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米花町は爆弾魔多過ぎてSPなのに爆弾物解体してるんだが爆発物処理は専門に任せておかない??


『こちら班長。問題なし、他はどうだ』

班長の声を合図に、いつも通りスイッチを入れる。
キン、という脳を走る痛みと共に血が行き渡る感覚がした。途端に周りから音が遠ざかって、代わりに浮遊感がやってくる。

人で埋め尽くされた会場は暴力的なまでに情報に溢れていた。スイッチを入れた途端に耳から、肌から、鼻から多くの情報が集まってきて、めまいがする。目を閉じても脳裏に焼き付いた光景は消えなくて、ただの気休めで終わった。
足音、歩き方、衣擦れ、息遣い。
どれも普通だ。一通り確認しても問題はなさそうな気がする。いい加減しんどいしもういいか、とスイッチを切ろうとした瞬間、飛び込んできた声に目を開けて声の主を探す。

――見つけた。

イヤホンの奥から聞こえてくる班長の声に他のメンバーが応じていくなか、1人の男に吸い寄せられるようにして視線が定まった。男から視線を離さないまま、無線のマイクをオンにする。

「井上です。不審人物発見。南ゲート後方30メートルでステージを見ている杖を突いた老年の男性。声、歩き方から30代男性の変装と思われます。持っているケータイに警戒してください。爆発物の起動スイッチの可能性があります」
『出たな井上のチート能力……。佐藤、伊藤、井上のサポートにあたれ。俺は他班と対象の避難誘導を優先する』

班長の一声でそれぞれの役割が振られていく。了解、と返して不自然にならないように人混みをかき分けて、なるべく相手の警戒に引っかからないように近づいていくと、男の手が震えているのが見えた。ケータイに不自然に指を掛けて、高揚を抑えきれないように壇上の政治家の足元を見つめている。

嫌な予感がする。いや、老人に変装している時点で嫌な予感しかしなかったが。真っ先に私を一次対応に回した班長には正直恨みしかない。
100%断言できる。こいつ、爆弾仕掛けたな。

朝イチで公安が調べてるはずなのに、なんでこんな簡単に爆弾仕掛けられてるんだろうか。どうなってるんだ、と思いながら同期の2人を思い浮かべる。

諸伏は本庁の公安がよく使うエレベーターでたまに会うし、降谷はあの喫茶店で堂々と待ち構えている。本当に潜入してるのかと聞きたくなるくらいには遭遇率が高い。
変装した諸伏と忍べてない店員の降谷で挟み撃ちの尋問をされたときは酷かった。思い出したくもない。

姿が見えないから今日のイベントがあの2人の管轄外だろうことはわかるが、それにしてももう少し頑張ってくれ公安。一般人に容易く爆発物仕掛けられるのは職務怠慢ではないのか。だめだ、2徹だと余計なことばっか考える。今はとにかくこの男だ。

はあ、とため息を零して合図を待つ。
こういう爆弾を使用した犯人に対する制圧は複数で行うのがベターだ。他に犯人が潜んでいるかもしれないので。そういえば、爆弾解体中の同期を殺そうとした爆弾魔も2人1組だったな。
無線が鳴って準備が終わったことがわかる。刺激しないように、となるべく笑顔を心掛けて近寄る。遠くで佐藤さんと伊藤さんがあちゃあという顔をしていた。うるさい。どうみても完璧な笑顔でしょうが。

「……すいません、少しお話を聞かせていただいてもよろしいです、か……っ!」
「〜〜〜っ!ち、近寄るなぁあ!!」

緊張しているところに不意打ちの職質で驚いたらしい男が暴れ始めた。せっかくの老人コスプレも意味をなさない杖の振り回し具合に思わず表情が消えた。
これは爆弾持ってなくてもアウトでしょ。普通に危ないし。

スイッチに掛かった親指がボタンに触れそうになるのを防ぎながら公務執行妨害で身柄を確保して、詳細を聞き出せばステージ下に爆弾を取り付けたらしい。当然、全員を強制退去させることになった。最悪すぎる。
しかもこの男は爆殺を目論んでいた犯人ではなく、ただの様子見のために雇われたバイトだというのだからもう底辺。最低だ。

「班長!要人、一般客の退避完了です。ただ、このままでは爆発物が……!」
「タイマー式の爆弾です。残り10分です」
「爆発物処理班は……!」

詰んだ。完全に詰んだ。
対象は別班と待避済みとはいえ屋外で駅前の密集地、しかもビル群の中にバカみたいな量の火薬を搭載した爆弾。被害がありそうな場所すべてへの避難誘導はほぼ不可能。残された道はひとつしかない。
ああもう、と思わず頭を抱えそうになる。色々考えたがこれしか手段がない。

「間に合わないので解体してきます」

またこのパターンか、と同期の顔を思い出しながら、ステージ下に潜り込もうとすると思い切り引き留められた。痛いんですけど、と睨めば班長が信じられない、という表情でこっちを見ていた。
私も信じられないけど行くしかない。私だって一応、正義のお巡りさんなのだ。国民は守らなきゃいけない。

「は!?お前、爆弾なんか解体できんのか!?」
「同期が……爆処で色々と……たぶん、……行けます」
「本気か!?初めてだろ!?出来んのか!?」

何度かやったことある、とは言わないでおこう。
余計なやぶ蛇をつつかれる前にいそいそとステージ下に潜る。あったあった。丁度マイクの真下だ。いや本当に見逃してたのかコレ。普通に問題では?

口に咥えたライトの電源を落とす。暗闇に浮かぶ赤い光が刻々とゼロに向かって進んでいた。あと6分48秒。まずは、とそこらへんで拝借したペンチとドライバーを使って蓋を開ける。光源で反応するセンサーはなし。

「おい!聞いてんのか!?死ぬなよ!!俺のキャリアが死ぬからな!」
「上司からのパワハラを監察に認定させるまで絶対に死にません」

パチン。




「バッカヤロウ!!!テメェ!!対爆スーツもなしで爆弾解体なんざ何考えてやがる!!つーか素人がやんなって何回言わせんだよ!!」

うるさ。
刑事課で鍛えられているらしい罵声が警備課に響いた。あまりの大きさに無意識に顔が歪んで、デスクで仮眠を取っていた新人が驚いて椅子から転がり落ちた。だから仮眠室で寝ろって言ったのに。

書類を書いている最中、どこからか今回の事件の噂を聞き付けて来たのは同期の松田だった。
例の爆弾魔逮捕のために爆処から刑事課に異動した松田の強襲は、正直もう何度目になるか分からない。ただ、今回はいつもより余計に怒ってますという形相だった。
爆発物の解体案件だったからだろうか。見事松田の地雷を踏んだらしい。爆処なだけに。

顔を上げれば現刑事課、元機動隊らしい迫力が逃がさないと訴えていた。めんどくさいな、と思いながら言い訳、もといやむにやまれない事情を説明するために見返す。サングラスの奥の目は見えないけど、あの2人よりは話を聞いてくれる。はず。

「……仕方ないでしょ。火薬の量も数もどうかしてたし。それに、解体しなかったら辺り一面木っ端微塵だったけど」

結果として爆破は防げた。むしろ感謝してほしいくらいだ。
責めるわけじゃないけど爆処が間に合わなかったのは事実だし、そもそも松田だって対爆スーツなしの解体だってやってるし、人のことは言えないのでは。言わないけど。
言外にそういう視線を送れば、何かを察したのか思い切りほっぺをつねられた。

「痛い痛い痛い」
「うるせえな、お前そういう無鉄砲なとこますます酷くなってんぞ!!あいつらいねえと危機管理もできねーのかよ!!」
「別にあいつら関係ないってば」

やめろ、という意味を込めて手を払うと深いため息が聞こえた。いや、ため息付きたいのはこっちなんだけど。

「井上、お前まーた女房に怒られてんのか?」
「だれが女房っすか!!せめて旦那にしてくださいよ!」

そういう問題か?
からかうような班長の声をよそにコピー機から印刷した書類を渡す。以前機動隊で上司と部下の関係だった松田と班長は、なにやら私を放って仲良くやっているのでさっさと帰ることにしよう。私は一刻も早く仮眠室のガチガチに固いベッドとおさらばしたいんだ。

「班長、報告書です」
「おー、井上、今日はもう上がりだ。おつかれさん。松田も上がりならこいつ連れてってくれ。もうまともに帰ってねえし3徹してるし、昨日点滴打たしてんだ」
「マジすか」

信じられない、という顔をした松田の視線がこっちに向いた。そういう反応をされるのが分かっていたからこっそり逃げようとしたのに、結局目ざとい松田に襟首を掴まれて逃走は失敗した。
班長め、余計なことを。いつか絶対に弱み握ってやる。





「おい、ちゃんと飯食ってんのか?」
「食べてるってば。あいつらみたいなこと言わないで」
「食ってる奴は点滴なんざ打たねえよ……」
「……」

正論過ぎて何も言えなかった。ちょっと寝不足と食事抜きと生理がタイミング悪くぶつかって、ちょっと立てなくなっただけだというのに。班長も松田も大袈裟すぎる。幼馴染みたちはもっと大袈裟だけど。

「そもそも仕事が多すぎる……『SPの仕事は要人警護であってテロリストの逮捕は公安の仕事』じゃなかったっけ」
「そりゃあいつらに言えよ」
「ごもっとも」

そう言いながら夕方に程近い時間の町並みを歩く。3徹を乗り越えて要人を守り抜いた体は想像以上に疲れているらしく、だらだらとアスファルトの帰路を踏みしめていた。
今タクシーに乗り込んだら3秒で寝る自信があるせいで、タクシーは使えない。
健全に帰るために不健全に歩いて帰るとは一体どんな真理だ。論語か?

「そういや、お前あいつらと――って、オイ、」
「――っぐ、ぅ」

はあ、と大きなため息を零した瞬間、キン、というスイッチが切り替わる音がした。
耳鳴りがして雑踏の音も松田の声も遠のく。代わりに入って来る匂い、光、人が動く景色。ぐらぐらと頭を揺らされるような感覚に足元がふらつく。歩いているのか、座り込んでいるのかもわからない。断片的に切り貼りされた情報が、脳の奥を叩いてくる。

まただ。
スイッチなんて入れてないのに。
なんで。

「――おい、おい、大丈夫か!?」
「……っ、あ、……うん、ごめん……ちょっと」

津波のような情報量が文字通りに引いていって、ようやく松田の声が入ってきた。すぐ近くに松田の心配そうな顔がある。いや近い。
大丈夫、と返事を返せば表情は少しだけ和らいだ。

「いつものか。お前のそれ、また随分と酷くなってねぇか?」
「大丈夫……ありがとう」

松田の言う『それ』は脳を痛め付けるようなこの能力ことだ。
脳の活性が強くなりすぎて、過度な情報を取得してしまう。結果、情報量に脳が付いて行かず処理落ち。かろうじて処理できた情報が断片的に『視える』らしい。
ただし、視えるのは写真並の解像度の高い瞬間記憶、異常に感度の上がった五感から得る違和感、そこから予想できる人物の行動くらいだ。

予測と直感が何よりも重視される仕事だ。それだけに重宝しているが、実際のところ脳にはかなりの負荷をかけるらしく、脳機能に障害が残ってもおかしくないので乱用するなと言われている。
かかりつけ医からそう診断されてしつこく休職を勧められていることは、私と偶然それを知ってしまったもう1人との秘密だ。

「大丈夫、じゃねえだろ」

再び歩き出した私の手を、松田が掴んだ。真剣な目が私を見下ろしているのがわかる。
何を、そんなに心配しているんだろうか。今のところ死んでもいないし、気が狂ったわけでもない。松田が気にやむようなことなんてないはずだ。

「松田……?」
「あいつらじゃなきゃ、お前はだめなのかよ」

話が斜めの方向に飛んでいった気がした。
そんなわけない。あいつらの代わりにしてるわけじゃない。
そもそも死んだわけでもなければ会えないわけでもない。会いにいこうと思えば会えるんだし。

けど、その一方で。

あれは私の知っている幼馴染みたちじゃない。そう思っている自分もいる。
降谷のネチネチ重箱の隅をつつくような小言も。諸伏の優しい言葉ながらに圧を感じる言葉も。

――なまえ。

2人が自分を呼ぶ声も。
同じ音なのに全く違う音だと思っている自分がいた。それに少しだけ寂しさを覚えたのは最初の頃だけだ。今はもう違う。

2人が望んだ道だ。それなら私は邪魔出来ない。それが喩え、私と違う道だったとしても。今さらだ。最初から一緒なわけがない。それぞれに目指すものがあるのだから。
ずっと一緒にいた子供の頃とは違う。
あいつらじゃなきゃ嫌なんて、そんな子供みたいなことを言うわけがないじゃないか。

「パツキン大先生にはお前のこと頼まれてんだ。たまには頼れよ」
「……気持ちは有難いけど、でも」
「ハギに比べりゃマシだろ」

口許が歪んだのが自分でもわかった。その瞬間を見たらしい松田がゲラゲラと笑い始めて、ますます口元が歪む。
警察学校時代は犬猿の仲とまで言われたのに、どうしてか最近はよく絡んでくるようになった。それどころか食事に誘われるし、非番の日を聞かれることも増えた。どんな心境の変化で話しかけてくるのか、さっぱりわからない。怪しい。

その点、松田は最初から好意的だったこともあって今でも良好な関係を築けている。あの2人のお節介で強制的に関わりを持たされたが、マイペースであまり口うるさくないこともあって比較的組む機会は多かったように思う。だが、頼るとなると話は別だ。

「ま、お前の幼馴染みたちに比べりゃ力不足かもしんねーがいないよりはマシだろ?それに、同期なんだから、たまには頼――」
「逃げろ!!爆弾だぁ!!」

これだから米花町は。

思わず同時にため息が漏れそうになるのをなんとか飲み込んで、松田と一緒に人の流れと逆へ向かって走る。話を有耶無耶に出来たのは良かったが、こんな形でなんて誰も求めてないんだけど。

たまたま通りがかった商業施設内には既に誰もいない。エレベーターホールに置かれている紙袋を松田が覗き込んだ。
まさかこいつ、解体する気じゃないだろうな。刑事課の人間が解体したら監察官に呼び出しくらうけど。ちょっと、なんで自前の解体道具なんか出した?

最悪なことに予想は当たって、なにやらふんふん頷いた松田が解体準備に入った。ちょっと、と制止しようとした瞬間、キン、と血液が脳に吸い寄せられていく感覚。

甘い匂い。もっと奥からする。微弱な電波。発信機、違う。もっと別の――

「待って」

松田の腕を掴む。

「ンだよ、」
「――もうひとつある、それ」

こっち、と香りの強い方へ向かえば柱の影に同じ紙袋があった。中身を見れば、案の定同じ爆弾が入っている。ちょっと、警察犬かよ、って言ったの聞こえてるけど。

「お前のそれ、ほんと便利だよな……」
「……欲しくて出来たものじゃないから。それで、どう?」
「あー……こいつは随分と厄介な双子が来ちまったもんだ……」

松田の声を聞く限り、状況は芳しくない。
性質の悪いことに設置された2つの爆発物は互いがリンクしているらしく、互いの状態にズレが生じると時間にならなくても爆発する仕組みになっている。どちらかを片してからもう一方、という訳にはいかない。同時に同じ配線を切っていく作業が必要だ。
ミスれば爆発。しかも時限式。残された作業時間はみるみる減っている。時間が来ればミスならなくても爆発。

「あと9分、爆処で対応できるの?」
「決まってんだろ?同時に解体するっきゃねえよ」
「は?誰が――」

解体するの、と言おうとした瞬間、固く握られた拳が向けられた。拳の奥、いつのまにかあらわになった瞳が真っ直ぐに私を射抜いている。

「あん時、俺のこと助けてくれたお前なら大丈夫だろ。――信じてるぜ、なまえ」

いつしか、似たようなことをしたときに松田から向けられたのと同じだった。漫画みたいに拳をぶつけて、互いの無事を実感したときのことを思い出した。そういえばあの時もこうやって、松田の指示で爆弾を解体した。

事件のあと、本庁で会った松田の表情は警察学校時代に降谷や諸伏に向けていたそれと同じで、居心地の悪さを覚えたことを今でもはっきりと思い出せる。
私が、代わりになるわけにはいかないのに。あの2人の場所を、私が、取るわけには。

「――いや、乗せられて解体なんかしないからね。降谷じゃあるまいし」
「はじめんぞ、配置につけよなまえ。細かい指示は俺が出すから同時に切ってくぞ」
「結局こうなる……」

つまるところ警察官なのでこういう状況になれば体当たりしていくしかない。正義とはかくも便利な言葉だ。
スペアな、と松田から渡された解体道具を持って爆発物の傍に腰を降ろす。

『聞こえるか?よし、なまえ、始める前に言っとくが……』
「焦りは最大のトラップでしょ。いいから指示を」

かわいくねーやつ、とどこかに笑みを含んだその声を皮切りに道具が動き始めた。

結局、爆弾を解体し終えた私と松田は本庁にとんぼ返りして報告書と説教に追われる羽目になった。畜生、ベッドが遠い。





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