(金魂/晋ヅラ)
----------
雨の多い季節は去り、新しい季節が少しずつ近づいて来ているのが肌で感じられる。長く伸ばした髪を耳にかけると、不思議と夏の音が近づいた気がした。
時刻は昼の暑い盛を越え、幾分か太陽が空の真上を過ぎた頃。開店にはまだ充分な時間があったが特にやることもなかったので、閉め切っていた店の扉をがらり、と開けた。
じりじりと地面を照り返す熱に負けそうになりながらも店の前を掃除していると、カツン、カツン、と階段を降りてくる足音が響いた。確認せずとも誰だか分かっていたのでそのまま道を掃き続けていたが、階段の途中でふと足音が止まった。それが気になって顔を上げると、階段の手すりに体を預けて煙管を吹かす二階の住人の姿があった。俺が店の前を掃除しているのを見た上での嫌がらせかとも思ったが、元来そんな性質の男ではなかったはずなので、店の前に灰を落とすなよ、とだけ忠告してやった。男はそれには何も返事をしなかったが、間もなく燻らせていた火を消して、手すりに背を凭れて俺に気だるそうに声をかけてきた。
「アンタ、雨っぽいよなぁ」
「……生憎だが、俺は雨男ではないぞ」
違えよ。雰囲気だ、雰囲気。
そう言って、外の陽の光の眩しさに高杉は目を細めていた。
「それを言ったら、お前は全然夏が似合わないではないか」
夏の訪れを嬉しがる表情を見せるわけでもない男は、俺の顔に何か付いているのかと思う程にじっとこちらを見遣って、それから首を竦めてみせた。
「…何だ」
「……アンタが俺の生まれた季節を覚えてるのに、驚いただけだ」
そう言うと、高杉は止めていた足を進め、残りの階段を降り始めた。そのまま俺の隣に来た高杉は、手持ち無沙汰に持っていた自分の煙管を俺の持っていた塵取にカァン、と小気味好い音を立てて、砂になった灰色をその中へと放った。
「こら、高杉…!」
「何だよ。アンタが灰落とすなって言ったんだろ」
その言葉にぐっと返答を詰まらせると、高杉は持っていた煙管を俺に押し付けた。
「ちょっと出てくらぁ」
そう言ってひらひらと手を振る後ろ姿は何だか機嫌が良さそうで、暑いのがあまり得意ではない高杉には珍しいことのように思えた。
「店が開く前に帰って来なかったら、一日禁煙だぞ―!」
心持ち叫ぶように声をかけると、原付きのエンジン音に混じって、お―、という返事が聞こえた。
まだほんのりと残る高杉の好む葉の匂いが、俺の鼻腔を刺激する。不本意ではあったが預かってしまったものは仕方ない。灰が残っていないかを確認して、それをそっと袂へと仕舞う。眼前に広がる熱とはまた違った小さく灯った熱が、俺の身体に伝わったように思えた。
(直に、彼の生まれた暑い季節がやってくる)
----------
拍手三代目でした!