予算と経費と聞くと急に胃が痛くなる

「なんとか全員通ったわけね」
「危なかったぜ、なあ!」

まずは一安心、と瀬呂がため息混じりにそう呟いた。怒涛の駆け込み合格を掴んだA組の面々はそれぞれ興奮気味に話をしていた。ひとまず帰りのバスの中がお通夜状態にならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
わいわいと騒いでいる中に1人だけ何かを考える素振りを見せているのが気になって、こっそりと声を掛けた。

「どうしたの、緑谷。浮かない顔して」
「あ……苗字さん。その、実はさっき……」
「――なんかあった?」
「いや、何も……何もないよ!」

嘘つけ、絶対になんかあったでしょ。
緑谷の表情と含みを持たせたような言い方に、内心で思い切りつっこんだ。

「ほっ……本当に大丈夫だから!」
「えーー、でも緑谷さあ……」

信用してません、という表情が出たのか緑谷が慌てて否定をした。
緑谷は報連相が死ぬほど苦手だが、その中でも特に相談がド下手なタイプだ。
何があってその表情なのか知らないが、おそらく私のように誰かに何かを言われたんじゃなかろうか。そこまで傲った奴ばかりがヒーローを目指しているとは考えたくないが、人間性を確認するような面接試験がない以上やむを得ないだろう。

後は、考えたくないが個性や敵連合関係でなにかあった可能性ぐらいだろうか。あそこまで痛手を負った敵連合がこんな僅かな時間で体制を立て直したとは考えにくい。ましてやあのアダルトチルドレン代表の死柄木である。
木椰子のショッピングモールでの人質事件があった以上、可能性はゼロじゃないが流石に公安の懐に入ってくるとも考えにくい。

となるともう1つワンフォーオール関連の可能性が高い、と思ったがここでそれを聞くのは不可能だ。それに緑谷の性格上、本当にまずければもっとわかりやすく切羽詰まるはずだ。

一瞬聞き出すか、とも思ったが……考えてみればそもそも私、別に緑谷の上司でもなんでもないしそこまでする必要なくない?1回聞いて平気だというならこれ以上の追求はむずかしいし。というか、これくらいの試験で調子を崩すようではこの先も厳しいのでは?

一瞬考えて、出た結論。
うん。やっぱり止めておこう。私が聞いてどうにかなるものでもないし、どうしてもダメなら今日の夜にでも聞こう。まずは私も緑谷も、試験に集中すべきだ。

「相談することあったらちゃんと言ってよ?責任感強いのは悪いことじゃないけど」
「ハイ……すいません」
「ま、頑張ろう。試験終わってないし」
「そ、そうだね……!」

そんなやりとりを交わして目標の再確認が完了したタイミングで会場内にアナウンスが響いた。パッと巨大モニターにフィールドが映される。

『100人の皆さん、これご覧ください』
「フィールドだ」
「なんだろね……」

訝しげに首を傾げたその瞬間、画面内のあらゆる建造物が爆発によって破壊された。あまりの光景に開いた口が塞がらない。背中に瞬間的に寒気が走って、ひっ、という引きつった声まで出てしまった。 

確かフィールド構成は工業地帯1、市街地2、自然環境2の合計5エリア。いずれも大掛かりに作られている。私がいたのは工業地帯だけだが、試験用にしてはかなり精密に作られていた記憶がある。というか、本物の化学系プラントだったはずだ。
それが、見るも無惨に破壊されて崩れ落ちている。現在進行系で。

こ、これを意図的にやっているのか!?
う、うわ〜〜〜〜〜えっ、経費マジでどうなってんの!?必要としても金掛け過ぎだろ!!

「あ、あわわわ……!」

建設時の人件費やら材料費やらを考えると冷や汗が止まらない。
公安委員会こんなところに予算掛けてるのか……!?こんな瓦礫なんてそれこそビルの解体現場からいくらでも集められるだろうに……!わざわざ一から作ったものを壊したのか……この試験のために!?
あり得ない!あまり考えないようにしてきたがいよいよ狂っているとしか思えないぞ公安委員会!!

「うそ……だろ……」
「苗字さん……」

ガシャガシャと頭の中で経費の金額が上がっていく。
これだけの予算があればもっと色んなところに手が回るだろうが……!というか、この設備と試験の内容変更せいであの試験官が忙殺された可能性大!ぶっちゃけ同情しかない!
今年の仮免試験、合格者数の急激な締め付けといい、本当に闇深案件となりつつあるんだが大丈夫なのか公安委員会……!神野で頭おかしくなってないか!?

「こ……こっわァ……」

こ、こわい。総じて怖すぎる公安委員会。
試験の内容が説明されているが、正直吹き飛んだ額の桁数の方が気になってしょうがない。思わず腕を擦る。神野の再現に見えなくもないが、そんなことより私は目の前の恐怖映像の方がよほどショッキングだ。ああ……予算……経費……上層部への説明責任……。夢に見そうだ……。ウッ頭が痛い……!!

「大丈夫か!?苗字くん!」
「苗字さん、辛いけど……頑張ろうね……!」
「名前ちゃん、私温かいお茶を取ってきたの。飲みましょう、きっと落ち着くわ」
「苗字、これ好きだろ。食べていいぞ」
「え?あ、うん……」

わらわらと集まってきたクラスメートから軽食や飲物を渡されてひとりで疑問符を浮かべる。
なんか皆同じような顔をしているが、なんの話だろうか。そう思いながらも適当に相槌を返しておいた。梅雨ちゃんありがとう。でも夏だし寒いわけじゃないから手は温めなくて平気なんだが。





2次試験、もとい最終試験は、救助活動に重きを置いた試験内容となった。先程通過した1次試験の内容を考えれば妥当なところだ。

ヒーロー活動は大まかに2種に大別される。敵制圧もしくは、災害対応および救助の2つだ。
世間のイメージは前者の方が強いが、敵の攻撃やテロ行為の規模が大きくなっている昨今、制圧と同時に現場での初期対応や一次救助もヒーローに求められている力である。
つまり世間のニーズはスペシャリストよりもジェネラリスト。マルチにタスクを処理できる人材が求められている。仮免試験ではそれを一貫して判定しているということだ。

すなわち、高得点で合格ができれば公安委員会、現在この試験を見ている教師兼プロヒーローから『即戦力』という高い評価が得られるのだ!ここを頑張らなくていつ頑張る!
緑谷には合格目指して頑張ろうと言ったが、仮免取得などただの通過点にすぎない。目指すは高得点での合格による公安委員会への安心材料の提供、ネームバリューの向上である!

いつまでも過去の出来事で評価をされている場合ではないのだ。特に太陽の家、神野においては圧倒的に被害者!こちらに落ち度は何一つない。それだというのに危険人物扱いはそろそろ撤回させたい。そして今こそその評価を改めさせる最大のチャンス!
加えて役割分担で不平等が生じかねないこの内容なら恐らく減点方式となるはずだ。となれば、目指すは減点なしでの仮免合格!

よし、と気合を入れた瞬間、試験開始の合図と共に再び控室が大きく展開した。
一斉に現場へ向かう合格者たちに紛れつつ開けた場所を探して、目星をつけた場所に向かう。

そもそも私の個性はこういった災害現場での活動には向かない。個性を適用出来る視野が狭いうえに操作という個性では中々出来ることが少ない。せいぜいが救助者を救護所まで連れていくことだ。
しかしながらその場合、下手なことをすれば一気に減点されかねない。どこで何を減点されるかわからないのだ。そんな余計なリスクは背負うべきではない。
となると、私がやることはひとつ。つまり――

「危険エリア外に暫定的に対策本部を設置します!医療、回復系個性と索敵・伝達系個性の人はひとまずこちらへ!全体の指揮系統を確立します!それと避難ブースと救護ブースは区域を分けて設置したい!誰か対応可能な人はいませんか!」

前線にあえて出ない。
これこそが減点を回避する最大の打ち手!減点方式ということは、つまり何もしなければ何も減点はされないのだ!
相手はプロだ。取り繕った技術など即看過される。だったら、彼らの目につかなければいいだけの話。
卑怯?バカを言うな適材適所だ!どうせ情報拠点は必須である!なら先手を打った者勝ちだろうが!狡いとか言うなよ!

周りに呼びかけるようにして方針を立てれば、続々と受験者が集まってそれぞれの個性で本部機能の構築に動いた。さすがに仮免を目指してくるだけあって細かく指示を出さなくても動ける人間が多い。さらに物事の優先順位もしっかりつけられている。
いやはや、仕事が出来る人間とのやりとりは非常にやりやすい!

2年生以上がメインだという仮免試験だが、個性の練度よりも経験が重視される試験内容なら、なるほど納得である。新人はどうしても指示待ち状態に陥りやすい。

「ここに情報を書き出していこう!」
「トリアージはこっちでやるね!治療も任せて!」
「ヘリの発着所は2箇所作成済みだ。緊急車両が通れるように街への道路整理も行っておこう」

誰かが倒壊したビルから拾ってきたホワイトボードや筆記用具を用いれば、情報拠点の完成だ。
合格判定が減点式というのなら、合格基準に満ちたか満ちないかで判定される可能性が高い。1次と違って規定合格者数が定められているわけでもなさそうだ。ならばなおさら減点対象となる行為は回避すべきだ。

「君!これで現状を全員に報告できるよ!ついでに全体のリーダー任せていいかい?」
「音響拡大の個性ですね?ありがとうございます!拝命しました!」

誰かが持ってきたメガホンの音声を拡大してくれるらしい。個性の詳細は知らないが、粗方出来ることが把握できればよい。全体的な方針が共有出来さえすれば、後はルールでガチガチに固めるよりも現場判断で動いた方が上手くいくはずだ。

『救助活動にあたる全員へ通達します!現在、控え室跡地に対策本部、救護所を設立。支援向きの個性をお持ちの方以外は引き続き要救護者の救出をお願いします。救護者を衛生班への引き渡し後、必ず対策本部へ寄り、情報共有のうえ再度現場に戻ってください。不測の事態があればすぐに本部へ相談を。以上の徹底をお願いします!』

ひとしきり共有事項を伝えて音声を切る。
救助訓練はどの学校でも必須カリキュラムだ。二次救助者になることを防ぐために、複数人での行動といった救助の基礎については各々履修済みだろう。

だが、そこに経験が伴うかと言えばまた別だ。
いくら勉強ができても、敵を倒せても、この試験では評価されない。この試験のポイントは、自分の力を現場に合わせられるかという柔軟性。その1点である。
おそらくそういう意味では私の個性はあまり前線では役に立たないだろう。であればこのまま後方で指揮を飛ばし、減点要素なくこの場を乗り切るべきだ。

そうすれば晴れて高得点での仮免取得!!これほど効率のいい試験もあるまい!いやはや、加点方式の試験じゃなくてよかった〜〜!

「救助戻りました!」
「お疲れさまです!活動エリアと被災現場の状況を教えてください!」

よし!!これぞまさに後方支援の理想の形!私は何がなんでもここを離れないぞ!!絶対に!
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