探さないで下さい会いにいくから

「よお……名前……生きてっか……」
「大変そうだね機動隊」
「いやお前もだろ……死にそうなツラしてんじゃねえか」

喫煙室帰りの匂いを漂わせて、自販機コーナーで出くわした松田は哀愁誘う表情をさせていた。げっそりしている。相当キているようで、いつもの煙草よりもタール量を増やしたようだ。無理もない。この時期の本庁はどこも同じような顔が列をなしている。不健康の万博博覧会でもここまで酷くはないだろう。まあ、私も似たようなものらしいが。自覚はある。帰りたい、家に。

「萩原も今仮眠室で死んでるし、班長も立て続けに事件事件で1週間帰れてねえってよ」
「誰から先に死ぬかな……」

夏の盛り。東都で一番大きな花火大会が開催されるまで残り2日を切ったところだ。毎年数十万人規模で行われる花火大会は、街に活気を呼ぶ夏の一大イベントである。警視庁は現在進行形で屍を積み上げていた。
だが警視庁とてイベント警備など普段から常に行っている。さらに松田達現役の機動隊員はともかく、私だって交番勤務の際には「とにかくいってこい!」と応援に派遣されたので、今更緊張も高揚もなにもない。うんざりはするが。
だが、松田や私たち本庁の人間が不眠不休の過酷な労働のすえ、仮眠室に屍を並べているのはそれだけが原因ではない。

問題は、その花火大会の開催地が米花町であることだ。

この時期、米花町には多くの人が集まる。ただでさえ犯罪発生件数が群を抜いている街に余所者が流れ込むとどうなるか。あとは小学生でも分かる掛け算だ。
花火大会がきっかけで動機の全く理解できない殺人事件が発生し、怪盗キッドの偽物が大量発生し、この真夏にロングコートを着た真っ黒な不審者がいるというどうでもいい通報が寄せられる。結果、出来上がる山のような報告書と浮足立つ犯罪者と、歩く屍と化す警察官だ。これが地獄と言わずなんと言おうか。

「つうかSPも現場かよ」
「大抵の護衛対象は地元に帰ってるから県警のSPに引き継いでる。余った人員が回されてるだけ」
「そこで休めって言わねーのがポリ公だよなあ」

警察に盆休みなどもはや関係ない。大型連休、お盆、年末年始すべての行事は休むどころか繁忙期である。子供の頃は夏と言えばイベントばかりだったが、祭りも花火も海も縁遠くなった。最後に一緒に見に行ったのはいつだったか。そのとき、隣にいた2人が一瞬頭を過るが、どこで何をしているかも分からない。ただ、この人の入りであれば忙しくはしているだろう。
鋼のようなメンタルの強さを思い返しながら死んでないといいな、と思った。善良なものに紛れて良くないものが入り込むのはこういうときだ。大きなトラブルを未然に防ぐことが出来てしまう部署は特に苦労するだろう。

「今日当直?」
「いや、萩原も俺も未決処理終わったら帰る。あとひと踏ん張りってとこだな」
「そう」

自販機のボタンを押すと、大きな音を立てながらエナジードリンクが落ちて来る。立て続けに3つを回収して全部で4本になった缶を手に取る。すかさず、松田が可哀想なものを見るかのような視線を送って来た。こいつ死ぬんじゃないか、と言いたげである。
送られる視線を無視して、そのまま3本を松田に渡すとサングラスの奥の瞳が丸くなるのがわかった。

「伊達と萩原にも渡しといて、じゃあ」

ぽかんと口を開けた松田を放置してそのまま自販機コーナーから離れると、後ろから何か呻き声のようなものが聞こえた。




花火大会当日は、懸念されていた通り雨もなく雲一つない晴天となった。打ち上げ時間が近づくにつれ徐々に人が増えて来て、交通規制の設置だのケンカの仲裁だので、次第に忙しなくなりはじめた。
私が配属されたエリアは花火会場の中心から少し外れていて、まだ人同士がすれ違う余裕もある。会場近くはもう人でぎちぎちだろう。
有難いことに現時点では大きなトラブルの発生もない。花火の打ち上げが始まれば混雑するだろうことはわかるが、それでもこのまま大きなトラブルがないようにと祈った。
どうやら、それがまずかったらしい。

「おや、名前さん、奇偶ですね!今日もお仕事ご苦労さまです」
「……ええ、まあ」
「彼を紹介しますね!彼は――」
「大丈夫だ、安室。久しぶりだな、名前さん」
「……………………どうも」

目の前でニコニコ笑っている2人の男の言葉になんとか返答を返す。ここ数週間で一番酷い顔をしかめっ面を見せたが、本人たちは都合よく見なかったことにしたらしい。都合が悪くなると力押しするのは片方だけで十分だったのに、今は2人してこれか。降谷はさておき、諸伏も今の部署に配属されてから磨きがかかった気がするが、気のせいだと思いたい。ブレーキとアクセルは両方あって初めて車になるんだ。アクセルだけにすればただの違法改造車だ。

というか、諸伏、あんたはしばらく外出れないんじゃなかったの?降谷は相変わらずその胡散臭い安室をやっているのか……。そもそもこんな人通りの多いところに出て来て平気なのか。

思わず胡乱な視線を送る私を無視して、降谷と諸伏はベラベラと自分たちの状況を伝え始めた。聞いてないが。

「お友達と約束がありまして」
「良ければ名前さんも一緒にどうですか?」
「職務中ですが?」

どこをどう見たら遊べると思えるんだ。こうなってくるとそのオトモダチとやらが容疑者の隠語にしか思えない。是非とも健全な関係であることを祈らせてほしい。
降谷は使えるものはなんでも使う公安の鑑のような人間である。こいつは使うと決めたら私も使うはずだ。いつぞやの暗号を使って強制的に情報共有をしてこないところを見ると、そこまで切羽詰まった状況ではないらしい。ならこのまま帰って欲しい。何事も起こさず。

「はは、振られたな。安室」
「相変わらず連れなくて寂しいです」

穏やかに笑う諸伏とやれやれと言わんばかりに首を振る降谷にため息を零したくなった。
何言ってるの、あんたたち。悪態をつきたいのを我慢した瞬間、遠くで拍手と破裂音がして思わず振り返った。直後、腹を揺らす轟音が腹の奥に響いた。

ひゅるるる!!ドーン!

夜空が照らされるたびに歓声が波のように鼓膜を打つ。辺りを見回すとその場にいる全員が空に開く華を見上げていた。浴衣姿の女性2人が口にしているだろう音は花火の音にかき消されて聞こえなかった。よほど近くで、聞こうとしなければ聞こえないだろう。

「3人でこうやって花火を見るのは久しぶりだな」

そう思っていた瞬間、すぐ近くからそんな声が聞こえて来た。思わず向けようとした視線を無理矢理周囲に固定する。はあ、と今度はため息を隠さずに零す。ドン、とまた大きな音が鼓膜の奥まで震わせる。

「……いいわけ、急に戻っても」
「これだけ大きい音なら大丈夫。俺もゼロも唇もなるべく動かさないようにしてるしな」
「左様で」

降谷に続いて諸伏までもが作り物の口調ではないそれで話してくる。周到に公安仕込みの技術すら使ってくるのだから私から言えることはもうない。私も2人にならってなるべく唇を動かさないように話をする。最低限、ここにいる3人にだけ聞こえるくらいの声量だった。一瞬で消えて行く光を見ると、脳裏に記憶が甦る。

入道雲が立ち上って、暑くて、そわそわと胸が逸る感覚がずっと続いていた。大きな音と、昼とは違う色とりどりの光が焼き付いていた。両手に感じる熱が、夏なのに温かかくて。どうしてか夜空を彩る美しさよりも、その温かさばかりが記憶に残っている。

「――懐かしいな」
「うん、懐かしい。……また3人で見たいな」
「当日は現場に決まってるでしょ」

連発した花火の音で、会話が途切れていた。少しして再び戻った会話からは昔を懐かしむような声色が滲んでいた。
懐かしい、と零す降谷といつかまた見たいという諸伏が両側にいると、どうしても昔を思い出す。諸伏の言葉にも降谷の言葉にも同意は返せなかった。
警察にいる以上、3人でのんびりというのも難しいだろうことは分かっている。ましてや、この2人は特殊な任務中だ。私も、部署柄いつ運悪く死ぬか分からない。だから。

「――今だけでも、充分」

あるかどうかもわからない未来より、今ここで、こうして3人で見ていられるだけでもマシだ。
ひっそりとそう零した瞬間「あ〜〜〜っ」と半分叫びながら隣に立っていた降谷が胸を抑えて、諸伏が顔を覆った。声はひときわ大きな花火の音にかき消されてものの、急な動きに思わず肩が跳ねる。

「くそっ……こんな健気な子を俺は……!」
「なんで……なんで俺は……安室透なんだ!」
「救護所行けば?」

おのれ組織、と音に紛れているのをいいこと小声で悪態をつく姿にため息が零れた。
いいから仕事してくれ、お巡りさん。
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