オフィスでの内緒話は要注意

「今度は緑谷か。まだやってんの」
「苗字さん!?珍しいね、こんな遅くに外いるの。どこか行ってたの?」

A組の寮が見えてくると、入口の前で緑谷が1人で自主練に励んでいるのが見えた。噂をすればなんとやらだ。
今までなら熱心だな、ぐらいにしか思わなかったが、今となってはここまで必死になる理由もわかる。ずっと個性が体に見合っていないと思っていたが、そうじゃなくて周回遅れなわけだ。我武者羅に個性を使うのも、コントロールが下手な理由も納得である。

「ちょっと、オールマイトに呼ばれてグラントリノと話をね」

そう言うと、名前を出した2人に心当たりがあるのか、緑谷がはっと息を呑んだ。

「オールマイトとグラントリノ……!?ってことは苗字さん、まさか、ワンフォー……」
「バッ……!」

バッッッッッカ!!そういうところだ緑谷出久!!
思わずそのままワンフォーオールという名前を出し掛けていた口を塞ぐ。突然のことに目を白黒させた緑谷が体を固くして「じょじょじょしちかちかちか」と狼狽えた。いやいや突然のことに驚きたいのはこっちなんだがな……!

周りに誰もいないことを確認してから手を放すと顔を真っ赤にした緑谷がいた。いや女子に照れてる場合じゃないんだけど?ことの重大さわかってる?

「馬鹿……!誰かが聞いてたらどうすんの……!?」
「ごっごごごごめん!!」
「ちょ、ねえ待って、緑谷さあ、今の感じで誰彼構わず反応してないよね……!?」
「し、してな…………あ」

あ??
今「あ」って言った??完全にクロ!!心当たりあるやつだ!!し、信じられない……すでに漏洩済みだったなんて……!あまりにも迂闊!

しかも、よくよく思い出したら体育祭の時も轟に「隠し子か?」とか疑われてなかったか?すでに9割くらい当てられてない?アウトでは?轟がハイパー天然培養純度100%の人間だから気のせいでゴリ押せたけど、これが勘の良い爆豪だった日には目も当てられないんですけど……!?
そう思いながら緑谷をジト目で睨むと、再度緑谷が狼狽えた。

「まさか……」
「い、いや!そんな……だ、大丈夫!オールマイトも知ってるし、大丈夫!だから!っていうか!苗字さんは!?いいいつから知ってたの!?」
「……神野で……戻った時に……偶然……」

気を取り直したように問われた緑谷からの疑問に、今度はこちらがダメージを負う羽目になった。
そんな可哀想な目で私を見るなよ……。私だって不可抗力だったんだ……!おのれオールフォーワン……!一生ブタ箱に入ってろ……!

「継承云々の話はあの場で。全容はさっきオールマイトから聞いたよ。中途半端に知っているよりはちゃんと知っておいた方がいいだろうって。君のサポートよろしくみたいなことも言われたし」
「そうなんだ……」

そう話すと緑谷は納得したように短く言葉をこぼした。
今回の情報共有は、グラントリノからの進言がきっかけだそうだ。私の意志がどうであれ、オールフォーワンにワンフォーオールの秘密を知る者として認識されてしまった。オールフォーワンの執着を考えると、何も知らないよりは知らせて自衛させた方が得策と考えたらしい。

加えて、事情を知っている校長、保険医からも「こいつならまあ大丈夫だろう」というお墨付きを貰ったとのことだ。くそっ!余計なことを!!
これまでの己の評価をこれ程恨んだことはない。評価が良すぎるのも考えものだが、もう致し方あるまい……!将来のための必要経費と割りきるしか……!

「……まあ、オールマイトもグラントリノと警察から強く言われたこともあって、やむを得ない判断だったみたいだし。緑谷が気にすることじゃないよ」
「うん……僕も、苗字さんだったら心強いよ!」

緑谷の口調が明るいのに眉が下がっていて、わかりやすく思うところがあるという表情を見せた。
んんん?これはあれか?全容が気になるとか、この秘密は僕だけだったのに、的な嫉妬、か?もしくはオールマイトへの不信感か。えっそこの人間関係にも気を回さないといけないわけ?急に面倒なんですけど?

緑谷の持つオールマイトへの崇拝に近い憧れを考えれば嫉妬はなくはないが、正直その感情をこっちにぶつけられても困る。当人同士でクリアしてくれ。
というか、ワンフォーオールについて君より情報を多く持つことなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないので安心してほしい。

初手でこれだ。不用意に干渉すると嫌がるタイプなのかもしれない。意外だ。
まあ、そっちが結果だけ確認してほしいタイプならこっちもサポートに徹するだけで済むので大変有り難い。

「出来る限りのサポートはするよ。あ、でも、秘密を共有したとはいえ、あまり急速に接近すると変に勘繰られかねないし、今まで通りで行こう」
「うん……そっか、……そう、だね」

返事を返してきた緑谷の表情があまりにも暗くてこっちがいたたまれなくなった。うっ、なんか捨てられた子犬を見捨てたばりに良心の呵責がすごい。
いや別に、冷たくしたい訳じゃなくて、ただ急速に接近すると怪しまれるリスクが上がるから回避しましょうっていうだけで、仲良くしたくない訳じゃなくてーー!ああ、もう!!

なんで爆豪とも拗れてるのにオールマイトとも拗れるんだ!言いたいことあったら言え!!私は言うぞ!!
とにかく、緑谷からネガティブな感情を向けられるのは避けたい。狭いコミュニティ内での不和は百害あって一理なし。将来の就職にも響きかねん……!
ここで自分に敵意がないことを明確にしておくか……!
緑谷に分からないように静かに息を吸い込む。

「……あのさ、緑谷。あの時ちゃんと言ってなかったから、改めて言うけど。……助けに来てくれてありがとう」
「え……いや、そんな、僕らは苗字さんのこと、」
「助けてくれたよ、2度も」

神野と、それから私が雄英をやめようとしたとき。神野では物理的に、退学騒動の時は心を助けてくれた。

「けど、私はまだ緑谷に返せる答えを持ってない」

どうしてあの場に戻ったのか。普段なら絶対しない行動だ。どうしてそんなことをしたのか。未だにわからない。
それでも、あの決断は私に必要だった。

「緑谷がいう、体が勝手に動くっていう気持ちは少しわかったよ。でも私は他の人にも対して同じレベルで同じことが出来るのかわからないし、私の目標を達成するのにもっと楽で効率的な道があるのも事実」
「うん」
「……でも、やらなかったって後悔はしたくない。あの時ああしておけば良かったって思うくらいなら、やって後悔したい。だから、ここでももう少しやってみるよ。やり切ったって思うまでは」

そう言うと緑谷の表情がぱっと明るくなった。ひとまず杞憂は去ったようだった。

「あの時、それを思い出させてくれたのは緑谷だから。ありがとう。ちゃんと、伝えたくてさ」

その言葉に緑谷が首を振った。

「僕こそ、ありがとう。苗字さんが雄英に残ってくれて、本当に、良かった」
「戻して貰った恩はちゃんと返すよ。――出来る限りサポートするから、無茶はしないでね」
「うん!」

緑谷は晴れやかな表情で頷いた。
マジで。言質取ったからな?恩はこれでチャラだからな。
ほんと、無茶すんなよ……!こっちのサポートが追い付く範囲で頼む、マジで。





まだ自主練をするという緑谷に程々にしなよ、という言葉だけを残して寮へと足を向けた。こっちはもうオールマイトやら心操やらと話をして疲れているんだ。一刻も早く寝たい。帰りたい。

「ただい」
「恋だ!」

今度は何だ……。


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