長女、再会を避ける



まずい。いわゆるピンチだ。

学部内で変人の名を欲しいままにする友人の行動力を、イルトは誰よりも分かっている。彼女はやると言ったらやるし、やらないと言ったら例え将来が関わってもやらない。
だからこそイルトは一刻も早くこの場を去ってくれと願った。

普通、例えその席に知り合いが居なければ。
イルトなら、まずは友人に連絡する。もしくは諦めてこの店で友人を待つ。別にその席はイルトの特等席でも何でもない、ただの美術館のカフェの一席だからだ。

だからこそ、友人の行動はイルトの予想を斜めに行くものだった。

「あの、すいません、ここに銀髪の女の人居ませんでしたか?」
「いえ、見てませんよ?」

内心でだくだくと汗が流れる。
こいつ、なんでよりによってわざわざ聞いてくるんだ、とイルトは内心で頭をかきむしりたい衝動に駆られた。
なるべく隣の男に情報を与えたくないイルトとしては、印象を残したくないというのにこの女。

そうですか、と残してああよかった、と落ち着いたのも束の間、友人の発言にイルトは今度こそ勘弁してれ!と叫びたくなった。

「やっぱり来てないみたいですね…」
「そうか、それは残念だ…電話しても出ないの?」
「あ!そうですね!電話してみましょう!出るかも!」

余計なことを言うな!とイルトは思わず立ち上がって怒鳴りたかったが、勿論堪えた。
普通電話だろう、というかもう本当に余計なことを、とイルトは米神をさりげなく撫でた。最早頭痛が痛い。

現状は手詰まりだ。
此処でこの場を去ればあからさま過ぎるし、いまこのタイミングで電話を弄ろうものならあの男の警戒網に確実に引っ掛かる。恐らくイルト=この間の女という図式は成り立たないだろうが、あれだけの盗賊の頭である。頭の回転は相当早いはずだ。余計な印象を残して今後の仕事に差し支えることだけは避けたい。

あー、終わった。とイルトが友人の手が携帯に伸びるのを見て、イルトは腹を括った。

ズボンの中の携帯が震える。着信を見ると、イルトは迷いなく電話に出た。

「もしもし」





「うーん、やっぱり出ませんね」
「そうか…なら仕方ないな」

友人の声を遠くに聞きながら、イルトはカフェを出てすぐの柱に寄りかかった。間一髪、とイルトは安堵の息を溢す。

その様子に電話の相手、イルミは訳が分からないながらも、またトラブルに巻き込まれたのだろうと見当を着けた。

「いや、助かった」
『なにしてんの、仕事じゃないだろ。というか何その気持ち悪い声』
「…トラブルに巻き込まれて」

やっぱり、とため息をついたイルミに、内心でため息つきたいのはこっちだと乾いた笑いを溢した。用件を聞けば、今度の仕事に関して父が話したいとのことだった。イルトはあまりのしつこさに父を着信拒否しているので、イルミ経由で仕事の話はよくあることだ。

そのままイルミの話に耳を傾けていると、前を友人とあの団長が通りすぎて行った。ああやっと諦めてくれたか、と一瞥するとじっ、とこっちを見る団長と目が合った。ありえん、とイルトは見なかったことにした。バレている、とは考えにくい。しかし、あの視線の意味は。

「…やめよ」
『は?なにが?ちゃんと聞いてるのオレの話』
「聞いてる聞いてる」

この出来事が決定打ではないものの、イルトは覚悟しておくべきだった。あの視線の意味を。自分の放った言葉の価値を。




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