メモの内容が意味不明すぎて過去の自分を恨みたい

「〜〜〜っくそ!!やられた……!」

蒸し暑い夜とはいえ高台にある雄英高校の敷地は少しだけ涼しさを感じる。嘘だ。実際にはそんなに涼しくないが、そう感じてしまうほどに私の頭は熱さでやられていた。オーバーヒートに近い。
なにしろこの短時間で貰った新しい情報が多すぎた。言いたいことも多すぎた。でも飲み込んだ。偉すぎる私。誰か誉めてくれ。

でも飲み込めたからと言って消化できたわけではなかった。人間そう簡単に出来ていない。しかも関係者を呼んで逃げられなくした上での情報共有だ。

内容が内容なだけに漏洩は最も避けるべき案件だというのは重々承知。しかも、知ってしまった相手は私。つまりは高校生(仮)だ。
世間一般的な思春期の若者の口など羽より軽い。自己顕示欲、虚栄心、優越感。墓まで持っていけという方が無理がある。
確かに、中途半端に野放しにするよりも首輪を着けて制御しておきたい意図は分かるが、分かるが……!そもそも今日に至るまでどこにも漏らしていないのだ。そういう人間でないことは察していただきたい……!

「こうなるから嫌だったんだ……!だからあの時しれっと流しておいたのに……!なんて不要な情報共有……全然嬉しくない!マジでいらなかった……!」

ぶつぶつ文句を言いながら寮までの道を歩く。思い出しても腹立たしい……!
後継者が緑谷であることはもちろん、オールフォーワンとの確執までばっちり共有されてしまった。聞きたくなった。割りと抵抗した。すっっっっっごく抵抗した。けど国家権力には逆らえなかった。警察同席はずるい。

こんなの、最高に面倒くさい社内プロジェクトに強制参加させられたようなものだぞ……!
しかも、明確な答えが出てこないミス防止改善チームとか極秘調査チームとか、そういう系のプロジェクトじゃないか!この手の企画は業務量のわりに評価がされにくい。つまり、ただの貧乏くじになる可能性が非常に高い。

「しかもよりによってあの2人……っ!」

今回の件、情報の取り扱いには細心の注意が必要だ。当然である。
オールフォーワンのオールマイトへの執着、そして意思を継ぐ敵連合の存在を見れば、象徴の系譜は絶対に秘匿すべきだ。

敵が犠牲を払ってでも潰したい希望。ワンフォーオールはそういうものだ。もはや個性というよりも抑止力としての意味合いが強い。それほどの力が、まだヒーローとして未熟な人間に授けられたことが分かれば、余計な存在も引き付け兼ねない。

これまで、圧倒的な力でもって敵を抑圧してきたオールマイトに対抗するのは、同等か、それ以上の力を持っているオールフォーワンだけだった。他の敵はいつか過ぎる嵐を堪え忍んでいるだけの存在だった。だが、今は違う。

嵐は止んだ。気の早い連中はもう動き出している。
業界の巨人が消えた以上、下で燻っていた企業がトップを取ろうと動くのは自明だ。まだ表立っての動きはないが、そのうち出てくるはずだ。

――なのに!
よりによって秘匿すべき対象が緑谷!情報秘匿が破滅的に下手!
秘匿するなら万が一、カマを掛けられたときでもしれっと嘘をつけるくらいの面の皮のぶ厚さが必要だが、緑谷はそういう駆け引きが死ぬほど苦手だ。
加えて、あの超が付くお節介気質。私自身が助けられている手前偉そうなことは言えないが、少なくとも積極的な露出は避けるべきだ。完全には難しいにしろ、もう少し隠すとか上手くやるとか、そういうのは出来ないだろうか。

―−無理だな。無理だ。ぜーったい無理。

そもそも、止めたところで止まらないだろう。
ぶっちゃけ緑谷を止めるくらいなら爆豪と轟と1日中戦っていた方がマシだ。それくらい心労だとか諸々がすごい。緑谷がそういう性分なのはわかる。でも限度っていうものがあるだろうが……!

情報共有だけならまだ良かった。さらに最悪なことにオールマイトに緑谷少年をよろしく、と言われてしまった。
なんだ?何をよろしくされたんだ??具体的に私は何をすればいいんだ?

緑谷を止めるのなら私よりオールマイトが適任だし、ぶっちゃけ神野なんかオールマイトのことすら無視していたのだからもうお察しだろうに。
お目付け役だと言うならそれなりにこちらにもメリットは欲しいところだが、現状それも難しい。

「は〜〜〜〜〜〜タダ働きか〜〜……せめて卒業後の口添えとまではいかないまでもお墨付きくらいは欲しいよね〜……」

溢したバカでかい溜め息は誰にも聞かれることなく、夜空へ吸い寄せられて行く。星がよく見えるな〜と現実逃避しながらも寮へと足を進めると近くの寮から誰かが出てくる気配がした。

「苗字!」
「っ、わっ!?って、心操?どしたの、そんなに急いで……」

C組の寮を通り過ぎたタイミングで呼ばれた名前に驚いて足を止めれば、ラフな格好をした心操が文字どおり飛び出してきた。あ、危ない……よかった……!何も言ってないタイミングで……!

心操とちゃんと会うのは久々だった。急な絡みだったから連絡先もまともに交換していなかったし、校内で見掛けても互いに忙しそうにしていたせいか、落ち着いて話す機会がなかった。お膳立てをした相澤先生とは上手くいったんだろうか。

「あ、いや……その、ごめん。急に」
「いや平気だけど。早いね、入寮。C組は新学期からでもいいのに」

圧縮訓練中のヒーロー科や、個人の研究を進めたいサポート科は入寮を早める生徒が多いが、逆に一般企業にインターンに行っている経営科や普通科は入寮が遅い。まあそもそもが夏休みな訳だし、好き好んで学校に来たがる生徒もそういないだろう。一部の熱心な部活生を除いて。
それを考えると心操がここにいるのは随分早い気がした。

「まぁ……ちょっと。それより、苗字大丈夫だったか?」
「ああ、うん。大丈夫。そもそもそこまで大きな怪我した訳じゃないしね」
「いや、そうじゃなくて、」
「――ああ、そっちね。平気でしょ、多分」

心操の言いたいことが分かって苦笑した。
校内を歩く度に向けられる視線の意味が分からないほど鈍い訳でもない。そのことに気付くのは外から見えるC組だからか、同じようなものを向けられたことのある心操だからか。

どちらにしろヒーローになりたいというだけあって、こっちもなかなかにお節介焼きだ。
こっちとしては心操に嫌な思いをさせてないか心配していたけれど、どうやら杞憂だったらしい。トラウマを克服したなら何より。

それにしても、若者は成長幅がデカくて素晴らしいな。私も新人だった頃に戻りたい。……いや、戻りたくないな。流石に終電帰宅には限界がある。あとアホほど飲まされる接待ももう勘弁してほしい。新人がなんでもやると思ったら大間違いだぞ。

思考を飛ばしている私に気付いたのか、納得のいかなさそうな顔をした心操にじとりと睨まれた。おっと、こりゃ失敬。

「……あんた、ほんとに大丈夫なのか」
「大丈夫、とは言えなかったから、大丈夫にしてもらったかな」
「それって、A組だよな」
「まあね」
「……やっぱ、ヒーローだな」

苦笑すると同時に零れた心操の言葉の意味が分からなくて思わず首を傾げる。どういう意味と尋ねるよりも先に、心操が「俺さ、」と話題を変えた。

「今、相澤先生に鍛えて貰ってるんだ」
「えっ!?ほんと!? ……ってことは」
「ああ、編入狙ってるよ、ヒーロー科に」
「そっ、か……!良かったね、心操……!」

心操の言葉に思わず笑みが零れた。
どうやら私が思った以上に事が上手くいっているらしい。こっちとしてもその報告を聞けるのは嬉しかったし、素直に安心した。努力は必ずしも実るわけではない。特にこの個性社会は逆境を打破して生きていくのが前世よりも難しく思える。こと、ヒーローという存在においては。
だからこそ、今まで自分の個性を悲観的に捉えていた心操が、自分の夢や理想に向かって逆境を打破しようと歩み出したということは単に嬉しかった。

「あんたが、俺にチャンスをくれたからだよ。ここからは俺の頑張り次第だけど、でも、スタートラインには立てた。……苗字が、立たせてくれたんだ」
「……いや、でも、掴み取ったのは心操じゃん。私はお膳立てしただけだし」
「それでも。俺は、苗字に道を作って貰ったと思ってるよ。苗字のおかげだ」

心操の目が夜にも関わらず、美しく煌めいた気がした。

「ありがとう。ずっと、礼が言いたかったのにタイミング逃してて、言えなかった」

どこか気恥ずかしそうに笑う心操に、なによりも先に心臓が嫌な軋みを作った。
気付いてしまった。
私が、どうして彼の背中を押したのか。お膳立てなんてお節介、普段ならしていないはずなのに。なんで心操にはそうしたのか。
思わず拳を握り締めて俯く。純真ともいえる心操の視線を真正面から受け止められるほど、私は善意で行動したわけじゃなかった。
無垢な感謝の言葉から逃げたくなって顔を伏せる。情けない顔をしているのは、隠せなかったらしく心操が慌てたように声を掛けてきた。

「な、おい、どうしたんだよ」
「ごめん、心操。……ごめん」

心操に肩入れしたのは、個性の使い方に悩んでた青少年を未来へ導く、なんていう高潔な使命感なんかじゃなかった。

初めて体育祭で見たとき、その個性に私はあの子を重ねた。洗脳の個性。言霊の個性。似たような2つの個性はその実は違うものだけど、それでも私の中にある何かを動かすには充分だった。

ヒーローになりたい、という夢と希望を持って施設に入ったあの子と同じ。あの子はその夢を縛られて、諦めるしかなかった。でも自由なはずの心操はその力の在り方で悩んで、そして地の底から見える狭い空を眺めているだけだった。
無理矢理誰かの価値観に当てはめられて、窮屈で、息苦しそうな背中をなんとかしてやりたいと思ってしまった。あの時出来なかったことを、してあげたいと思った。

罪滅ぼしだ。偽善だ。自己満足だ。
勝手に重ねて、私は自分を許そうとしていた。あの子にしてあげられなかったことをしてあげて、束の間の満足感に手を伸ばした。
本当は、あんな引き継ぎじゃなくて、心操を試すようなやり方じゃなくて、きちんと最後まで仕事を完遂すべきだったのに。最後の最後で私は怖じ気づいた。自分のためにしか動いてないと気づいたから。

ヒーローという道を、あの子の代わりに私が歩んでいるという罪悪感を消したかった。心操とあの子を重ねて、心操をヒーローという道に進ませてしまえば。私は、満足してしまう。自分を許してしまう。心操を心操ではなく、あの子として見てしまう。

それが許されないことぐらいはわかっている。私は同じような個性を持つヒーロー志望の子ではなく、あの子と向き合うべきだ。
だから、手を離した。相澤先生に託した。無責任に、放り投げた。
私はあの時、心操よりも自分を優先した。中途半端に目を瞑った自身の甘さだ。

あの時は最善だと思っていたことに間違いはない。けれど今考えれば最善どころか悪手なんじゃないかと思えてくる。どうしてあんなことを、と押し寄せる後悔と申し訳なさに心臓をじわじわと刺されている気さえしてきた。

いや本当に何してるんだ過去の私。消し去りたい。もういっそ殺してくれ。傲慢なふるまい以外の何物でもない。何を分かったようなことを。そんなに偉い人間だったか私。聖人のつもりか?

一度感じてしまえば自己嫌悪は止まらなかった。ああ〜〜〜、穴があったら入りたい……!若気の至りとかいう年でもないだろうに何をしているんだ。だめだ。もうあんなお節介やっぱり私には向かない……!すまん、緑谷。私にはやっぱヒーローは無理かもしれん。

「…………ほんと、マジでごめん……」
「……あんたが、何を悪いと思ってるのかわかんないけど」

じくじく痛む胃に思わず顔を歪めていると、心操がそっと言葉を零した。

「やったこと、後悔しないでくれよ。相澤先生に会わせてくれたのは気紛れかもしれないけど、そのお陰で俺はヒーローを諦めずにいられた。だから、今苗字が困ってんなら、俺に出来る何かで返さなきゃって思った」

それだけだ、と心操は少し不満げに言った。強い意志がこもった瞳は相変わらず綺麗で、返す言葉を見つからなかった。

「やらない方がよかったなんて言うなよ。俺は少なくともそう思ってないし」
「ご、ごめん……わかった、もう、言わないようにする……」

かろうじて返した言葉に満足したのか、心操が頷いた。
正直、後悔は拂拭出来ていない。それでも心操がそう思ってないなら、私が否定することは良くないだろう。納得はいかないが。
場当たり的な答えに納得がいかなかったのは心操もなのか、少し考える素振りをした後に「いいよ」と心操が諦めたように溜息を零した。

「納得いかないならそれで。でも、借りってことにしといてくれ」
「借り……?」
「借りたものは、俺がヒーローになってから返すよ」

瞳にゆるぎない熱を宿したまま、けれど柔らかく心操が笑った。
その表情に今までの陰鬱さは見えなくて、少なからず自分が間違ったことをしていないのだと。少しだけ、救われた気がした。


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