長女、ナンパされる


さて、家出も数年経ち、イルトはとある街で大学の3回生になっていた。まわりはそろそろ自身の将来について考え、就職活動を始めていた。
しかし、イルトは会社に入って働くなどという考えは全くなかった。

今まで通り、お金がなくなったらそういう仕事をすればいい。
そんな考えを持つあたり、結局どこまでいっても自分は闇側の人間なんだと、イルトは苦笑した。

しかし、そこから抜け出す気が無いのも確かだ。暇があれば知り合いのハンターのところに転がりこんで、なにか手伝いでもさせてもらおう。イルトは意外と成せば成る思考の人間である。

昼から籠っていたファーストフードを出ると、当たりは既に夕闇に包まれていた。漸く教授が待ちわびているだろう課題の提出が完成したが、提出はもう明日でいいや、とイルトはそのまま帰路に着いた。たぶん教授は泣いているだろうけど、知らないことにしよう。

今日の晩御飯は何にしようかな、と考えながら家路を辿る。今日も実に平和な1日だった、とイルトは笑みを浮かべた。

「ねえ、銀髪の君」

イルトは上機嫌だった、その声が掛けられるまでは。突然声を掛けられ、イルトは内心で溜め息つく。ナンパだ。もう慣れたが。

「無視しないでよ、わかってるんだろ?」
「…なに」
「なんだー、やっぱわかってんじゃん!」

声色が一気に明るくなった。しかし、振り返りはしない。振り返ったが最後、ナンパをしてくる奴らにはこちらの話を聞かず喋り倒すという習性がある。こういう手合いは無視に限る。いつも通り無視を決め込んだイルトだったが5分後に後悔することになる。

5分経ってもだらだらと付いてくる彼に、そろそろイルトの神経も限界を迎えた。いくらなんでも、これはしつこい。

「ナンパはお断りですけど?」
「あれ、つれないのー。そんなこと言わないで、俺と遊ばない?ご飯ぐらい奢るよ」
「お生憎様、私はそんな安い女じゃ…!」

なんだ、こいつ。

振り返ったイルトが思ったのはまずそれだ。金髪碧眼。異国と王子と違えるような容姿に、甘いマスク。そこには顔だけなら超が付くほどの優良物件がいた。
それがイルトにとってただのナンパ野郎ならば、どれだけましだったことか。

なんだこいつ、結構な手練れじゃないか…!

オーラを見ずとも雰囲気で分かる。相手は相当な実力者だ。イルトは愕然とした。なんだってこんな何もない街に。

「? オレの顔になんか着いてる?」
「や…知り合いに似てて」
「そうなの?こんな美形なかなかいないと思うけど」
「…それは大変失礼を」
「いーよ、一食付き合ってくれれば」

言い返せないうえに、その言葉。イルトは渋々頷くしかなかった。





「へえー、じゃあ大学生なんだ」
「ええ、まあ…あの、貴方は?」
「そういえば、まだ名前言ってなかったね。オレはロルフ。君は?」
「イルミです」
「イルミっていうんだ、美人ってよく言われない?」

許せ、イルミ。姉ちゃんの為だ。どうしてこうなった、とイルトは頭を抱えた。元を辿ればあの一瞬、怯んだ自分が悪いのだが。

イルトは隙を見て相手、ロルフを気絶させてさっさと帰る予定だった。しかし、なかなか隙を見せないのは実力相応というか。結局ずるずると夕食からこのバーまで来てしまった。

それと同時に、イルトの神経疲労は限界だった。このまま行けば、最悪の展開になってしまうのではないか、という焦りがイルトに生まれた。さりげなくホテルのある歓楽街へ誘導されつつある。行きずりの男と一夜、などイルトとしては絶対に避けたい。

「はは!君面白いね」
「そうですか?あまり言われませんよ」
「結構向こう見ずなところあるでしょ?感情的とでもいうか、知り合いとの情に流されやすい。そんな感じがする」

ロルフの手が机を滑ってイルトの手に添えられる。ぞわ、とイルトは背中に感じ、内心でもう我慢ならない!と叫んだ。

もういい。なにがなんでも帰る。この際このあとのことは考えない。そう、イルトがロルフを気絶させるべく首筋に手刀を入れることを決意した、その刹那。ロルフが、ニコリ、と笑った。

「それで、君の本当の名前は?」

次の瞬間、刹那の殺気とと共に僅かな音が洒落たバーの奥まった席にだけ響いた。一瞬でイルトの両手はギリギリと握られ、完全に動きを封じられていた。

「やっぱりね、同業者かなとは思ったんだけど。カマかけて正解。随分と威勢のいい」
「最初から気づいてたってことね…。大した演技力ですこと。あんたも偽名でしょ」
「バレてた?君も大した役者じゃん。ま、その威勢もいつまで持つかな」

そう言って、目の前の彼は笑う。その直後、イルトの体から力が抜けた。

「…っ」
「ああ、効いてきた?遅効性の催眠薬と弛緩剤あとちょっとした媚薬なんだけど…いいね、その顔」

イルトの顔を見つめ、男はにこりと笑った。悔しさに染まった顔を見ていい、と言う辺り大層な趣味を持っているとしか思えない。

「ちょっとホテルまで我慢できそうにないから、味見させてもらうよ」

そう言って、男はイルトを引き寄せ、その唇を自分の唇で塞いだ。力が抜け、されるがままなイルトをいいことに、そのまま舌を捩じ込み、口内を蹂躙する。

歯列をなぞり、舌を絡め、唾液を吸う。
耳障りな水音が、狭く、隔離された一角に絶え間なく響いていた。

「…ん…っ…」

男のテクニックに、イルトも少し喘ぐが、男がイルトの瞳を覗き込んだ瞬間、イルトは妖艶に笑った。男がその笑みに不信感を覚えた直後、男はがく、と崩れ落ちた。

「残念、薬を使うのはあんただけじゃないの。おわかり?って言っても意識は無いだろうけど」

意識を失い倒れた男にイルトは笑う。なんてことはない。奥歯に仕込んだ速効性の強烈な睡眠薬を飲ませただけだ。しかし、イルトにも完全な耐性があるとは言いにくいため、勝負は早くつける必要があった。こうも容易く乗ってくれるとは。

やはり顔は良くても下半身で考えるのは男の性か。イルトはそう思いながら、男の財布を見る。シャルナーク、と書かれたライセンスが出てきたのを確認してから、イルトは足早に店を去った。もちろん支払いはあのシャルナーク持ちだ。およそ2時間ぐらいで起きるだろう。

「しつこい男は嫌われてよ?お兄さん」

そんな言葉だけ残して、イルトは帰路を急いだ。




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