次の夏に呪われるまえに

「ええ、そうなの。そういうわけだから名前さん、夏祭りの日に都合付けて貰うことできないかしら」
『余程緊急の任務が入らなければ大丈夫だと思いますよ。2人はこちらで預かりますね』
「ありがとう、美々子と菜々子も喜ぶわ。後で連絡するわね、はいじゃあ無理せずね。おやすみなさい」

電話を切ると夜も更けた部屋に再び静寂が戻った。よかった、と零す施設長の安堵する声を聞いて慌てて部屋に戻る。足音を立てずにベッドに潜り込んだが、込み上げる喜びと笑い声を抑えることができなかった。

「やったね、菜々子。名前様と一緒!」
「やったね、美々子。夏油様も来てくれるよね!」

他の子どもが寝静まった部屋で、美々子と菜々子は2人でくふくふと笑い合った。起きているのは2人だけで、同じ毛布を被ればそこはもう2人だけの秘密基地だった。

名前のいる高専の近くで夏祭りがあると聞いたのは偶然だった。夏祭りに参加したことは無かったけれど、テレビの中で見たそれは2人にとってわくわくするような世界だった。だから、一緒に行きたいと願った。大好きな人と一緒に。それを伝えれば施設長は、美々子と菜々子の願いを叶えてくれたのだった。

だが、夏祭りに行きたいが余計な人間はいらなかった。2人が望むのは大好きな人たちだけで行きたい夏祭りであって、その他もろもろが引っ付いてくるイベントではないのだ。名前と夏油だけでいい。その為に、2人は指折り名前の周りにいる人間から夏祭りを一緒に回りたい人間だけを数えた。

「白髪頭」
「じゃま」
「シチサン術師」
「一番だめ」
「眼鏡」
「いたっけ?」
「灰原」
「夏油様の犬だから許す」

酷い言い草ではあるが夏油を除く異性では唯一名前の傍にいることを許されている男である。妹のいる灰原は双子の心をしっかり掴んでいた。やはりプリキュアという共通の話題があることは一足飛びで信頼を生む。少なくとも2人にとって灰原は「話の分かる男」であった。

とにもかくにも、やっぱり夏油と名前以外はいらない。敵は排除するのだ。特にあの白髪頭とシチサンはよろしくない。むかつくし、白髪頭は名前に無礼だった。けれどシチサンはもっとだめだ。あれは夏油と名前の恋路を邪魔する。美々子と菜々子の中では最も排除すべき危険人物だった。

そういうわけだから、どうにかして夏油と名前だけでお祭りに行かなければならない。余計なお邪魔虫はいらないのだ。そして優しい名前ならこの我侭を聞いてくれるはずだ、と2人は知っていた。あとは方法だけである。
2人はどうすべきかを眠くなるまで話し合った。





美々子と菜々子の作戦は成功した。
「名前様と一緒がいい」「夏油様もじゃなきゃやだ」「白髪頭こわいやだあっちいけ」「灰原はシチサンと遊んであげて」「4人がいい」など、とにかく2人はゴネた。ごねてごねてごねまくった。多少名前と夏油を困らせ、五条をキレさせたものの、美々子と菜々子は念願の4人でお祭りに繰り出すことに成功した。硝子は任務だったのも2人にとっては都合が良かった。

名前に買って貰った浴衣を着て、初めて来た夏祭りは2人にとっては別世界だった。
夜なのに明るく、沢山の美味しそうな匂いが漂っている。ソースの香ばしい香りとホットケーキのような甘い匂い。あの村から出て初めて訪れた、明るくて楽しい夜だった。欲しいもの、やってみたいものが溢れていて2人の心は全速力で真夏の夜を走っていた。

「夏油様、あれ食べたい!」
「名前様、あれやってみたい……!」

美々子と菜々子がそれぞれに指を指す。2人の後ろには「走らないの」と注意をする名前と、その横でにこにこと機嫌よく笑う夏油が肩を並べていた。2人のはしゃぎようを見ながら、名前が苦笑を漏らした。

「ごめんね、夏油。わざわざ付き合ってもらって」
「いえ、名前さんだけじゃ大変でしょうし、私は大丈夫です。むしろ役得なので」
「ああ、五条といると屋台出禁になるもんね……」

五条は術式の関係上、異常に甘党だし量も食べる。去年はベビーカステラ、クレープ、りんご飴などなど屋台を食い尽くして、祭り序盤で「帰ってくれ!」と泣きを入れさせていた。夏油も炭水化物を中心に屋台を攻めるせいで同じように泣かれていた。
そういうわけで、五条と夏油が並んで歩くと屋台から売り子が姿を消すようになったのである。堂々のブラックリスト入りだ。

夏油1人ならまだまともに屋台を回れるだろうと考えた名前は乾いた笑いを零した。その横でにこにこと笑っている夏油の言う「役得」が違う意味を孕んでいることは、2人にはよくわかっていて思わず顔を見合わせる。
既にこういうのはドラマで見て知っていた。施設長はこういう胸キュンシチュエーションがふんだんに盛り込まれた青春ドラマが大好きである。

「名前様、夏油様と手繋がないの?」
「迷子になっちゃうよ、夏油様」
「名前さん、2人もこう言ってますし手繋ぎましょうか」
「いや4列は邪魔だから。ほら行くよ、食べたいものあったら遠慮なく言ってね、夏油も」
「上手くいかないね菜々子」
「作戦その2だよ、美々子」

2人の作戦は沢山実行されたが大半が失敗に終わった。それでも、2人は楽しくて失敗などどうでもよくなった。
時に名前と食べ物を半分こしたり、時に夏油に抱きかかえられて、いつもと違う夜を過ごした。きらきらしていて、怖いことも辛いことも何一つない、夢のような夜だった。このままずっと続けばいい。2人は祭りが終わらないことを心の底から願った。

祭りに雰囲気に当てられて高揚する2人を、名前と夏油は少し休ませてあげることにした。子供の体力は無尽蔵とはいえ、夏の夜の熱気に当てられては疲労もたまるはずだ。去年見つけた人気のない神社の境内で、夏油は美々子と菜々子と一緒に買い出しに行った名前の帰りを待つ。その間、2人の取り留めもない話を夏油は優しく聞いてくれた。

2人にとって夏油は神様のような存在だ。自分たちを地獄から救い出してくれた神様。
2人にとって名前は母のような存在だ。自分たちに楽しいことや優しさを教えてくれた聖母。

特に2人が好きだったのは、名前と一緒にいるときにだけ感じる夏油からの優しさだった。名前にだけ向ける夏油の視線や優しい笑顔が、2人は特に好きだった。綺麗で、優しくて、お日様の匂いがするようなその表情が。
夏油が幸せになること。名前が幸せになること。それが、今の2人の一番の願いだった。

「ねえ夏油様、菜々子ね、名前様と夏油様が一緒にいるの好き」
「美々子も好き。名前様と一緒の夏油様、嬉しそう」

「2人はよく見ているね」と夏油は苦笑して2人の頭を撫でた。夏油を挟んだ2人は夏油のTシャツの袖を引いた。あのね、と大切な何かを教えてあげるような、そんな幸せを詰め込んだ声だった。
その声に、夏油も眦を下げた。あの閉鎖的な村で虐げられていた2人がこんな幸せそうに笑ってくれるなら、呪術師として自分が行って来たことは間違いないと言える。別の道を選ばなくてよかった、と改めて思った。

そして、こっちだよと手を引いてくれた名前には、感謝とありあまるほどの好意があった。その好意を夏油は隠さなかった。この2人対しても。

「私も、名前さんのことは好きだよ」
「じゃあなんでケッコンしないの?」
「ブッ」

とはいえこの返しには思わず飲んでいたコーラを吹くほかなかった。当然のように出て来た言葉が想像の斜め上だったのも驚いたが、まだ幼い部類に入るだろう子が結婚などと言いだすことに、夏油は完全に不意打ちをくらった。清々しいほどのカウンターだった。
気管に入った炭酸が喉を攻撃する。盛大に咽ようとする体をぐっとこらえた。

「ケッコンするとずっと一緒なんでしょ?菜々子、名前様と夏油様とずっと一緒がいい!」
「だからケッコンしてほしい。名前様と夏油様。そしたら美々子も菜々子も幸せなの」

女の子はおませさんだと言うがこんなに小さな子でもそうなのか……と夏油は半分絶句した。概ね意味は間違えていないがそうホイホイ出す言葉でもない。しかも高校生である自分にとっては何故かドギマギしてしまう言葉でもある。
いや結婚て。そんな将来のことなんて、そんな。いやそうなったら最高だけど。
夏油はこほん、と咳払いをした。体が燃えそうなくらい熱い。

「2人とも気が早いし、私は結婚できる年じゃ――いや、出来るな??」

途中まで言いかけた夏油は思い直した。年齢的にはクリアだ。今年で18となれば法的に結婚は出来る。名前は夏油よりも年上だ。既に基準はクリアしている。
後は如何に言質を取るかの問題だと気付かされた夏油は、将来などと悠長なことを言っていた自分を殴りたくなった。
多方面から人望のある名前だ。あっという間に横から掻っ攫われる可能性も無きにしも非ず。
もともと入学当初から七海の動きはきな臭い。この件だけは、たとえ相手が親友の悟でも絶対に許せそうになかった。

想像に想像を重ねていく。スッと自分の表情が抜けるのがわかって、夏油は猛烈に名前に会いたくなった。可愛くお手手を繋ごうなどと言っている場合ではない。

「本当!?じゃあ指輪買おうよ、夏油様!キラキラの!」
「おっきいの、ピカピカ光って綺麗なやつ!さっき売ってたよ!」

善は急げ、と煽る2人に夏油は鷹揚に頷いた。誰も3人を止める人間はいなかった。

「じゃあ後で買いに行こう。名前さんが戻ってきたら」
「うん!菜々子が選んであげる!」
「夏油様と名前様、ずーっと一緒だね」
「――ああ、ずっと一緒だ」

3人で笑った。
そうだ。この3人と名前とで、ずっと一緒にいるのだ。この先も。

内緒の約束を交わすように、指切りを交わしたと同時に知った声が聞こえて来た。名前様だ、と2人の表情が晴れたのも一瞬、その横にいる人物を見て美々子と菜々子は目尻を釣り上げた。

「ただいま〜、ってなんか3人とも楽しそうだね?なんか見つけた?」
「傑〜、まだ商品残ってたから後で射的行って根こそぎ景品ゲットしようぜ〜」
「夏油さん!お疲れ様です!」
「名前さんが大変そうだったので手伝いにきましたが、ちょっとやめてください」

美々子と菜々子は名前に纏わりついて分かりやすく威嚇した。灰原には役立たず、という罵倒をしっかり飛ばすのも忘れなかった。
けれどそれ以上に邪魔者がいる。2人はジャッジャッと地面の小石を七海と五条に向けて蹴飛ばした。

「あっちいけー!白髪頭ー!」
「帰れシチサン術師ー!」
「クソガキ!」

小学生(肉体)VS小学生(精神)の戦いが始まった。半分呆れながらも、全員がその光景を笑って見ていた。


それが、美々子と菜々子が行った最初で最後の夏祭りだった。

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