同性コミュニティ内での立ち位置は気が抜けない

寮の扉を開けたタイミングで三奈の声が響くと同時にもう1度扉を閉めたくなった。
高校生の……恋愛話……だと……?なんというタイミングで帰って来てしまったんだ……!

「なんでもない話でも強引に恋愛に結びつけたい〜!」
「そ、そんなんじゃ……」

キャッキャッと女子がはしゃぐ声がする中、お茶子が窓の外を熱っぽく眺めている。窓の外……お相手は緑谷か……。いや待てさっきの見られてないよな……!?恋愛事が絡んだ女子の交友関係は株価より複雑な動きをするんだが!?どうか見られてませんように!!

そろそろと気配を消してエレベーターのボタンを連打する。早く来い早く来い早く来い早く恋!!
気分はパニック映画の主人公に近い。今ならよく分かる。

ぶっちゃけ恋バナなど死ぬほどどうでもいい。一刻も早く帰りたい。早く寝たい。
クラスメートと恋愛?冗談ではない。こちとら人生2周目だぞ?真っ当な恋愛など未成年に手を出すようで犯罪者の気分しかないが?
ここは何事もなかったかのように部屋に帰るのが得策。お茶子のことは知らないフリをすればまだ被害は少なくて済む……!くそ、誰だエレベーターを5階で止めたヤツ!!
そう思った瞬間、背後からガッ!と肩を掴まれた。

「ひっ!」
「ねえ、名前は?」
「み、三奈……」

しん、心臓飛び出るかと思ったけど!?い、いつの間に!?!?マジでホラーだからやめて!
ギギギ、と振り向くとめちゃくちゃ笑顔の三奈がいた。
つーか帰ってきてたの気付いてたのか……!?さっきまでソファにいたのに!!こ、こわい……!めちゃくちゃこわい!怖すぎる!

ふる、と体が震えた。帰りたいのは山々。この三奈の様子からして根掘り葉掘り聞かれるのは簡単に想像出来る。
確かにこのままエレベーターに乗ればふかふかお布団で朝までぐっすりコースだ。後先考えなければ。
しかしながら、同じ寮生活を送るなかで女子のコミュニティは非常に厄介……!女子は気が合えば恋人以上の安心感を生むが一度歪みが発生すれば地獄!
無論イジメだのなんだのするような子達ではないと分かっているけど、人間なんて何がきっかけで価値観が変わるかわかったものではない。

「ねえ、名前は?」
「えっ一言一句変わらない……こわい……」

に、逃げられない……!
職場ですら人間関係で揉めやすいというのに、睡眠時間以外を一緒に過ごす逃げ場のない寮生活において、関係性を悪化させる行為は自殺にも等しい。
ましてや相手は思春期の女子である。繰り返すが、数少ない女子のコミュニティ……!しかも思春期!些細なことでトラブルになりかねない……!

私だって心安らぐ同性の友達を失いたくないし、あと2.5年の寮生活を気まずく過ごしたい訳じゃない。
恋話に首を突っ込む面倒臭さ。同性同士の気安い関係と向こう2.5年の安泰かつ穏便な寮生活。――天秤にかけるまでもない!!
そう結論を出した瞬間、チーン、とエレベーターの扉が開いた。ああ、今すぐこのエレベーターに乗ってベッドに飛び込みたい……。

「……5分、5分で勘弁してください」
「いっひっひ観念したかお主〜!さあ吐け〜!」

結局、項垂れながら目の前で開くエレベーターを見送って魔窟に足を踏み入れることになった。家にいるのに帰れない……帰りたい……。
渋々みんなのいるソファに腰をおろすと、三奈がわきわきと手を動かした。酔っぱらったセクハラオヤジムーブがすごい……。なんで女子ってこう、ちょいちょいオヤジみたいになるんだろうか……。

「轟といい感じじゃないの〜?感じないわけ!?轟からのお熱な視線を!!」
「いや、逆でしょ。むしろ寒くない?」

三奈の言葉にばっさりと切る。言い淀んだら終わりだ。何もないのに何かあることにされる。マジで勘弁。
そもそも轟と何があるもないも、彼が何考えてるか全然わからんのだが?別にクラスメートと温度差なくないか?
というか、お熱っていうなら一番熱持ってる相手、お父さんのエンデヴァーだよ。多分。轟の顔は良いと思うけど。

「爆豪くんとかは!?」
「透さん、今日の殺害予告聞いてた?」

正気か?
私ほぼ毎日あの男に殺害予告されてるんですけど。すぐぶっ殺すとか言うので私の中では小学生の扱いである。ライバルとしては十分だが恋愛対象?毎日言葉のDV受けそうなので嫌だ。爆豪の顔は良いと思うけど。

「切島は!?いい奴だよあいつ!今なら瀬呂と上鳴もつけちゃう!」
「完全におまけ扱いでは?それに上鳴は、ねえ」
「ちょ、は!?そんなんじゃないし!」
「何も言ってないですけど〜?」

さりげなく話の矛先を耳郎に向けると耳郎が慌て始めた。良い流れ……!そのまま標的を耳郎に移してくれ。そもそも何がきっかけでこういう話になったのか知らないが、分が悪いと思った耳郎が話を変えてくれますように……!すまん耳郎……!明日ジュース奢るから……!

「そっ!そういえば!珍しいね、名前が遅くなるの」
「ちょっとオールマイトに呼ばれて。神野とかで色々と」

案の定、耳郎が慌てて話の流れを変えた。
よっし!!そう!話題転換大事!そしていい方向に持って行ってくれた!ナイス!
神野を出してちょっとアンニュイな顔をしておけば大概乗り切れるだろう。ここに突っ込んでくる人間は早々いないはずだ。

「そっか……」
「色々あったもんね……」

少しだけ空気が重くなった。流石に楽しく話していたところに後味を悪くさせるのも申し訳なさが積もる。流石にやりすぎた気がするので、さっさと話題を変えるか、と思っていたら、お茶子が「でも」と続けた。

「名前ちゃん、なんかええ感じに緩くなったね!」
「え」
「前はどっか踏み込んだらいけんかな、って思うとこあったんやけど、それあんまなくなったな〜って!」
「そ、んなに?」

その言葉に思わず声が遅れて出てきた。つっかえるようにして出てきた言葉に、うんうんと全員が頷いた。今度こそ言葉が出てこなくなる。

「確かに、以前の名前さんでしたらもう少しピリピリされてましたし」
「合宿のときの名前ちゃんの体調が良くなかったのはわかっていたのだけれど、あの時は負担を掛けてしまうかと思ってあれ以上は聞けなかったの。ごめんなさい」
「合宿んときとかちょっと遠慮しちゃったよ〜!」
「今は男子とかも呼び捨てだしね。ウチはそっちの名前の方が気安くていいんじゃないって思うけど」
「そーそー!猫被んなよぅ!あたしらの仲じゃーん!」

お茶子に続くように皆が口に出し始めたのを聞いているうちに、申し訳なさと恥ずかしさがじわじわと込み上がってきた。年下の高校生相手に気を遣わせてしまった事実に、心臓をとげで刺されているような錯覚さえした。
あまりにも視野狭窄だった自分が恥ずかしいし、情けない。
大人だのなんだのと言っていたくせに結局これだ。爆豪に言われた独りよがりだという意味がようやくわかった。

私が思ってるよりもこの子たちは周りをよく見ていて、自分の意思を押し付けない分別と優しさを持っているのだと今頃気付かされた。
所詮子供だと決めつけていたのは私だった。大人でもこういう分別と優しさが欠けた無神経な人間が多いことを知っていたくせに。
結局、大人も子供も関係ない。人間性という前世でいうところの個性の括りを、私が忘れていただけだった。

甘えていたのは私の方だ。
悲劇のヒロインだと思ったことはないが、どこかでしょうがないという諦めみたいなものがあったのかもしれない。
けど、相澤先生の言葉で、爆豪の言葉で、轟の言葉で、緑谷の言葉で、この子たちの言葉で。
どこか感じていた疎外感が少しだけ拭われた気がした。

「気を遣わせてごめん……」
「違うわ、名前ちゃん」
「こういうときはさ、ありがとう、じゃん?」

梅雨ちゃんと耳郎の言葉に思わず目を見開く。本当に、しっかりした子達だ。私の想像よりも、ずっと。

「ありがと」
「わあ!名前の貴重なデレだーー!」
「デレて……そんなつんけんしてた?」

わいわい、といつも通り高校生らしい雰囲気に少しだけ肩の力が抜けた気がした。同時に、その空気に安心する自分を誤魔化すことはもうできなかった。認めよう、私は、この子たちを身内と認識している。

私の認識は変わってしまった。この子たちを、将来を見据えて仲良くしておいた方がいい存在、という言葉では片付けられなくなってしまった。あの子と同じで、自分の内側に入れてしまった。
自分の我儘だ。エゴだ。それでも、この子たちが無為に傷つけられることは、おそらく、耐えられない。出来るだけ守ってやりたい。

それでも。この子たちは止まらない。茨の道だろうと、辛い現実があると分かっていても、この子たちは進んでいく。

あっという間に仮免試験がやってきて、私たちは現場に出るんだろう。そうなれば嫌でも1人で理不尽と、不条理と向き合う時間が増える。今、私に心を砕いてくれているこの子たちはその激流に身を投じることになる。けれど、この子たちは逃げない。柔らかな心のまま真摯に現実に向き合うんだろう。

どうせ避けられないのなら。少しでも、悪意を振り払ってやりたい。そう思う。
多感な時期に子供らしさを捨てて、大人と同じ世界に急速に馴染んでいこうとする彼らの心が歪んで、潰れてしまう前に。

理不尽も、醜悪な感情も、いずれはぶつかる。もちろん全てから守ってやるなんて烏滸がましいことは出来ない。私にそこまでの力はない。けれど、少なくとも一緒にいる今くらいは、子供を守り、育て、導く、大人としての矜持を実行することはできる。

大人と子供の境界が曖昧な今だけは。心が、精神が、育つまでは。せめて、この長い人生における僅かな時間だけは。どうか、こうして屈託なく笑いあっていてほしい。
そう思った。



「名前は年上好き、と」
「おいそこ。言ってない言質を取るな」


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