アポイント取ってます?取ってないですよね?

試験通過は予想よりも早かったらしい。合格者控室に人の姿は疎らだった。
流石にトップとまでは言えないが、それでもそれなりに早くゴールテープを切れたようだ。良かった、と安堵しつつテーブルからコーヒーを取るついでに、周りをさっと見回す。
談笑をしている姿はあまり見えず、大体が単独での合格が多い印象。案の定か、と内心で息をつく。

大前提としてチームアップが勝ち筋の試験内容にも関わらず、単独かつ自力で合格してくるような人間だ。自分も含めだが、一癖も二癖もありそうな性格な気がする。つまり絡まれると面倒なことになりかねない。ある意味で試験よりも難しいが……出来る限り影を薄くしてやりすごしたい。
何が合否に影響してくるか分からない以上、避けるべきは無用なトラブル。無難に過ごすためにも端っこの方にでもいよう、と決めた瞬間、文字通りの嵐が来た。

「はえーっすね、あんた!」

う、うわ〜……よりによって……声がデカい熱血体育会系……最悪だ……!しかもこいつ、確かさっきも声を掛けて来た士傑のやつじゃないか。なんでこんな絡んで来るんだろうか。

「…………ええと、士傑の……」
「夜嵐イナサっす!!雄英の人とゆっくり話せるなんて光栄ッス!」

待て。待て待て待て。
誰もお話しする、なんて了承してないが??なんでお話しすることになってるんだ??
ちょっと、さも「アポイント取ってますが?」みたいな顔して悪徳営業かますのやめてくれる!?約束した覚えないんだが!

無視するか悩んだが、明らかに私に対して言っているのに無視を決め込めば、より面倒くさくしてくるタイプと見た。大雑把に見えるが、1度決めたら是が非でも貫こうとする意志の強さが垣間見える。良く言えば粘り強い。悪く言えば諦めが悪い。
長所と短所は表裏一体だが、なんというか一般的な社会人のそれよりも、こう、しつこさのレベルが違う気配しかしない。
本当にヒーローになる人間は癖が強いの、どうにかなんないだろうかマジで……!!

試験前ならまだしも、今このタイミングは相性が悪すぎる。トラブル回避のために気配を消そうとした途端これだ。内心で舌打ちするくらいは許してほしい。
身長、声、リアクション。全部がデカくて、否が応でも目立つのだ。案の定周りからの視線が突き刺さった。
こ、これだから嫌だったのに……!!完全に失敗した……!!

「体育祭で見たときは物質の構造を変化させる個性と思ったんスけど!!違うんすね!!すげーっす!!」
「見てた……んですね……」
「ここに来るついでにちらっと!強かったっす!」
「ははは……」

まあ見られていてもおかしくはないと思ったが、あまりにもピンポイントかつ面倒くさい相手に見られていて、内心でため息が止まらない。
まあ、あのやりとりを爆豪に見られるよりは断然マシではあるが、このデカい声で何があったか話されると厄介だ。うっかり爆豪の耳に入りかねない。
爆豪はあれでかなり優秀なのでとっとと合格を決めてここに来る可能性も無きにしもあらず。そういう意味なら、爆豪のいない今のうちに全部喋ってくれた方がいい。

「雄英の……ええと、名前何て言うんすかね?」
「……1年、苗字です」
「同じ1年っすね!よろしく!」

その言葉に内心で首を傾げた。
てっきり苗字名前と分かったうえで絡んできたと思ったがどうやら違うらしい。とはいえ、多くはないが少なくもない人の中でわざわざ私を選んで話しかけてくる理由が分からなかった。

不審に思いながらも夜嵐と名乗った彼の話を聞いていると、ただ本当に世間話で話しかけてきたのではないかと思うくらいに当たり障りのない内容だった。
なんで??どうしてわざわざ私に話し掛けて来たんだ??ますます理解不能だ。お友達がたくさん欲しいタイプなんだろうか。案外そこまで我が強くないのだろうか?だとしたら偏見だった。ごめん。

「雄英と言えば……」

内心でそう謝っていたとき、ふと夜嵐の目の色が変わった。

「アンタに聞きたいんだが……轟って人、A組にいますよね。どんなヤツっすか」

――本題はこっちか。
夜嵐から発する雰囲気が僅かに変化した。答えによっては相手の地雷を踏むかもしれない、と前世で培ったセンサーが警報を鳴らしている。少し様子を見ることにしたほうがいい。そう思って適当に返事をあえて濁した。

「アー……それって、どういう意味?」
「そのまんまの意味っす!あんたから見て、轟ってどんなヤツすか?」
「どんな、と、言われても」
「――やっぱり、エンデヴァーに似てるんスかね」

決定的な刺々しい雰囲気。
ようやく合点がいった。今日バスを降りた後に無理矢理円陣に加わったのも、こうして今私に探りを入れているのも。全ては夜嵐とエンデヴァーとの、なんらかの因縁によるものらしい。

いや、そう決めつけるのも尚早かもしれない。あまり考えられないが轟自身が無意識に夜嵐の地雷を踏んでいる可能性だってあり得る。
…………まあ、轟も純粋培養というか、天然だしな。爆豪とは違った意味で言い方がキツいときがあるし。…………あり得る。
事実なら轟の自業自得だ。そうだったら何も言うまい。

「……あんた、轟に恨みでもあるの?嫌がらせでもされた?」
「いいや、そんなんじゃないすよ。……ただ、あの目が。エンデヴァーに似てるってだけだ」

なんだそれ。

「――ハッ、くだらない。親と似てるからなに?そもそも似てるって何を根拠にして言ってるの?」

あまりにお粗末な理論に思わず笑いが零れた。親がヒーローだとよくある話なのかもしれないが、それにしても相当次元が低い。
執拗に絡んで来る理由がまさか嫌いなヒーローの息子だから、というのを誰が想像しただろうか。
高校生くらいならまだ親のネームバリューに目が行くのはしょうがないかもしれない。が、それはあくまで普通の高校生の話だ。ヒーロー科、特にヒーロー仮免試験中ではその道理は通らない。

ヒーローという『職業』の適性を試されるこの場で私情を優先するということは、現場でも同じことをする可能性があるということだ。
それはヒーローという職業が大衆のためのものになった時点で許されない考え方でもある。
早い話、公私混同も甚だしい。

「轟に親の七光りを期待してる?悪いけど、だったら当てはまらないよ」
「……随分肩持つんすね、轟のことを」
「クラスメイトとして普通のことを言っただけだけど?」

何も間違ってはいない。事実、轟は親の七光りではない。むしろ逆。親子関係は破滅的だ。
轟から家族の話を聞いたわけじゃないクラスメイトでも複雑だと察するくらいには、轟とエンデヴァーの仲はお世辞にも良好とはいえない。だから夜嵐が期待する事実はない。

夜嵐にも事情はあるのかも知れないが、私は今日会った人間の肩を持ってやるほど優しい人間でもないし、身内に入らない他人をそこまで慮るつもりはさらさらない。
だからそっちが好き勝手言うならこっちも言わせてもらおう。

「轟は轟だ。エンデヴァーの息子である前に、ひとりの、ヒーローを目指す男の子だよ。君と同じでね」

ピリ、と空気があからさまに変わった。

「――は?あんな、エンデヴァーみたいな目をしてるヤツと一緒にしないでくれよ」
「轟もそう思ってるよ。轟焦凍は轟焦凍だ。親は関係ない。ま、言ったところで聞かないだろうけど。もし君が、轟をエンデヴァーの息子としてしか見てないなら……足元掬われないといいね」

この剣幕だ。おそらく雄英の推薦時にひと悶着あったんだろう。でなければここまで毛嫌いする理由がない。夜嵐の根は素直なようだし、基本的には社交的で友好的な性格のはずだ。
一方で、轟は体育祭以降付き合いに応じるようにはなったが、基本的に無駄なことは好きじゃないし、そこまで社交的でもない。まして、それがあの体育祭以前の話ならなおさらだ。

おそらくだが、轟の方がやらかした。そしてその相手が悪かった。
エンデヴァーのアンチにエンデヴァーの息子がなにかすればこういうことにはなるだろう。互いに地雷を踏み抜いた結果、嫌悪感のメーターを振り切ったのが夜嵐だったというだけのこと。

正直、私に言わせればどっちもどっちだ。轟が悪いのかもしれないけど、だったら夜嵐だってわざわざ突っかかって来なければいいだけの話。
悪いが、社会人になればこんなこといくらでもある。プライベートなら嫌いな相手から距離を取ればいいけれど、仕事となるとそうもいかない。それでも会社にいる以上うまくやっていかなければならないのだ。

大多数の人間は最低限の関わりで済まそうとするだろう。相性の悪さをわかった上で、あえてつっかかっていくなんてエネルギーの無駄だし、余計な軋轢だけでなく仕事上の不都合まで生む。まさしく非生産的行為にほかならない。
まあ相手は高校生だし、まだそこまで人間関係の酸いも甘いもかみ分けている訳でもないから理解しろとは言わないが。

「苗字、あんたが思ってるほど、アイツはいいヤツじゃねえよ」
「悪いけど、何も知らない奴からの言葉を真に受けるほど素直じゃないんだ、私も。良い奴か悪い奴かは私が決めるよ。……ご忠告、どうも」

そう言って嫌味臭く言ってやれば先程よりも鋭くなった視線がこちらを貫いた。自分の思い通りにならなくて苛ついているな、と表情からも窺える。

まあ、これだけ言っておけば、ここまで絡まれることもないだろう。なんで私が轟へのネガティブキャンペーンを受けなきゃならないんだ。
というか、そもそも他人を陥れるつもりならそれ以上に自分の評価を下げるリスクを負うことになるが、そこんところこいつは分かっているんだろうか?同僚の悪口言ってくるヤツと本当の意味で仲良くなんてできるわけ無いだろうが。

なんにせよ私を巻き込まないでほしい。そしてこの仮免試験では表面上だけでもうまくやってくれ。
1次試験が個人技で切り抜けられる内容だ。2次試験がチーム制の可能性だってゼロじゃない。相手が気に食わないなら殴り合いでもなんでもすればいい。試験が終わった後で。終わった後で!

「もうそろそろ轟が来るんじゃない?私と話してたら、あの子、あんたにも絡んで来ると思うけど」
「……都合のいいとこしか見てないんすね」

がっかりだ、と言わんばかりの表情を浮べて夜嵐がマントを翻した。
離れていく後ろ姿を見送りつつ温くなったコーヒーを一口含む。飲み込めなかったため息が零れた。

あ〜〜〜面倒くさい。仕事で最も面倒なのが人間関係だというのに、なんで他校の人間との関係まで考慮しないといけないんだ。完全に業務外だろうが。せめて手当支給くらいはしてほしい……!

「ったく、どっちが都合いいんだっつーの……」
「苗字、受かってたんだな」

ぼやいた瞬間に横から声を掛けられて思わず肩が跳ねた。顔を向ければ目立った怪我もない様子の轟が不思議そうな顔をこちらを見ていた。当の本人登場とは、なんてタイミングで来るんだ……!あの面倒なやりとりご見られてないことを祈るほかあるまい……!

「と、轟……!お疲れ。流石、早いね」
「苗字も。いつ来たんだ」
「そんなに前じゃないよ。轟も余裕そうだね」
「いや……わりと苦戦した。場所で有利が取れたからなんとかなったが……」

夜嵐が言っていた轟の人物像と、今目の前で試験の反省をする轟は全く違う人間に思える。だが、それは私が轟の本質をそれなりに理解して、変わっている轟を知っているからだろう。

そもそも、人間の本質は簡単には変わらない。もちろん、先輩や上司から指導を受けたり、自分にない価値観に触れて考えを改める人間はいる。

けれど、それは本当に少数だ。
成果を横取りする上司、パワハラモラハラが通常運転の先輩、責任感のない後輩。ビジネスマンとしていくら結果を残していても、人間として終わってるやつなんて、それこそ腐る程いるのだ。
そういった人間たちに変わることは期待しないほうがいい。彼らがそういう人間だと割り切るしかない。なぜなら、大多数の人間は自らを変えようとしないからだ。こと自分においてはさらにその意志は強くなる。

でも、轟は違う。自分が間違っていたと認めて、その考えを改めようとしている。複雑な家庭に生まれながらも、このままでは良くないと、少しずつ自分を変えようとしている。
そうして家族と向き合おうとする努力を、抱いてきた負の感情を自浄する努力を。私はクラスメイトの立場からではあるが、おそらく他のクラスメイトより近い場所で見てきた。だから自信を持って言える。

轟は変わろうとしている。そして変わっている。
轟は厳しい道を選んだ。誰かに否定されてでも自分を変える道を。
茨の道だろう。その歩みは遅いかもしれない。まだ心の奥にはエンデヴァーに対する憎しみの残り火があるかもしれない。それでも、轟は努力している。


その努力を知りもしない人間が、過去と上辺だけを見て判断するな。


夜嵐に抱いた感情は、まごうことなき怒りだ。
『少女A』を通してしか『苗字名前』を見れない、愚かな野次馬や世間に対するものと同じ。その資格もないくせに、他人が勝手に評価を下してくる。理不尽以外の何物でもない。
そんな理不尽が、努力している人間の歩みを邪魔しようとしている。私に心を砕いてくれた轟の邪魔をしようとしている。
私には、どうしてもそれが許せなかった。

「苗字、誰かと話してたか?」
「――いいや、誰とも」

余計な偏見も、不当な評価も。
道を進む足枷になるというのなら、せめて出来る限りは振り払ってやりたい。
最も君たちに近い『大人』の私が出来ることはこれくらいだから。

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