履歴書の趣味特技欄の必要性を教えてくれ

「今日のヒーロー基礎学は『書類作成』を中心に行う」
「ガッポくなぁい……」

相澤先生のその言葉にしょんぼりといった空気が教室に流れた。爆豪なんかはもちろん般若の顔だし切島や上鳴はあからさまに苦手だという顔をしている。大変わかりやすい。

「書類か〜苦手なんだよなァ」
「上鳴、お前、ヒーローの活動で重要な仕事はなんだと思う?」
「ぅえ俺ェ!?えー……ファンとの交流とか……?あっ!わかった!SNSのフォロワー数を増やす!」

明らかにチャラついた上鳴の答えをひと睨みして、クラスを沈黙させた相澤先生は他の生徒を指名していった。魔女裁判にも似た空気が教室に充満し始めるが、なかなか正解にたどり着かない。
それを頬杖を付きながら話を聞いていると、ようやく飯田がそれっぽいことを言った。

「ヒーロー活動の報告のためでしょうか!?」
「まァ、当たらずとも遠からず。ヒーローは事務所を立ち上げているとはいえ完全免許制。当然ながら公安委員会への報告や警察への提出書類、確定申請その他諸々。もちろん日々の業務で第三者への引き継ぎが発生することもある。つまり、ヒーローとして活動するためには様々な書類を作成することが必然。提出を怠った結果、自身がヒーロー法に違反することもないわけじゃない」

冒頭、相澤先生からも話のあったとおりだが、仕事は書類作成で始まり、書類作成で終わると言っても過言ではない。
普通にサラリーマンとして働いていてもそれはもう色々書いた。毎日提出する絶対読んでないだろう日報、要点のまとまってないメール、大事なところが欠落している引継書、エトセトラ。

ウッ……なんか心臓が痛くなってきた……懐かしいな新人時代……ビジネス文書に慣れないうちはやらかしたこともありました……ええありましたとも。

まあ、とにかく。書類、書類、書類、文字、書類。
ヒーローだろうが社会人の端くれ。文章を読む、書くという作業は意外と多い。警察や公的機関を相手にする公益性の高い仕事であればなおさらである。公官庁は特に紙文化なのはお察し。ビジネスセミナーや新人研修プログラムに入るくらいには、書類作成は社会人の必須スキルである。

「そういうわけで、今日は書類作成を行っていく。とはいえ、お前たちに申請書だのなんだのはまだ早い。まずは身近なところから、ということで――」
「げ……」

回ってきたプリントを見て思わず顔をしかめた。
前人生の中でも、最も人を苦しめただろう極悪書類。嫌な記憶が蘇って来て思わずうめき声が出た。

「履歴書の志望動機と自己PR欄だ」

古今東西、新卒を悩ませてきた呪いの書類。それが履歴書である。
職歴やら個性欄やらはまだいい。問題は志望動機と自己PR欄だ。世界線が違ってもなお重視されているこの欄。まさに極悪と言わずしてなんと言う。
個性社会となった昨今、一体これで就職希望者の何がわかるんだろうかと思いながらプリント課題を読み込む。

ひとまず協調性は書くとして、サンプルの会社概要とヒーローのタイプからわかる求める人材にアタリを付ける。あーはいはいこういうタイプね、とその事務所の課題と方向性にマッチしそうなエピソードと一緒に自己PR欄を埋めていく。意外なことにシャーペンはさらさらと動いていった。

一方で周りからは苦戦している空気が漏れていた。
自己PRは自分のセールスポイントをプレゼンするのではなく、自分が会社のニーズにマッチしているか、雇用するメリットの大きさを書けるかが必勝法である。それを会社概要やヒーローのタイプから見抜くことは難しいが……ぶっちゃけ慣れだ。こればっかりは前世の経験に感謝しかない。

枠内を8割埋めたところで自己PRを読み返す。多少盛りはしているが嘘は言っていないし問題ない。こんなものか、とペンを置いて時計を見る。授業終了10分前。どうせ他人に見せることもないだろうし、この授業の進度だと発表もなさそうだ。
あ〜今日の授業は楽で良かった。鼻歌でも歌いたくなるな。

ひとまず書かせて見て自己分析をさせるというのが今日の授業の落としどころだろう。
先日説明のあったインターン活動を視野に入れた準備ってところか、というかそろそろ申し込まないと、と思っていたらちょうど授業終了のチャイムが鳴った。次の授業は英語か、と思ってプリントをしまおうとした――が。

「書いたプリントは回収するぞ。前に回せ」

うそでしょ。




「苗字……、お前、バイトしてないだろうな?」
「いいえしてません」
「履歴書を書いたことは」
「初めてです」

嘘ではない。今世では初めてだ。前世では履歴書も職務経歴書も何度も書いたし何度も読んでいる。言わないけど。
じとりと向けられる相澤先生からの胡乱な視線に嘘なんてついてませんよ、とじっと見返す。バチッと音を立てて視線が交錯した。

放課後に相澤先生から呼び出しを受けた。またかよ、と笑うクラスメートにこちらも同意しつつも相澤先生のデスクに向かえば、手元には今日の基礎学で書いた課題プリントがあった。
しまった、と思っても時すでに遅し。案の定、相澤先生に就労経験を疑われる羽目になった。

こんなことならあんなにいい感じに書くんじゃなかった……!過去の自分を恨みたい……!
それともいっそのこと「就労経験あります、即戦力として御社に役立てます!」とか書いた方が良かったのかもしれない。

「本当にないんだな?」
「ないですよ……何を疑ってるんですか……」
「バイトするほどの余裕があんなら訓練のレベルをあげようかと思ったんだが……してないんだな?」
「シテマセン」

よ、余計なこと言わなくてよかった〜〜〜!!!危うく課題を増やされるところだった!!!
これ以上の課題はどう考えたってただの地獄でしかない!深夜残業に至らないまでも早出残業から21時59分くらいまでぶっつづけで働いてる感覚なんだが!?
おかげさまで夜なんか爆睡だ。もしかしたら意識が飛んでるだけなのかもしれないが!

「まあいいか……ところで苗字、この自己PRと志望動機、教材として使わせて貰えないか」
「嫌です絶対に断固拒否します」

こっちが本題だったか!!
冗談じゃない!自分で読み返すのさえしんどい自己PRだぞ!?それを!?赤の他人に見せるとか!新手の拷問でしかない!羞恥で死ぬ!
私が雄英教師からPRされるのは『著名な卒業生紹介』『卒業後の進路』枠でいいんだ……!卒業後の私であればいくらでも受け付けるが、在学中の自己PR提供は恥ずかしくて、絶対に、嫌だ!!

「どうせ過去の卒業生とかのデータとかあるんですよね!?それ使ってくださいよ!それに私じゃなくても有名なヒーローなんてごまんといるじゃないですか、」
「まァ……あることにはあるが」
「なおさら嫌ですよ。それこそ、オールマイトの自己PRなんて皆見たいんじゃないですか」
「物事には相性があるだろ」

ぼやくような相澤先生の低い声になんとなく察した。
うっ……確かに、バックオフィス的な雇用保険やら確定申告やらは全部ナイトアイが先に処理してそうだ。優秀すぎるサイドキックというものも考えものだな……!大人を甘やかすとろくなことにならんぞ……!
しかし他にも雄英出身のヒーローなんていくらでもいるだろうが!

「だったら、相澤先生の履歴書でいいじゃないですか!どうせ取ってあるんでしょう……!」
「……ない」
「明らかに嘘ですよね!?私の目を見てもう1回言ってくださいよ!!」

そう言って詰め寄ると相澤先生がチラ、と視線を逃がした。
嫌だ。私だけが貧乏クジを引くのなんてごめんだ。死なば諸共。相澤先生の自己PRを曝すというのなら私だって出そうじゃないか。
同じ辱めを受けたものだけが私に石を投げるがいい!絶対に誰かを道連れにしないと私は折れんぞ!!

「…………」
「…………」
「…………不毛なんで、この話はなかったことに……」
「…………チッ」

互いに譲らないまま落としどころを探れば、案の定舌打ちが飛び出た。
お、大人気ねえ〜〜〜!!相澤先生め、わかりやすく私だけを犠牲にしようとしたってそうはいきませんけど!?

その後なんだかんだ割り込んできたプレゼントマイクと先生と世間話をして職員室を後にすることとなった。触らぬ神に祟りなし。
セメントス先生が入れてくれたコーヒーはとても美味しかったことだけ覚えておこう。





――というか、学生時代の先生ってどんな感じだったんです?さぞ立派で引く手数多な優秀な生徒だったんじゃないんですか?

期待どころかやや嫌味混じりの視線が俺を見上げていた。失礼なやつだな、と思いながらも返す言葉を迷っていれば、何かを察知したマイクが会話に入って来た。余計なことは言うなよ、と睨むと珍しく何も言わずに雑談を交わして苗字を見送った。
ずいぶんと温くなったコーヒーを飲んだマイクが、苗字の書いた履歴書に目を通してヒュウ、と口笛を吹いた。こりゃすげえ、と続く言葉に思わず頷く。

「優等生なァ……問題児だったよな、俺ら3人。苗字みたいに」
「苗字とはタイプが違うだろ」

少なくとも俺やマイクはこんなにも優秀じゃなかった。インターンも決まってなかったし、もちろん授業で初めて書いた志望動機も自己PRも当時の先生にアカばっかり入れられて、とてもじゃないが見せられるモンじゃなかった。
今となっちゃ見るのも憚られるが……放課後に白雲と山田と3人で騒ぎながら書いたそれは、未だに捨てることが出来ないあの日々の欠片でもある。あるでしょ、と言われた時には不覚にも動揺したが。

確かに俺たちは問題児だった。けど、苗字は違う。少なくともこの履歴書に修正すべきアカは1つも入らなかったのは事実。
優秀過ぎるがゆえに問題児扱いされるのは、当人からすれば腹立たしい以外の何物でもないだろうが、教師としては無理をしていないか心配になるのは致し方がない。

「つーか相澤ァ、なに、苗字の前じゃいいセンセーでいてぇわけ?」

揶揄うような山田の声にややカチンとくるが、正直返す言葉が見当たらなかった。
苗字は優秀な生徒だ。時々手を抜いたり小狡いことを考えていたりするが、それを差し引いてもおつりがくるほどに。そんな優秀な生徒に問題児だったことを言うのは、なんとなく期待を裏切るような罪悪感があったし、なにより。

寄せられる信頼に値するヒーローで、教師で、大人でありたいと思うのはしょうがないだろう。

「……お前だって似たようなもんだろ、山田」
「当たり前だろ。可愛い教え子の前じゃかっこつけてぇんだよ、俺はよ」

出来の良い教え子には教師が引っ張られるというが、まさか本当にそう思う日が来るとは。
シシ、と零れる山田の笑いにつられて、気付けば俺も笑みを浮かべていた。

まったく、教師も楽じゃない。

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