相容れないタイプの同期もいる

仮免試験会場へ向かうバスの中は、いつかと違って少しの緊張が漂っていた。

「うお、すげえ人だなー」
「全国のヒーロー科だけじゃなくてヒーロー志望の大卒や脱サラ受験者もいるしね」

前世でも見た気がする特徴のある外観とその周りに停まる無数のバスを見ながら、隣に座る瀬呂の言葉に相槌を打つ。

専門性の高い、ヒーローという職は高校のヒーロー科を卒業し、そのまま就職となるキャリアが一般的だ。
もちろん大学卒業後にヒーローとして就職する人間もいれば、一度企業に就職してから改めてヒーローを目指す人間もいる。もちろん、ネームバリュー向上のためにヒーロー免許だけが欲しい人間だっている。昨今のキャリアも多様化している。

「大人か……そりゃそうだよな。高校生以外もいるか……」
「ま、余程じゃない限り個性の精度は現役のヒーロー科に勝ることはないから心配しなくていいと思うけど」

現役で活躍するヒーローの多くが高校卒業後すぐにプロとして活動していることを見るに、知識よりも経験がモノを言う世界であることは暗黙の了解でもあった。
実際にどれだけ既卒がいるかわからないが、パッと見る限り団体バスと制服が圧倒的に多い。受験生のほとんどが学生だろう。

あまりの人の多さに辟易とするが、裏を返せばそれだけ仮免試験合格に手こずっている人間が多いということでもある。さながら医学部受験や司法試験のようなものか、と思いながらバスを降りれば、周りを見た峰田が珍しく弱気な発言をこぼしていた。

「うう緊張してきた……!仮免とれっかな〜……!」
「峰田、取れるかじゃない。取ってこい」
「モ、モロチンだぜ!」

相澤先生からの激励の言葉を聞きながら周りを伺うと、こちらに向いてくる視線が少しずつ増えていくのがわかる。特に目立った行動をしているわけではないにもかかわらずこの注目度合いなのは、雄英だからか。それともA組だからか。
どっちにしろ向けられる視線には色んな意味が込められているし、なによりこのクラスのことだ。望んでもいないのに面倒なことに巻き込まれるのはわかっているから大人しく――

「プルス、ウルトラー!」
「何、誰……」

突然割り込んできた大声に思わず顔を顰めた。

言った側からこれだ……!というか誰だこいつ!?
普通に考えて他校のミーティングに入っていくなんてありえないだろうが。引率の教員はなにをしてるんだ!職務怠慢にもほどがある!
というか勝手にこっちを目立たせるな……!なにもしなくてもトラブルを引き寄せる天才がいるんだから余計なことをしないでほしい……!
苛立ちが増していくのが自分でもわかってしまったが、どうにも手が付けられなさそうだった。

なぜなら、今回の仮免試験、私にとっては正念場である。
何しろあのキナ臭くて腹に何を飼っているわからないヒーロー公安委員会という虎穴に、身一つで飛び込むのだ。これが正念場でなくて何になる。
しかもだ。公安の目立った動きはあのフリーダム鳥人間からの接触だけで、それ以降大きな動きがなかった。絶対に何かあると思ったのに。
こうなると嵐の前の静けさに似た不気味さすらある。その不安と恐怖を抱えてのこの試験。なんだったら既に適正をチェックされている可能性すらある。

例年面接などの適正試験は行われないが、何をどこでどう見られているかわからない以上、無用なトラブルは避けたいところ。
試験前からマイナス評価を稼いで本試験でヒーロー適正なし、などという最低な理由での不合格など目も当てられない。

だから、A組もだけじゃなく他校も今は大人しくしておいてくれ……!しかもこっちはバスを降りただけだぞ!10対0でそっちに過失があるだろうが!!出るとこ出てもいいんだぞこっちは!!
そっちが思っている以上にデリケートな案件なんだ!!わかったら大人しくしておけ!

「勝手に余所さまの円陣へ加わるのはよくないよ、イナサ」
「あっしまった……!」

突然割り込んできた男を嗜める制帽の集団が後ろから姿を見せた。彼らが着ている制服を見て周りのざわめきが大きくなる。
よりによって士傑高校。また目立つ奴らが来たものだ、とひっそりとため息をついた。

東の雄英、西の士傑とまで言われる西の名門校。雄英の自由競争主義と相反するような厳しい校則に則った協調性重視の校風を持っている、名実共にライバル校である。

当時私も受験を考えたが、こちらのバックグラウンドとの相性が悪いうえ、事情があって受験校を1つに絞られていた私にとっては諦めざるを得なかったが。
ついでに言えばこうしている間にも、わりと校則ギチギチ系年功序列型の気配を感じる。ある意味雄英で正解だったのかもしれない。

「どうも、大変、失礼いたしました!」
「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人はァ!?」
「雄英高校の皆さんと競えるなんて光栄ッス!自分、雄英、大好きッス!うおおお」

その馬鹿デカい声に周りからの視線が集まる。急速に胃が重くなっていくような気配がした。
うっ……熱血……飯田とはまた違うタイプの……。どちらかというと野球部のような圧倒的体育会系……。うう……前世にいたゴリゴリ体育会同期を思い出す……!非効率を体力と気力でゴリ押しするタイプがいたんだったそういえば……!飲み会で絡まれるのが辛すぎて記憶から消していたのに急に思い出したじゃないか……おのれメンタルがやられた!

周りから聞こえてくる雄英、士傑、という声が大きくなる。嫌な流れだ、とそっと人影と重なるように一歩下がると目敏い障子が声を掛けてきた。

「……?どうした、苗字」
「いや……ごめんちょっと、盾にして申し訳ないんだけど……面倒なのに絡まれそうで」

そう言うと障子は察したのか私より少し前に出て視線を巡らせた。本当に察しが良くて助かるなこの男。一緒に仕事するなら障子がいいな。冷静だし、察し良いし。さっきの熱血男は勘弁。話するのにいちいち言葉で殴り合いになりそうだ。

「……苗字の言う通りだな、嫌な視線が混じってる。俺もそういう視線を向けられた経験があるからわかるが……」
「私らの今年の派手な動きを見ればしょうがないかもだけど……神野事件諸々のインパクトがかなりデカかったしね……ほんとごめん」
「いや、苗字は悪くないだろう。俺の後ろならそう見えないだろうから存分に使え」
「ありがと」

視線には敏感な方だ。雄英、という言葉に反応した周りから羨望や嫉妬が入り混ざったものが送られるのを感じる。単純に雄英に対して憧れを持つ者、1年次という早い時期に雄英が参加することに嫌悪を持つ者。その意図は様々だ。

試験だからライバル視されるのは当然だし、そういう視線を送られるのはこっちとしても折り込み済みだ。だが、今年の雄英にはそれだけで済ませられない理由がある。USJ襲撃、神野、敵連合。例年に比べ、向けられる視線に含まれる要素は多い。
こちらとしては悪いのは全部敵連合なので嫌な顔をされる謂れはないのだが、部外者がそう簡単に割りきってくれる訳でもない。

そうこうしているうちに士傑が一足先に会場に向かっていった。いや、本当になんだったんだろうか……。引っ掻き回すだけ引っ掻き回していったな、とその背中を見つめる。相澤先生の注意しておけ、という言葉を発した瞬間、今度は別の声が飛んできた。

「イレイザー?イレイザーじゃないか!」

その声と共にみるみる変化していった相澤先生の表情に、思わず察した。さっきの私と多分同じ顔をしていた。
あ、あー……相澤先生、あの女の人苦手なんだな……。珍しく全面的に顔に凄い出ている……。
顰め面に加えて圧倒的塩対応の相澤先生に少しだけ同情した。わかる。合わないタイプの人間が絡んでくるの筆舌にし難い苦痛感ある。

相澤先生自分のペース崩されるの嫌いそうだし、向こうは向こうでなんかおちょくってる感もあるし。根本的に合わないんだろう。私もプライベートの話で無駄に絡んでくるチャラい同期が苦手だったからすごくよくわかる。今すぐ業務上だけの話に戻したいと思ったことは数えきれない。

うっ、また前世を思い出した……なんなんだ、何の因果でこんな前の同僚のことばっかり思い出すんだ……!ただ試験を受けに来ただけなのに予想外のところでダメージを食らっているんだが……!
くそ、こんなに絡まれるんだったら私もB組と同じ会場がよかった!

「おお!本物じゃないか!」

そう言ってまた出て来た推定ライバルにため息を吐きだした。
見世物じゃないんだが……。
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