せめてアジェンダだけでも事前に教えて欲しい

晴れ時々爆音。ところにより悲鳴。
国立雄英高校体育館は本日も変わりなく破壊と創造の嵐である。

「APショット!」
「っ!また真空の壁か……!」
「っクソが!!なんでもかんでも消しやがって……!」
「苗字の視界に入ってる限り炎も氷も届かねえ……!なら……おい、爆豪!」
「俺に命令すんじゃねえクソが!!」

忌々しそうに吐き捨てた爆豪を見て無意識に笑みが浮かんだ。
いつも食らっている暴言をこんな形で返せるのであればまあ悪くはないな。そう思ったらなにかを察した、爆豪が吼えた。笑っとんな!という馬鹿デカい声に思わず肩を竦める。ばれたか。

後で文句言われそうだな、と思っていると視界を埋め尽くすように氷壁が現れた。相変わらず災害染みた攻撃である。正直相手にしたくないが、爆豪よりも轟の方が配慮と手加減を知っているので幾分か対応はしやすい。
わざと作られただろうポイントにあえて逃げ込めば、やはりというか想定通りの動きをする2人の姿があった。

「死ねェ!!!」
「またこのパターンね……そろそろ学習、したら……っ!」
「ぐ、……っ!」

それぞれ氷結と爆発の反動を使って飛び出てきた2人に呆れながら重力操作を掛ける。強制的に地面に縫い付ければこちらを殺さんばかりの勢いで睨まれた。普通に怖い。

仮免まで残り1週間。圧縮訓練もそろそろ終わりが見えつつある。
私も重力操作の個性にだいぶ慣れてきて、期末試験の頃に比べると対応スピードは一段ギアが上がったように思う。合宿で相澤先生に無茶苦茶言われながらも対応した成果だ。きちんと評価してほしい。というか評価されるべき。

先生!相澤先生、見てますか!?ちゃんと見て!こんなに真面目に仕事してますよ私!進捗も良好ですし!燃え尽き症候群も脱しましたし!
だからそんな「お前手ぇ抜いてないだろうな」っていう視線は止めていただきたい!

「さっさと終わらすか……流石に寒いし」
「くそ……てめぇ……!殺す……!」

目的となっていた必殺技開発と練度向上の進捗が良い生徒は、より実践形式に近い形で個性の練度を上げていた。その一環として、ペイント弾を使った模擬戦が行われていた。
理論よりも実践。習うより慣れろ。OJTオブOJT。いかにも雄英らしい教育プログラムである。まあ、概ね賛成だが。あといい加減エクトプラズム先生と戦い続けるのは飽きた。

まあごちゃごちゃ考えるのは後だ。そろそろ決着を付けておかないと返り討ちに合う。午後からはB組が体育館を使うらしいし、いつまでも動けない相手をいたぶるほどこっちも暇でも、この2人を侮っているわけでもない。

手持ちのペイント弾をぶつけてゲームエンドを宣言しようとした瞬間、先ほどの氷壁とは違うもので視界が覆われた。

「煙幕……!?いや、水蒸気……轟か!」

水分を一気に気化させたせいで辺り一面に充満した水蒸気は視界に入っていた2人を覆い隠した。こうなると個性は効かない。さっさと仕留めればよかった、と内心で舌打ちを零す。
重力の影響を受けなくなった2人が次に取る行動に予測を立ててこちらも個性を展開する。それと同時に、見覚えのある籠手が水蒸気を掻き分けて、赤い火花を散らした。

「いくらてめぇでも背後からの攻撃にゃ対応出来ねえだろ!!……アァ!?」
「残念」

もうそこにはいないよ。

「無敵貫通『マスドライブ・アンリミテッド』」

逆さに落ちていく視界に爆豪と轟の背後を捉える。2人がこちらの作戦に気付いたけれどもう遅い。
2人の方向に重力加速度を操作したペイント弾を放つ。なんとか身を捩って直撃を避けた2人に手放しに感心した。流石。
でも、本体が当たらなくてもペイントが付着すればいい条件なら。
私の勝ちだ。

「ハ!当たるかよ……っ!?」
「『ブレイク』」

ペイント弾の付着当たる直前で破裂させた。避けきれずに四方に飛び散る塗料を被った2人がぽかんとした様子でこちらを見てくる。

『爆豪、轟!アウト!苗字の勝ち!』
「〜〜〜っクソ死ね!!!」

は〜〜〜すっきりした!





アンコールを要望してくる爆豪を適当にいなして自分の課題に取り組むこと数時間。正直時間が足りない。
個性適用範囲の拡大、別操作同時使用、その他諸々アイデアの実現。

クリアしたい課題は山積している。先ほどの爆豪と轟との勝負も双方が、俺が俺がのパターンだったので上手くチャンスを取りこぼしてくれたが、どちらかがサポートに回っていたらこう上手くはいかなかっただろう。

『名前ー!オッケー!』

流石に肝が冷えたな、と思いながらOKのサインを出した耳郎の周りの真空状態を解除する。
新技の破壊力の最大値がどの程度なのか知りたいという耳郎の訓練に付き合っていたけれどそろそろ時間だ。

「いい感じじゃん、新技」
「名前もいいよね、真空の壁。炎とか音とかも効かないし。ウチは困るけど」
「まあ抜け穴はあるよ。しばらくは重力と分子操作がメインかな」

出来れば楽に移動できる技と隠密に特化した技が欲しいが、今の段階ではまだ難しい。久々のタスクの多さに辟易としながら入口へ向かう。
そろそろB組が来る頃だろうと予想すれば案の定B組とブラド先生の姿があった。

「そうだよな、つーか普通にスルーしてたけど他校と合格を奪い合うんだよな……」

瀬呂のそんな声が聞こえてきて思わず何人かが手を止めた。う、と隣からうめき声が聞こえる。

「なんか……ウチも不安になってきた……」
「耳郎、意外と心配症だよねえ」

瀬呂や耳郎が不安がるのも無理はない。公安委員会から発行されるヒーロー活動仮免許は定員制だ。大学や高校の受験と同様、毎年決められた人数にしか発行されない。

このヒーロー飽和時代にも関わらずここ数年、採用人数に変動がないということはあまり褒められたことではないが。それでも、行政サービスの質を担保するのであれば仕方がないだろう。急激な新人枠の削減は後々の企業体力に大きな歪を生みかねない。行き着く先は中堅社員の労働環境悪化と退職である。

たしかに改革は必要かもしれないが、それはぜひ次回の試験にしていただきたい。
誰だって自分の代で大きく試験内容が変更になるのは嫌だ。私も今絶賛そう思っている。というかそんなに急に試験内容の変更なんて出来ないだろう。
国家機関というのは得てしてそういうものである。行政として現場や国民を置き去りにできないから、どうしても多方面への整備と調整が必要だ。

それともあれか、この世界特有の個性でお手のものというわけか?オールマイトの引退から1ヶ月かそこらだぞ。どう足掻いても現場が疲弊して死ぬだけなので止めて差し上げて欲しい。いつだって上の決定に引っ掻き回されるのは現場の社員なのだ。うっ……頭が痛くなってきた……!

「しかも僕らは通常の習得過程を前倒ししてる……!」
「そして、1年の時点で仮免取るのは少数派だ」

そう、緑谷の言う通り、そもそものカリキュラムがすべて前倒しだ。中学までで求められていた個性コントロールのレベルが今までと段違いに変わる中、僅か4か月そこらで2年生と同じレベルの試験を受けるのは中々思いきった判断ではある。

個人的にだが、瀬呂や物間が心配するほどでもない気がしている。ぶっちゃけ、雄英に入る方が難易度が高いんじゃないだろうか。たとえ大学生や脱サラ受験組がいたとしてもだ。
みんな目の前の課題だけに集中するようないい子ちゃんたちであり、外部との関わりがほぼないこともあって忘れがちだがそもそもここは雄英である。

国内最高の偏差値70超え、海外にも名前が知られているような超名門校。そこに現役で合格生した超エリートである。
自惚れは良くないが、パフォーマンスが落ちるくらいなら自信は必要だ。プラセボ効果はあながち馬鹿に出来ない。

「つまり、君たちより訓練期間の長い者、未知の個性を持ち洗練してきた者たちが集うわけだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのもよくないが、忘れないようにな」
「はい!」

思っていたのと同じような言葉を言った相澤先生に返事をしながらも、内心はどうにもすっきりはしなかった。

敵隆盛と象徴喪失によって社会が大きな転換期を迎えた今、試験方針がより実践的になる可能性も否めない。試験内容の変更は次の試験からにしてほしいとは言ったものの、そこまで悠長に構えているだろうか。

警視庁特捜部がどう考えているのか知らないが、多少なりともこの状況に危機感を募らせているのであれば、試験の採点基準を変えるぐらいのことはやってくるはずだ。なにより相手が。

「ヒーロー公安委員会、ね……」

ホークスの件といい、水面下で公安が動いているのは間違いない。何にどれくらいの危機感を抱いているかは知らないが、全くの無関係ではないだろう。ましてやヒーロー免許は公安の直轄だ。
だが、予想を立てたところであの影と名乗った人間からの接触もないし、情報を仕入れる術はない。どとのつまり、現在は後手に回っている状況。

――正直嫌な予感しかない。

「――少女!……苗字少女!」
「オールマイト……?」

思考に耽っていると小声で呼ばれた。
どこかと電話をしていたオールマイトが焦った様子でこちらに向かってくる。なんだろうか。
オールマイトが声を掛けてくる理由がわからず首を傾げていると、ガッ!と勢い良く肩を掴まれた。ひい!な、何事……!?

「な、なんでしょうか?……っ!?」
「君に……お客さんなんだ。ちょっと……夜に!都合を!つけてくれるかな……!どうか頼むよ……苗字少女っ!」
「わか、わかりましたから!!揺すらないでオールマイト!」

只でさえ顔色の悪いオールマイトがさらに怖い顔をしながらガクガク揺さぶってくるものだから、私の思考は結局どこかへ押し流されるように消えて行った。





あああそういうことか!油断した!
安易に返事するんじゃなかった!ちゃんと最後まで要件聞いてからにすればよかった!
客って……!いや確かに客だけど!じゃあ言ってくれよ!

そう思っても既に時遅し。オールマイトに呼び出された私は指定された控え室で、全く予想をしていなかった人物たちと強制イベントを発動されることになっていた。

「ぐ、グラントリノ、塚内さん……!?」
「おお、元気そうだな。安心したわい」
「体の調子はどうだい?」
「お、おかげさまで……グラントリノもお元気そうでなのよりです。……あの、オールマイト……?」

表情がひきつっている自信はある。自信しかない。
いやだって、この面子!そして極めつけにオールマイトである。もう要件なんて考えなくてもわかってしまう。
いっ、いやだ〜〜!!聞きたくない!

「苗字少女、疲れているところすまないね」

謝って済むならヒーローいらないんですがオールマイト!慈悲の心があるなら今すぐ私をここから退席させてくれ!すぐに出ていくから!だってこの話、神野の話でしょうが!しかも私が今日まで頑張って頑張ってとっっっても頑張ってスルーしていた『継承』の話だろ!?

あ〜〜〜!待って!!待ってください!それ以上先は言わないでください!きっ、聞きたくない!やめて!!聞きたくな……!

「私の個性、そしてオールフォーワンとの確執について……苗字少女には伝えておかないとと思ってね」

い、いらね〜〜〜!!!

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