長女とチンピラ


屋敷を進むと、イルトの向かう先から破壊音が聞こえてきた。

イルトが向かうのは東棟の2階だ。目的の場所に向かうに従い、死体の数も増え、血の臭いが濃くなっていく。
中々に気性の荒い先客のようだ。死体の痕跡を見るに、殺しに対する美学は全く感じられないから、きっと殺し屋ではない。反抗勢力の襲撃か、盗賊か。

いずれにせよ、まだターゲットが殺されていなければ良いのだが。イルトは足音を殺して素早く目的の場所へ向かった。





たどり着いた東棟2階に通じる階段には、2人の男がいた。
男達は今も交戦を続けていて、互いに目の前の敵に集中している。絶を行い、物陰から彼らを観察するイルトの存在はまだ気づかれていない。

片方はスーツに身を包んだ男で 、おそらくだが、この屋敷の人間だと思われる。なぜなら、もう1人が町にいるようなチンピラの風体をしていたからだ。眉なし、ジャージだなんて、こんな立派な屋敷の人間が許すはずもない。

そうは言っても、所詮イルトも館主の命を狙う不届き者である。どちらもイルトにとっては邪魔な存在である。早く共倒れになってしまえ、と念じた。

眉なしの雄叫びと共に、スーツの男が死んだ。ジャージは中々のオーラの持ち主だった。質は荒いが、量は多い。滅多に見ることのないレベルの実力者だった。イルトと同等かそれ以上か。

あの発を見る限り、ジャージが強化系だとイルトは推測する。回転させた腕の回数に応じて、オーラの量も比例していたところを見る限り、おそらく推測は正しいだろう。
一筋縄ではいかなそうだ、と意を決してイルトは絶を解いた。


「こんばんは」


イルトの言葉に、ジャージが驚いたように振り向いた。ギロリ、と睨み付ける眼光は間違っても堅気の人間ではない。絶を解いたイルトに対する男の警戒は限界まで上がっているようだった。

「テメェ…誰だ」
「理想的な反応ありがとう。そしてそれ聞いてなにになるの?君、あんま興味ないんじゃない?」
「…ねぇな。てめーがなんだろうと、倒しゃいいだけだ」

ニヤリ、と笑った男にイルトも笑う。こういうところでなければ、なんとなく気が合いそうな気がした。猪突猛進型の典型的な強化系は、難しく考えなくて済むから、イルトとしては気が楽だった。

「いやだな。私に勝つつもり?」
「あ?あたりめーだろ」
「立派ですこと。まあ、こっちもビシネスなんで容赦はしないけど」
「てめえ…結構強えな?」
「どーでしょう?それは君自身が体験してみたらどう?」
「言われねーでも、そのつもりだ!」

にやりと笑って、イルトはジャージを挑発する。それに容易く乗ったジャージは拳にオーラを纏い、放った。

強化系の強さは、オーラの込めることによる純粋な肉体の強化だ。当たれば大きなダメージは免れない。しかし当たらなければ問題はない。
いまのところ、イルトは彼の攻撃を交わすことが出来るが、それにしてもあのオーラの量は脅威である。ガードをミスれば致命的なダメージを受けかねない。

「うわ、いきなりか!」
「どうしたオラ!かかってこいよ!」

攻撃を交わし、合間に反撃を繰り返す。お互い肉弾戦は慣れたものだった。一瞬の間に幾重の拳とガードが行き交う。イルトの靴に仕込まれた暗器がジャージの肌を傷つけたり、イルトの頬をジャージの拳がかする攻防が続いた。

どれくらいが経過したか。一撃入れることは勿論、確実な決定打が与えられないのは男もイルトも同じである。

いくつもの応酬を繰り返すが、これ以上は埒が明かない。
念の効力が切れる前に、とイルトは自分の念能力を無理矢理発動させた。イルトの能力で体の動きを止められた男が、動揺したその一瞬を見逃さず、イルトは男の首筋に手刀を叩き込んだ。

「っ…が!」

ドサ、と崩れ落ちた男を一瞥する。男の意識は無かった。しかし死んでいる訳ではないようだ。うむ、やはり強化系はしぶとい。

イルトが放ったのは常人なら一生起き上がれない強さの手刀だった。いくらこの男がタフでも、今日一日は使い物にならないはずだ。男もとっさの判断でガードしていたようだが、それ以上にイルトの攻撃は男に大きなダメージを与えたようだった。

イルトの能力には制約が面倒なものが多い。普段なら攻撃をする片手間や攻撃に移る前に能力の条件を満たすのだが、今回はそれが出来なかった。そればかりか、条件を充分に満たせず、ギリギリのところでしか発動出来なかった。

正直、ここに来るまで大分舐めていた。二流のコソドロだと思っていただけに、ここまでの強敵がいるとは思わなかったのである。
ここの主が死んでいる可能性が上がったことを感じて、イルトは残骸となった扉の前に立った。

あーあ、めんどくさいなあ、とイルトは顔を覆った。




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