燃え尽き症候群ほど厄介なものはない

時間は有限である。
1日は24時間しかないし、仮免までの日数は残り僅か。皆よりも数日遅れて圧縮訓練に合流した私は、それまでの遅れを取り戻すかのようにバリバリと訓練に勤しんで――いなかった。

「苗字ノ必殺技ハ、モウホボ完成ノ域ダナ」
「怪我の功名と言いますか……なんにせよ及第点を頂けたならなによりです」

神野で発揮された火事場の馬鹿力は副次的に個性の基礎値を上げてくれたらしい。重力操作の力加減に慣れた上に個性の効く範囲が広がった。文字通り死に物狂いでのキャパ拡大によって、必殺技もスムーズに開発が出来た。重力操作がメインになってしまったことは些か望まない形だが。

それはそうと、新技開発も目途が付いて、レベルアップもそれなり。ごたごたあった反動のこの短調な時間。エクトプラズム先生がいなくなると同時に、深いため息をつく。


やる気が起きない。
まーったくと言っていいほど、やる気が出ない。


中途半端に新しい能力を開発するには時間がないし、せっかく掴んだ感覚を阻害しかねない。かといって完成した技の研磨も限界がある。私は知っているこの現象。忙しかった反動で陥る厄介なモチベーションの低下。

「おい、燃え尽きてる場合じゃないぞ」
「あ……相澤先生……」

そう、完全なる燃え尽き症候群である。
命のやり取りによって限界まで引き上げられた感覚のせいで、どうにもこの圧縮訓練ですら平和に見えて仕方がない。戦闘狂という訳ではないが、己の限界が無理矢理引き上げられる感覚には多少の高揚と万能感があったことは否めなかった。
そして、よりにもよってそれを相澤先生に見られた。くそ……!本当によく見てるなこの人……!

「確かにお前の個性の基礎値が跳ねあがってるよ。だが……それで満足してないだろうな?」
「い、いやだな……もちろんです……」
「現状維持は後退と同義だ。常に上を目指していけ。っつっても、アレだな。お前の場合は実践で叩き込んだ方が効率いい。――轟!」

げっ!よりにもよって広範囲制圧の極致みたいな技を持つ轟!?しかもコントロールがまだ出来ていないせいか、天災レベルで個性をブチかましてくる人なんですがその人!
呼ばれた轟は小走りでこちらに来ると不思議そうに私たちを眺めた。嫌な予感がする。

「お前の必殺技、今から全部コイツに叩き込め」
「えっ」
「……いいんですか」

だめです!もっと反対しろ轟!!よくない!全然よくないです!普通に死ぬけど!?
轟の訓練内容って炎熱と氷結の同時使用でしょ!?そんな中に生身の人間ぶち込むとかあまりにも非人道的では!?
そう抗議しようと相澤先生を見たが、合宿中に見たような底意地の悪い笑みが浮かんでいて思わず口を閉じた。

「苗字、我が校の校訓を」
「ぷ、プルス……うるとら……」

絞り出すようにして答えると同時に炎熱と氷結が押し寄せる。重力操作でその場から離れるが、追跡するように熱と冷気が襲って来た。
もう嫌い!この校訓!!





「いたた……」

強かに地面にぶつけた腰を摩る。転んで打ち付けた腰も痛いし、ずっと重力操作で回避と反撃を繰り返していたせいで頭の奥までズキズキしていた。

「大丈夫か、苗字」
「だいじょうぶ……ありがと、轟」

起き上がるのも億劫になっていると手を差し出されたので、お言葉に甘えて起こしてもらう。
ちら、と時計を見るともういい時間だった。周りを見ると案の定、体育館には他のクラスメートの姿は見えない。そういえばさっき、最後の人が鍵締めて職員室に来いってエクトプラズム先生が言っていたっけ。
居残る機会の多い緑谷はサポート科に行っているのか姿は見えないし、そろそろ退室するかと轟に声を掛けようと思えば、先に轟が口を開いた。

「苗字、その、集中出来てねえのか?」
「え」
「前の苗字なら、なんつーか、もっと隙がねえっつうか……」

口ごもるようにそう告げた轟の言葉に首をかしげる。思い当たる節がなくてかつての自分の行動を振り返ったが、割と隙が無いという状態は見当たらないような気がした。

「わりぃ。気悪くしたなら謝る。そういうつもりで言ったんじゃなくて、その……ちょっと話せねえか」

その轟の言葉にざわ、と心臓が変な音を立てた。
……なんか怖いな。なんの話だろうか。この天然純粋培養のことだ。突拍子もないことを言い出しかねない。が、おあつらえ向きのこの場で「嫌です」と拒否する訳にもいかない。
構わないという意味を込めて頷くと、轟はぽつりぽつりと話し出した。

「神野のとき、俺はお前のこと助けたつもりだったんだ」

助けるためにあの場に戻るべきだったという話だろうか。ない。そうだったらマジでない。助けてもらっておいてなんだが、それは流石にアウトだろう。

私のいない間に相澤先生と梅雨ちゃんからキツイお灸が据えられたと聞いたけど……反省してないなら私も説教するが?色々突っ走った手前、自分のことを棚上げして偉そうなことは言えないけど、あの判断は私もどうかと思うよ。除籍覚悟で行ったなら話は別だけど。
イマイチ話の結論が見えないがひとまず聞くことにする。

「あの地獄みてえな場所に苗字が戻ったって聞いて、限界まで氷結を使ったときよりも全身の血が凍っちまったみてえに冷たくなった」

正直悪いことをしたな、と思った。
命を賭して助けに来てくれたのに、それを振り払ったことで轟に負い目を負わせてしまった。一応、あの時腹を割って話したつもりだったけど、それは私の一方的な自己満足だったのか。
変にトラウマになってなきゃいいなと思いながら話を聞く。今は吐き出させるのが先決だろう。

「その後、クソ親父から苗字が無事だって聞いて安心したんだ。でも、それは俺が安心しただけで、お前の心はなんも助けられてなかったんだって思い知らされた。体が助かっても、心が置き去りになってんなら、それはちゃんと助けたっていわねえんだって俺は知ってんのに」

ぽつぽと轟の口から零れる言葉は一貫して冷静だった。だが、わずかに痛みを伴っているその音に思わず眉間に力が入る。
今回のことを自身の家庭事情に重ねているんだろうか。あの家もあの家でなんだか闇深いうえに複雑そうだし、轟も家族との距離感で悩んでいそうだ。
まあビジネス家族を演じている私が言えたことではないが、家族とはいえ他人は他人なのだ。多くの時間を共にしているだけで受け入れられないことだってあるだろう。特に轟は体育祭以降、特にエンデヴァーについては過敏なの傍目で未定もわかる。

家族だから、という理由で何もかもを受け入れなければいけないわけじゃない。体育祭後にはそういう意味も込めて焦らなくていいと伝えていたつもりだったけど、また焦ってるなら話でも聞こう。
これでも前世持ちである。16歳よりは人生酸いも甘いもかみ分けてきたし。そうと決まればなんでも話すがいい少年。

「だから、なんかあったら、相談にのるから、あんま溜め込まねえで欲しい。苗字の、力になりてえから」
「うん、ありがとう」
「おう」

さあ、話すがいい。少年!なんでも相談に乗るぞ!

「……………………」
「……………………?」

沈黙である。

えっ??これなにか私が言うべきなの?
私は今まさに轟への相談コーナー設けられてんの?いや何を相談したらいいんだ?相談、相談すること……??無いが??
まさか燃え尽き症候群でやる気出ませんって?今圧勝した私が本人を前にそんなこと言ったら只の嫌味以外の何物でもなくない?

待ってそんな子犬みたいな目でこっち見ないで貰っていいですか。何か言わないといけない気になるじゃん!?
捻りだせ……!今こそプルスウルトラだろ私!

「え、えーと」
「苗字……」

左右の違う目がじっとこちらを見ていた。この場で絶対思うことじゃないけど、……やっぱ顔が良いな!顔が良くないとヒーローって出来ないもんなの……!?イケメンにじっと見られるの普通に恥ずかしいんだけど!!いやそれより何を言うべきだ!?

「ア?てめえらまだいたのかよ」
「ば、爆豪……!戻ってきたの?キグウー!」

向けられる視線にむず痒く思い始めたと同時に、入口が開く音がした。助かった!と思ってそちらを見れば、今度はタンクトップ姿の男が機嫌悪そうに入って来た。
前言撤回。全然助かってない。また面倒な奴が来てしまった……、と頭が痛くなったがそんなことお構いなしに、爆豪は轟を睨みながらズンズンこっちにやって来る。ああこの感じ、また喧嘩かァ……。

「くそ発明女にパーツが足りねえって言われたから取りに来ただけだわクソが!」
「語尾にクソ付けないと死ぬの?君」
「ちょうどいい……俺もテメェに話があんだ。面貸せ」
「え、あ、ちょ……っ!」

お世辞にも優しくとは言えない勢いで腕を引かれたせいで足がもつれた。バランスを崩して転びそうになった瞬間、引かれた腕と反対の方から体制を戻される。振り返らなくてもわかる。轟だ。
そして、私の上でバチンと音を立てて視線が交錯したのもわかった。う、ウワァ〜〜めんどくさ〜〜。

「また俺と苗字が話してる途中だ。改めてくれ」
「ア?なんで俺がテメェの言うこと聞かなきゃなんねーんだよ半分野郎。譲れや」
「先約があんだろ」
「話はもう終わってンだろうが!!ダラダラいつまでもくっちゃべってんじゃねぇ!」
「終わってねえ」
「いだだだだだだ」

右腕を爆豪、左腕を轟に取られてそのままぐいぐい引かれる。
お、大岡裁き!こんなのどっちに行っても地獄でしかないが!?というか爆豪は何の話がしたいわけ?私は特にないんだけど!?

爆豪も轟も引く気配がない。どうして互いに譲歩できないんだ!?どっちかが「じゃあこっちは後でで」と言ってくれれば良いだけなのにどうして互いにこんなにも我が強い!?互いが気に食わないのは百も承知だが殴り合いなら私と関係ないところでやれ!
そう思っていたらまた別の気配が入口に現れた。

「オールマイトまだい――ってえええ苗字さん!?かっちゃん!?轟くん!?なにしてるの!?」

今度こそ救世主来たらん!!緑谷!いいところに!
バッ、と両腕を振り切って緑谷を取っ捕まえる。ヒィ、という緑谷の悲鳴が聞こえたけど無視した。お前逃げようとしたな?駄目だ、絶対に逃がさん。私と一緒に地獄を味わおうじゃないか。

「苗字さん……!?あの、なにが……!?僕もう帰る途中……!」
「私にもわからないけど緑谷仲良いでしょ!?なんでもいいからとにかく止めてよ……!私だって帰りたい……!」
「むっ、無茶だよ……!!」
「コソコソしてんじゃねえわ!でけえ声で喋れや!!」
「緑谷、どいてくれ」
「かかかかっちゃん、轟くん落ちついて……!!」

ターゲットは緑谷に移ったらしく、爆豪と轟が詰め寄る。まさしく冷静と情熱の間だな、なんてくだらないことを考えながらぼうっと彼らを見ているうちになんだかどうでもよくなった。
それと同時に何の話をしていたのか分からなくなって、呆れると同時に笑いがこみあげて来る。なんか、もう、一周まわって面白くなってきた。殺しきれなかった笑いが零れた。

「なに笑っとんだテメェ!!」
「や、ごめんごめん。なんていうか……轟の言う通り、多分なんだかんだ気持ちの整理着いてなかったんだと思う」

ときどきふとあの子を思い出す。その度に自分に言い聞かせて無理矢理目を逸らしてるような気がしていた。自分の中で未練がましく燻っている行き場のない感情。
金曜終業後のビールで発散できるもやもやが消化できずに居座っているような感覚。今の私に花の金曜日という免罪符はないけれどその分、別のものがある。

「けど君ら見てたら、いつまでもそんなこと言ってられないなって思ってさ。なんか、元気でたわ。ありがと」

人生の目標に変わりはない。引きつづき目指すは引退後の安泰な生活だ。
でも、少しだけ彼らに別の道も示されたから。だったらその分、その過程も楽しませてもらおう。

「よ、よかった!!ね!!轟くん!!」
「ああ……まあ、ならよかった」
「ッチ、つーかなんの話だよ」

本当にそれな爆豪。そう思いながらも4人で体育館を後にする。
モチベーションが以前のように戻ったわけではないが、きっと時間が解決するはずだ。
暗くなった空には星が輝いていて、ひとまず明日も頑張ろう、なんてドラマみたいなことを考えながら職員室への道を歩んだ。

そして後日、低迷していた私のテンションは思わぬところで爆上がりするのだった。




「あ、あなたが発目さん!ようやくお会い出来ましたね!?はじめまして、苗字です!」
「? はい!はじめまして!」
「僭越ながら先ほどのお話が耳に入りまして……クライアントの無茶無知無謀に答えるというのなら、クライアントが抱えている真の課題を見つけ出すのもまた良いクリエイターではないでしょうか?クライアントが無意識に抱えている課題を引き出してこそ、真のクリエイターセンスが活きる!しかし、発目さんが輝くのは何かを作っているとき……発目さんも出来ることなら可愛いベイビーたちを生み出すことにリソースを割きたい、そうですね?」
「はい!もちろんです!」
「確かに、発明こそがサポートの至高!しかし、どんなにいいものを作っても、それが伝わらなければ意味がない!けれど時間は有限。他人に一から丁寧に説明している時間があれば発明がしたい!」
「はい!そうですね!」
「そこで!ベイビーたちを世に広めるマーケティング戦略を分業制にしてはいかがでしょうか!?発目さんが作り、私がヒーロー的視点を付加価値を加え、世に送り出す!そうすれば発目さんのベイビーは評価され、さらにパワーアップが可能……!ぜひ弊社と組んでより良いベイビーを世に送り出しませんか!?」
「す……素晴らしいです!苗字さん!!私目が覚めました!!私のドッ可愛いベイビーたちをより多くの人に使ってもらうためには、あなたの手が必要です!一緒にやりましょう!」
「ではまず私とオブザーバー契約を結んで貰えますか!?」
「はい!よろしくお願いします!」
「すごいな苗字さん……なんかよくわからないけど手を組んじゃいけない2人が手を組んだ気がするぞ……!」



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