モチベーションアップは大事

雄英だ、すごい、本物だと言われてそのまま集団単位で絡まれることになった。天喰先輩じゃないが帰りたい。

傑物学園も雄英、士傑に及ばずともヒーロー科における有名高校だ。まあ、ライバルというか担任同士の世間話に付き合わされた感じが否めない。早く会場に行かせてくれないかな、と思うも担任を置いて会場入りするわけにもいかない。

早く話終わってくれないかな、さっさと今日のタスクを終わらせて帰りたいんだが、と思っても終わる気配は見えなかった。積もる話があるんだろう。一方的に。相澤先生は一刻も早く切り上げたそうな顔をしているが。完全に黙殺されている。完全に向こうのペースだ。
強制的に話を切り上げないの優しいな、と改めて相澤先生の面倒見の良さに感心しているとはきはきとした声が耳に入った。

「僕は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」

そう言って先頭を歩いていた男が緑谷を皮切りに次々握手をし始めた。にこにこ友好的に見えるが、その言葉に少しだけ違和感が残る。

真堂さんとやらの口ぶりから、『トラブル』が直近の神野事件以外も指していることがわかった。
USJ、体育祭の件を含めしっかりとこっちの動向を追っているあたり、かなり入念に雄英を調べて来ているのが伺える。関心の強さは警戒の裏返しと言っても過言ではない。

加えて、その警戒を笑顔の下に隠してわざわざこちらに伝えてくるところを見れば、結構イイ性格をしている印象を持たざるを得ない。これは試験でもしっかりマークしてくるだろう、と少しだけ警戒のレベルを上げた。なんだったら握手すら個性に関する予備動作と勘ぐってしまう。物間やラグドールみたいな。考えすぎかもしれないが。

「不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

ウインクと爽やかな笑顔が飛ぶ。
ドストレートな爽やかイケメン、と評した上鳴に思わず同意した。A組にはいないタイプのイケメンだ。

「おお……イケメンだ……」
「……苗字もそういう俗っぽいところがあんだな」
「砂藤、私をなんだと思ってるの……」

……そうか、うちのクラスに欠けていたのはこういうタイプかもしれない。目の保養。爽やか空気清浄機。……いないな。
ヤンキー染みた狼系イケメンも無口クール系イケメンもいるが、こういう正統派爽やかイケメンは見慣れない。普通に顔がいいせいで近くをうろうろされると正直、ちょっと心がそわそわする。

いや……誰だって顔がいい男は目の保養になっていいだろうが。分かりやすくモデル上がりのイケメン俳優枠でドラマに出て来そうな感じが、ちょっと、そわつくだけで!誰だって美男美女には弱いだろうが!

「や、だって、なあ、障子」
「俺に振るな。常闇」
「……親しみが、深い」
「いいよ、もう何も言わないで」

私だって何も100%仕事人間というわけではない。それなりに思春期を某タレント事務所と少女漫画で育ってきた人間だ。イケメンにきゃいきゃいするのはしょうがないだろう。
もう1人の自分に謎の言い訳をしていると真堂さんが爆豪に手を差し出した。噛みつかれないかな、とクラスメートよりイケメンを心配してしまったのは許してほしい。

「君は特別に強い心を持っている。今日は君たちに胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」
「フかしてんじゃねえ。台詞と面が合ってねぇんだよ」
「こらおめー失礼だろ!すいません無礼で……」
「良いんだよ!心が強い証拠さ!」

爆豪のあからさまな拒否に対してのこの回答。人間性として完全に真堂さんの勝ちである。既に格の違いを見せつけられたな、と思っているうちに色々と入り乱れて交流が至るところで始まった。轟に至ってはサインを求められている。一般人のサインなんか貰ってどうするつもりだろうか。

なんでもいいが見つかると厄介そうだ。早いところ相澤先生の号令が欲しいんだが、と相澤先生に視線を送っていたらすぐ近くに気配が生まれた。振り向くとさっきまで遠目に見ていた爽やかイケメンがすぐ傍にいた。
いや、待って、隠れてたのに、なんで。まさか、わざわざ探して声を掛けに来たの?……なんで?

「そしてもう1人の神野事件の当事者……君が、苗字さんだね?辛い過去を乗り越えてヒーローを目指す君の不屈の心、僕はとても好きだよ。これからもよろしくしてくれるといいな」
「えっ、あ、はい……」

いや、馬鹿か私。声掛けられてニコッとされるだけであからさまにソワソワするなって……!
いや、待て、これからもよろしく?どういう意味だ?

クライアントの要求に対応したのに引き続きよろしくお願いします、と言われた気分だ。何が引き続きなんだ?もうクローズ案件だろうが。
深読みしすぎかもしれないが、深読みして先回りして対応できるようにしておかないと無茶振りな依頼に心が死ぬ。いや違う、そんなことを考えている場合じゃない。

いつもだったら滅茶苦茶他人行儀の余所行き顔からスタートさせる筈だ。そう、それなのになんで私はつい普通に返事して握手しようとしてるんだ。いや、顔が良いからってこんなにあからさまに警戒を解く奴があるか!私のことだ!

「触んな」

真堂さんの手に触れる直前に私の手を叩き落としたのは、まさかの爆豪だった。
若干ジンと痺れる指先を無視して思わず爆豪を見上げる。
…………は?いや、なんで?
突然のことに驚いて声が出なかったが、ようやく飛んでいた意識を戻す。それでも、出て来たのは意味にならない言葉の切れ端だけだったが。

「え?いや、え?なんで……?」
「……目ェついとんのか、テメェ。正気か」
「おい、爆豪、おい」

失礼すぎる。え、なに、何なの本当に。マジでこの男が考えていることが分からなさすぎる。この男がクラスメートを助けるとか……いや、まあ、期末試験後やら退学騒ぎの時なんか色々助けては貰っている自覚はあるが!

……いや、違うな。私がどうとかより、どちらかというと真堂さんが気にくわないという排除意識の方が強い気がする。気にくわない奴のやることなすこと全てに気が障ると同じだ。そういうことにしておこう。
考えるのが面倒だし、この一部始終を見ていた周りの空気もどうにかしたい。変に注目されていて非常に居心地が悪い。

――確かに、爆豪の言う通り言葉と表情が合ってないのは私も気に食わないが。
私と爆豪についてはわざわざ声を掛けてきたところを見るに、おそらく相当気にしているんだろう。神野の件があるから当然かもしれないが、明らかにクラスメートに向ける視線と表情が違う。言葉にも別の意味が含まれている。

だったら。こちらも返しておくべきだ。

「ご存じの通り、苗字です。こちらこそ、本日は胸を借りる気持ちで臨みますね。……どうぞ、よろしく」

どうぞ、せいぜいマークしておいてください。あんまりこっちばかり見て、足元掬われないといいですね?
その含みを持たせる。

「……言うね」

にっこりと営業スマイルを浮かべてこちらから手を握ると、真堂さんの顔が少し歪んだ。生意気なことを、と言わんばかりの笑みが一瞬零れる。
本性が少し垣間見えた気がしたが、わざわざこちらから突っ込んでいく必要もあるまい。イケメンはそのままでいて欲しい。束の間の夢ぐらい見させてくれ。

じゃあ試験で、と言って手を振って去って行く真堂さんを見送りながら、こっそり深く息を零す。初っ端から絡まれた挙句宣戦布告染みたやりとりをしてしまったが……正面切って戦う約束をしたわけでもない。スポーツマンシップに則って堂々勝負という綺麗事を言っているほどの余裕もないわけだし、個性の相性が悪ければさっさと撤退するに限る。

それにしても、と未だ握った感触の残る手を見る。
握っただけで相当訓練を積んできたことが分かった。考えてみれば、向こうには1年分のアドバンテージがある。
実戦経験で負ける気はしないが、苦戦はするかもしれない。個性が分かればいいが、と内心で計画を立てていると地獄の底から響いてくるような声が聞こえて来た。

「てめぇ……」
「っば、爆豪……さん……」

思わず背中がひやりとする。なんとか誤魔化せないかと思ってへら、と笑みを浮かべたが逆効果だった。ほぼ同時にギッ!と目が直角に吊り上がる。いつもの爆豪だぁ……。

「あんないかにも腹ン中に何か飼ってますみてぇなツラの奴に浮かれとんじゃねーわ!!」
「だ、誰が、浮かれてなんか!」
「じゃあなンで大人しく握手なんかしとんだ?ア?いつものテメェなら猫被りまくってテキトーに避けてただろうがよ!」
「話の流れと最低限の礼儀ってもんがあるでしょ!いちいち突っかかって来ないでよ!暇か!」

言いがかりにもほどがある。別にイケメンだからどうとかってわけじゃないし、というか顔が良いから手加減するなんて愚の骨頂だし、こっちだってそんなことをする気はさらさらないし!
というか真堂さんが何が気に入らないんだったら私に当たらなくてもいいだろうが!試験で自分でボコれよ!みみっちいところ全面に押し出していきなよ!そういうの得意でしょうが!

「苗字が陥落した……イケメン恐るべし」
「爆豪も顔はいいけど性格真逆だからなぁ……つーか苗字もそういう好き嫌いあんだな」
「イケメンならなんでも許されんのかよぉ……!爆ぜろ……さもなくばオイラのキャラデザコストも5倍くらい上げろや!」
「尾白、砂藤!余計なこと言わな……!」

じゃないと大変なことに――!

「年上……」
「ひっ」

後ろに誰もいなかったはずなのに、ゆっくりと肩を握られて思わず声が出た。
し、しまった……!一番気付かれてはいけない相手に気付かれた……!さっきまで全然違うとこにいたのになんでもう後ろにいるんだ!?そのスニーキング能力ヒーロー活動で使いなよ……!派手な攻撃が好きなのはわかるけど!良く見て、障子が引いてる!

「み、三奈さん……!」
「名前、あとで、ゆっくり、ね」
「ひっ」

耳元で囁かれた甘い声に背筋が粟立って変な声が出た。誰か助けて、と視線を送るがさっきまでこっちを見ていた全員が顔を逸らした。関わるとめんどくさいのはわかるがあからさまな掌返しはやめろ!さっきまで面白そうにこっち見てたくせに!

「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

もっと早く言って欲しかったなァ!相澤先生!!

ギリ、と歯を噛みしめながら会場に向かう。ずっとこんな調子で絡まれるの費用対効果が悪すぎるが、なんとかならんものかな、と皆の中に紛れて歩を進める。

「おい見ろ、あれが噂の……マジで雄英にいんだな」
「少女Aって、ほんとにヒーロー目指してんのかよ……ありえねー」

後ろから微かに聞こえる言葉を無視して。


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