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警備専門のSPな私は眠りの小五郎の推理ショーって言われてもどうすべきか迷うんだけど??

「――東都臨海特区開幕セレモニー……」
「今日の井上先輩の護衛先ですか?それ、あの長期で工事してた臨海部ですよね。めちゃくちゃデカイ商業施設ができたんでしたっけ?」
「新技術を使った教育機関も入る教育特区にもなるんだろ、確か。文科省が絡んでるはずだ。セレモニーには子供がわんさか来そうだな」
「鈴木財閥がメインスポンサーやるだけあってすごい規模だよな。じゃ井上、そのセレモニーでの、例の幹事長の護衛、頑張れよ」
「……はい」

嫌な、予感しかしない。




春。桜の香りが鼻を擽る。ホテルに入る前の道すがら、うららかな日差しが海面に反射して輝いていた。春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、あまりに穏やかな気候につい気が緩みそうになる。
数百年の時を経てなお残っている言葉ならそれはもう本能に近いんじゃないかとつくづく思う。きっと春夏秋冬の中で一番平和な季節だろう。それはこの東都でも同じだと思っていた。

「きゃあああ!!」

そんな悲鳴が聞こえてくるまでは。
思わず深いため息が零れそうになるのを堪えて対象との間に割り込む。セレモニー会場に突如響き渡った声と共に周囲に視線を巡らせた。
またテロ騒ぎだろうか。それにしては火薬の匂いも狙撃の音もしなかった。対象を退避させた方がいいだろうか、と状況を見ていたらテロではなく殺人事件だと居合わせた探偵たちが断言した。

「警察が来るまであんたらは容疑者だ!なるべくこの部屋から出ないように!」

最悪だ。ただでさえ時間に、というか自分の思い通りのスケジュールにならないとうるさいこの野党幹事長だ。渋滞やら会議延長やらに向ける怒りが凄まじい。
そして、その怒りの矛先というか愚痴に突き合わされるのはだいたいがSPである。私だけでなくメンバーが何度理不尽に怒られたかわからない。
こうならないことを祈っていたのに、嫌な予感とはつくづく当たるものだ。既に背中に庇った対象から漏れる不機嫌なオーラに頭を抱えたくなる。だが、事件が起きた以上いち警察官として特別扱いをするわけにもいかない。

「申し訳ありません、幹事長。今回の事件の事情聴取にご協力いただけますでしょうか」
「なっ……!?冗談じゃない!俺はこの後札幌で会食があるんだ!お前も知ってるだろう!!こんなところで関係のない事件の捜査に付き合ってられるか!!大体、SPのくせに――」

始まった。俺のスケジュールの方が重要なんだからそっちが遠慮しろ、という殿様主張。いや無理に決まっているでしょ。なんで自分のスケジュールが優先されると思っているのか。甚だ疑問しかない。

この手の理不尽には慣れているので今さら怒りが湧いてくるわけでもないが、それはそれとしてどうやって幹事長を説得すべきか。
流石にSPの目前で殺人をする馬鹿ではないだろうが、それは証拠にも動機にもならない。かといって用事があるので帰ります、と言えるほど遠くで起きたことでもない。
どうしたものか、と幹事長の嫌味を適当に聞き流していると不意に背後から聞き覚えのある足音がした。

「ちょいと失礼、話を聞かせてもらいたいんだが……野党幹事長ともあろう御仁がいいのか、そんな大声で話しちまって」
「な、なん、誰だ貴様……!?」
「あんたたちが大切にすべき国民が1人命を奪われたんだぞ。しかも被害者はあんたら政治家のお仲間だ。少しは哀悼の意ってモンを見せた方がいいんじゃねえのか?」

なあ?と同意の視線が向けられたけど、頷けるわけがないので視線を外す。
余計なことを言わないでほしい。そっちは事件が起きない限り政治家には接しないだろうが、こっちはそういうわけにもいかないんだ。

「それに、今は恐い時代だぜ?ちょっとした振る舞いがみんなに見られて拡散でもされたら……」
「さ、さっさと終わらせろよ……まったく……無能な警察め……!」
「高木!大先生を丁重にお連れしろ」

無言を貫く私をよそに幹事長に語り掛けた内容は、思わずため息をつきたくなるようなものだった。上を通してクレームが来そうだが、こればっかりは刑事部の管轄だし、私にはクレームは入らないでしょ。……来ないよね。

はい!と元気よく返事をした高木刑事に会釈をしつつ、別室に連れられていった対象を見てようやく肩から力が抜けた。流石に対象のいないところで警戒してもしょうがない。気を緩ませるわけじゃないけど、これだけ刑事がいるし何か起きるとは考えにくい。

「で、捜査に協力してくれるか、井上SP?」
「……相変わらず怖いもの知らずだね。助かったよ」
「いーってことよ、つーか、お前さんまた巻き込まれてんのか」
「好きで巻き込まれてるわけじゃない」

なんとか場を諫めてくれたわけだし一応お礼くらいは言っておくか、と軽い口調で話せば元班長、今は捜査一課の伊達が大したことねえよ、と笑った。
警校時代から降谷と松田の喧嘩を仲裁していたのは見ていたけれど、大物政治家に物怖じせずに対応が出来る現場の警官というのはそういない。逆に刑事課の人間が言ってくれて助かった。

あの癖の強い同期たちの中で班長をしていただけあって、対応力は群を抜く男だ。そこは安心している。
まあ、萩原はどうか知らないし、松田は論外。降谷はああ見えて直情的だし、諸伏は少し引きがちだ。公安に入った今はどうか知らないが。

「ま、そりゃそーか。……どう思う?」
「専門外だけど」
「馬鹿野郎、事件解決は刑事の仕事だからいいんだよ。背景はこっちで調べるが、井上の方も気づいたことあったら教えてくれ。どんな小さなことでもいい」

話もそこそこに会場の隅に移動した伊達と声のトーンを落として話を進める。
鑑識や目暮警部といった見知った面々が忙しなく動いているが、応援で来た伊達はそこまで切迫しているようには見えなかった。おそらく、すでにおおよその筋はわかっているんだろう。引っ張れるだけの証拠と証言が欲しいだけなのかもしれない。刑事の勘というやつだろうか。

東都の殺人・傷害発生率は他と比べても高いが、私は実のところ殺人事件に巻き込まれたことはほとんどなかった。
SPである以上何かが起きれば真っ先に対象を移動させなければならないし、対象も余程の馬鹿でなければ警官の目の前で事件を起こそうとは思わない。もちろんプライベートや殺人事件以外のテロ、脅迫、誘拐などは別だが。……殺人事件より質が悪いかもしれない。いや、考えるのはよそう。

「……ずっと付いてたけど、幹事長に怪しい動きはない。こっちは白だと思う。ただ、途中会場から出ていった人間が1人。中肉中背の男、身長175センチ、体重80キロ程度。喫煙者だけど香水でそれを隠してる。タバコの銘柄はアークロイヤルの……たぶんブラック。左右の歩き方に特徴がある。体重移動が左に偏ってるから常から左で荷物を持つ癖がある、もしくは怪我をしたかどちらか。あとは……」
「待て待て待て、ったく、相変わらずだな……警察犬かよ」

伊達のリクエストの通りに気になった人物についての情報を伝える。
護衛中だったから部屋を出入りする詳細な人間までは把握していないが、なんとなく記憶に残った人物だ。挙動が不自然だったのが印象的だった。ただこっちも持ち場を離れる訳にもいかないし、呼び止める正当な理由もないのでスルーしたが。

「でも、もしかしたらこの情報いらないかもね」

その言葉に伊達がどういうことだ、と眉間に皺を寄せた。その瞬間、「毛利君!」という目暮警部の声が会場に響いて全員がそちらに視線を向ける。あの降谷、もとい安室透が師と仰ぐその人が椅子に腰かけていた。
庁内でもたびたび噂になっているそれを見るのは初めてだったりするが、こうも突然始まるのかとやや不安に思う。

「噂の名探偵がお出ましだ」




――おかしい。

そう思うのはきっとこの中でも私だけだろう。
会場で一部の招待客だけを残して始まった探偵、毛利小五郎による推理ショーは、その場にいる全員を探偵の世界に引き込んでいた。あの苛ついていた幹事長ですら固唾を呑んで話を聞き入っているのだから、その話術や論理的な話の構成には感嘆するしかない。もちろん、話を聞いていれば、である。私はそれどころではなかった。毛利探偵の様子に違和感しかなかった。

なんだ、この違和感は。そう思っていつものスイッチを入れて、そして後悔した。

違和感の正体は変声機のような機械特有のノイズだった。つまり、全員が聞いている毛利探偵の声は肉声じゃない。
代役かとも思ったが、それ以上に衝撃的だったのは毛利探偵の呼吸が規則的だったことだ。当然ながら話す言葉によって呼吸のリズムは変わる。リズムが一定になるのは、口を閉じているときや眠っている時だ。

つまり、毛利探偵、完全に意識がない。眠りの、と言われているがまさか本当に眠っているなんて誰が思うだろうか。
完全に余計なことを知ってしまった。初めて見る推理ショーだったがこんな地雷が埋め込まれているなんて、誰が想像しただろうか。思わず頭を抱えたくなる。ぐら、と視界が揺れたのは過敏になった感覚だけが原因じゃないのは明らかだった。

「大丈夫か、井上。なんか顔色が悪いぞ、お前」
「いや…………、………………。………………なんでもない」

伊達の気遣うような声に首を振る。体調どころじゃない。
よく聞けば、声の出どころは毛利小五郎が座っている椅子の後ろにあるテーブルだった。全員の視線が毛利探偵から動かないところを見ると、この代理推理ショーに気付いているのは私だけらしい。伊達にもこの恐怖を分けてやりたいが、伊達は真剣に毛利探偵の話を聞いていて到底邪魔できそうになかった。

そもそも、代理での推理を披露しているとしたら、一体誰がなんのために行っているのだろうか。目的が分からないし、そもそも人1人を眠らせて推理ショーを開くなど正気の沙汰じゃない。
しかも、毛利探偵はさっきまで普通に動き回っていた。即効性の麻酔薬、もしくは遅効性の睡眠薬の可能性があるが……どちらにしろ怖すぎる。遅効性だった場合、この推理ショーの主はこの事件を予測していたということだろうか。

しまった。殺人事件よりも性質の悪い犯罪を目の当たりにしてしまった。何の現行犯逮捕に当たるんだろうか。前例がないうえに、とてもじゃないが怖くて手が出せない。見なかったことにしたい。というかこれ以上見たくない。
だが、護衛対象がこの場にいる以上、事態から目を離すわけにいかない。毛利探偵に成りすましたテロリストの可能性もある。不測の事態には備えておかないといけないので、私に許されているのは何があってもいいように準備しながら話を聞くという選択肢だけだ。帰りたい。切に。まだ爆弾処理をした方が良かった。

そうこうしているうちに、毛利探偵が犯人を名指しした。名指しされた犯人に視線が集まって、車いすに乗った男性が分かりやすく狼狽えた。目に見えて焦っているのが分かる。犯人に間違いはなさそうだ、と周りの刑事たちに緊張が走る。
現場の刑事や交番勤務の警官なら分かるだろうが、人間が破綻した行動をとるのは手錠を掛ける寸前だ。つまり、この推理ショーで追い詰められたこの瞬間が一番危険だ。一般人を人質に取るたけでなく、道連れに人質を殺害する可能性もある。

ちら、と目配せをすれば意図を理解した伊達がさりげなく近くの女性の傍に立った。
この中で一番人質にされやすいのはこの女性だ。会場にいた子供たちは事件に関係なしとして別室で待機となっている。私もさりげなく対象と犯人の間に入る。これで対象が死ぬことは無くなった。

「でもよお、毛利探偵。そりゃちっと無茶があるんじゃねえのか?この人は車椅子に乗ってるし、そんな俊敏に動けねえだろうよ。それに被害者との接点も少ない」
「当然ですよ、伊達刑事。なぜなら、彼が本当に殺したかったのは被害者ではなかったからです」
「な、」

本来なら別の人物を殺そうと思った。けれど、なんの因果か全く別の人間を殺してしまった。予定外の殺人だから接点も、動機も見当たらない。道理で伊達ほどの男が手古摺っていたわけだ。
どうなる、と固唾を呑んでいれば俯いた車椅子の男の肩が揺れる。ごくり、と誰かの喉が鳴った。

「ふ、ふ、ふはは…………じゃましやがって――――っクソが、死ねぇえええ!!!」
「危ない!」
「あっ馬鹿そっちは……!」

いるはずのない子供の声がしたが、気のせいではないだろう。その声が見知った声だということも。なんでここにいるんだ、と思いつつ向かってくる刃を睨みつける。ターゲットはどうやら幹事長だったらしい。あと伊達、その言葉どういう意味。

それはさておき。訓練もしていない一般人の刃物などこの東都では大した脅威にもならない。こちとら普段からどこで訓練したか分からない戦闘部族や謎のテロリスト集団の奇襲を回避しているのだ。……考えれば考えるほど、本当に東都の治安はどうかしているとしか思えない。
悲鳴が上がる中で真っ直ぐに向かってくる刃を掌底で外側へ弾く。急に重心を崩された男から煙草の匂いが増した。さっきの男と同じ煙草の匂いだ。見立ては当たりだったか、と思いつつ崩した重心のまま地面へ叩きつけて締め技に入る。

適当に締めれば男はすぐに意識を落とした。本当に一般人のようだ。意識のない体をさっと確認したが爆発物を巻き付けている様子もない。
無力化を確認しつつ傍に寄って来た伊達に手を出す。

「伊達、手錠貸して」
「おま、持ってねーのかよ!?ったく…………つーかSP容赦ねえな……」
「聞こえてるけど」

伊達の手から手錠を毟り取ると同時にしみじみと呟かれた言葉に釘をさす。SPが容赦するわけにいかないでしょうが。
というか、伊達、あんたさっきの言葉どういう意味なの。こっちがなんなの。確かに警校時代は逮捕術でいろいろやったけど、その言い草だと猛獣を相手にするみたいなんだけど。
ひとしきり文句を言いたいがひとまずは幹事長の安全確保と犯人の拘束が優先だ。カチリ、と手錠を嵌めるとどこからか「ふがぁ?」という気の抜けた声がした。今度こそ肉声だが、聞かなかったことにする。

「犯人捕まえるとうるさい連中が多い。手柄あげるから伊達が捕まえたことにしといて」
「いらねーよ、そんな手柄。面倒くせえだけじゃねえか」
「また報告書か……」

はあ、とため息をついて対象に怪我がないことを確認する。犯人の動機はわからないが、この幹事長も叩けば埃がたくさん出てくるタイプの政治家だ。今回の件をかぎつけたマスコミがどこまで追求してくるだろうが、それは私たちの職務ではない。今の、この国の、この警察組織の体系では。

「なまえさん……とっても強いんだね……」

思考を打ち切ったのは幼い声だった。予想通りの利発そうな顔がこちらを心配そうに見ている。
いつだか松田が言っていた子供。喫茶店で安室透と話していた子供。大規模な事件現場で何度か顔を合わせるうちに、見知った仲になった少年を思わずまじまじと見る。どうしてここにいるのか、と思ったがそれよりも先にそういうことか、と納得した。

確かに事実がこれなら、強制的に眠らせてでもあの姿を借りる必要はある。

「ああ、江戸川少年……君こそ、もう満足したの?」
「――な、なんのこと?僕わかんないや!」

この言い回しにすぐに勘付いたことから相当賢い子なんだろうと分かる。あの推理がこの少年本人が導き出したものなら、高校大学レベルは優に超える思考力を持っているはず。だからこそ、一線を超えているという認識が欠落しているわけなさそうだ。
お遊びでやっているなら実力行使も辞さないが、そこまで愚かでもないだろうし。

よしんば首を突っ込んできたとしても捜一にいる松田や顔見知りの安室がそう許すとも思えない。止むに止まれぬ事情がない限りそこらへんの境界線を曖昧にしないタイプだ。良くも悪くも。
それに、この少年をしょっ引くことが出来るわけがない。詐欺でも殺人未遂でもないし、そもそもこんな子供相手に逮捕状など出せるわけがない。良くて生安からの厳重注意に留まる。つまり、中途半端に首を突っ込めば確実に火傷するのはこちらだ。黙っておく、注意する以外の選択肢がない。

「いいけど……火遊びはほどほどにね」
「アハ、アハハ……そういえば安室さんがなまえさんが来てくれないって嘆いてたよ」
「……聞かなかったことにしとく」

子供に何を吹き込んでいるんだ、降谷。大体、そういうメンタルケアはもう1人の担当でしょうが。仲良く潜入してるんじゃないの。

はあ、とため息をついていると刑事課があわただしく動き始めた。被疑者を警視庁まで移送するらしい。何故か高木刑事から引き攣った笑みが送られた。何故。
ついでに幹事長からも怯えた視線が送られている。……この視線、被疑者に対するものだと思いたい。断じて私ではないはずだ。なのになんで直接じゃなくて秘書を介して要件を伝えるんだ。目の前にいるだろうが。

ひとまず北海道への遊説はなくなったものの、今度は会議がねじ込まれたらしい。政治家は大変だなと同情しようかと思ったが、その会議が高級料亭なのでその気持ちは失せた。

「じゃあ、伊達。後はよろしく」
「おう、お前も一課に顔見せに来いよ。それに、ナタリーも直接礼が言いてえって言ってんだ」
「そのうちね」
「井上」

捜査一課は伊達と松田が同じフロアだし、二課には態度が急変した萩原もいる。正直、顔を見せに行くのは嫌だ。余計に絡まれるのはごめんだ。同期なだけでそこまで仲がいいわけでもないし。
適当に返事をして足を進めようとした瞬間、何かを言いたげな伊達の声が私をその場に押し留めた。

「……いやなんでもねえ。あんま無茶すんじゃねえぞ、お前――」
「そうなった時は、そうなった時だよ。じゃあ」

続く言葉を無理矢理打ち切って視線で急かしてくる幹事長の元に向かう。何が続くのかなんて知らないが、SPが無茶をしないというのは土台難しい。自分の命を賭けて対象を守ることがSPの存在意義だ。
その対象に、その価値があろうと、なかろうと。どんな罪を隠していようと。護らなければならない。

たとえ、自分の命に替えても。

後ろからの声はもう聞こえてこなかった。




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