指名が必ずしも嬉しいものとは限らない

「いいなあ〜ナイトアイ事務所か〜」
「う、うん、まあ、なんとか……」

複雑そうに笑う緑谷にやや恨めしい視線を送る。たまたま共有スペースにいた緑谷からその話を聞いて思わず拳を握った。祝う気持ち9割、悔しさ1割といったところ。

A組一同、私も漏れなくBIG3にボコボコにプライドをへし折られたものの、インターンはつつがなく条件付きでの行われることになった。
そして、そのヒーローインターンはなんと謹慎していた緑谷が内定クラス第1号を勝ち取ってきた。

いや、マジで凄いと思う。ただ、それが私も書類を送っていたナイトアイ事務所でなければ。私だって両手を上げて喜んでいた。
ミリオさんにはアピールしていたつもりだったが、ナイトアイから「人員は足りているが検討する」という返答を貰ってインターン自体諦めていたのに、クラスメートに横から掻っ攫われるとは不覚……!

こんなことならナイトアイに直接コンタクトを取るんだったと後悔しても文字通り後の祭り。人員が足りているならなんで緑谷は良かったんだ。こんなにも紹介の方が有利なのか。想定外すぎる。だとしたら今後のインターン応募活動の方針を大きく変えなければならない。

賃金や事務所の経営などのリスクを考えれば、より良い人材を採用したいと思うのはどこの事務所だって同じだ。しかしながら、採用は事務所の方針やパワーバランスも考えた将来的投資だ。ゆえに、事務所のニーズとマッチしているかもだが、何よりタイミングである。
そういう意味では本当に『ご縁』だが、ご縁がなかったで諦められるかと言われれば微妙なところだ。

いいな〜〜〜ナイトアイみたいな実績もネームバリューもあって合理的思考で堅実なヒーローの元で経験を積めるの、いいな〜〜〜〜。

諦めきれない羨ましさが胸の中に渦巻く。
ミリオさんからの紹介で職場見学させて貰った際も、ナイトアイとは気が合いそうだったし、なにより事務所運営が安定、安泰、安心。
そのためにもナイトアイ事務所での勤務は私の安泰な引退計画のためにも是非とも欲しいキャリアだったが……。しかし得られないものはしょうがない。諦めろ、自分……。

「けどホントスゲーよ緑谷ぁ」
「ああ、なんたってあのサーナイトアイの事務所だもんなあ!」

夕食の時間が近いこともあって共有スペースにはダラダラと人が集まっていた。緑谷の話を聞きつけた何人かが話に乗って来る。
すげーよな〜〜。いいよな〜〜〜。だめだ、やっぱり諦めが追い付かない。

「苗字さんはインターン行かないの?」
「うぐっ……どこも、断られててね……!」

グサ、と心臓に鋭利な言葉が刺さる。おのれ緑谷め……聞いてほしくないことを……!行かないの?行きたいに決まってるだろうが!!

だけど!通らないんだよ!!書類選考ですら!!

そう、なぜ私がこんなにもぐだぐだ人のインターン採用の結果に執着しているのかというと、受け入れてくれそうな事務所には既に片っ端から履歴書やメールを送っているが、マジでお祈り申し上げられているからだ。
就職氷河期の就活生のごとく、ご縁が云々、厳正な審査の結果云々。とにかく様々な理由で今後ますますのご活躍を祈られている。祈らなくていいから採用通知をくれ。

くそ……っ!こんな断られるなんて……!雄英は引く手数多じゃなかったのか……!やはり神野の事件による経歴暴露が良くなかったか……そりゃそうか、事務所としては限りなくグレーだもんな……。トラブルは抱え込みたくないだろうしな……。いや、足手纏いを抱え込んでこそだろ……。ウッ……この世に慈悲はないのか……。

「へー、苗字なんか近接良し、遠距離良し、頭も良いし、ぶっちゃけ良いとこしかねーのにな」
「意外っつーか、プロも見る目ねーよな、マジで」
「ありがとう上鳴、瀬呂……!」

いつか君が事務所を立ち上げたらその時は無償で手伝ってもいい。それくらい今の私にはその優しさが効く……!
まあ、どうしてもという場合には受け入れてくれそうな事務所はある。本当に最終手段だが。出来ることなら行きたくないが。どこかって、それはもちろん、エンデヴァー事務所、ジャッジメント事務所。あと受け入れてくれるかも分からないが、逆に指名されても行きたくないのが1つ。

もちろん、あの赤い羽根の胡散臭いヒーローNo1の座に堂々と君臨しているあの男である。くそ……っあそこに行くぐらいなら学内でコツコツ訓練していた方がマシだ……!

そう思っていると突然現れた相澤先生がちょうどよく補足をしてくれた。
本物のヒーロー、ね。そんなの本当にいるんだろうか。今のところ思い浮かぶのはオールマイトくらいしかいないが。というか本物だったら私を受け入れて欲しい。本当に。悪さもしないし、ちゃんと働くんで……!

「常闇。その本物からインターンへの誘いが来てる。九州で活動するホークスだ」
「ホークス!?」
「ヒーローランキング3位の!?」
「げっ……!と、常闇……マジか〜〜」

噂をすれば……。えっあの男、マジで?後進育成とか後輩指導とか塵ほども興味なさそうだし、絶対向かない人間じゃん??そんな人間が?常闇を?指名??
えっ可哀想すぎる常闇……。私だったら謹んで辞退するな……。

「良かったな、常闇!」
「恐悦至極」
「名前ちゃん、なんでそんな哀れな目で常闇くん見とるん?」
「いや……大変だなァーって……ハハ」

お茶子が首を傾げた。気にしないで欲しい。完全に私情である。
それにしてもやっぱ職場体験行ったことがでかいのか……。しかしながら私の職場体験先は元々公安の息の掛かった事務所だ。インターンは十中八九受け入れてくれるだろうが、自分から公安に監視されに行くようで純粋に腹立たしい。絶対に嫌だ。 

しかしそうなるとインターン活動は中々厳しくなってくる。地道にコツコツ作っていたコネクションは神野を経たことで、もはや白紙状態。
1番手っ取り早のはとりあえず雄英外でのヒーロー活動で実績を作って3年間次のスカウトを目標にすることだが、仮免直後かつ例年より厳しくなったインターン条件ではそれすらも厳しい。どう考えても手詰まりだ。

それもこれも全部敵連合のせい!おのれ敵連合……!私の安泰な引退生活どころか就職活動すら脅かしやがって……!絶対に許さん……!次会う時は法廷だ……!

「苗字、お前ちょっと来い」

ぐぬぬ、と額を抑えていると相澤先生に呼ばれて、そのまま寮の外へ連れ出される羽目になった。切島やお茶子たちが3年の寮の方に走っていくのを見てなんとも言えない気持ちになる。
いいなあ〜〜〜勝ち組〜〜〜。私もそっち側に行きたいな〜〜〜。





「苗字、お前、インターン行きたいか?」
「もちろんですけど?」

教職員用の寮に通された私は早々に相澤先生からそんな言葉を貰っていた。
何を今更。当然である。私の安泰な引退後の生活のためには何よりも実戦経験が大事。学校卒業したての新人ではなく即戦力として見てもらうためにはインターンの実績は不可欠だ。

「まァ、お前はそういうやつだよな。知ってたが」
「はあ……褒めてますか?」

なんだ嫌味か?と思いながら首を傾げると相澤先生は気怠そうにしながらも、真っ直ぐにこちらを見た。これは真剣な話をするぞ、というメッセージだ。思わず居住まいを正した。

「正直なところ俺はというか、雄英はお前のインターン派遣に消極的だ」
「それは……神野の件でのことでですか?それとも素養の?」
「いや、敵連合から狙われているという事実だ。素養は関係ない。お前が既に色々動いているのは知ってる。ついでに片っ端から断られてるのもな」
「ウッ……なんて鋭い言葉の刃物……非人道的……」
「茶化すな。それでだ。主体的に行動するのは構わんが……インターンを見送ることは考えていないんだな?」

まさか相澤先生からその言葉で出てくるとは思わなくて眉間に皺が寄る。

「ビジネスにおいては初動スピードは全てですが……私に、目の前に転がってるチャンスを逃せと?」
「お前の気持ちもわかる。が、早すぎるんだ、苗字の場合」

神野事件後、圧縮訓練と仮免取得を順当にこなして来ている自信はある。だが相澤先生曰く、あまりに順調過ぎるらしい。

「あれだけの事件だ。お前の精神的な負荷を考慮すれば一時休学になってもおかしくない。学校側からもその選択肢を提案するつもりだったんだが、結果としてお前は通常通りのカリキュラムを進めることを選んだ。もちろん、それは悪いことじゃない。だが……」
「被害者は一生可哀想なまま生きていろと……悲劇が好きな日本人らしいですね」

要するにあまりにも立ち直りが早く見えて余計な反感を買っているということらしい。
内部として見れば退学未遂やら爆豪とのあれこれやら色々あったが、確かに外部から見れば、事件前後での変化はない。事実、仮免取得まで出来ていることを見れば、まあ面白く思わない人間だっているだろう。

ハッ、と鼻で笑えば相澤先生も全くだ、とため息を吐いた。
個性主義社会となり犯罪率が上昇した時代。敵被害者が身近になったせいか、どうにも前世よりもその考えが強くなったように感じる。

敵犯罪の規模が大きいほど、世間はより悲劇的に事件を捉えてその被害者を「可哀想な人間」として見てくる。個人ではなく、あくまで「敵犯罪被害者」として扱われるのだ。そしてそこには、善意の皮を被った悪意が溢れている。

「外部に行けばそういう悪意にも晒される。インターンでお前に精神的負荷が掛かるくらいなら、俺は学内でのカリキュラム消化や練度向上に努めるべきだと思っている。焦ってもいい結果は出ないし、なにより、インターンでのお前の扱いに俺は何かを言える立場じゃないからな」

インターンでは生徒の自主性が重んじられる。よほどのトラブルにならない限り学校側が出てくることはない。だからこそ、自分で良し悪しを判断できるかが重要になる。

経験として得られるものはなにか。ヒーローやサイドキックたちはまともな人間性を持っているか。
残念ながらブラック企業よろしくブラック事務所と言われるヒーローがいるのも事実だ。それを避けられるかどうかは自己判断としか言えない。もちろん、法的にアウトな事務所は別として。

「もちろん、学校としてサポートはしていくつもりだ。だが限界はある。それらを踏まえて、お前はどうしたい?」
「……正直、ここまで断られるとは思いませんでした」

エゴサはしているわけではないが、それでも当事者を無視した人間の言い分などいくらでも見受けられる。子供の権利がどうの、被害者配慮がどうの、そういった批判が連日雄英に届いているのも知っている。勝手に主張する分には構わないが、それをこちらにぶつけるのはやめていただきたい。間違った正義は暴走すればただの悪意にしかならない。

「それでも、自分がやりたいと思ったことはやっておきたいです。やらずに後悔することはしたくない。すいません。雄英に、先生方にはご迷惑おかけします」

でもその悪意に屈したくはなかった。あの子の両親が掛けてくれた言葉。クラスメートたちが砕いた心。
私が引けば、雄英への批判は収まるだろう。一番賢い選択だと思う。けれど、それ以上に私自身が世間のレッテルに負けたくないと思った。だから、悪いけれど雄英には泥をかぶって欲しい。

「わかった。こっちのことは気にするな。そういうのも含めて俺たちの仕事だ」

まあ、お前ならそう言うと思ったよ、と呆れ半分で相澤先生が深く息を吐いた。
前世でも感じたことのある、上司やチームに迷惑を掛けている罪悪感。うっ……申し訳なさで胃がねじれそう……!正直クレーム対応よりも苦手だが、ここで引く訳にもいかない。私の安泰な引退後の生活のためにも、ここで頑張らなければいつ頑張るというのだ……!

「お前は自分が何をすべきなのか、自分で決められる人間だと信頼はしてる。が、困った時にはちゃんと頼れよ。お前は全部自分の努力だけで解決しようとしがちだ。正直、心配になる」
「うっ……スイマセン」

そりゃ精神的には大人なので、ある程度は自分で決められるだろう。実際決めて来たわけだし。
というか、今更どんな顔して相談していいか分からないというのが本音だったりする。もちろん報連相は心掛けるけども、最終的な自分の人生には自分で責任を持つしかあるまい。

どうしたものか、という表情が表に出ていたのか、先ほどよりも少しだけやわらかな声で名前を呼ばれた。

「俺も聞く努力をする。だから苗字も伝える努力を怠らないでほしい。その時の俺が出来る力で、ちゃんと向き合うと約束する。……教師として、相澤消太として」

その言葉に少しのむず痒さを感じる。大人になって、立場と責任を得て久しく得られなかった、頼る相手がいるという安心感。爆豪とも、轟とも、緑谷の誰とも違う存在。
元の年齢が近いからか、それとも相澤先生の信頼に私が応えたいと思っていたからか。いずれにせよ、この人も心を砕いてくれる人であることに変わりはない。ならば、私が返す言葉はひとつしかない。

「わかりました。約束、します」

その返事に迷いはなかった。

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