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SPな僕の幼馴染みと偽証身分で勤務する喫茶店で出会ってしまったんだが見逃してくれるよな??

僕には2人の幼馴染みがいる。
1人はギターも弾けて料理も出来る穏やかな性格の男だ。過去に色々あったせいで仲間の手を借りようとしない頑固な一面もあるけれど、周りや状況を見て冷静な判断を下せる頼もしいやつだ。
もう1人は夜露のような憂いを持つ女だ。皆が見ている前では、不遇も憂慮も全て飲み込んで、黙々と自分のすべきことをする実直なやつだ。まるで皆が寝静まっている間に大地を潤して、朝と共に消えていくような。
どちらも僕が尊敬してやまない、大切な幼馴染みたちだ。

たけど、僕はそんな幼馴染みたちとも距離を取らざるを得なくなってしまった。

警察学校を卒業後、この国の平和と安寧を守るための秘匿組織に配属された。公安警察の頂点となるゼロに所属することになったのはもちろん嬉しかったし、この国を守るという自分の信念を貫ける場所だから当然、やりがいも感じる。
その一方で、寂しさもあった。秘匿組織となれば、それまでの繋がりは可能な限り消さなければならない。警察学校の卒業名簿から公的な書類まで、ありとあらゆるところから降谷零という男は消えて行った。

当然、同期やヒロ、なまえとの繋がりも消すことになる。例外はない。
ケータイの連絡先を選択しては思いを馳せながら削除ボタンを押していく。松田やハギ、伊達たちは大丈夫だろう。希望された部署にも行けたようだし噂も聞く限り元気にやっている。ヒロとは少し前から連絡がつかないから、きっとそのうちどこかで会うことになりそうだ。最後、画面に表示された名前を見て削除ボタンを押す指先がぴたりと止まった。

もう1人の幼馴染みであるなまえだけが、少し心配だった。
いつの間にか、凛としてどこか近寄りがたい雰囲気を出すようになったなまえだ。配属された警護課では上手くやれているだろうか。ヒロと違って人付き合いは苦手だし、言葉少ないせいで勘違いされやすいところもある。実際、ぶつかりやすいハギとの仲はよく僕やヒロが取り持っていた。

でも、もうそれは出来なくなる。僕もヒロも、きっと深い闇の底に沈むから。

ケータイのアドレス帳からその名前を削除する。あっけなく消えた繋がりがなんとなく虚しくなって、思わずケータイを放った。
交友関係が狭い分、境界線の内側に入った相手に対しては柔らかくなる。その中でも特に僕とヒロは特別だった。僕たちがなにかの事件に巻き込まれたときに、怪我を手当てしてくれたのはヒロも多かったけれど、なまえにもずいぶんと迷惑を掛けた。
特に酷い怪我を負ったときのことだ。手当てしながら、なまえはぐっと眉間に皺を寄せていた。その時言われた一言は未だにずっと心に残っている。

『降谷は馬鹿みたいに真面目だから、無茶して早死にしないようにしなよ。宮野先生ほどじゃないけど……私だって簡単な手当てくらいは出来るから、……待ってるよ』

これはプロポーズだな??
自意識過剰だと思うけれど、なまえの交友関係や付き合いの狭さから考えるとそう捉えてもおかしくない。それくらいなまえは何かに執着しない。そんななまえが「待ってる」と言ったなら、それはもはやプロポーズと思うのもしょうがないと思わないだろうか。
いつかこれはヒロに自慢してやらないとな、と思う。僕たちの幼馴染みはこんなにも健気でいじらしい。

最後に会ったのは警察学校の同期で飲んだときだったか。僕もヒロもまだ外を歩けた時だ。疲れた様子を見せながらも黙ってビールを飲むなまえの怪我に触れた。なまえが怪我をしてどうするんだ、と笑ったっけ。

それが、僕が「降谷零」としてなまえに触れた最後だった。




潜入捜査が始まれば、自然となまえのことを考える時間は減った。
泥と血を啜って、伸ばされる手を払って、その手を踏みつけながら進む。潜入した組織の幹部になるためにはなりふり構っている余裕はなかった。ふいに湧き出てきそうになる、あの手のぬくもりを無理矢理忘れるように生ぬるい血と臓腑の温度で上書きをする日々。

望んだことだ。この国を守る。なにより、あらゆる情報が集まるゼロにいればいつかあの人の情報が入ってくるかもしれない。僕には、理由も、大義もある。

半ば自分にそう言い聞かせて引き金を引いた。助けられる命が全てじゃない。出来るだけのことはしてきたつもりだ。けれど、ドラマや漫画のように絶対的な力で全員を救うことなんてできない。

いずれ罰が下るだろうから、それまではこの国にすべてを捧げることを許してくれ。
免罪符にもならない言い訳と覚悟を重ねて、夜を越えて。黒く染まっていく僕を灰色に押しとどめてくれるのはなまえの、待っているという言葉だった。

ほの暗い沼の底で汚泥に紛れている自分を見たら、なまえはなんというだろうか。それでもまだ、同じことを言ってくれるのだろうか。
図らずも同じ組織に潜入することになったヒロとはそんな話を時々する。いつかまた、みんなに、なまえに桜の下でただいま、と言うんだ。寄る辺なく漂いそうになる気持ちに楔を打って、ほんの少しの安寧と夢物語を心に潜ませる。

放った弾丸は、寸分の狂いもなく裏切り者の心臓を打ち抜いた。射撃の腕は、なまえの方が上だったな。そんな過去に思いに浸りながらバーボンは樽の中で静かに時を待つのだ。





「そうなんですよ〜!安室さんってば本当に女子高生に人気で!この間なんて私またネットで炎上しちゃって……」
「へえ……」

―――はずだったのに!どうしてこうなった!

くそ、と両手を机に叩きつけたい気持ちになった。
目の前でコーヒーをずず、と啜ったなまえが何か言いたげな視線で僕を見てくる。
ポアロで梓さんにシフトを変わって貰ったある日、思いのほか早くに事件が片付いた。流石に申し訳なさが立ったのでお詫びの品を片手にポアロに戻れば、そこにはあの日以来姿を見せなかったなまえがいた。

相変わらずのスーツ姿とくたびれた様子からしてをおそらく対象保護の夜勤明け。とにかく何か口に入れたくてポアロに来たんだろうことは予想がついた。ガラス張りのこの店は入る前に店内に誰がいるか確認出来るし、僕に来いと言われていたから来たんだと思う。が、それにしては来るのが遅くないか。いやそんなことよりも!

エプロンを着けて厨房から出た途端に向けられる視線はとても冷たかった。なにしろ話題が最悪だ。なまえ、誤解だ。違うんだ。聞いてくれ。いや潜入中だし説明なんてできないが!!

「お、おや、なまえさん……ご来店ありがとうございます。梓さんもいつもすいません」
「どうも」
「安室さん!もう事件は解決したんですか?急にシフト変わってくれって言うから焦っちゃいましたよ!」

用事なくてよかったです、と言ってにこにこ笑う梓さんに申し訳ない気持ちと怒っていなくてよかった、と安堵する。ふと、なまえからの視線が先ほどよりもじっとりと僕を突き刺していた。

「……安室さんって、そんなに事件解決に行かれるんですか」
「ええ、そうなんですよ!安室さんは毛利探偵の助手をされている探偵なんです」
「へえ……」

梓さんがすごいでしょう、と言わんばかりに僕の説明をし始めた。あ、あ〜〜〜〜。待ってくれ、梓さん、ダメなんだ、なまえにそんなことを言ったら、絶対に極寒の目で見られ……ほら!すごく冷たい目をしている!
ちが、違うんだ……約束を破っているとかそういうことでなく……!ちゃんとその分梓さんとシフトは融通しているし、マスターも問題ないと言ってくれているし、これは、そう、全部忍んでいない組織と堂々と変装して歩く赤井が悪い!

この間だってそうだ。俺の大事な幼馴染みに絡みやがって……!ヒロなんか会いたくても会えないのに赤井(推定)が平気な顔をして絡んでるせいで乱心だったんだぞ……!というか俺やヒロよりも長く話すとは一体どういう了見だ?俺なんて数年振りなんだぞ!?

目の前で猛烈な勢いで絡んでいた赤井を忌々しく思っていたら、あっ、と梓さんが声を上げた。つられて時計を見る。まずいぞ、この時間は……!

「そろそろ来るんじゃないですか?安室さんたち目当ての女子高生たち!私も大人しくしなくちゃ…」
「女子高生……へえ……」

やめろ!!そんな目で俺を見るな!!
なまえ、なにか言いたいことあるならはっきり言ったらどうなんだ!女子高生にキャーキャー言われて喜んでないでちゃんと迷惑掛けずに働けって言いたいんだろう。僕が女子高生に相手に喜ぶと思うのか!?僕はどちらかというと身を粉にしてもちゃんと自分の使命を全うする人の方が好きだが!?
流石にそれは言えないので、ひきつった笑いでなんとか乗り越えようとする僕に、さらに悪魔が微笑んだ。カラン、と店のベルが鳴ってきゃらきゃらと高い声が響く。

「こんにちは〜」
「やばっ、あむぴ今日もめっちゃカワイイ〜」
「あむぴ〜!」

あああ来てしまったよりによってこのタイミングで!
思わず今日は閉店ですと言いたくなったが、ここまで積み上げて来た『安室透』地位を崩す訳にはいかない。不審な行動をとればどこからか話が流れて、また赤井(推定)がなまえにちょっかいを掛ける可能性もある。
なまえの前だが、くそ、やむを得ないか……!僕を見くびるなよ、と覚悟を決めてテーブルへ颯爽と向かう。
こうなったらいつも以上にサービスをして女子高生たちにはさっさと帰ってもらおう……!三徹していようが関係あるものか。公安の力を見せつけてやる!

「お嬢さんたち、こんにちは。今日もハムサンドでいいのかな?」
「あむぴの作るハムサンド美味しいからちょー好き!お願いしまーす」
「うちら常連だからもう顔パスじゃん〜」
「あはは、とっても光栄です。もちろん、大切な常連さんですよ。いつでもいらしてくださいね」
「ゥッ」
「ウインク……!?」
「はわわ」

テーブルの上に崩れ落ちた女子高生たちに過剰なサービスを供給して無理矢理オーダーを取る。大体オレンジジュースとハムサンド用意しておけばいいだろう。飲み会でビール以外の人ー!の要領で、幹事のようにこちらから半ば強制的にオーダーを決めた。見る人が見ればやや雑な対応に見えるかもしれないが、なまえに分かってもらうならここまでしておくべきだ。

よし、これでなまえにも理解してもらえただろう。さっきは色々と動揺してしまったが、この光景を見てフォローをすればなまえならわかってくれるはずだ。
そう思ってカウンターへ視線を向ければスーツの背中が移動していた。

「お会計お願いします」
「はーい!なまえさん、今度またいっぱいお喋りしましょうね!」

帰るな!!!

いや、このまま見られるよりはいい……のか?いやどっちにしろ俺に興味が無さすぎるだろう!幼馴染みじゃなかったのか!?
俺もヒロもなまえのこと大好きなのにどうしてそういつも塩対応なんだ……!
いや、俺はなまえのそういう靡かないところとか芯をしっかりもっていてブレないところとか、その合間に時々見せる女らしい可愛い仕草がたまらなく好きだが!?ヒロとも硬い握手を交わすくらいには好きが一致してるし、見れば「は?可愛い?俺の幼馴染み最高では?」ってキレそうになるぐらいには好きだが!

そう思いながらも、ありがとうございました、という梓さんの声に送られてなまえは颯爽と出ていった。行ってしまった、とガラス越しに見送っているとすぐ店の前で横付けされた黒い車に乗り込んだ。本庁の車らしい車両に乗り込むなまえの横顔がちらりと見えた。

俺の幼馴染みがクールで最高にかっこいい……!見たか?あの完全に仕事モードに変わった表情。寝不足の脳に良く効く……!

握ったお盆がミシッと悲鳴を上げた。「いま変な音しなかった?」「つーかあむぴどうしたの?瞳孔開いてね?」「雄みつよい……」という女子高生たちの言葉にハッとする。

……いや、今すごく降谷零だ。全然安室透じゃない……。

途方もない敗北感を味わいながら厨房に向かう。三日分の徹夜の疲れがどっと肩に乗ったような気がした。ヒロ、俺は頑張ったよ……。





「なまえさんじゃないですか」
「……安室さん」

梓さんから引き継ぐようにポアロに出勤するとなまえが1人でカウンターに座っていた。
珍しく私服を来ているなまえを見て、休日にわざわざ来てくれたのか、と少しだけ心が弾む。本人は少しだけ嫌そうに顔を歪めていたけれど、変わらずにコーヒーを口に運んだ。
ずいぶんと冷め切ったコーヒーを飲んでいるらしい。おかわりはどうですか、と言うとこくり、と頷いて、両手でカップを差し出してきた。本当に可愛らしい。コポコポとお湯が沸く音とエアコンの音だけが店内に落ちる。

「どうしたんですか、珍しいですね。わざわざ僕のいる場所にいてくださるなんて。夢のようです」
「……仲良くなった喫茶店の店員の顔を見に来ただけです」

そう言うとなまえは僕の視線から逃げるように目を閉じた。なまえの癖だ。何かに耐えるように目を閉じている姿は辛そうに見えるが、実のところはその鋭利な感覚を極限にまで研ぎ澄ましているに過ぎない。それを知っているのは僕やスコッチだけだけれど。

目を瞑ったなまえは動かない。何を探っているんだろうか。瞼の下のその瞳には何が浮かんでいるんだろうか。そう問いかけるよりも先に、手がガスの火を止めていた。

仲良くなった店員は、きっと梓さんのことだろう。いつの間にそんなに仲良くなったんだろうか、と少しだけチリ、と何かが内臓の縁を焼いたような気がした。

「わざわざお休みの日に、顔を見せにくるほど仲良くなられたんですか。なんだか、少し妬けてしまいますね」

なまえは目を閉じたままだ。こっちを見てくれない。折角会えたのに、どうして目を瞑っているんだ。なまえの瞳が見たい。真っ直ぐで、曇りひとつない高潔な意思を秘めた目が見たい。
コツ、と踵が床を叩く。カウンターから出た足が一定のリズムでフロアへ向かう。

ずるい。ずるい。ずるい。僕はなまえに会えないのに。会いに行けないのに。梓さんはいいのに、コナンくんはいいのに。
どうして僕は駄目なんですか。なまえとスコッチは、僕の唯一なのに。僕はこんなにもなまえを求めているのに、どうして貴女は応えてくれないんですか。

「ふる、……っ」
「静かに……」

目の前にある僕よりも華奢な肩に触れる。指で優しく、なまえの輪郭をなぞってやれば、ひく、とその肩が跳ねた。指先で、指で、掌で覆うようにしながら、なまえの手先に向かって腕を伸ばす。

小さくはない。鍛えているから、しっかりとしている。でも触れる曲線はどうあっても女性のそれだ。柔らかくて、甘い匂いがする。でも、触れた指先には細かな傷痕やタコが出来ている。その一つひとつが愛しくてその指に自分のものを絡めた。
密着して近くなった耳に直接吐息を吹き込むと、さっきよりも盛大に肩が跳ねて仄かに甘い声が落ちた。

「もっと仲良くなったら、僕に会いに来てくれますか?」

狡い人。意地悪な人。愛しい人。
ねえ、貴女のぜんぶ、僕の中に溶かしてくれませんか。同じ樽の中で、じっくり時間を掛けて溶け合ってひとつになれたらいいと思いませんか。
怖い思いも痛い思いもさせませんから。ただ、僕にずっと美しいその瞳を見せてくれれば、それ以上は何も望みません。だから。

「ねえ、なまえさ――」


「お前、誰だ」


その冷ややかな声にざあっ、と身体中の血液が下がっていく気がした。
心臓の奥に弾丸を打ち込まれたように、全身の筋肉が硬直した。誰だ、なんてそんなの。安室、降谷、違う、今の僕は、あの琥珀色の。僕は僕だと、そう言いたいのに心臓が早鐘のように鳴り響いて、何の音も出せずに唇が震える。

「――っ、すいません、こんなこと、お客様に」

だめだ。これ以上近づけば、きっとなまえを巻き込むことになる。
ヒロはいい。もう潜っている身だ。でもなまえは違う。なまえはSPで、ずっとそれに憧れて警察官を目指して、ようやくその夢を掴んだんだ。それを僕が邪魔する訳にいかない。
なまえをここへ呼んだのは僕だ。2度と来ないでくれということもできたのに、来店を待つなんて言ったのは僕の弱さだ。昨日だって、僕は罪のない命を守れなかった。
弱くては全て取り零してしまう。僕の好きな人を、この国を守ることは出来ない。だから、言わなければ。もう此処に来ないでくれと。

そう口にしようとした瞬間、手に柔らかい何かが触れた。さっきなぞったかさぶたの感触が指先の皮膚を掠める。触れているのは、なまえの手だ。思わず視線を落とす。間違いない、なまえに、手を握られている。ぶわ、と体の奥のどこからでもない腹の底から、言い知れない感情が沸き上がる。

かなわないな。

音もなく口の中で言葉を転がす。幼い子供がはぐれないように手を繋ぎ合うような、淡い楔。
思わずその背中に視線を飛ばしてもなまえは何も言わない。けれど、それで充分だった。ここに繋ぎ止めるような、少しだけ低い温度があれば。





「折角なのでなまえさん、僕ともっと仲良くなりませんか?」
「お断りします。お会計を」

くそ、つれないやつめ。まあ、なまえはそこがいいんだけど、と思いながらお金のやりとりをする。「長く引き留めてしまってすいませんでした」と言えば、なまえが何か言いたげに口を微かに動かした。なんだろうか、と見ているとフイ、となまえが顔を背けた。

「……仲の良い店員の、元気になった顔が見れたので充分です」

は??

呆然とする僕にその言葉を残して、なまえは颯爽と店を出ていった。仲のいい店員。それって、まさか梓さんじゃなくて。
外には麗らかな日差しがさんさんと降り注いでいる。それ以上に、外の景色なんか吹き飛ぶような嵐が時間差で襲ってきた。
行き場のない感情をどうにかやり過ごすために思わずカウンターに腕に叩きつけて顔を覆った。心臓がギチギチと音を立てて痛むのを堪える。

「――っくそ……!今すぐ追っ掛けて撫で回したい……!」

どうしよう、ヒロ、俺たちの幼馴染みがこんなにもかわいい!!





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