04


どこかから冷たい夜風がひゅぅ、と音を立てながら吹き込んでいる。チラチラと跳ねるランプの光に合わせて、クロロの横顔に刻まれた深い陰影もが小刻みに動いている。


「この状況下で、この場所で、記憶が擦り切れるほど監禁されている年端もゆかない少女。パクノダ。――もう、気づいているのだろう? これがどんな理由でここに閉じ込められているのか」
「それは、その……」
パクノダは言いかけて口をつぐんだ。少女の視線が痛かった。クロロはその沈黙を破って言葉を続ける。
「それは聖霊『テレジア』に願いを叶えてもらうために――念を発動させる中核組織として生かされている、生贄だ」

気づいていた。
パクノダは少女に出会った瞬間から、これは変態神父が己のロリコン趣味のために監禁している類のものとは一線を画した、なんらかの儀式のために閉じ込められているのだと――気づいていた。しかし、少女の無垢さを知れば知るほど、それを誰かから言葉としては聞きたくなくなっていたのだった。


「シャルナークと調べた結果、この街にもたらされている豊穣は、過去――おそらく15世紀末――に施された街及び当該礼拝堂内に刻まれた陣形図・念文字によってもたらされており、さらに、この念構造は当該土地以外でも条件次第では転用できる可能性があり有益性が高いところまで判明した――が、しかし、最重要事項である念の発動条件及び制約と誓約は依然として不明のままだ。では、その念の発動条件は何であるか?」


クロロの漆黒の瞳が、パクノダの後ろに隠れている少女を両目に捉える。しん、と部屋に落ちた静けさが肌を刺すようだった。


「それは――この部屋あるいはこの礼拝堂で行われている儀式の『何か』だ」


15世紀末に発動された念が、絶大な勢力を持ったままその後数百年に渡って持続するケースは極めて稀である。そのためクロロは、地面に刻まれた陣形図や独自の念文字は、効力の増幅装置、あるいは有効範囲の限定装置であり、肝心の念の発動行為は今尚この地で秘密裏に行われている『何か』に起因していると考えていた。

「やっ……」

クロロの視線は、全てを丸裸にするような、瞬きひとつさえ許されない重厚さをはらんでおり、少女は逃げ出したい衝動に駆られた。


「逃げるな」

クロロは怯える少女の細腕を掴み取ってにじり寄る。女児用玩具が山ほど置かれているベッドがガタガタと音を立てる。

「さあ、言え。お前はここで何をされている」
「ちょ、ちょっと団長待って、この子は喋れない――って、あれ?」

言いかけてパクノダは言葉を詰まらせた。

「今頃気づいたのか、パクノダ。そうだ、こいつは喋ることができる。口をきくことができなければオレたちをやり過ごせると思ったのだろうが、所詮は子供の浅知恵だ。襲撃された恐怖が落ち着いてきた頃合いからぽつりぽつりと喋り始めている。――さぁ、偽証は不可能だ、洗いざらい吐け」
「……あ……やっ」

ギシリとベッドが軋みをあげ、少女の髪が左右に揺れる。

「ここではどんな儀式が行われていた? ここにはもっと生贄用の子供が閉じ込められていたのではないか?」
「ち、がっ……ここには、あたし、ひとり……」
「では、血肉や臓物がここに運び込まれたことがあるのではないか?」
「……ち?  血なんてみたこと、ないよぉ……」
「ならば男たちに性行為を強要されたことは?」
「せい、こうい? 何それ、知らない……もう、いやぁ……はな、してぇ……」

悪魔を崇拝する人々は、己が願いを叶えてもらうために定期的に儀式を開いて生贄を悪魔へと捧げる。それは例えば産まれたばかりの赤子であったり、無垢な子供の内臓であったり、処女の血であったりする。

『ここで行われている何か』

それを解明できなければ、念を手に入れることはできない。少女の手首を掴む指先にさらに力が入る。

「性行為。男女の交わり。セックス。交接。同衾。肉体や臓物が生贄でない以上……知らないとは言わせない。パクノダ、こいつの記憶を探れ」
「団長……」
「いいから早くしろ」

クロロは戸惑うパクノダを一喝して先を促した。パクノダが少女の肩にこわごわと触れる。

「……団長。この子は言葉の意味を理解していないわ。記憶を揺り動かすことが出来なければ、私の能力は意味を成さない……」
「そうか。では、分からせるまでだ――」

少女はまだ幼い。儀式と称して成人男性から性的暴行を受けていたとしても、その意味を理解していない可能性がある。
クロロは手首を掴んだまま少女をベッドへと押し倒した。少女の長い髪がふわりと宙をそよいだ。

「いいか。オレが問うているのは、こうやって成人男性に押し倒され……服を剥かれ、身体をまさぐられて、女性器に――」

クロロは眉ひとつ動かさないまま、少女をシーツに押さえつけて、武骨な手を少女の肢体へと這わせてゆく。少女は驚愕と恐怖に目を限界まで見開き、クロロの拘束から逃れようと手足をバタつかせたが、その拘束が緩むことはない。

「やっ、いやぁーー!!」

少女の大粒の波が目尻からこぼれ落ち、クロロの瞳に獰猛さが宿り、少女を拘束するクロロの手にさらに力が入った、その時だった、

『ぱこんっ!』

なんとも情けない音が部屋に落ちたのだった。








「……痛いじゃないか。何をするんだ、パクノダ」

振り返ったクロロの目に映ったのは、丸めたピザ屋のチラシを鬼の形相で握っているパクノダであった。

「ちょっと団長! あなたね、今自分が何をしているか分かっているの!?」
「何をって……決まっている、尋問だ」
「『尋問だ』、じゃないでしょう!? 今の状況をよく考えなさい!!」

クロロは疑問の残る顔で身体を起こして、辺りを見渡した。
特に危惧する状況ではない。パクノダは何を怒っているのだろうか。そう疑問に思うクロロであったが、次の瞬間、パクノダの言葉の意味するところを理解した。

「――あっ……」

乱れたシーツに、はだけた衣服、啜り泣く声。クロロの身体の下では、少女が身体を震わせて泣いていた。


「いや、オレはそういうつもりでは……」
「じゃあ、いったいどういうつもりだったのよ!」

あろうことかクロロは良い年をした成人男性にも関わらず、初潮が来ているかどうかも怪しい、胸も膨らんでいない少女をベッドに押し倒し、服を剥ぎ、身体をまさぐっていたのだ。言い訳のしようもない。
しどろもどろになるクロロに、怒りの形相のパクノダが詰め寄る。

怒った時のパクノダはとても怖い。流星街で共に生きていた時も旅団を結成した後も、仕事以外での日常生活の部分でクロロはしばしばパクノダに叱られていた。それは三日間飲まず食わずで本を読みふけって体調を崩した時や、ノブナガとのプロレスごっこでホームの食堂を壊した時だったりと多岐に及ぶのだったが、今回のパクノダのそれはあの時の比ではないように見えた。


「あの……それは……」
「言い訳は結構。いいから部屋から出て行きなさい! そこの二人も一緒にね!」

パクノダの有無を言わさないドスの効いた声がピシャリと落ちる。それはまるで雷のようである。
「え? 俺たちも?」とジェスチャーをする二人と一緒に、クロロは部屋の外に追い出されてしまったのだった。







「調べ物に夢中になるのも良いけどさー。さすがにアレはないっしょ……」


冷風の吹きすさぶ廊下で仲良く三人で小さく丸まりながら、シャルナークはクロロへとため息をついた。部屋の中からは少女の泣き声とそれを慰めるパクノダの声が聞こえてくる。


「…………うるさい」
「あ、もしや怒ってる?」
「うるさい。オレは黙れと言っている」
「……ちょっとクロロさぁ、バツが悪いからってオレに八つ当たりするのはやめてよー。全部クロロがしでかしたことでしょ?」
「……シャルナーク」
「はいはい、分かりましたよー、我らが団長はお堅いこって」

おどけた様子でそう言うとシャルナークは先ほどから無言を貫いているフィンクスへと肩をすくめた。

「ずっと黙って……フィンクス。なんかあったの?」
「……いや、どれが一番良いルートなのかと思って」
「良いルート? なんの話?」
「ノブナガ。フランクリン。フェイタン……大穴でマチってのもありか?」
「いや、だからなんの話?」

シャルナークが問い掛けるとフィンクスはにやりと唇をあげた。

「団長がガキを押し倒したって話、誰に話したら一番面白いかなって」
「ぶほっ! ちょっとフィンクス、みんなに言っちゃうの!? クロロにロリコン疑惑アリだって言っちゃうの!?」
「何言ってんだシャルナーク! これが言わずにいられるかっての! ああー、誰に言ったら一番面白いんだろうな? やっぱフランクリンか!? あいつ見た目にそぐわず大真面目だからなぁ、クロロがガキ押し倒したって聞いたらパク以上に怒り出しそうだぜ!」

ぎゃははと笑い出す二人の横で、クロロがゆらりと立ち上がる。その手には具現化した本が――『スキルハンター(盗賊の極意)』が握られていた。じとり、とクロロからオーラが立ち上る。

「ちょ、ちょっと団長、タンマ! 待ってよ、冗談だって、ね! フィンクス!」
「あ、ああ……そうだぜ団長、オレ達ただちょっと冗談を言い合ってただけなんだ、本気でやるつもりなんてなかったんだ……」

二人は慌てふためきながら、クロロをなだめようと言葉を続ける。しかし、その言葉がクロロの耳に入るとはなかった。


「オレが、そういった冗談を嫌いなのは知っているだろう」

クロロがスキルハンター片手にじり、と二人ににじり寄る。

「……覚悟しろ」
「ひぇッ――」
「うぎゃッ」


必死の懇願も虚しく、鶏を絞め殺したような盛大な悲鳴が礼拝堂内に響き渡ったのであった。







第4話、完


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