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SPな俺の同期の目が現場で会うたびに濁っていくように見えるんだが俺はどうすりゃいいんだ??

俺には同期がいる。
当たり前だ。俺のいる警視庁にはバカみてえな数の警察官がいるわけで、そうなると必然的に同期の数も多くなる。その中でも、警察学校時代からの馴染みの4人とは特に仲がよかった。まあ、最近の若い奴らの言葉を借りるとイツメンってやつだ。

警官はエロ用語と若者用語を抑えねーとやっていけない、なんて警察学校で聞いた時には冗談だろ、とハギや伊達と笑ってたけど本当だとは。そこら辺の若者より詳しい自信はある。なんも嬉しかねーけど。話が逸れた。

まあそんな訳で俺には特に4人の仲のいい同期がいる。1人は腐れ縁とも言える萩原。こいつはまあ、今さらだ。ガキの頃からこいつん家の工場に遊びに行ってたぐらいだし、同期っつーかもはや身内に近い。
それから、捜査一課にいる伊達。俺ら同期の中で一番落ち着いてるうえに上司後輩問わず信頼が厚い。口が上手いっつーのもあるけど、それを抜きにしても頼りになる元班長だ。

後の2人、諸伏と降谷は勤務し始めて少ししたら連絡が取れなくなっちまった。理由は大体想像が付くが、そういうことだろう。
しばらく会えてないが、早く捜査が終わってまた全員で集まって酒でも飲めりゃいいなとは思う。まあ、あのパツキン大先生と、その大先生の横に平然と立ってるような男だ。そう簡単に死ぬようなタマじゃねえだろ。

同期といえばこの4人が頭に浮かぶが、実はもう1人、よくつるんでいた奴がいる。

降谷、伊達に次ぐ高成績保持者。幼馴染だという降谷と諸伏の横に、平然と立ってきた傑物。男に及ばないまでも女にしちゃ高い身体能力と神がかった観察力の持ち主。
降谷の頭脳やハギの洞察力ほど、何かを突き抜けるものがあるわけじゃない。でも、まったくないとは言えない。
そのせいか、気付くと厄介な事件に巻き込まれていて、しれっとピンチを乗り越えている。Miss.器用貧乏。サイレント台風の目。刑事風に言わせりゃ『持ってる』ヤツ。

それが俺の同期、井上なまえだった。




「お、なまえじゃねえか」
「松田……」

給料日後の銀行、ATM待ちの列で俺の前に並んでいたのはなまえだった。
相変わらずの鉄仮面だが、返事代わりに呼ばれた名前には覇気がない。うまく隠してるようだが、わずかに隠せていない黒い隈。こりゃ少なくとも2徹明けか、とアタリを付けて少し声のトーンを落としてやった。

五感が過敏なコイツのことだ。今でけえ声はしんどいだろう。現に銀行にいるガキの声にわずかに眉が動いた。いつもの鉄仮面に分かりやすい変化があるということは相当キてるらしい。大丈夫か、と声を掛けようと思ったがどう見ても大丈夫じゃねえし、なんだったら以前にも増して目が濁っている。いや、マジで大丈夫かコイツ?

「お前も給料下ろしに来たクチか」
「そんなところ」

2人でATMの列に並びながら他愛もない話をする。つってもなまえは俺の話に相槌を打つだけだ。相変わらず徹底して会話しねーやつだな。
給料日が振り込まれた直後の銀行は混雑していて、列がなかなか進まないのをいいことに色々聞くことにした。

「で、あいつらいなくなっちまったけど、お前大丈夫かよ。目ェ死んでんぞ」
「なんでみんな同じこと言ってくるの。別にあの2人がいなくても生きていけるけど」

なんでもないように言ったなまえに沈黙を返す。
目ェ濁らせてる奴が何言ってやがる。あの2人に聞かせてやりてぇよ。
俺の表情から何かを察したのか、なまえの眉間に皺が寄った。

「なにその顔」
「別にィ?つーなみんなって誰だよ?」
「あとの2人。余計なお世話してくる物好きなんてあんたたちぐらいだから」

そう言ってなまえはため息をついた。
うんざりしてるらしいが、正直悪いとはこれっぽっちも思わねえ。俺やハギにとっちゃお前が命の恩人だし、余計気に掛かける。流石にあいつらほと過保護じゃねーけどよ。

そう思いながらいつもコイツを挟んでいた2人を思い出す。今のこの状態を見たら速攻で家に連れて行かれてメシと風呂を用意されんだろうな。そんでまた喧嘩みてえなじゃれ合いすんだろ。
そう考えたらなんか面白くなってきた。こいつを釣り餌にしたらすぐ飛び出てきそうだ。慌てた表情の2人が思い浮かんで、口元が緩んだ。

「ちょっと、何笑って…………」
「なんでもねえ……なまえ?どうした?」
「――っ、松田。今すぐここ出て本庁に連絡――」
「きゃああああ!」

その瞬間、響いた悲鳴に思わず振り向く。振り向いた先には震えて引き攣った表情の子供を抱えて、刃物を突き付けた男が立っていた。
くそ、銀行強盗……!しかも今時刃物かよ!

「子供の命が惜しけりゃ金を出せ!」

一瞬の沈黙ののち、悲鳴が波のように押し寄せて来た。銀行に来ていた客が出入口に殺到して、銀行員と動けなかった数人の客が取り残されていた。犯人の指示でシャッターが下りると同時に、子供が泣き出す。それに犯人が顔を顰めた。

犯人がイラつき始めてやがる。 くそ、子供が盾になってる以上無茶は出来ねえし、かといって興奮状態の犯人に何を言っても無駄だろう。
ひとまず金以外の犯人の要求を呑んで、と思った瞬間、すぐ隣にいたなまえが一歩前へ出た。

「金は出す。けど条件がある。子供と私、人質を交換してくれない?」
「なンだてめえ……!」
「うるさいんでしょ、子供。私は泣かないし暴れもしない。私は女だから貴方を倒す術なんかない」

いや、警察学校時代に班長と一騎打ちしてたような奴がよく言うぜ。お前俺や萩にも勝ってるじゃねえか。
そう突っ込みたくなるのを堪えて成り行きを見守る。

「……お前がそこまでする理由がこのガキにあるのかァ?ア?」
「知ってる子なんだ。怪我でもされたら困る。もし交換に応じてくれるなら――私の体、好きにしていいけど、どうする?」

なまえのその言葉で、男の目の色が変わった。明らかに色欲を含んだ顔をして、なまえの体を上から下まで舐めるように見ている。一瞬頭にカッと血が上って思わず足を出しそうになったが、思い切りなまえに足を踏まれてなんとか押し留まった。

「〜〜〜〜っ!」
「失礼。で、どうする?」
「……よし、いいだろう」

くそ、こいつ、涼しい顔して結構な勢いで足踏みやがって……!確かに関係性がバレると不味いのはわかるが、他にやり方があんだろうが……!

そうこうしているうちに犯人は納得したのか、なまえを呼び寄せた。なまえのことだ。人質交換のタイミングで犯人の制圧に動くだろう。SPになれるほどの実力がありゃ無傷での制圧ぐらい余裕なはずだ。
その予想通り、なまえは犯人と人質を交換したタイミングで動いた。男の手から子供を奪って、俺の方に突き飛ばす。小さい体を抱き留めると同時に、血走った目がなまえを睨み付けていた。

「……っ!なまえ!!」

ぞ、と背中が寒くなる。
不測の事態が起きたとき、人間は2つに別れる。固まって動けなくなるタイプと、衝動のまま動くタイプだ。制圧するとき厄介なのはもちろん衝動のまま動くやつだ。正直、何をしでかすか分かったもんじゃねえ。暴れて捜査員が怪我することだってある。
そして目の前のこの男は、まさしくそのタイプだ。

まずい、と思うと同時に妙にギラついた刃物が、なまえの体に吸い込まれていった。






井上なまえは、俺の同期で、優秀な警察官だ。
降谷、諸伏と幼馴染を張るだけあって能力は高い。問題があるとすれば他人とのコミュニケーション、そこに尽きる。
自分も強行犯係に来た時にはモメた自覚はあるが、正直なまえよりはマシだと思う。なにしろ警察学校時代、あの誰とでも仲良くするハギが頑なに受け入れなかった唯一がなまえだったからだ。
珍しいと思って絡むようになって、そんで注意して目で追うようになったら気付いた。

なまえはいつでも孤独だった。
鉄仮面で何を考えているのか分からない表情。同じ釜の飯を食ってきた同期すら近寄せない一匹狼みてえな雰囲気。厳しい訓練を乗り越えるために、固い絆が急速に結ばれていく警察学校では、あまりにも異質だった。

なまえには俺ら以外につるんでいるような人間はいなかった。警察学校の教官が何を言っても、仕事以外で同期との接点を持つことはなかった。多分、俺らを除いて。
そうこうしてるうちに俺らは卒業して、爆処に行ったり所轄の刑事になるように、なまえもSPになった。そしてその後、降谷と諸伏が姿を消した。

降谷と最後に会ったとき、降谷は思いつめたような顔でなまえの名前を呟いていた。結局何も言わなかったけど、あいつを1人にすることが心に引っかかったんだろう。
別によろしくと言われたわけじゃねえ。直接頼まれたわけでもない。俺はあいつの幼馴染でもねえし。というか、そんなに心配しないでも大丈夫だろ。子供じゃあるめーし。
そう思っていた。

でも今、なまえが子供の前に出て刺されたのを見たら、あいつらが心配していた理由が分かった。

確かにSPは人間の盾だ。要人に何かがあったとき、自分の命を犠牲にしても守らないといけない。その覚悟は同じ警察官だって簡単に出来るわけじゃない。でも感情と理性は別だ。警官の使命だって分かってても恐怖で動けなくなる警察官だっている。
鋼の精神と鉄の肉体で以て対象をあらゆる危険から遠ざける。SPが狭き門たる所以はそこだ。
確かになまえはSPで、その全てを持ち合わせているかもしれねえ。

でもこんな命を捨てるようなやり方、こんなの、違えだろ。お前なら、無傷で――。

ヒュ、と喉が鳴ったと同時に一瞬呼吸を忘れた。

「松田ァ!!」

珍しいなまえの大声に意識を戻される。
気付いた時には、なまえに突き飛ばされた子供が文字通り飛び込んで来ていた。小さな体をそのまま安全なところまで引き離す。
子供を庇ったなまえは刺さったままの刃物をそのままに、反対の手で掌底を顎に叩き込んだ。さらに一撃をくらってふらつく男にそのまま飛び付いて三角絞めをかました。
強盗犯は最初こそ抵抗していたが、そのうちガクリと気を失って倒れ込んだ。一部始終を見ていた人質の中から「ひぇ」という声が聞こえて内心で同意した。

SP怖すぎんだろ。バケモンかよ。そりゃ班長も勝てねーわ。いやそれよりも。

「おい……!お前、傷……!」

ポタポタと足元に落ちていく血が大きな怪我を意味していた。なまえは腕に刺さった刃物をそのままに、「手錠貸して」と反対の手を出してきた。

「おま、……っハア!?持ってねーのかよ!」
「忘れた」

あっけらかんとした物言いに、こっちだって言いたいことが山ほどあるのに、結局言われるがままに手錠を渡しちまった。犯人が意識を取り戻してまた人質を取ろうものならコイツが怪我してまで制圧した意味がなくなる。

「おい、複数犯の可能、考えなかったのかよ……!」
「他に様子のおかしい人間は居なかったし、見たところ薬物摂取の可能性が高いから衝動的なものかなって。ただ確証はなかったから」

まずは武器の無力化を。弾き飛ばすよりは確実。だからこの方法にした。
そう言われて、思わず言葉に詰まる。俺でもわかる微かに匂った大麻の匂い。感覚が人より優れたコイツなら確かにもっと早くわかっただろう。でも、じゃあ自分から刺されにいったのはなんでだ。お前なら無傷で、なにより。

なんで1人で勝手に、俺だっていただろうが……!

「おまえ、いっつもそんな仕事の仕方してんのかよ」
「SPが、警察官が、誰かを守れなくてどうするの」
「だからってお前……!そんなやり方……!」

コイツのしたことは間違っちゃいない。警察官としちゃ最適解だ。自分の命を掛けて市民を救う。警察組織が望む、正義感たっぷりの『警察官』そのものだ。

そして、SPは要人警護に命を掛ける仕事だ。それはわかる。俺だって爆処にいた時は命を奪う爆発物解体の最前線にいたんだ。だからって、こんな無抵抗で自分の命を投げ出すなんざ。
職務だ。こいつが望んだ仕事だ。やめろとは言えない。それでも。なんか言わなきゃ気が済まねえ。
何か言いたいのに、喉は息を吐くばかりで肝心の言葉はなんも出てこない。そんな俺の様子を見たなまえが視線を外した。もういいだろう、と言わんばかりのムカつく態度だっつーのに、何も言えなかった。

「大丈夫」

言葉少なくそれだけを伝えたなまえは、そのままタオルを巻いて止血を始めた。ただ片腕を怪我しているせいで、随分とモタついている。

俺が言いたいことなんざ、コイツはきっとわかってるんだろう。それでも俺にそう言ったのは、俺を安心させるためか、諦めさせるためか、あるいはそのどっちもか。

どっちにしろ、この心労はまだあいつらが帰ってくるまでしばらく続きそうだ。止まらなさそうなコイツを止めんのは骨が折れそうだ、と深いため息をついてなまえの手からタオルをブン取って巻いてやる。タオルはすぐ真っ赤に染まった。

「肝冷やさせんじゃねえよ……全く……」
「松田だって似たようなことしようとしてたでしょ」
「誰かさんみてーに肉を切らせて骨を断つ方法なんざとらねーよ」

そう言ってわざと強く縛ってやるとなまえの体がびくりと跳ねた。痛えくせに我慢しやがって。まだ泣き喚いてくれた方が安心するってモンだぜ、コイツの場合。
はあ、とため息をつくと同時にファンファンと聞きなれたサイレンの音が聞こえて来た。事件発生してから解決までとんでもねえスピードだったな。そう思いながらどうやって報告書にまとめるか考えていたら、ぽつ、と小さな声が聞こえて来た。

「……褒められた方法じゃないってことはわかってる」

少しだけ悪いと思っているような、バツの悪い声。は、と顔をなまえの方に戻せば、いつもの鉄仮面に覆われた口元が少しだけ違うように見えた。なんでだ、と注意して見てるうちに、ぱち、と互いの視線が交わる。フイ、と視線が逸らされた。それと同時に沸き上がる違和感。
おい、今の。気のせいか?こいつ、今……笑ってなかったか?
おそるおそる、そのまま視線を向けて、そんで後悔した。


「でも、……任せてくれてありがとう」


コイツを知らない奴が見りゃいつもと変わんねー表情だ。でもあの幼馴染連中や俺はわかる。その表情がいつもとちがうっつーことぐらい。
ようするにだ。見なきゃよかった。

「〜〜〜〜ぐ、っ!お、まえ……っ!」

なんだよ!!!その表情は!!!
てめえそんなんじゃなかっただろうが!いつもの鉄仮面はどこ行ったんだっつーの!!
なっ!?はあ!?なん、そんな顔、降谷と諸伏にしか見せてなかったくせに、そんなん俺に見せてどうすんだ……!
くそ……っ!!俺をあいつらの代わりにしてんじゃねーー!!

言いたいことは山ほどあるのに、心臓が締め付けられたみてえに痛い。これは、あれだ、今までぜんっぜん懐かなかった猫が急に手ずから餌食ったみたいな。ふわふわのちっこい頭を手に擦り付けてきたみてえな。朝起きたら腹の上に乗って寝てたみてえな。そういう感じだ。

ドッドッと心臓が過剰に音を立てやがる。
くそ、うるせえ心臓。ふわふわすんじゃねえよ。
そうは思っても上がろうとする口角はそろそろ抑えきれなくなってきて、しょうがねえから手で口元を覆う。今ほどサングラスしててよかったって思ったことはない。
あぶねえ、腑抜けた面見せるとこだった……!

「なに……?なんであんたも顔覆ってんの?」
「うっっっっっせえ!!!」

諸伏たちの病気移ったの?なんて嫌そうに眉間に皺を寄せたなまえに、なんとなく腹が立って思わず叫んじまった。
運の悪いことに、それを佐藤に見られて口煩く文句言われることになったし、なまえは報告書と傷の手当のために本庁にとんぼ帰りすることになった。

帰る途中のパトカーの中でみたなまえの目はビビるほどに暗くなっていて、連行された犯人かよと思わず零せばまた佐藤に文句を言われた。 窓の外を見ながら「ワイシャツ、経費で落ちないかな」と漏らしていた声はあまりにも悲壮で、車内が通夜みたいになった。
塀の中入るんじゃねえんだからそんな声出すなよお前……。

本庁に着くと同時に、入口で待ち構えていた警備部の班長に連れられていく姿を見て高木が拝んでいたが、その頭を叩いた。オイ、俺の同期を勝手に成仏させんな。

「松田さんってなんだかんだ井上さんのこと気に掛けてますよね」
「高木くんの言う通りね。じゃ、その井上さんのためにも報告書作成と取り調べ、がんばって頂戴ね!」
「ちゃっかりしてやがるぜ……ヤニ入れてから向かうから準備しとけよ」
「ちょ、松田くん!」

動かない表情、目の下の隈、濁った目。ばっちり役満って感じはするが、俺の恩人でもあり同期でもあるこいつにはもう少し、なんつーか、健康的に生きてほしいもんだ。

ま、しばらくはあの2人の分まで世話してやるか。

そう思いながら、道すがらの自販機で買ったコーヒーを持って、警備課のフロアに足を向けた。





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