会議よ踊れ!

相澤先生を通じて作戦参加の回答を出した翌日、私は急遽ナイトアイ事務所へ赴くことになった。

緑谷たちはヒーローの業務負荷軽減のためしばらくインターンに参加せず待機となったらしい。
一方で先日の会議に出ていない私は、これから顔合わせと作戦の共有だ。緑谷たちはおそらく後方支援に配置されるだろうが、私は求められている役割上、そういう訳にもいかない。

参加OKと返答したが、どっちにしろ作戦の役割を考えれば憂鬱でしかない。反社もなんて面倒なことをするんだ、大人しくしていろと内心で恨み節を爆発させる。
あ〜〜〜うっかり運転中の一時停止無視でもして現行犯逮捕されてくれないだろうか。そうしたら作戦参加の実績とインターン先確保だけが残るというのに。チッ、と舌打ちを零しながら事務所へ向かう。

久々に会う緊張した面持ちのバブルガールとセンチピーダーと挨拶を交わしたが……ただでさえ青い肌のバブルガールの顔色が悪い。そんなに空気の悪い会議なんだろうか……。それともバブルガールが緊張しているだけか……。……どっちにしろ嫌な予感しかしない。
頼みの相澤先生は会議に少し遅れるとなると孤立無援、頼れるのは己のみである。

インターンの書類選考から想像するに、私の計画参加は受け入れられているわけないだろう。ナイトアイがゴリ押したとも言っていたし、現状ほぼ四面楚歌と言っていい。それでも自分の価値をここで示さなければ今後の評価改善は難しいだろう。どうせ今以上に低い評価などないのだ。だったらもう押して押して押すだけである。

ここが正念場だ。気合を入れるしかない。
伊達にこちとら前世で社運を掛けたプロジェクトに参加していないのだ!プレゼン前日の眠れぬ日々も吐きそうな緊張感も全部経験済み!死ななきゃ安い!

会議室に入れば警察関係者と潜伏先調査に当たっているヒーローたちが顔を揃えていた。ざ、と視線が一斉にこちらに向く。

「ご指名いただきまして参加となりました。雄英高校のアルキミスタです」

さあ会議よ、踊れ!




苗字名前。ヒーロー名アルキミスタ。
どちらかというと『たいようの家』事件の被害者といった方がピンとくる。またガキのヒーロー志望者かよ、と隣の席に腰を下ろした子供をちらりと見やれば、軽く会釈をしてきた。動作がいちいち会議慣れしてやがるな。

テレビとヒーロー界隈の噂じゃ、あの神野を乗り切った猛者だっつー話だ。こうして見りゃこないだの会議で見たインターン生共と同じ、まだガキの顔をしている。それでもあいつらよりは事態を飲み込めているらしい。
思ったよりはマシに見えるがどうなることやら、と会議の行く末を見守る。

「ご期待頂いているようですが、私の個性は視認した物質の正しい構造や事象の理論を理解していないと使えません。未知の物質や明らかにされていない物体の構造、または視認できないほどの早さで動くものや範囲外のものには使えませんが……」
「警視庁から今回のデータを提供する予定だ。詳細はこちらの化学捜査班から」
「化捜班です。当研究所では引き続き解析を行っています。どの物質構造を変化させれば個性無効化の効果が消えるか、ある程度までは把握済みです」
「……ある程度、つまり確実に解析出来たわけではないということでしょうか」
「そう。ですから君には、すべての構造式を頭に叩き込んでもらいたいんです。出来ますよね?」

にっこりと笑みを浮かべた白衣の人間が有無を言わさず苗字にそう語りかけた。
コイツ、とんでもねー無茶苦茶言ってねーか?お前が持ってる書類、普通に5センチはあんぞ。それ全部覚えろってか。げ、と自分事ではなくとも思わず顔を顰めた。他のヒーローも似たような表情を浮かべている。

話を聞けば、こいつの個性は分解じゃなく構造操作。物質の特性を理解したうえで計算式を組み、その構造を変化させる。問題は、ファットが提供した弾が未完成品っつーことだ。つまり、苗字が正しく個性を発動させて弾を無効化するには、考えられる全ての物質構造を理解しなきゃならない。

「しょっ……しょうち、しましたぁ……!」

絞り出したような声は震えていた。
地獄絵図だろ。どう考えても。だが、適任がこいつしかいない以上やってもらうしかねえ。まあナイトアイにあそこまで期待されているコイツだ。どうにかしてくるだろう。

そう考えているうちに会議は進む。要所要所で疑問を投げかける苗字の着眼点は正直悪くない。少なくともこの間の会議に出ていたガキどもよりは遥かに察しも良いし、ナイトアイの評価の通り勘もいい。呑み込むだけならプロと同等だが、問題はこっから先だ。

「今回最も注意すべき懸案事項はその弾丸だ。まだプロトタイプだというその弾丸が完成した場合、作戦に深刻な影響を与える要素となりうる。その場合、アルキミスタとイレイザーヘッドは作戦の要だ。作戦について忌憚ない意見を聞かせてくれ」

ナイトアイのその言葉に、苗字が走らせていたペンを止めた。よろしいでしょうか、と声をあげた苗字がナイトアイを見つめる。お手並み拝見、といった様子で他のヒーローたちも苗字の様子を見ていた。

「本件についてはおおむね理解しました。その上で確認ですが、解毒剤や抗体剤の確保は考慮しなくてよろしいのでしょうか?」
「解毒剤……?どういうことだ」
「そんなもんあると思ってんのか?つうか、そのためにお前を呼んでるんだぞ」

ロックロック、と俺の言い方をたしなめられたがこっちとしてもコイツが考えていることを理解しとかなきゃならねえ。
解毒剤?何を言ってる。そんなもんがあるわけないだろう。大体こういう奴らは薬をバラまいて金が回収出来りゃいいと考えてる連中だ。ご丁寧に解毒剤を作っているわけがない。そうに、決まっている。

「八斎會の目的は資金集めでしたね?」

俺の考えを打ち消すように苗字がそう確認した。

「複数の売人や組織を経由して薬を裁くルートが既に確立されていて、8割ほど薬の性能も完成している。加えて尻尾を切れる下部組織での性能テストも完了済み。その認識で間違いないでしょうか?でしたら、作戦の最重要目的に抗体剤の確保を追加すべきではないかと具申します」
「アルキミスタ。――端的に」
「私なら利益を最大限に得るために抗体剤を生成しますが、その存在の確認および確保は最重要目的になりえないのかとお聞きしています」

はっきりと言い切った苗字に、会議室に重い沈黙が降りた。

ナイトアイに促された苗字が順を追って説明していく。
純粋な個性比べにおいて、ヒーローと実力差のある敵が手っ取り早く勝つための手段は2つ。自分の個性を強くするか、相手の個性を弱くするか。どちらかだ。
昔っから個性をブーストさせる違法薬物は存在する。だが流通が限られているのは、その使用にリスクが伴うからだ。ブーストの反動はデカく、最悪死に至る場合もある。

そこに現れた今回の薬。ノーリスクで相手を弱体化できる効果の高さ。喉から手が出るほど欲しがるバカは確実にいる以上、流せば今までの比じゃないほどに儲かるのは火を見るよりも明らかだ。
だが、苗字曰く、八斎會が最も利益を得る方法は薬と一緒にその抗体を流通させることだという。
個性破壊剤とその抗体剤。その2つをそれぞれ別の人間に売る。そうすれば。

「独占禁止法などもともとない世界です。容易に市場を独占できる。模倣品が流通したら、抗体の効かない亜種を作ればいい。同時に抗体を販売する。それを繰り返せば」
「資金は流れ続ける、か」
「金のあるところに人は集まる。有象無象も集まれば事を成せることが敵連合によって証明されました。資金ほしさに群がるバカは出てくるでしょう。敵はもちろんですが、反体制派や個性社会を敵視する宗教団体にとっても大変都合がいい」

だいぶ悪い方に考えてすぎている。――とはいえ、今の苗字の話はそう一蹴するにはいささか具体性がありすぎた。
ただ、子供を薬の材料にしてるだけでも情報を悪い方に解釈した考えだ。だが、苗字の話はその情報を冷静に受け止めたうえでさらに最悪を考えている。

苗字がこの話を聞かされたのは今だという。そうだというのに、この冷静さ。正直あのガキどもを悪く言ったが、ここまですんなり受け止められるとどうにも不気味さが先に立つ。

「――最悪だな」
「ええ。最悪のマッチポンプです、本当に」

呆れたように、これから雨が降るのに傘を忘れてしまった、という憂鬱な中にあっさりとした諦めの雰囲気が滲んでいた。
こいつは、何を見ている。どこを見ている。
この間ファットが抱いた怒りも、なんとかしようという意気込みも感じられない。ただ目の前の資料から考え得る可能性を合理的に推測している。

――新人がどうのとか言うレベルじゃねえ。並みのヒーローでも感情で先走りかねない案件の作戦を、こうも冷静に。

「ですが、子供の体を使って薬を作り出す人間に今さら倫理をといても仕方がありません。外道はなんだってやります」
「――そこまで、考慮すべきか?ただの憶測だろ?」
「『人間が想像しうることは必ず人が実現できる』」

俺の言葉に、ぞっとするほどの冷たい声で苗字がそう返した。
有名なフレーズを用いられたのに皮肉すら感じない。だが、苗字が言いたいことは、その一言ですべてわかった。

「治崎はここ数年で落ちぶれていた組織を急速に活発化させています。特に組長が伏せた直後からはその動きは顕著。組長は病気とウタっていますが……これまで手を出して来なかった薬物売買への急激な事業拡大を考えれば、正直その生死すら怪しい。そして、この計画を数年に渡り水面下で進められるだけの周到な人間が、目先の利益にだけ執着する可能性は低い」

ヤクザの復建よりも質の悪い、何かもっと大きなことをしようとしているのではないか。そう言う苗字の言葉に従えば、敵連合との決別すら怪しく見えてくる。たまったモンじゃねえ。
こっちの作戦の見積もりの甘さを突きつけられている気さえしてきた。

「杞憂なら構いません。最も回避すべきは互いのミスマッチです。こちらが与えたと思ったダメージが、向こうにおいて意味をなさないこと。これが最も避けるべき結末です」

嫌な、ざわめきが、足元で蠢いている。
その得体の知れない何かが、俺の血管を伝って、全身を凍らそうとしているような気がしていた。苗字が出す雰囲気に、その冷静さに飲み込まれそうになる。こいつは、何を見ている。どうして、こうも冷静に判断が下せる。
まだ、16のガキだろうが……!

「とはいえ、解毒剤の存在はこちらにもメリットを生みます。解毒剤が用意されているなら我々もそう怯えなくて済む。用意されていない場合は……こちらも細心の注意を払わなければなりません。作戦行動に支障が出かねない」

ごくり、と誰かの喉が鳴った。
噂に聞いていた雄英の麒麟児。間違いなくこの世代でも頭一つ抜きん出た力を持っていると、嫌でも理解した。

ナイトアイはオールマイトの元サイドキックという昔取った杵柄をいつまでも抱えているような人間ではない。たった3人のプロヒーローと1人のインターン生という限られた人員にも関わらず数々の事件を解決してきた実績を持つ、トップクラスの実力を持つヒーローだ。そうでなければ、この難しい案件にこれほどの人間が集まらない。

そのナイトアイが、あそこまで推薦する人物。インターンに出ていないにも関わらず無理矢理引き摺り出したヒーロー見習い。
最初は信じられなかった。疑いしかなかった。贔屓か、秘蔵っ子か、どちらにしろ私情が入っているのだと思った。

だが、違った。苗字名前はナイトアイのその評価に値すると理解した。贔屓だの秘蔵っ子だの言われた方が余程マシだった。
インターン生とは思えないほど作戦の組み立て方に一切の容赦がない。
 
「あくまでもビジネスとして一番儲かる方法を前提に、八斎會の動きを想定したまでです。机上の空論と言っていただいて差し支えありません。ですが、計画の成功率向上のためには、解毒剤の存在は念頭に置いてもよろしいかと――よって、女児の保護よりも弾薬および抗体剤押収のプライオリティを上げるべきだと考えます」

ビジネスとして一番儲かる?普通のヒーローはそう考えない。敵の理念と行動から予測する。それを、こいつは最も『儲かる方法』から敵の行動を導き出している。しかもその考えが外れているわけでもない。ビジネスマンか、と一瞬スーツに身を包んだ苗字が想像できた。バカほど似合うじゃねえかよ。

より大勢を見るべきだ。目の前の小さなことに囚われるべきではない。
苗字が言ってんのはそういうことだ。そして、それにどこかで納得している自分がいる。

「あくまで個人的な意見ですが、ご検討いただければ幸いです」

何が学生だ。何がインターン生だ。こいつ、――噂通りのバケモンかよ。

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