギリギリアウトだ。個人的に。

「……確かにキツいね。文句も言わずよくやってると思うよ……」
「文句なんて、そんな……!僕がエリちゃんを救けられなかったのは事実だし、それにナイトアイだって……僕に、もっと、力があれば……」

私だったら愚痴のひとつやふたつは零している。ナイトアイとオールマイトの事情をこっちに持ち込むな、とかオールマイトも少しくらいフォローしてくれよ、とか。私だったら言ってる。絶対にオールマイトに嫌味のひとつやふたつ零している。不当な評価は断固として認めない。即抗議だ、私だったら絶対に。

それを文句も言わないどころか自分の力不足を嘆く緑谷は真っ直ぐで、それでいて少しだけ危うい気がした。なんでも自分のせい、とまとめてしまうのは簡単だが、解決策に己の努力しか見いだせなくなる。
確かに緑谷にはヒーローとして現場に立てる力も資格もある。けれど、精神はまだ16歳の子供だ。ナイトアイの主張を直接本人にぶつけるとは正直、如何なものかと思う。
インターン生である以上、良い意味でも悪い意味でも大人扱いされていると思うが、そこらへんの配慮は最低限必要だろうに。

とはいえ、現状で出来ることは限られている。社会で出ればこういう状況はザラにあるが、彼らに1人で立ち向かえというのはいささか酷である。ましてや機密性も高い要素が加わってくると抱え込んで視野狭窄に陥りやすい。だったらせめて。

「誰かからの評価ってさ、覆すのすごい大変なんだよね」
「え……」
「私もそうだけど、1度流れた噂って火消し大変じゃん?」

1度流れた噂はなかなか消えてくれない。芸能人の熱愛しかり、私の「少女A」としての経歴しかり。根付いたイメージや評価を覆すのは至難の技だ。

でもそれは仕事をしていても同じである。他部署から流れてくる根も葉もない噂、誰かからの偏った人物像。噂のパワハラ部長、使えないと噂の新人、エトセトラ。
だが、実際に仕事をしたらそんなことはなかった、ということはよくある。噂が根も葉もないのか、それともただ上手くやれなかっただけなのかはわからない。けれど、実際にその人を知る前に先入観で「こういう人」だと決めつけてしまうことは、残念ながらよくある話だ。
そしてその先入観を覆す方法はひとつしかない。

「でもその評価ってさ、そこから何をしたかで全部変わるんだよ。どれだけ時間が掛かるかはわからないけど。けど、コイツ前より成長したなとか、あれから経験積んだんだな、って認めて貰う。そこからしか、先入観は変えられない」

人の評価を覆すには目に見える実績が必要だ。私がインターンを切望したのもそれが理由である。
人は呆気なく掌を返す。それが返るタイミングは人それぞれだが、努力して成果を出せば大体は黙る。

過去のことは変えられないし、現状もそう簡単に変えられるわけじゃない。でも未来は今の自分がどれだけ足掻いたかで変えられる。
人の価値観に不変などない。だからこそ変えようとする努力には価値がある。
そしてその努力を完遂するには、強い意志が必要だ。見返してやるという意志、やり切るという意志。それらは努力の原動力であり、この学校でいうところの原点だ。

「オールマイトから力を貰うって決めたのは緑谷の意志でしょ?その力を継承するって決めたのも、爆豪と約束したのも、ヒーローになるのも。全部緑谷が決めたことでしょ?」
「うん……」
「だったら周りからの評価なんて全部無視したらいい。それよりも、自分がやらなきゃいけないこと、やるべきことから目を逸らないほうがいいと思うよ」

好き勝手言うやつは何やっても文句言ってくるのだ。正直、そんなものにいちいち構っていられない。
ブレずに、淡々となすべきこと成す。そうすれば、評価は勝手に付いてくる。

「それに、何かを任されて、自分でやるって言い切ったなら可能な限りやる。やってくなかで悩んだり、ダメだったりするようなら相談する。なんでもかんでも自分1人でどうにかしようとしない」
「ウッはい……」
「緑谷の力がまだまだ足りないことなんてオールマイトもわかってるよ。そのためにオールマイトもサポートするって言ってるんだしさ、自信持って進めたらいいよ」

まだ16歳の、この間まで無個性だった少年だ。爆豪や轟、飯田のように長い時間を掛けて自分の個性を馴染ませているわけじゃない。だから緑谷が言う通り、実力不足も事実だ。
それは託したオールマイトが一番わかっているはず。

けどそれをひとりで抱える必要はない。前任者が頼っていいと言っているなら存分に頼ってやればいい。特にオールマイトはお節介気質の人間だ。頼れば喜ぶだろう。

「今更かもしれないけど、緑谷はどうなりたいの?オールマイト?それとも、オールマイトみたいなヒーロー?」
「僕は――困っている子を、笑顔で助けられる、ヒーローになりたい」

ハッキリとそう言い切った緑谷の目にはもう迷いはなかった。どうやら杞憂は拭い去れたらしい。

「じゃあ、まずはその辛気臭い顔、どうにかしないとね」

そう言ってトン、と自分の眉間を叩く。なんだかシリアスな人生論を展開してしまったが、緑谷が必要以上に気に病む必要はなくて、とにかく自分のやるべきことに集中すべきだ。評価なんて後から勝手に付いてくる。

「思い詰めてる顔してる。そんなんじゃ、エリちゃんのこと笑って助けられないよ」
「うん、」
「オールマイトとナイトアイのこと、力のこと、色々問題はあるかもしれないけど1個ずつ解決してくしかない。だから、今はエリちゃんを助けることに集中しときなよ」
「、うん……!」

少しだけ湿った緑谷の声に気付かないふりをしてそっと目を逸らした。思春期の男子にとって、特に異性に涙を見せるというのは耐え難いものだろう。
緑谷が抱え込みがちというのもあるが、きっとそれだけじゃない。色々なものが少しずつ重みを増していってしまったんだろう。このラインを超えると精神衛生上大変よろしくないので学校で待機は妥当な判断だったといえる。

まあ、おそらく、そんな配慮をしたわけではないだろうが。




「じゃあ緑谷、おやすみ」
「苗字さんも。ありがとう、遅くまで」
「ううん、またなんかあったら相談してね」

緑谷と別れて部屋に戻る。シンと静まり返った自分の部屋で明日のインターンの用意を進める。それと同時にさっきの緑谷の話を思い出した。

緑谷が話を盛っているわけじゃないだろう。そういうのは苦手な類だ。すぐに顔に出るし。だとしたら。
……正直なところ、オールマイトもナイトアイも、緑谷出久という人間に甘えているだけなのではという気がしなくもない。互いの折り合いがつかない感情を緑谷に押し付けているだけではないだろうか。
代理戦争ならぬ代理喧嘩というわけだ。

「わかってやってるなら、相当悪質なんだけどな……」

明日、嫌な予感しかしない。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -