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俺のいけすかないSPな同期の秘密を知ったんだけど別になんとも思ってないって言ってんじゃん??

俺には同期がいる。
まあ、そんなこと言っても俺がいる警視庁は日本で一番警察官の採用人数が多い訳で、ざっと200人くらい?はいる。
そんな同期たちと初めて顔を合わすのは警察学校に入校するタイミングが初めてだ。男ばっかのむさ苦しい場所かと思いきや、そこには少ないながらも女子がいたし、俺としてはそりゃもう枯れきった砂漠にポツンとあるオアシスみたいなもんでちょっとテンション上がったりした。

話を戻すけど、そんだけ数の多い同期の中で俺が特に仲良くしていた奴らってのが4人いる。
その1人は言わずもがな陣平ちゃん。ガキの頃から大学まで俺と一緒の腐れ縁というか幼馴染というか。まあ、一言で言うにはちょっと難しいけど、親友っていう関係だと思う。

そんで我らが伊達班長。懐もデケーし気前もいい、正義感にも溢れてる本当に「警察官」って感じの男。合コンでも彼女いるっつーのになんでか人気なんだよなあ。ま、そんな班長だから俺らもいつまでも班長って呼んじまってるわけだけど。

それから俺と陣平ちゃんと同じように腐れ縁っつーのか、とにかくよく2人でいるのが降谷ちゃんと諸伏ちゃん。この2人は陣平ちゃんと降谷ちゃんとの相性の悪さがきっかけで仲良くなった。最初こそ陣平ちゃんと殴り合いの喧嘩までしてた降谷ちゃんだったけど、話せばけっこう大雑把なところもあって好感が持てた。諸伏ちゃんも過去に色々あったけど良い奴ってのもあって、割とすぐに話すようになった。
気付けばこの5人でよくつるむようになって、警校にいる間も色んな事件に巻き込まれたりしていた。なんだか懐かしく感じる。

警察学校には本当にいろんな奴がいた。こいつマジで警官志望かよっていうやつもいれば、お前にはぴったりだよっていうやつまで。俺はこんな性格だし、人間関係に関しちゃあの5人の中じゃ一番うまくやっていたと思う。合コンにも誘われまくったし、女子からもよく声掛けてもらってたし。

ただ、女子の中に俺が唯一「こいつだけは無理」っていう奴がいた。
他の女子に比べて表情は変わんないし、目が死んでて可愛げもない、笑うとこなんか見たこともない。それなのに陣平ちゃんや班長に気に入られている奴。それが、降谷ちゃんと諸伏ちゃんの幼馴染で最低最悪の俺の同期、井上なまえだった。





『警視庁より機動隊爆発物処理班へ通達!爆発物らしき物体は米花町1-5-8セントラルホテルの地下駐車場および38階の客室前にて確認。萩原班は38階、松田班は地下駐車場でそれぞれ解体に当たれ』
「萩原了解〜」
『松田了解』

無線から流れる隊長の指示に従って現場に向かう。耐爆スーツは重いし動きづらいけど、過去にやらかしたことのある俺としては流石に着ないという選択肢は取れない。自業自得だという陣平ちゃんに何も言い返せないまま班員と共に現場に向かう。

米花町のセントラルホテルっていったら38階の高層ホテル。つまり爆弾があるのは最上階。最上階と地下なんていう嫌な位置に仕掛けられた爆弾になんだか勘繰っちまうのはしょうがない。建物を倒壊させる気だっつーんならもっと爆弾が仕掛けられててもおかしくない。
最悪を想定しつつも38階に足を踏み入れた途端、一緒に来た隊員たちが驚くような声を出した。

「オイオイ、なんだよこりゃ……」

最上階フロアはスイートルームなせいか、エレベーターから降りた瞬間からフロアの雰囲気が違う。けど、今は別の意味で雰囲気が違っていた。
もともとは綺麗に花が生けられていただろう壺は破片となってそこら中に散らばっているし、分かりにくいけど壁には銃痕もある。極めつけは階段に続くようにつながった壁の血の跡。

「ハリウッドの撮影現場かよ……隊長、なんかすっげえことになってますけど?」
『萩原、気にせず爆発物の処理に当たれ』
「いやぁ……そうは言っても……」
『あ?なンだよ、これ!?』

呆然とそんなやりとりを隊長としていると無線の奥から知った声が聞こえて来た。信じられない、と言わんばかりの声に若干の不満が入っていたのが気になって、爆弾に向き合いつつも思わず無線のスイッチを入れた。

「どした、陣平ちゃん。まさかそっちもハリウッドばりに」
『どうしたもなにも、この爆弾、ほとんど解体されてんじゃねーか!』

陣平ちゃんの苛立ちに満ちた叫びが無線の奥から響いた。

結局、38階にあった爆弾は解除されてなかったから解体が必要だった。けど陣平ちゃんが向かった地下駐車場の車に取り付けられた爆弾はなぜか7割くらいが解体されていたらしい。構造はどれも簡単な爆弾だったけど、ほっときゃ1フロア吹き飛ばすくらいの威力はあるし、車はエンジン掛けたら1発でまるごとドカンだ。
けど実際にはエンジンを掛けても起爆しないようにコードが切られていた。かなり急いでいたのか、コードの切り方は随分と雑だったらしいけど。つーわけで、陣平ちゃんの機嫌はすこぶる悪い。

「ったく、あそこまで処理できんならちゃんと全部解体してけっつーの。気持ちワリィ……おまけに雑だしよ!」
「つーか、なんでそもそもそっちは解体されてたんだろうなぁ?俺らの方は手つかずだったし。争った形跡はすごかったけど……」
「ケッ、知らねーよ!ていうか報告書どう書いたらいいんだっつーの!」
「ま、帰ったら聞いてみるとしますかねぇ」

面倒くさそうな報告書の気配に憂鬱になっていた俺と陣平ちゃんは、ひとまず事件のことを知ってそうな人に話を聞こうってことで、本庁からの指示を取り次いだ先輩のところに来た。
聞き込みなんて刑事課みたいだけど、イライラした陣平ちゃんをそのままにもしとけねーし。なかなかに情報通の人だからなんか知ってるでしょ、と聞けば待ってましたとばかりに3人だけになった喫煙室で色々と教えてくれた。

「仕掛けられた爆弾はSPが見つけたんだって」
「SPねえ……随分ど派手にやったもんだ……」
「そんなに酷かったの?」
「そりゃもう。ハリウッドの撮影現場か?ってくらい」

肩を竦めてそう言うと先輩は更に知ってることを教えてくれた。
曰く、要人護衛中に襲撃されたうえに、逃げるために使おうとした車に爆弾が仕掛けられていたらしい。ひとまず逃走に車は使えるよう解体したけど、結果的にその場で犯人を無効化出来たから車は使わなくなった。んで、残った爆発物処理のお鉢が俺らに回ってきたってわけだ。

「つーか解体されてっから報告書書けねーんすけどォ、俺」
「まあまあまあ爆弾解体の手腕がなかなかやるもんで、こいつも妬いてるんですよ。ちなみに、その連絡寄越してきた人って誰なんです?」
「も〜、萩原くん、今度合コンの幹事やってよね!」
「任されて〜」

陣平ちゃんの言い方があまりにもつっけんどんだったからこっちから先に機嫌を取っておく。その子は吝かではない様子でさらに詳細を教えてくれた。いやあ持つべきものは情報通のオトモダチだねえ。
そう思っているとその子は声のトーンを1つ下げた。

「あんまり大きい声で言えないんだけど、公安がらみの件らしくて。事件の詳細は公安が全部持ってっちゃったのよ。報告書も書けるとこまででいいって。要は首を突っ込むなってことでしょ」
「ふぅん。公安ねぇ……」

公安が絡むというだけで一気にきな臭くなるのは、あの2人には申し訳ないがしょうがないだろう。途中から強引に仕事を持っていくこともあるからぶっちゃけ嫌われている。多分本人たちも分かってるだろうし。
でも公安が関わって来るんならしょうがねーな、と思っていたら、陣平ちゃんの何かに触れたのか急に考え込むような仕草を見せた。

「じゃあ誰が解体したかまではわかんねーってことか」
「あ、それならわかるよ、えーと確か、井上なまえ巡査部長だって」 
「は?あいつが!?」

こんなところで知り合いの名前が出てくるとは思わなくてギョッとしてしまった。おいおいマジかよ、と思うと同時にまさか、とあの部屋の荒れ様を思い出す。割れた壺、銃痕と、壁の血痕。胃の奥がざわつくような感覚がした。

「あ〜くそ、やっぱあいつかよ……!ったく、しょうがねーな、話聞いてくっか……」
「あ、今行っても会えないと思うよ」

煙草の火を消して喫煙室を出ていこうとした陣平ちゃんの背中に、その子が俺の想像した通りの言葉を投げかけた。

「その人、入院してるから」





対象者を守るためにドンパチした結果、井上なまえは全治3週間の大怪我を負った。らしい。まああの暴れ具合だ。あの血の跡が井上のものだとしたら納得。出血量もかなりあったし。つーか命に別状はないって、すげえな。
半分呆れ、半分感心しつつも、俺は米花中央病院に向かっていた。なぜか1人で。

陣平ちゃんが井上に話を聞きに行こうとしたら、タイミングよく上から呼び出しが掛かっちまった。たぶん何かを察した公安からの圧力だろう。対応がピンポイントに早すぎるからもしかしたらワンチャン降谷ちゃんか諸伏ちゃん関わってんのかもなあ。
陣平ちゃんも陣平ちゃんで何かを察したのか、俺の代わりに井上に詳細聞いてこいとか言うし。まあ俺も何があったかは気になってるし、何よりああなった陣平ちゃんはもう引かないのはよく分かってるから。予定調和ってやつ。

いやでも井上に会うの、正直嫌なんだよな……あの10億円事件からまともに話出来てないし。いや、助けておいてもらってなんだけど、やっぱあんまり好きじゃねえのはしょうがないし、やっぱ断りゃよかったか。

そうぼやきつつも、来ちまったものはしょうがない。腹を括るために一服してから、井上の病室を確認して向かう。その途中で廊下の奥に井上の姿が見えた。
これから検査とかなんだろうか。だったらタイミングが悪いが、ひとまず来たことだけ伝えとくか、と同じ方向に足を進める。松葉杖を着く背中に追いつく前に、井上は診察室に入って行った。――脳神経外科の。

「脳外科……?外傷じゃねえの……?」

むくり、と胸の奥に何かがこみ上げる。興味、好奇心、とかそういうものじゃない。どちらかというと嫌な予感だ。厄介な構造の爆弾を目の前にしたときのような。あの嫌な感じ。
実際、脳と聞いて良い方向に捉える人間は少ないだろう。井上は、あいつは、まさか怪我で後遺症が残ったりしたのか、と何かが過る。
いや、別に井上がどうなろうが、俺には知ったこっちゃなくねぇ?そう思うのに、どうしてか俺の足は診察室の前で止まっていた。

「――休養を真剣に考えてください」
「……休んで治るんですか」
「治ることを信じて出来ることをするのが医師の役目です」

カツ、と硬いものと硬いもの同士がぶつかる音がした。こっそりと扉を開けるとわずかな隙間からその明るく照らされたCTスキャンの画像が見える。
脳神経というだけあって、医師がボールペンで指す先には脳の断面図がいくつも並んでいた。ドラマなんかでよく見る脳のカラー写真だ。サーモグラフィのような写真は、使われている部分が赤く、そうでない部分は青く映っている、はずだ。
けれど、その画面に表示された脳はほとんどの部分がオレンジから赤く染まっていて、その面積の大きさに思わず息を呑んだ。素人の俺でも分かる。――これは、異常だ。

「脳活性が異常です。このままではなんらかの脳機能障害が起きる可能性があります」
「そうですか」
「――井上さん。再三お伝えしておりますが、なるべくその『スイッチ』は入れないで下さい。休養、退職どころじゃなく――」
「っ、誰だ!何をして―ー」

突然の怒声と共にすさまじい勢いで開かれた扉の奥では、井上がこちらを見て俺を睨みつけていた。絶対零度ともいえる視線に射抜かれて思わず視線が泳ぐ。どう足掻いても弁明しようがない。詰んだ。

「――盗み聞き?結構なご趣味で」
「あ、はは……ちょっと、その……すいませんでした……」

その場刺々しい視線を誤魔化すように、いつもの癖で零れた乾いた笑いにも井上は表情ひとつ動かさなかった。でもそんなことより、俺の耳には医者の言葉ばかりが残っていた。

休養。脳機能障害。スイッチ。

降谷ちゃんに、聞いたことがある。井上の感覚が異様に鋭いこと。それはスイッチを入れるような感覚で切り替えられて、それを使ってほんの些細な違和感を過敏に拾っているんだということ。
一種の特殊能力みたいなもんだと思ってた。便利で、万能な、マンガみたいな能力なんだと。でもそうじゃなかった。医師の言うことが本当なら、確実にこいつの体に負担を掛けている。しかも、脳なんていう人体で最も重要な場所を。

普通なら脳に重い障害が残ると聞いて、それを使い続ける奴なんていない。でも、井上なまえなら。こいつなら。降谷ちゃんや諸伏ちゃんの幼馴染で、俺と正反対なこいつなら――





「さっき聞いたこと誰にも言わないでほしい」
「………………………………言うと思った……」
「絶対誰にも言わないでほしい」

2回も言うなって……。そう思った俺、悪くなくない?
入院患者用のベッドに戻った井上は開口一番そう口にした。わかってた。分かってたけどさあ……。
はあ、とため息を零すと井上は分かりやすく顔を顰めた。返事は、と言わんばかりの表情だ。そんで、たぶんこいつの言う『誰にも』が主に誰を指すのかわかってしまって、さらに返事が難しくなる。

腹立たしいのはそこに焦りも、不安もないことだ。いつもと変わらない表情。不安や焦燥があってもいいはずなのに、そこには何も浮かんでいない。
さっき医者から聞いた話がこいつになにも響いていないんだと、大して仲がいいわけでもない俺ですら理解してしまった。
けど、あっそう、で捨て置けるほど俺は薄情でもないし、それがましてやダチの幼馴染だったら一応止めてやる人情くらいはある。

「いやいや……いやいや、だってすげえ深刻な話だっただろ!?それを言わない!?なんでそうやってさあ……!」
「言ったところでどうにもならないでしょ」
「そりゃ、そうかもしんねーけど……!じゃあ……!」

確かに、こいつの病状を伝えたところで俺らが出来ることは何一つない。仕事をやめろなんていう無責任なことも言えないし、自分の体を最優先しろなんて、少なくとも人の壁たるSPの井上には言えない。もっとも、井上がSPを続けるなら、の話だけど。
そんな俺の考えを見透かしたように井上が遮った。

「SPは辞めないし、警官も辞める気はない」
「は、話聞いてなかったのかよ!お前、そんなことしてたらいつか――!」

便利の代償は大きい。今は何ともなくても、この先何十年と生きていくうえで何かが起きる可能性は大いにある。代償が大きくならないようにするには、命の前借りにも似たこの行為を止めるしかない。
ただでさえ消耗する仕事だ。それなのにこんな風に無茶をしていれば行きつく先はひとつだ。

普通の人よりもそれと距離が近いからこそわかる。濃厚で、不吉で、嫌な臭いのする言葉だ。出来れば使いたくはないけど、そうでもしないとこいつは止まらない。そう思ったのに。

「死ん、」
「それでも、絶対に、言うな……!」

凄まじい形相で俺を見ている井上に、なにも言えなくなる。
嫌な目だ。嫌な覚悟をした目だ。人からどれほど大切にされてるかなんて全部無視して、自分のことなんて二の次三の次。諸伏が、降谷が、松田が、向ける視線の意味を全部ないがしろにする、嫌な目だ。
だから嫌いだった。あいつらは気にしてなかったけど、俺だけが気にして、馬鹿みたいに苛立って、遠ざけて。
けど、こいつはそんな俺すらないがしろにする。それがまた腹立たしくて、気に食わなくて、嫌いだった。

一方で、俺はわかってもいる。SPは警察組織の中でも特に洗練された技術と、対象のために命を掛けるという崇高な精神が必要だ。それを努力して掴んだこいつが、どれだけこの仕事を誇りを持ってやってるか。あんな怪我をして、無茶をして、そこまでして対象の命を助けたこいつを、少しだけ、ほんの少しだけ、かっこいいと思っちまってることを、俺はわかっている。
だから、そう安々と辞めろなんて言えない。

「……そんなに、SPじゃなきゃだめなのかよ」
「……約束、したから」

短い答えを返した井上の目は真っ直ぐだった。真っ直ぐ過ぎて、正しいことを言っているはずの俺が間違っているんじゃないかと思わされるような、そんな目だ。これは折れない。そんな目だ。
あの2人と同じ、自分を犠牲にしても何かを達成するという、強すぎる意志が野火みたいにゆらゆらと、静かに燃えていた。

「はー……分かったよ。俺もあんたに助けられた身だ。これで貸し借りチャラってことで。ただ、無理はしなさんなよ」

こうなるともう俺が折れるしかない。そもそも、あの2人ならまだしも、俺がこいつを止められるわけもないし。
というか俺は別にこいつのことそんな好きじゃないし、俺が心配する道理もないというか。まあ、なんとなく声を掛けたくなっちまったのは、陣平ちゃんもこいつによく構うからで。盗み聞きしたのも、こうして来たのも陣平ちゃんが――……いや、いやいや、待て俺。嫌な予感する。考えない方がいい。絶対そう。

「別に怪我くらいで……」
「いやいやあの2人が知ったら大変なことになるぜ?俺と陣平ちゃんがなんて呼んでたか知ってる?諸伏ちゃんも降谷ちゃんも、知ったら3時間後にはあんたのとこにやってくんぜ?」
「それは……流石に」

露骨に顔を歪めたこいつの表情は俺がよく知ってる表情だ。そうそうそう、そう。俺が知ってる表情は嫌そうに歪んだものと感情を無理矢理圧し殺したような鉄仮面の2つ。これが井上のデフォルト。さっきのあの目は幻。ほら、だって今も目ェ死んでるし。

それに?こいつが笑うとこなんて見たことがないし?もしかしたらあの2人は見たことあるのかもしれないけど。いや別に見たいとかそういうのじゃなくて。いやもうなんか変な方向に行くじゃん俺の思考。そうじゃなくて、今はさくっと話題変えてちょっと場を和ませて、事件の話聞いて帰るだけ。それだけ!

「諸伏ちゃんと降谷ちゃんだって絶対に来るって!だって諸伏ちゃんと降谷ちゃんだぜ?今どこでなにしてんのか知らないけど、絶対そう!特に降谷ちゃんなんかどっからか勝手にカルテ手に入れて『なまえ、説明出来るよな?』って仁王立ちしてるし、諸伏ちゃんはずーっと張り付いて世話焼きするぜ?絶対そう!」

過保護ともいうレベルで構ってた諸伏ちゃんと降谷ちゃんがこいつの怪我に黙ってるわけがない。簡単に想像できてしまった。そうだ、あの2人を考えておけば俺の思考は絶対にブレない。井上の後ろに過激モンペパツキンゴリラと後方彼氏面顎鬚野郎が見えるだろ、ほら、こいつの鉄仮面っぷりをよく見ろ萩原研二……!

「なにそれ、……はは、でも、確かに。……そうかもね」

笑った。あの、井上なまえが。
しょうがないな、といわんばかりの目を細めて、眩しい物を見るかのような表情は俺が見てきた中で一番やわらかくて――


ドッ


「……?なんか今変な音しなかった?」
「いや……まあ事件のことも聞けたしじゃあ俺はそろそろお暇するねまた来るから無茶すんなよなまえちゃんじゃあな」
「は?事件ってなんのこと?ちょっと、」

返ってきた声を振り払って病室を出た。カツカツカツと革靴の踵を床に叩きつけるようにして出せる全速力で廊下を歩く。とてもじゃないが振り返ることなんてできない。あいつが骨折してて良かった。いや良くないけど。いや、落ち着け俺。
休憩用ベンチに誰の姿も見えないことを確認して思い切りドカ、と腰を下ろすと同時に掌で顔を覆った。心臓の音が、あいつに、なまえに聞こえるかと思った。

「いや………………いや、…………反則だろ…………」

聞いていない。あんな、笑い方をするなんて。あんな、愛しそうに、しょうがないな、って、全部を許すように笑うなんて。知らなかった。鉄仮面と思っていたのに、全然そんなのじゃなくて、女の子みたいに、笑うんだもんなあ。

瞼の奥に焼き付いたあの表情が離れない。心臓はただでさえ跳ね回っているのに、締め付けられたせいで痛みが増した。痛い。痛い。けど、俺はこの痛みを知っている。そう、これは――

「マジ、か、…………あ〜〜〜〜、……」

知っている。こうなったが最後、もう後は堕ちるだけなんだって。
顔が赤くなるのが自分でもわかる。なんで、いや、ほんと、よりによってかよ。

「……ハードル高ぇ〜〜……」

脳裏にニコニコと拳銃を構えながら笑う同期が浮かんできて思わず乾いた笑いを漏らしてしまったのは、なんつーか……ホント、勘弁してほしい。





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