Hurts


―雲雀家―
 時が経つのが長く感じられる。起きて食べて寝る一日が退屈だからなのか。それとも何もできずに終わると知っている一日が億劫だからなのか。綱吉に何をしてやることも出来ず、今日も終わる。バミューダは言った。綱吉は人格を2つ失った。綱吉という人の柱を全て失った。人ではない彼をお前は受け入れられるのかと。その言葉に是と応え、ならば一緒にいてやれと言われてこの方。言葉通りずっと一緒にいた。なのに、物足りなさと溢れんばかりの慈しみが胸を叩いてやまない。人ではない。肉体も精神も本当の意味で人ではない。綱吉がそういう存在であることを認識しても心の内は何も変わらなかった。受け入れられるかではない。綱吉という存在以外がどうでもよかった。人ではなくなったからどうした。人であった綱吉を失ったからどうした。人ではない綱吉を知らないからどうした。綱吉はいる。彼が生み出した内の二人しかリボーンは知らない。優し過ぎる勇敢な彼と止まったままの自虐的な彼。でも、生み出したのは間違いなく彼で死んでしまったものはどうしようもないけれど、本当はどうにかして取り戻したいけれど、だからこそ綱吉の本体である彼に何かをしてあげたいと思った。善意ではなく何もできなかった哀れな自分を慰めるために。どこまでも身勝手だと思う。どこまでも綺麗だった綱吉とは違う自分と彼。我儘で荒んでいた自分と生きることだけを考えている空っぽの彼。心はないに等しいのに彼も綺麗だったからか。綱吉の生みの親だからか。違っていても綱吉の面影を残す彼に縋りたいと思った。脆い足場に立つ彼に。
 何もできずに今日も終わる。自分に貸し与えられた部屋に戻る前に立ち寄った部屋。襖に閉ざされた向こう側には綱吉が眠っていることだろう。ようやく人を支えられるほどになった体を襖に預けて目を瞑る。人伝に聞いた話で当人の痛みを理解することなんて出来るとは思わない。ましてや自分にできることは何もない。この胸の痛み以上の苦痛を綱吉は味わった。今も味わい続けていると言った方が正しいか。食い止められなかった自分のせい。分かっている。一緒にいることしか出来ない。それ以上は出来たとしても烏滸がましい行為なのだと。だからこそ、むしゃくしゃして、歯痒くて、苦しくて。
「ごめん。…ごめん。ごめん…。」
くそったれ。その言葉を遮るように謝罪の言葉が口をついて出る。もう遅いことはわかっているけれど。言葉にしなければ悔しさに潰れてしまいそうだった。
「いいよ。」
襖の向こうから聞こえた声にどきりとする。体を離してそっと襖を引けば、自分の身の丈より一回り小さな子どもが静かな目で見上げていた。
「つ、なよし。」
小さな顔に手を伸ばし頬に手を添える。熱を持たないそれがひどく悲しくて息を詰まらせていると、綱吉の小さな手が頬のそれを覆った。
「2人になって。」
小さな、けれど力強い声。綱吉を人として形成してきた内2人の代わりになれと綱吉は言った。それは共に生きることを許容されたに等しい。謝罪を受け入れ役割を与えてくれた子どもの姿が霞む。ぽろぽろと頬を伝う滴はとどまるところを知らない。
「ごめ…な。」
それが生きるための藁にも縋る手段だったとしても、リボーンにとっては道しるべであり光だ。罪を償うべき相手に救いの手を差し伸べられるなんて。嬉しくて悔しくて、泣き崩れたリボーンの頭を綱吉が抱き抱える。死んだはずの綱吉が脳裏を過ぎって消えた。好きだった。愛していた。優しくて温かい綱吉が好きだった。心を解し、溶かしてくれた彼を愛していた。信頼と情を勘違いしていた。隣にいるのは当たり前だと思っていたから。失った人を想い、浮かび上がってきた心にようやく気付いた。本当にもう遅い。言いたかった。拒まれても伝えたかったのに。大事だった人を自分の甘えから失ってしまうなんて、代わりに自分が死ねばよかった。不甲斐なくてごめん。何も知らなくてごめん。身勝手でごめん。でも、もう一度だけ不甲斐なくて無知で身勝手なことをさせてくれ。そう願って月明かりに照らされた朱にそっと口づけた。
「愛してる。」

 リボーンと綱吉が家にやって来た翌日から雲雀は学校に行かなくなった。思い入れがあって今まで大事にしてきたその場所に行かなくなったのは、退屈を紛らわす手段に使っていたそこに興味が薄れたのは、そこ以上に大事で魅力的なものが家にやって来たから。なんて単純なのだろう。なんて複雑なのだろう。あっさりと心向きを変えたくせに、その心中は混沌としている。たった一人の存在が雲雀を変えた。弱くて強い普通の少年。初めて目にしたときから矛盾する彼が何となく気になっていた。どこに惹かれる要素があったのだろう。その彼は消えてしまったというのに、どこに惹かれているのだろう。なぜ惹かれ続けているのだろう。これだけ探しても見つからないのだから、理由なんてないのかもしれない。月明かりに照らされた庭園を眺めながらそんなことを考えていた。街が寝静まる頃にベッドから出て庭園を横に控えた廊下を歩く。凍るような床が歩む足を冷やして思考を鈍らせない。考え事をするときはいつもこうしていた。こうして答えが出ないことなんてなかったのに。手足の長い奇怪な男は世界の深淵から覗いたという綱吉の生き様を語った。男の話を聞いただけで実際のことを雲雀は知らない。それでも背筋がぞっとして想像するのを躊躇ったほどの様。その生き様はどこまでいっても報われないものだった。彼は人を傷つけ人を殺した。彼は人に傷つけられ人に殺された。なのに彼には償う相手も憎しみを向ける相手もいない。全ての苦しみを味わっても彼が生きているのは逃げたくても逃げられないからだろうけれど、たとえ逃げられたとしても彼は生きた。世界に拒まれても彼は生き続けたと思う。彼は強いから。自分にはない強さを持っているから。生への執着。その圧倒的な執着が雲雀を魅了したのだろう。宝石のような目に生を臨む輝きを宿して。それでも雲雀が何もしなかった言い訳にはならないけれど。
 廊下の半ば。綱吉とリボーンに貸し与えた部屋へと通じる分かれ道に差し掛かった時にようやく答えがでた。
「愛してる。」
男の震えた声が聞こえてやっと。自分の心にたやすく染み入ったその言葉に納得した。愛してる。道理で見つからないはずだ。愛することに理由はないのだから、惹かれ続けているのにも理由はない。失った彼を愛していた。そして、彼の面影を残す綱吉を愛している。初めから綱吉の全てが好きだった。彼と今の綱吉は別物だと分かっているけれど、3人の綱吉をひっくるめて綱吉で。筆舌に尽くしがたい。この気持ちが分かるのはこの世できっと自分と綱吉に愛してると言った男だけだ。
 どれほどの間そこにいたのだろう。動かなくなった足をそのままに肩を壁に預けたまま雲雀はじっとしていた。さして眩しくないはずの月明かりが太陽にもまして眩しく感じられる。藍染の着物を照らす光は分かれ道の先にいる二人も照らしているのだろうか。妙にいたたまれなくなって目を閉じた。真っ暗になった視界の中、鮮明になった音を聴く。水の重みで頭を下ろした僧都がかぽんと立てる音。木の葉が僅かな風でざわめく音。壁を伝って聞こえる布ずれの音。襖の木と木がこすれる音。床を叩く小さな足音。
「2人になって。」
なんの感情も引き出せない玉の音。目を開けて、自分を真っ直ぐ見上げる少年を認める。月明かりに照らされたその瞳は宝石の様で。肯定の意を示すように抱きしめる。
「愛してるよ。」
理解されなくてもいい。都合が良過ぎないかと罵られたって構わない。ただただ愛しているのだから。

 2人の男はジブンを愛していると言った。てっきり殺されるものと思っていたけれど。あの2人が生きていればどう思っただろうか。ジブンの中には今は生存の意志しかないけれど、2人を作る前には多少なりともあったもの。人間性だ。人間に殺されることを危惧して人間であろうとして人間である部分を肥やすためにわざわざ分岐させたのに、結局人間である彼らは化け物よりも先に殺されてしまった。とんだ皮肉だ。殺されずとも、人間として大成していた彼がジブンと自分を置いていってしまうのは時間の問題だったけれど。そうして化け物であるジブンは化け物を嫌悪する人の手に掛けられて殺されたとしても、それは当然の成り行きだと思って諦められたから、生きたいという思いは確かに強いけれど死ぬことは許せていたから、その皮肉な現実を少しばかり無念に感じる。そんな現実に仕向けた存在に検討はついている。ついていてもどうしようも出来ないことも分かっている。でも、人間味の欠片もないジブンを愛してくれる人間に何の気持ちも返してやれないジブンが生きていて本当に良かったのか。綱吉ならば嬉しいと、自分ならば疑わしいと思ったかもしれない。でもジブンは何も思わない。生きるために、殺されないために、人間である部分を失った化け物を覆い隠すための新しい糧という認識しか2人には持っていない。愛してる。愛してるよ。その言葉に何も思わない。ただ、ぽっかりと空いた穴の痛みが少しだけ和らいだように感じた。

第5章「暁の空」
―並盛中学校―
 退学届けと書かれた封筒を2通持って、余った手で彼の手を引く。今しがた通ってきた門の傍で言葉もなく立っている黒ずくめの男を一瞥して、暁の空を背に広々と屹立する校舎を見上げた。懐かしいそこから去る。そのことに悔いはない。逃げられないけれど逃げよう。そう言ったのは他ならぬ雲雀なのだから。気持ちを改めた雲雀を迎えるように怯えた顔で出迎えた警備員に代わって見慣れた顔が近づいてくる。
「本当に去ってしまわれるのですね。」
少し寂しそうな顔をした草壁に小さく頷くと、嬉しそうにはにかむ笑顔といってらっしゃいの言葉が返って来た。一番の理解者の見送りを背に、手を軽く上げる。少し前の自分なら決してしなかったであろう行為に草壁がどんな顔をしたのか少し気になったが、振り返るつもりはない。果たして、なんの相談もなしに、保護者の同意もなしに、退学は受理されるのか。されないに決まっている。学校の印象を悪くするような処分を彼らが許すわけがない。だとしても処分させる。脅してでも。その決意を示すように前だけを向く。しかし、数分後その決意はいとも簡単に打ち砕かれた。横暴ともいえる申請をあっさり是とした学校側に。気持ち悪いものが去ってくれることに喜びの色を見せた教師陣に。その瞬間に理解する。出迎えてくれた一番の理解者だった男の笑顔の真意も、教師陣の後ろでほくそ笑む男の正体も。怒りよりも強い悔しさに奥歯を噛みしめる。
「さぁ、綱吉君。最期のお別れをしようか。」
教師陣の壁を割って現れた男が一層嘲りを濃くした笑みを浮かべて綱吉を連れて行く。理解していても認められない現実に足がまた動かない。連れて行かれる綱吉をただ見つめることしか出来ない。綱吉を独りにしてしまう。連れていかれる先には綱吉を嫌う者しかいないというのに。
「くそっ。」
吐き出した言葉は教師陣の壁を揺らすだけだった。

 「諸君。綱吉君に最期の挨拶を。」
少年とともに教壇に立ち、眼下で待つ生徒たちに合いする言葉を投げかける。その言葉が仕掛けられた歯車に合わさり、狂った歯車が動き出す。一挙一動、寸分違わぬ動きで生徒各々が自身の喉に小ぶりのナイフを当てた。そして呪いの言葉を発する。
『全部、お前のせい。』
見事な合唱の後、何十もの一線が描かれ真っ赤な液体が教室全てを染めた。それが唯一染めきれなかったのは傘に隠れていた自分と同じく傘の下にいた異国風の少年少女だけ。後は全て真っ赤。どこまでも赤い。実に嗤える。自分の隣にいる少年が赤に染まっているのを見て抑えきれずに嗤った。
 自分には兄がいた。教員になりたいと夢見ていた自分の背中を押してくれていた兄。写真家として活動していた兄からは毎月お気に入りの写真が数枚送られてきていた。朝日に照らされたまっ白な海。桜の映える並木道。夕暮れ時の公園。いつも楽しみにしていたそれらが送られて来なくなったのはいつだったか。最後の写真は幼い男児の写真だった。栗色の色彩がとても綺麗で、寝顔がとても可愛らしくて、人を被写体に選ぶなんて珍しいと兄のことが少し気になったのを覚えている。
 嫌な予感に、電話をしてもどうせ兄のことだから出ないだろうと考えて、押しかける形で兄の自宅へ向かった。運転しながらダッシュボードの上に置いた写真を眺めていると、視界の隅に見えてきた兄の家から写真と同じ顔の子どもが出てくるのが見えた。その子どもは身の丈を超えるスーツケースを転がしている。それもとても重そうに。兄ならば、それを黙って見過ごすわけがないと気になって後を付ければ、人気のない公園に辿り着いた。車から降りてそっと後をつける。木の陰に隠れて様子を伺っていると、子どもは長い時間をかけてブランコの下に穴を掘り、徐にトランクを開けて赤いものをそこに放った。赤いそれが何なのか目を凝らす。赤。赤。黒。赤。何かわからなくて首を傾げていると、見慣れたものが視界を過ぎった。カメラマンである兄がいつも身に着けていたグラブ。それが赤い枝の先を覆っている。枝ではなく腕だった。背中を冷たい何かが流れて、吐き気に口を押える。赤い兄。兄が赤い。
 そこからの記憶はなく、気づけば自分の家の隅で膝を抱えていた。最初が恐怖。次に疑問。最後に怒り。子どものことを調べて、調べて。その執念が気に入られたのか調べた末に辿り着いたメルキオッレに迎え入れられた。
「やっと。」
名を変えてイタリアに暮らして数年。やっと、兄を赤くした子どもを赤くすることができた。人間の血を浴びて真っ赤になった少年が兄の無残な姿に重なる。この結末を迎えるために手を尽くした。暗示を習得し、生徒を誘導した。すべての血液を吐き出し命が尽きて机に突っ伏している生徒たち。彼と親しかった数人もそうでなかったその他大勢も等しく呪詛を残して死んでいった。全部望んだ結末。満足感に浸りながら自身に暗示をかけ最後の仕上げに入る。
「よくも兄貴を殺してくれたな。」
全ての元凶に体を向けて喉元で一線を描いた。君が悪いんだと呪いながら。果たして声はきちんと発せられただろうか。きちんと呪えただろうか。自分もきちんと赤く染まっただろうか。意識が赤に染まっていく中、不動の少年の横顔は泣いているように見えた。

 『諸君。綱吉君に最期の挨拶を。』 
校門まで響く声に預けていた体を正す。
『全部、お前のせい。』
スピーカーを通して聞こえた男の声。足が動くよりも先に見事な合唱が聞こえて、次の瞬間守衛のいた警備室と校舎の窓が一斉に赤の飛沫で染まった。一瞬何が起こったのかわからず瞠目する。一呼吸おき警備室の扉を開けて中を覗けば、真っ赤な窓の近くで横たわる守衛の喉元がぱっくり割れているのが見えた。その手には果物ナイフが握られている。首の痕と刃型を見比べる必要もない。この男は自害したのだ。自身の喉を掻き切って。首を掻き切るなんて正常の精神では成しえない。つまり正常ではなかったということ。精神が異常になる事態には心当たりがある。他ならぬ自分がそうなった。学校に起こっていたことの詳細は雲雀から聞いていた。この2つが示す心当たりは暗示だ。
「綱吉。」
祈るように名前を叫んでその場から駆け出す。今度こそ救えるようにと。

 『諸君。綱吉君に最期の挨拶を。』 
『全部、お前のせい。』
スピーカーから流れた名前に凍っていた体が熱を取り戻す。ようやく動いた体に叱咤し綱吉の後を追いかけようとして出入口の戸に手をかけた瞬間、背中に何かがぶつかった。細かい粒のようなそれ。生暖かいそれが背中を濡らす。瞬く間に衣服が含みきれなくなった液体が真っ赤な池に落ちて波紋を作った。ぽたぽた。ばしゃり。綺麗な音が鼓膜を揺らす。見るな。見るな。見てはいけない。また動けなくなってしまうかもしれないから。綱吉を重ねて動けなくなってしまうかもしれないから。何も見ないように天井を望む。歩け。進め。足元に転がる肉塊に何度も躓き転んで重くなった制服。行けども行けども真っ赤で静かな廊下。校舎を真っ赤に染めた者のなかには綱吉と群れていたあの連中もいるのだろうか。綱吉も、いるのだろうか。そんなわけがないことは一緒にいた雲雀がよく知っている。死ぬことがないことも知っている。それでも、この惨状を創り出した男に綱吉は連れて行かれた。また自分の失態で。今も一緒にいるのか。今も無事でいるのか。
 「雲雀恭弥っ。」
深みに嵌まっていく思考を遮るように腕が引かれた。リボーンだ。先刻まで被っていたボルサリーノはどこへやら。覆われていた黒髪が玉の汗を垂らしている。生きた人間。そのことにはっとして、冷静な思考を呼び戻す。生きた人間はまだいる。綱吉も生きている。
「綱吉は?」
その問いに答えることなく走りだせば、それを応えと受け取ったのか水面を駆ける音が後ろから聞こえた。

 「お疲れ様、エリオ。」
その言葉とともににんまりといった表現がぴったりな2つの笑顔が真っ赤な傘の下から現れた。吐き気と眩暈なんてどうでもよくなるような恐怖が身を襲う。
「どんな気分かしら。つーなーよーしーくぅーん。」
恐怖で歪んだ存在が白い牙を見せて嗤っている。まるで怪物みたいだ。ジブンみたいだ。最悪を齎すことしかできない怪物。みんな壊れた。全て、ジブンのせい。みんな壊した。怪物のくせに生きることを望んだから。死んでしまいたい。でも生きていたい。なんて、気持ち悪い。なんて、図々しい。だから、
「…ころして、ほしい。」
生きてはいけないのに生きることに必死な怪物を誰か。我儘な怪物は壊れてしまえ。結局他力本願か、我儘を言うな、甘えるな、逃げるなと罵ってくれたって構わないから。自身で喉を掻いてもう死にたいのです。自身で喉を掻いてももう死ねないのです。自分で喉を掻いて死ぬのは簡単なのです。自分で喉を掻いて死ぬのは苦しいのです。どうか、誰か、殺し続けてください。
「あはっ。自害してろ、クズ。」
人間のものとは思えない笑みを見ながら想う。あの時の綱吉は何を思っていたのだろう。黒い世界で今までジブンと自分が肩代わりしていたものを知って、ジブンと自分を認識して、全てを知って、自立して、その直後に殺された時。普通の人間として生まれただけなのに、ジブンがいたせいで哀れとしか言いようがない結末を迎えた時、何を思ったのか。ジブンが考えていることと同じことを思ったのか。それとも真逆のことを思ったのか。殺してほしい。でも死にたくない。消してほしい。でも消えたくない。なのに、死んで消えてしまう。ジブンのせいで。2人の代わりを見つけたのだからもう充分だろう。死ね。消えろ。どうせ何を思っても何も変わらないし、そもそも変えられないのだけれど。綱吉と同じようにはなれない。それでもせめて目の前の怪物の奥にいるアレにできる限りの恨みを込めて綱吉と自分を想った。恨む行為が通用する相手ではないし、勝手に生まれてきたジブンの単なる逆恨みに過ぎないけれど。全てはジブンとセカイのせいだ。だから、これから起きることを恨むとしたらジブンだけでなくセカイも恨んでほしい。貴方たちを勝手に生んで勝手に消したセカイを。勿論その要因であり止められないジブンも。これがクズなりの贖罪です。
「さようなら。」
 引き戸に手をかけた途端、別れの言葉が聞こえた。ひやりと悪寒が走って、隣に並んだリボーンとともに固まる。2人の動きを止めたのは別れの言葉と思わぬ来客の姿。チェルベッロ機関、バミューダ、そしてイタリアにいるはずのボンゴレ9代目。
「入れ。救うのだろう。」
教室前方の引き戸に手をかけたバミューダが後方のこちらを見向きもせずにそう吐き捨てる。言葉とは裏腹に、もう全てが手遅れだと言わんばかりに。救いのない結末をあれほど綱吉を気にかけていた男が望むはずがない。ならば、どうして彼はその結末を示唆しているのか。彼の介入を拒んだ何かがあったのだ。この男を拒める存在なんて知りたくもないし考えたくもない。けれどそれが綱吉が死ねない理由で、綱吉を苦しめている元凶なのだということぐらいは理解した。だから、この戸を引いた先に広がる光景が普通であるわけがない、普通の光景をそれが用意しているはずがないと分かり切った未来を予測して、引き戸を引いた先の現実を直視した。率直に言えば、赤。ところどころ黒ずんだ部分も見受けられたが、それが目立たないくらいの赤だ。それも独特な赤。濃厚さと鉄臭さを持った赤。ある程度の覚悟はしていたのに、その覚悟を打ち砕くような光景に口元を抑えた。これはあまりに酷すぎる。

 さようならの次は自殺か。そう期待した4つの瞳に映る少年は静かに頭を下げた。自殺をする決意も出来ず、命乞いでもしているのか。少なくともレオにはそう見えた。ばりん。引き戸が擦れる音とともに、大きな音がした。きらきらと光るものが床に散らばる。金属片のようなそれに首を傾げて、赤色の頭から顔が覗くのを待った。絶望した顔を。
「死んじゃったぁ。」
その言葉とともに現れたのはにんまりといった表現がぴったりな赤い笑顔だった。真っ赤な存在が白い牙を見せて嗤っている。まるで怪物みたいだ。最悪を齎すことしかできない怪物。その喉元に小さな爪が線を描く。ぼたぼたと生温かいものが流れ落ちて、素肌を更に紅く染めた。それも一瞬のこと。裂けた喉元は塞がって元通り。傷はそんなにすぐに癒えるものではない。そんな傷を負った人間が生きているはずがない。そんな人間は人間ではない。
「ば、けもの。」
そう、化け物だ。怖ろしさに足が笑う。ミーナの縋る手を叩いて、よろよろと後退る。壊れた沢田綱吉を連れ帰り、祖父に見せて褒めてもらうつもりだった。なのに、何故。何故、自分はこんな化け物と対峙する羽目になっているのか。壊れた人間はどこにいる。化け物から逃げなければ。壊れた人間を探さなければ。褒めてもらうために。祖父のために。なんだってしたから。これからもするから。後退って、遠退いて。逃げる体が何かに当たる。心臓が飛び跳ねて、頭を抱え込むようにして真っ赤な地面に崩れ落ちた。気持ち悪い。気持ち悪い。謝り続ける自分の肩を人間の手が抱く。恐る恐る仰ぎ見れば、慈愛に満ちた表情を浮かべた老人が自分を覗き込んでいた。憎くべき祖父の弟。でも今は化け物を倒す正義の味方。
「あの化け物を殺してっ。」

 引き戸を引いた途端、ばりんと大きな音がした。視界は真っ赤。その中に真っ赤な人が立っていた。いや、人ではない。異物だ。彼は人間ではなくなったのだ。たった今。双子が手にすることを願っていた指輪を彼が噛み砕いて、自害してしまったために。その指輪はセカイが彼を人間にしていた通り道。彼の望みを叶えるための。彼と繋がるための。彼を手に入れるための。彼を殺そうとした子どもを殺し、彼を呪って、指輪のもとへと導いた。そこまでしてやっと繋がった通り道を彼は噛み砕いた。彼にとっても大切な道だった筈。人間として生きるための。化け物として殺されないための。セカイとの繋がりを噛み砕いて、一度死んで、彼は人であることをやめた。殺されなければいけない存在となった。始めの状態に戻っただけに過ぎない現実は、けれど、彼にとっては死に飛び込むにも等しい絶望なのに。今まで以上に彼は死に怯えて生きなければならない。その上、現時点で人ではなくなったのだから、彼は生きながら死んでいることになる。死んでも死に怯えなければいけないなんて哀れを通り越してもはや無様としか言いようがない。しかし、この結末を選んだのは他でもない彼だ。少しでも幸せで楽な未来を噛み砕いたのは彼だ。手遅れなんて言葉じゃ足りない。もう、御終いだ。
「あの化け物を殺してっ。」
絶望を増長するような声に思わず振り向けば、バミューダの後に続いて教室に入ってきていた筈のボンゴレ9代目がいつの間にやら教室の後方にいるのが見えた。そういえばびちゃびちゃなんて足音がしていた気もするが、そんなことはどうだっていい。雲雀とリボーンがこちらを見て立ち竦んでいる横で、9代目はこの惨状を生み出した一因の双子の片割れを案じている。こんな状況で何をしているんだ、あの老い耄れは。事の次第を知っているのならば、案じる要素がないことは明らかだろうに。きちんと、ここに連れて来る前に説いて聞かせたのだから。ジッリョネロファミリーと癪だったがチェルベッロ機関の手を借りて、メルキオッレと手を結んでいた売人を見つけ出し、9代目の目の前で彼を糾弾した。証言を売人の戯言だと首を振り、ボンゴレの上層部の何人かに賄賂を掴ませていた証拠を示しても白を切って、それならばと豪遊していた事実を示す紙切れを差し出しても笑っていた男。兄がそんなことをするはずがない。兄は心優しい人。自分のことよりも他人を大事にする優しい兄だ。男に対し9代目は慈愛に満ちた目でそう言った。それまで笑っていた男が豹変したのはその時だ。憎悪と憤怒に塗れた鬼のような形相をした男はしたことの全てを感情とともに吐露した。お前の孫は今頃ぼろぼろになっていることだろう。お前が私に与えた苦しみを返してやると。笑いながら、泣きながら、狂ったように話す彼に9代目が向けたのはやはり慈愛に満ちた顔だった。苦しんだ者には酷な顔。綱吉もよくそんな顔をしていたけれど、それでも齎すものは違った。一方は悪も善も関係なく受け入れて消してしまう大空。なにもなく、虚しさだけを残す。一方は悪と善を咀嚼し受け入れて大空に溶かしてしまう。満ちていて、悔いを残す。どちらもいいとは言えないけれど、少なくともバミューダが笑っていられると思うのは後者の大空だ。綱吉は優しすぎる。9代目の言葉通りだ。彼は悪であった自分を咀嚼し、その小さな体で向き合ってくれた。宝石みたいな大きな目にはっきりと自分が映っている様は自分の生き方が認められたようで、嬉しいなんて言葉じゃ足りないくらい。この気持ちを抱くために生まれてきたのではないかと錯覚したほどだ。どうせ同情しているのだろう。ボンゴレの人間はみんなそうだ。誰彼構わず憐れんで。同情なんかくそくらえ。そう思っていたのに、溝のできた眉間に胸がぎゅっとして、泣きたくなって。切ない。その眉間に潜む紛うことなき同情はバミューダの人生へのものではなく、バミューダのこれから、自分が介入してしまったこれからへのものだった。思っていたものと違ったから、だからこんなにも切ないのだろうか。こんな自分がごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。バミューダを傷つけることに対する罪悪感。それとも敵対することへの苦痛。はたまた溶かしてしまった先への同情にか。謝るように懸命に闘う彼に少しの後悔と愛おしさとその他諸々が胸を叩いた。この切なさの正体を知ったのは、彼と迎えた結末の後。黒い世界に居ることを決めた後だった。真っ黒な世界で、ようやく自分にこんなにも精一杯をくれる存在がこの世で彼しかいないのだと気づいた。だから切ないのだと。生まれてきてよかったと思わせる彼に、後悔させてくれる彼に、優しさをくれる彼に、愛しさをくれる彼に何かをしてあげたいと。偽善、世辞と思われてもいい。何もできないこんな自分がと卑下する彼が、自分にどれほどの幸せを齎したのかを教えてあげたい。優し過ぎてよかった。マフィアのドンに不向きでよかった。見境のない憐れみなんていらない。虚しい未来なんていらない。だから、メルキオッレともども9代目を連れてここに来るまでの間、説いて聞かせた。決して虚しさを残すなと。だというのに、この期に及んで彼は双子を案じている。門前に停めた車内で今も拘束されているであろう男の孫たちを。これは見境がないが故の過ちだ。憐れむことで時には相手を下げることもあることを彼は知らない。知らないから向き合わないし、対処も雑になる。
「親子か。」
向き合うこともせず、自らを正と信じていた男の姿と老人の姿が重なる。門外顧問。上座で自分の正当性を信じ、綱吉が悪であることを疑いもしなかった男。見境なく憐れんだ結果、情報を噛み砕かなかった結果を見事に体現してくれた。叔父であろうと子であろうと妻であろうと彼らには関係ない。情報の出所を探って、それが問題のないものであれば真偽なんてどうだっていいのだ。今回は情報の出所が信頼の置けるものだった。そして悪が綱吉、善が叔父だった。だから、悪を憐れみ一蹴し、善を憐れみ案じた。それだけのこと。別に悪く言いたいわけじゃない。悪く言ってしまうのは仕方ない。別の方法で幸せを齎されたバミューダにとってこれは悪手なのだ。誤魔化すような言い分だが、そういう憐れみ方でだって救われる人はいる。寧ろその方が単純で簡素で正しいのかもしれないと思っていたりする。ある者はすべて忘れ穏やかに生き、ある者は怒りをぶつける相手を見つけ生き続けるなんて結末。正しいじゃないか。雑な方がいい。向き合わない方がいい。等しく楽でいい。業の前には仕方がないと。 受け入れるしかないと。それは、業を背負うということ。業と向き合った綱吉と違う正しいやり方。ボンゴレのやり方だ。やはり親子だからか。血筋だからか。まったく変わらないやり方に苦笑する。だとしたら苦笑した男の息子であり、血族の末裔である綱吉は異質なのか。双子を案じたということは、綱吉を一蹴したということ。異質だから綱吉を悪を見なしたのか。綱吉は真っ赤で、ぼろぼろなのに。双子は綺麗で、なんともないのに。どうして綱吉を見ない。こんなことを考える自分はいったい何様だと思う。悪か善かを分けた物言いで、自分の恩人を素気無くあしらう人間に文句を言えた義理かと。分かっている。分かっているけれど。それでも煮え切らない思いが双子を案じる老人に対して湧き起こった。何もかもを独りで背負った小さな体を抱き上げて奥歯を噛みしめながら、老人に縋る双子のいる教室を後にする。殺せ殺せという甲高い声が廊下に響いて煩い。
「付いてくるぞ。」
横に並んだリボーンが静かに告げる。雲雀もその横にいて、自分の腕の中から後ろを付いてきているであろう双子の姿を眺めている綱吉の身を案じていた。先刻の放心状態からよくもまぁ回復したものだと感心する。最近のことがあった手前、2人も慣れてきたのかもしれない。それにしても、2人があの双子を殴り殺すんじゃないかと思っていたのだけれど、違うのであれば別か。どちらにせよ結果は同じ。
「いいよ、どうせだめだ。」
どういうことだと迫るリボーンを無視してゆっくりと階段を降り、下駄箱の間を通り過ぎる。濡れた地面はよく滑るから慎重に、ゆっくりと。腕の中の大切な人をこれ以上傷つけないように。後から聞こえる小刻みな足音に逸る心を抑えて。まず1人目。リボーンと雲雀が振り返り小さく声を上げる。双子の片割れが死んだのだろう。双子のどちらが最期を迎えたのかなんて知らない。知らなくていい。見ていないけれど、死んでいることは確実だ。綱吉の贖罪を見た時点で、全て分かってしまった。綱吉の人としての最期の死に選ばれたのはきっと。
 前をだけを向き校庭を横断するバミューダの腕の中で綱吉は見続ける。人としての終わりを迎えた肉体が足掻いて選んだ道連れたちの末路を。まずは、レオ。階段を駆け下りて足を滑らせて転んで、階段の角に後頭部を打ち付けて、踊り場のところで死んだ。首が折れているのか、頭があり得ないところにある。死んでいなければおかしい。そして、次にミーナ。玄関を抜けたところにいた自分たちの姿を見ていたからか、それとも激しく転がって赤くなってしまったからか、地面に溶け込むレオに気づかない様子でミーナが駆け下りてきた。その手には9代目から借りたのか、一本杖が握られている。自分を見とめて、穴だらけにしてやるぞとでも言いたげな表情を浮かべるミーナ。その表情があっという間に崩れて驚きのものに変わる。階段に掛かっていたレオの足に足を掠めとられ、バランスを崩した彼女を待ち受けていたのは姿勢を立て直そうと地面に立てた、否、レオの開いた口に食われやむなく手放した杖の先。突然目の前に現れた凶器に驚くのも無理はない。握りだろうと痛いではすまない。そう予測したのだろう、後ろにいけないのならと階段を勢いよく蹴って逃れようとした彼女の体が床との激突を恐れて丸くなる。幸か不幸か、彼女の体が床と激突することはなかった。杖との顔面激突もなかった。しかし、彼女は止まったまま動かない。死んだのだ。杖に突き刺さって。後から足を引き摺ってやって来た9代目が彼女の肩に手を置くころには白目を剥いて死んでいた。双子の片割れの頭に腰かけた彼女の頭からは折れた棒の先ようなものが突き出ていて、ぼたぼたと鮮血を流すそれはまるで公園の水飲み場のそれだ。それを見て安心する。よかった。苦しまなくてよかった。よくはないけれど、よかった。綱吉がこの結末を選択しなかったとしても、セカイは2人を殺しただろう。綱吉を殺す予定を終えたこの世界のこの絶好の機会に殺しただろう。だから、この結末を選んだ。綱吉が殺した。そして綱吉の望む形であっけなく死んでくれた。自己満足でどうしようもなく残酷だから、あの世で存分に恨んでくれていい。さようなら。

 「後の処理は頼んだよ。」
真っ赤な校舎、車の窓に首を挟んで自害したであろう痣だらけの老人とそれに寄り添う蟀谷に銃創のある老人を一瞥したバミューダが後ろに控えていたチェルベッロ機関に頭を下げている。全て終わったのか。また何の手も施せないまま。悔しい思いに、バミューダの手から離れ、今はリボーンの手につながれている綱吉の小さな手を強く握りしめる。
「さして意味はないと思われますが。」
僅かな悔し涙に視界が歪んでいたからかもしれない。赤を見過ぎたからかもしれない。チェルベッロの女の仮面の下からわずかに覗く常に平坦な素顔が、不快に歪んだように見えたのは気のせいなのか。
「そんなことはないさ。」
「トゥリニセッテの欠片が一つ失われた。セカイが死に、世界は滅びる。」
「約束したはずだ。世界を滅ぼす結果にはしないと。今回の後始末と引き換えに。」
「そうだ。貴様の戯言を信じ、我々は目を瞑ってきた。」
「戯言じゃない。そうだろ、綱吉君。」
はっとして下に目を向ければ、綱吉が小さく頷いていた。
「俺がセカイの継ぎになる。」
「あ、貴方は生きたいのではないですか。だから人格を生み出して、人として生きて、あんなに足掻いて。」
「何を言っているの。もう俺は死んでいるのに。そしてセカイももうじき死ぬ。だから俺が世界を生かすの。」
「そ…れは、欠けた欠片を貴方で埋めるということですか。」
「違う。そもそもそれを創った当人が、それが欠けただけで死ぬわけないじゃない。」
リボーンの追い縋る手をするりと潜り抜けて、チェルベッロの一人の元へ歩いて行った綱吉がどんな表情で話をしているかは分からない。しかし、どこまでも平坦に発せられる声から大体のものは想像できた。
「どういう、ことですか。」
「ここに存在していたかった。生きていたかった。でも、もういいの。恐いセカイなんて殺して、死の恐怖だけを感じて死んでいたい。」
ぱりんとポケットの中のおしゃぶりが割れた。雲雀の指にはまっていた指輪が割れた。綱吉の周りにいた何かが割れた。
「これで、御終い。」
こちらを振り向いた綱吉の表情には懐かしい笑顔が浮かんでいた。温かくて優しくて愛おしくて。トゥリニセッテもセカイも担った笑顔。その笑顔から零れる赤い涙さえなければ、苦しく思うことはなかっただろう。
「…後処理に取り掛かります。」

ー雲雀家ー
 あれから瞬く間に全てが片付けられた。沢田家は何もかも忘れてのんびりと過ごす者たちの幸せな家庭へと様変わり。真っ赤だった校舎は紅い炎に包まれ黒くなって大勢の人間とともに消え、事故の一言で一蹴。今も故人を偲ぶ会が盛大に行われているらしいが沈静化するのも時間の問題だろう。そしてお役目御免となったバミューダは今は結婚生活を満喫しているコロネロの元で世話になっているらしい。先日、マフィアランドの海を背に日光浴をしているバミューダの写真が送られてきた。そこにはちゃっかりヴァリアーの面々が写っていたりする。本当はユニからの誘いを受け、そちらで世話になる予定だったらしいのだが、ボンゴレの受け皿になるので精いっぱいという状態だった。仕方なくといった感じで行ったにしては随分と楽しんでいるようだけれど。
「ボンゴレか。」
ボンゴレ。栄枯盛衰とはよく言ったものだ。マフィアにしては随分と栄えた。門外顧問や上層部組織を覗いた人の数ですら数千に上ったという。流石はボンゴレというべきか。その流石のボンゴレも象徴を失い混乱していたところを襲撃されて呆気なく塵とかしたけれど。綱吉の宣言通りになったわけだ。業故にボンゴレは滅んだ。業を嫌った少年の手により。
「未練がましいね。」
ぽつりと呟くと、隣で胡坐をかいていた雲雀が茶化すように応えた。
「驚いてる。大きな組織だったんだ。」
「根が腐っていたからじゃない?」
「そうだな。」
業で育った巨木。最期は見境のない憐れみで 根が腐って倒れて死んだ。呆気なかった。他のものと同じように後始末されただけなのだとしても巨木成りの散り方があったろうに。これを未練というのかもしれない。かつての古巣だっただけに少しばかり思った未練。だが、それだけだ。ここで静かに暮らす。それだけ。悔しいけれど、浮かばれない結末だけれど、これでいい。膝の上で眠る小さな子どもの冷たい頭を撫でながらリボーンは小さく微笑んだ。
「綺麗な青い空だ。」

ー数ヵ月前の沢田家ー
 「Chaos。」
黒ずくめの眉目秀麗な少年がこちらを覗き込んでいる。銃を突き付けながらニヒルに笑うその顔を見たこともないはずなのに知っていた。
「…リボーン?」
おしゃぶりの呪いを解呪したことで成長が再開するとは聞いていたけれど、それにしたって、たった一晩でこんなにも成長するものなのか。まるで、そうなる必要がある事態にこれから直面するとでも言いたげだ。
「今日、何かあったっけ。」
不安に駆られてそう訊ねれば、リボーンはほんの少し目を見開いて、銃を懐にしまった。
「どうしてそんなことを訊く?」
「嫌な予感がするから…。」
不安だけではない。恐怖もある。眠気を削がれてしまった。起きたばかりで気怠い体に鞭打って上体を起こす。そうして改めて見たリボーンは、やっぱりリボーンじゃないのにリボーンだった。こんな違和感は嫌いだ。自分がここにいないみたいで、怖い。
「…おいて…。」
いかないで。その言葉が、喉の奥で詰まって消えた。
「なんだ。」
ベッドの枕元にリボーンが腰掛ける。その重みでベッドが沈んだ。肩越しにリボーンの息遣いが聞こえる。背中を少しでも倒せば、触れられる距離なのに。その声を知らない。その姿を知らない。ただ、それだけで不安で、恐ろしい。
「ねぇ。」
声は震えなかっただろうか。
「そのカオスって、どういう意味なの?」
「ただの口癖だ。気にするな。いつも言ってただろ?」
布団から足を出して、リボーンと並ぶように腰掛ける。リボーンの顔を見ないように俯きながら分からないと首を振ると、小さく笑う声が聞こえた。
「チャオっす。」
よく知っている口癖に思わず顔を上げる。こちらを見下ろす顔はニヒルに笑っていた。何故かどっと安心感が押し寄せて、口元が緩む。
「ん、ふふっ…。そんなの…、分からないよ。」
「舌が回らなかったんだ。」
「もう一度言って。」
「生意気言ってんじゃねぇよ。」

―並盛中学校―
 廊下の窓から校庭を眺める。夕暮れに赤く染まった地面を見ていると、隣に誰かが立つ気配がした。振り向かなくても分かる。
「誰もいなくなっちゃったわね。」
その声をよく知っている。声どころか姿も。
「俺とお前のせいでね。」
「そうね。そのおかげで、あたしはあんたを手に入れることが出来た。」
2人を残してその他全てが死滅してしまったこの校舎は、もうじき解体されるらしい。残してほしいという遺族の声もあったが、黒墨になってしまった校舎はところどころ脆く危険で、多くの人間が亡くなったということで不気味だという声が圧倒的に多かったために、急遽取り壊しが決まった。こんな場所に来る人間なんていないだろうと来てみれば、人間ではないが、いた。死んだはずの彼女が。死んだことになっている彼女が。
「そんな顔しないでよ。相変わらず揶揄い易い奴。まぁ、揶揄うつもりはないけど。怒ってもいいのよ?」
「別に。でも、俺は独りは嫌だよ。」
彼女に背を向ける。背を向けたところで、繋がりは消えないだろう。彼女、セカイの望んだ結末を選択したのはジブンだ。それでもいい。独りでないのならいい。
「幸せそうね。全てを失ったのに。」
「幸せだよ。得るものがあったから。」
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