Hurts


 シャマルと綱吉に数年前から面識があったこと。綱吉が先天性の障害を患っていて、シャマルが度々診察していたこと。事情が事情なだけに、それを隠していたこと。隠されていたことがどうでもよくなってしまうくらいに、シャマルから聞いた綱吉の過去は衝撃的なものだった。理解が追い付かないと言うより、理解したくない。よく何もないところで転んでしまう理由を聞いて、今までの自分の対応を腹立たしく思った。逃げるな、諦めるな、という言葉を、言ってはいけない人間に言ってしまった。軽度とは言え、不治の障害を患っていた状態から、ほぼ完治したと言っていい状態まで回復している。肩身の狭い世界の中で、どれほどの努力を経て今に至ったのか。ままならない体になった経験があるからこそ、よく分かる。自分は、成人した後に体が後退する呪いを受け、苦労したが、綱吉は生まれた瞬間からそうだった。人格も確立していない状態で、どうして真っ当でいられるのか不思議で仕方がない。そう考えて、直様否定する。真っ当に見えるだけで、内面は違うのだろう。先ほどの取り乱し方は異様だった。そして、シャマルはまだ何か隠している。
「綱吉が吐いた理由はなんだ。」
説明しようとして、途中で推し黙ってしまったシャマルを促す。その沈黙のおかげで、初めの話は呑み込めたと思う。問題はこの後だ。綱吉が胃液ともに吐き出していた液体と、取り乱し方にある程度予想はしているものの、実際にシャマルの口から説明されたら、それを受け止められるのか分からない。そして、シャマルがここまで口籠る事態だということに、引っ掛かりを感じていた。誰かに性的暴行を受けた、というのは、治療のために取り除かれた衣服に付着している液体を見れば明らかだ。それを言わない理由があるとすれば、それ以上のことがあるということに他ならない。心を決めて、シャマルが口を開くのを待つ。視線に耐えかねたのか、深く息を吐いて、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、シャマルは固く引き結んでいた口を漸く開いた。
「障害だけじゃない。怪我と精神状態も診てる。特に精神面がひどくてな。良くなってはいるが、少しだけだ。」
シャマルはそう言って、眠っている綱吉の耳たぶに手を添えると、何かを探るように指を動かした。かちりと音がして、耳の裏側からシャマルの指に乗った状態で現れたそれは、目を凝らさなければ分からないほど透き通って色のないイヤリングだった。そのイアリングを認識したと同時に、綱吉の体から色が失われていく。幻術と理解した時には、綱吉の髪と肌はぞっとするほど真っ白に染まっていた。体は一回り小さく、目を覆いたくなるような暴行と陵辱による真新しい傷で埋め尽くされている。
「…くそっ。…あの時と同じだ。」
幻術で隠されていた姿に、隠されていた痕跡に、呼吸を忘れた。それなりに汚れた世界を見てきたけれど、所詮は他人事でしかなかったということか。自分なら耐えられると心を決めて臨んだにもかかわらず、目の前の現実に呆気なく打ちのめされた。
「数年前、こいつはある男に拉致監禁された。3ヶ月間、男から暴行を受け続けて、見つけた時には、いきているのが不思議なほど、ぼろぼろだった。」
「…3ヶ月?…おかしいだろ。家光は何をやっていたんだ。あいつならすぐっ「何もしてなかったんだよ。気づいた時にはこいつがいなくなって1ヶ月が経とうとしてた。」」
遮る言葉を噛み砕き、綱吉と家族の関係性に気付き、瞠目する。それに追い討ちをかけるようにシャマルの口から発せられた理由は、思考を停止させるのに十分なものだった。
「精神治療の一環に催眠療法がある。その方法で記憶を呼び起こすたび、何度も男の黒い目が恐ろしいと言っていた。」

 「あの男と似たようなやつが近くにいるはずだ。救ってやれ。もう次は治してやれない。」
治療を終え、綱吉の替えの服を取りに行こうと、部屋の出入口に向かうシャマルがすれ違い様に、そう告げ、懐から日焼け止めのボトルを取り出してこちらに寄越す。それ受け取り、シャマルが部屋から出たあと、ベッド傍に椅子を寄せ腰掛ける。ボトルから白い液体を押し出し、ベッドに横たわる体全体、傷口は避け、暫く切られていないのか、顔を覆うほどの長さの前髪を避けながら、顔から足にかけて順に塗り広げていく。背中は上半身を抱き起こし、脹脛は膝裏を抱えて塗る。残る手形や爪痕を隠すように。手形の種類は1種類。爪痕の深さは2種類。深いものは首と秘部付近に、浅いものは背中や脹脛、臀部、手の甲。前者は綱吉が、後者はおそらくシャマルの言う、似たようなやつ、がつけたものだ。綱吉がつけた痕は、絶望と嫌悪が感じられる。生を終わらせる傷と汚れを取り除こうとする傷。真皮まで達しているものは、止血のために瞬間接着剤が塗られていた。シャマルが取り除いたものの、酷い炎症を起こしている。そして、他人がつけたであろう痕は、執着と狂気が感じられた。抵抗を無視して、無理矢理犯したのだろう。手首や足付近の傷が最も多い。浅いものの、全身を覆い尽くす数の傷に、綱吉の受けた暴行を想像しては、怒りに手を止める。傷跡は、数年が経過したもの、一週間ほど前のもの、昨日か一昨日か随分と真新しいものとあるが、傷つけたやつと、それに気づかなかった自分と、気づかせなかった綱吉の異常性を生み出した原因、全てに憤りを感じた。
 戻ってきたシャマルとともに、綱吉に服を着せ替え、その日の晩は、シャマルの部屋で過ごした。綱吉はベッド、シャマルはソファーで眠り、自分はベッド傍の椅子に腰掛けて、綱吉の様子を伺っていた。目を離したら、上下する胸元が動かなくなっていそうで、恐ろしかった。震える肩と歪む顔。知ってか知らずか、シャマルは何も言わずにソファーの背に顔を向けて横たわっていた。
「探すなら、ずっとそばにいるといい。お前の知らないことは、まだたくさんある。」
そう言って、わざとらしく寝息を立て始めたシャマルに礼を言う。軽々しく他言できることではないから今まで黙っていたであろう事を、付き合いが長いとは言え、教えてくれた。この状況を打開できる人物として任せてくれたのだと思う。その期待に応えることができるかどうか分からないけれど、救ってやりたいという気持ちに偽りはない。
「次は、俺がお前を救う番だ。」
そっと触れた頬は、冷たかった。

 目を覚ますと、様式は同じだが、昨日とは異なる暗い天井が目の前にあった。首を動かすと、その先には目を伏せたリボーンの顔があって、特徴的なもみ上げが、空調の風で微かに揺れている。彫刻のように整った顔を見る限り、目を瞑ってはいるが、眠っているわけではないようだ。こちらを伺っている、そんな気がする。視界に揺れる白髪と、痛みの薄れた体、薬剤の香り、たばこの臭い。それが指し示している事柄を類推する。
「目、開けていいよ。」
そう告げれば、頬に影を落としていた長い睫毛が震えて、射干玉色の瞳が現れた。黒曜石の様で美しいそれは、己を映している。今みれば、全く違うそれに恐れを抱くなんて、いつの間にこんなに脆くなったのだろうか。もっと耐えられると思ったのに、よりにもよって、彼に恐れを抱くなんて。
「体調は?」
問題ないと頷けば、肩を抱かれて上半身を起こされ、マグカップを差し出される。傍若無人を絵に描いたような家庭教師に介抱されることに戸惑いながらも、受け取って口元で傾ければ、お湯が喉を流れ落ちた。喉が乾いていたのか、とても美味しく感じる。
「なぜ、助けを求めなかった?」
空になったカップをサイドテーブルへ下げられ、再びベッドに体を戻される。自分は頭を傾けて、リボーンはこちらを見下ろす形で、向き合う。リボーンは、少しの怒りをその顔に浮かべて言った。
「助けてくれるか、わからないから。」
その表情に、偽りや無言は返せない。そう思って答えたものの、少しばかりの後悔に言葉が尻すぼみになる。
「俺の知ってるやつか?」
「知らない。」
隠し事をしている事実を口にして、罪悪感に苛まれ、ごめんなさいと、逃げを口にしたい気持ちを必死に抑えて、こぼれ落ちる涙を我慢できない代わりに、唇を噛み締めた。本当に情けない。人を害しながら保身に走り、生き恥を晒し続ける自分が大嫌いだ。
「俺は、お前を知らない。知ると決めて、そのために、これからはずっとそばにいる。」
自己嫌悪に苛まれている自分を知ってか知らずか、リボーンはいつもより幾分も柔らかい声で語り掛けてくる。
「…嫌いになる?」
だから甘えてしまう。答えの分かりきった質問をして、楽になろうとする。リボーンは、そんな意地汚い自分さえも受け入れるように溢れる涙を指の腹で掬って、静かに告げた。
「ならない。絶対に、お前を助ける。」
予想していた答えなのに、驚きで胸が高鳴る。もしかしたら本当に助けてくれるのかもしれないと思ってしまうほど、力強い答えだった。やっぱり、彼は格好くて、漫画に出てくる様なヒーローみたいだ。

 その日から、綱吉の後ろをついて回った。トイレに行く時も、風呂に入る時も、シャマルが、親について回るひよこみたいだと笑うくらいに1日を一緒に過ごして、学校を明日に控えた週末の夜。向き合う形で布団に潜った。傍にいてわかった事は、たくさんある。歌が好きで、よく鼻歌を歌っている。音程もリズムもとれているのに、リズムゲームが苦手。手元をみれば、手先が不器用というより、反応が遅い。それを効率の良さで隠しているから苦手なように見えるのだろう。やることは丁寧で、計画性があるものの、いざやろうとして動きが鈍る。何故そうなるのか、わかっているものの、分かりたくなくて、別の手立てを考える癖がついている。手立てがなくとも考える。普通の人にできて、自分にはどうしようもできないことがあると認めるのが、ひどく恐ろしいようだ。隠し事に慣れていて、人の目が無いところを見つけるのが得意。自分の本当の感情も公にしたくない行動も、すべてそこで済ませてしまう。今までずっとそうしてきたところに、自分がいることが最初は気になっていたようだけれど、他にも隠し事を共有している人間がいるようで、半日もたてば受け入れられた。その場所でよく、誰かと携帯でやりとりをしていた。携帯を持っていることには驚いたが、やりとりをしている際の理路整然とした話し方に殊更驚いた。少し離れた場所で聞いていたから、ところどころ内容を聞き取れず、表情は見えなかったけれど、話の主導権を握っているのは綱吉で、声音の冷たさと相槌の無駄のなさは知らないものだ。
 風呂上がり、自分でやるからと拒む手を無視して、装着者に幻術を施すイアリングを外し、傷口の消毒、包帯の交換を手伝う。相変わらず、薄く、歪で、色のない体は美しく、儚くて、心を不安にさせる。自分の視線が気になるのか、直様イアリングを付け直そうとする綱吉からそれを奪って、懐にしまった。本人はなんともないように振る舞っているが、こういう部類は脳に負担が掛かるもののはずだ。誰か来たら着けてやるから、一緒に眠る時だけ外せと言えば、小さく頷いて布団の中に潜っていった。その様が干草に潜る白兎のようで可愛らしいと頬を緩ませ、それを隠すように部屋の明かりを全て消す。カーテンを締め切った部屋には一切の光源もなく、真っ暗で、存在を確認するために、枕元に手を伸ばす。柔らかい肌と髪に手の平が触れて、暖かい息が指先を擽った。
「明日、補習を受けるって言ったけど、嘘をついた。」
触り心地のよさに、撫でる動作を繰り返していると、頬が小さく動いて、綱吉がつぶやいた。隠し事をしていたことを未だに気にしているようで、気休めになるならと咎める振りをして、鼻先を摘んで2、3度揺らしてやる。
「本当は何をする?」
「…病院にお見舞いと、お仕事。」
「ついて行く。」
有無を言わさず、そう囁けば、手首が引き寄せられ、柔らかく、冷たい何かが手の平に押し当てられる。小さな息遣いが感じられて、それが頬だと気付く間も無く、体が勝手に動いて、綱吉の体を抱きしめた。
「大丈夫だ、何があっても、嫌いになったりしない。」
決して、嫌いになることのない存在。いくつかの臓器を失ったためか、片腕を回しても余るほどの薄い体躯は、強く抱きしめれば壊れてしまいそうだ。今、同情と庇護欲がないと言えば嘘になる。けれど、綱吉が自分を救うと言った時から、それはずっと思って来たことだ。あやすように後ろ髪を撫でていれば、深く小さな呼吸音が胸元から聞こえ始めた。白髪に顔を埋め、目を瞑る。同じシャンプーなのに、どこか甘さを漂わせる香りが心地いい。心の奥底で芽生えつつある感情に気づかないふりをして、リボーンは意識を手放した。

 綱吉の成績は芳しくない。しかし、課題の正答率はいい。通学中に綱吉の鞄から盗み出して、見てみたら、わかった。指南していない数学の課題で、難易度が高めの内容だが、誤りはない。解き方は模範的で、効率的だ。それが試験で活かされないのは、障害が関わっているのだろう。今ならよくわかる。9代目は知っていたはずだが、家庭教師を依頼した際の情報提供では黙秘していた。それは、綱吉が偏見の目で見られ傷つかないようにするための配慮か、それとも、恥じてのことか。前者ならばいいが、と考えながら、綱吉の後について、学校の裏手へ回る。細い脇道に一台の車が停まっている。その運転席には見覚えのある人物、家光の部下のターメリックが座っていた。後部座席のドアを開けて、綱吉と一緒に車へ乗り込む。予め伝えられていたのか、ターメリックが自分に驚く様子はなく、運転席からこちらに会釈し、ミラーを調整して車を発進させた。シートベルトをバックルに納め、同じくシートベルトをしめようとして、ベルトを伸ばした状態から動こうとしない綱吉を手伝おうと手を伸ばせば、触れようとした手は微かに震えていた。
「無理につけなくていい。」
理由はわからないが、何かに怯えているようだ。俯いている顔を上向かせて、いつもと変わらない顔で感情を隠している綱吉に、音もなく、大丈夫だ、と告げる。綱吉の瞳が僅かに揺れて、力の抜かれた手からシートベルトが外れた。

 それは、丘の上にある建物だった。隣接する駐車場から見上げたそれは、雨風にさらされて色褪せた白色の壁に、幾つかのガラスを埋め込み、日光を反射している。目を凝らせば、白衣を纏った何人かの人間が透明なガラスの内側で行き来しているのが見えた。コンクリートから、大理石の地面に足を踏み入れ、受付で綱吉が面会許可の手続きを済ませるのを待って、付き添いの女性介護士とともに薬品の香る廊下を進んでいく。建物は幾つかの棟に別れているようで、正面入り口からまっすぐ、連絡通路を2つ隔てた先に突き当たりがある。その突き当たりを2度曲がると、扉が現れた。表札には精神病棟と書かれている。その扉を通って、左右に部屋を構える細道に差し掛かると、介護士と綱吉の足取りが止った。介護士が、右側を向いて、目先にある扉を引くと、中から歌が聞こえてきた。部屋の中で、中肉中背の男が歌を歌っている。歌に合わせて体を揺らしている様は、まるで子供のようだ。
「いつものお兄ちゃんが来てくれましたよ。」
看護師が、子供に話しかけるように男に声を掛ける。すると、歌が止んで、男がこちらに目を向けた。鼻が少し歪に曲がっており、開いた口からは、歯の欠けた歯茎が見えた。綱吉を見て笑い、座れというように、備え付けの椅子の座席を手で叩く。
「ひっひょ、うあー!あやう、あやう!」
歯が抜けているせいか、母音以外の言葉は聞き取りづらいが、唇の動きで内容は読み取れる。綱吉は、読み取らなくとも分かっているのか、少し待っていて、と自分に言い、導かれるように椅子に座ると、男と一緒に歌い始めた。部屋の中が見える位置で廊下の壁に背を預けて、その歌を聴く。先ほどまで、自分の顔を見て、頬を朱に染めていた介護士がその歌に聞き惚れるほど透き通った美しい声で、がむしゃらに歌う男に合わせて歌っている。その歌は随分昔の洋楽で、レコードからCDへ記録メディアが切り替わる頃に発売されたものだったと思う。綱吉の歌声を聞くのは初めてだと思ったが、どこかで聞いたことがある気がした。綱吉は、一通り歌い終えた後、男の顎から垂れ落ちている唾液を、ズボンのポケットから取り出したティッシュで拭ってやると、部屋に散乱したおもちゃの一つを拾い上げ膝に置いた。台座に3本の木の棒が刺さっていて、そこに中央に穴の空いた色とりどりな円柱のブロックを通して積み重ねていくもので、男にブロックをいくつか渡して、綱吉は棒の一本を指差す。男は素早くその棒にブロックを通して、綱吉が速いと褒めると大きな声で笑う。それを繰り返して、30分ほど経った頃、綱吉が、また今度、と言って立ち上がった。腰の辺りに抱きついて、離れようとしない男に、自分に見蕩れて呆けていた看護師が慌てて引き離そうとするも、男の力が強いのか、なかなか離れない。壁から腰を浮かせて、男の襟首を掴み、綱吉から引き剥がす。その反動で倒れそうになっている綱吉の腰を抱きとめると、微かに震えていた。元々低い体温もさらに低くなっている。予想はしていたが、この男がシャマルの言っていた、綱吉を拉致監禁した男なのだろう。だというのに、腕の中の表情は普段通りで、衝動的に綱吉の手首を掴み、介護士の静止を振り切って足早に病院の外へ向かう。足の長さの違う綱吉が息を弾ませ、よろけても、無視して突き進んでいれば、連絡通路で、綱吉がスロープに差し掛かる滑り止め付きの地面につまづいた。転倒する前に腕の力で手首を引っ張り、体を引き寄せて腰を抱きとめる。
「…悪い。気が動転して…。」
綱吉が息を整えている間、自分を落ち着かせるために額を手のひらで覆って、目を瞑った。なのにどうして見舞いに来るのか、震えてしまうほど恐れている相手の世話を焼くのか、理解できない。連絡通路傍の長椅子に綱吉を座らせて、自分もその隣に腰掛ける。腰を折って、綱吉の顔を見上げる形で向き合い、息が整うのを待った。
「どうして、あんな男の見舞いをしている。」
綱吉は、自分の質問にどう答えていいかわからないといった様子で、何かを言いかけて口を開いては閉じるを繰り返す。目の前を数人が通過した後、言葉を選び終えたのか、ゆっくり息を吐いて、地面に目線を向けたまま、疲れの滲み出た顔を手で覆った。
「あの人は、初めて俺を認めてくれた。…一度も拒まなかった。…だから、手放すことができないんだ。」
周囲から認められないことが当たり前だとでもいうように、答える綱吉にかけてやれる言葉がない。家光と奈々。初めて認められるとしたら出てくるはずの名前が出てこなかった理由に心当たりがあるからだ。シャマルの話を聞く限り、家光は綱吉に興味を持たず、奈々は、嫌悪していたのではないだろうか。憶測に過ぎないが、数ヶ月の拉致監禁を赦したこと、先天性の障害、それらの事実が導くものは限られている。綱吉の生きてきた環境は、劣悪だ。当事者にはどうにもできない要素が多過ぎる。心の安寧を求めるのは必然の流れだっただろう。だからと言って、縋っている相手を看過出来ない。縋るなら、あんな塵のような畜生ではなく自分にすればいい。
「俺は拒まない。だからもうここへは来るな。」
まだ、受け入れられないことは分かっている。恐る相手に依存するしかなかった綱吉を救うためには、まだ手が足りない。理解も、手立ても何もかもが足りない。いつか、綱吉の全てを知って、受け止めることが出来たら、きっとそれが綱吉にとっての救いになるだろう。そう心に決め、押し黙ったままの綱吉を連れてターメリックの待つ車へ戻った。
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