交わらない視線




キミの心を占めているのは、今も昔も彼だけだった。


彼の存在に魅惑され、彼の信念を受け入れ、彼の命に従い、彼の忠実な手足となる。純粋なまでに澄み切ったその思いはまるである種の信仰のようで、世俗から切り離された修道院で日がな一日神に祈りを捧げ続ける修道女より遥かに、彼女の心酔ぶりは強く思えた。
その彼女が、出合った頃と変わらない強い瞳に怒りと蔑みの色を浮かべて、ボクを睨みつけている。

「どこまででも追いかけて、あたしがアンタを殺す」

ボクの問いかけの答えとして放たれたその言葉には確固たる決意が込められていて、肌がチリチリと灼けつくようだった。

ああ、マチ。ボクが彼を殺したらキミは例えボクがこの世の果てに居たとしても、必ずボクを探し出して殺すのだろうね。何年掛けてもキミは必ずやり遂げる。この強烈な殺意。恋だの愛だの、そんなふわふわした捉えどころのない感情よりも、よっぽど強くて激しい感情。こんな感情を向けられながら、キミと命を掛けた追いかけっこが出来るだなんて、想像しただけで体が震える。

そう、震える。震えるんだ。狂おしいほどに――。

キミのボクに向ける感情。それは、身を焦がし尽くすほどに強く激しい感情に違いない。だけど、そこにボクの入り込む余地は小指の爪の先ほどもない。恋よりも愛よりも強く激しく身を焦がすソレは、全てが全て、彼が礎となって出来ている。ボクに向けられた想いはヒトカケラもない。

「それいいね◆」

強い瞳で睨みつけるマチに言葉を返す。
どんなに近づいたとしても、彼女の瞳に映る人間はただ一人なのだろう。逆十字を背負った黒い瞳の彼。彼だけが彼女の心に住む唯一の住人。例えボクが目の前に居たとしても、ボクが彼女の瞳に住むことはない。それは、今も、そしてこれからも決して変わることのない絶対の道。交わることは決してない。


――ねぇ、マチ。殺し、殺されることでしかキミと関わる事が出来ないボクを、蔑むかい?


胸の奥がしくしくと痛み、体ではないどこかが震えていた。

「大丈夫さ。必ず除念師をクロロの元に連れて行くよ。……それが彼との約束だからね」

そうボクが言葉を続けると、彼女が誰にも悟られないくらい僅かに安堵の息をついた。
『誰よりも何よりも大切なクロロ――』そんな想いが聞こえて来るような気がして、ボクは彼女から瞳を反らした。

風が悠然と生い茂った木の葉をさわさわと揺らし、服に落ちた木漏れ日が小刻みに震える。マチの意志の強い瞳の上を飾る明るい色合いの前髪がふわりと舞う。

風が通り抜けて木々の震えが収まっても、ボクの心の中の震えはまだ止まりそうになかった。






原作の「それいいね◆」のコマのヒソカの切ないような悲しいような、でも普通の表情と言われればそんな気もしないではない、あのなんとも言えない表情に射抜かれて書いた話。こんな心境だったらいいなって妄想。


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