手を繋ぐことでくすぐったさを覚えるのは必然的だとキルアは思う。
それは信頼を寄せる友人や想い人、自身が好意を向ける相手にしか許さない行為だからだろう。
こっぱずかしいと思うのは仕方ないのかもしれない。
だが、ちゅーをするとか服を脱がせるとか
そんな大人の事情に縺れるわけでもないのだし。
照れるにしても互いに微笑んではにかむとか、お前の手は温かいなとか、そんな可愛らしい会話があればそれでいいと思っていた。
まさかぶすくれた顔をぷいっと背けて此方の方を見向きもせず、物凄い力で握りしめる手のひらを異様に熱くし会話もないまま足を速めてしまう様子など。
手を握るくらいでマジなデレっぷりを見せる人間がこの世に存在するなど思ってもみなかった。しかも年上で。
「ねぇクラピカ、照れてんの?」
小さく笑いながら尋ねてみれば、誰が照れるものかと即答された。
へぇ。
だったら何で、耳まで真っ赤になってんだろーね。
「手繋ごうよ」
ばったり鉢合わせて合流したキルアにそう言われた時は
口から心臓が飛び出るかと思った。
第4次試験終了時、合格者の集合場所に向かっている最中である。
「何故だ。そんな必要ないだろう」
「うーん、寒いから?俺って超体温低いし。ほら」
ひんやりとした感触が指に触れた。
どきりとしたのを悟られぬよう、そっと顔を背ければ。
くすりと面白がるような笑い声がして
「なに、恥ずかしいの?」
馬鹿にされたような気がしてかちんときたもので。
気付いたらキルアの手をむんずと掴み、引きずるように森の中を進んでいた。
「ちょっとー。力強くていてーんだけど」
そう言われて慌てて握力を緩和した。
ありがとねと、またもや余裕を帯びた声がする。
その悪戯な笑顔を直視できない自分が、ほんの少しだけ恨めしい。
そう思ったところで冒頭の会話である。
「照れてないならさぁ、少し歩くスピード落とそうよ。俺、殆ど引きずられてる格好だよね。コケそうなんだけど」
「制限時間内に辿り着くのも試験の一環だろう。遅れてしまったらどうする」
「遅れないよ。まだ余裕あんだもん。それよりさ、あんたとちゃんと話がしたい」
「会話なら先程からしているだろう」
「そうじゃなくて。あんたと目と目を合わせてちゃんとお話したいっつってんの。それとも俺の顔を見ると真っ赤になって喋れなくなっちゃうのかな?カワイイなー」
「お前……馬鹿にするっ」
馬鹿にするなと怒鳴ろうとして後ろを向いたが
にやにやしたキルアと目があった瞬間に言葉に詰まった。
ふにゃりと人懐こく笑顔を浮かべ
やっぱり顔を合わせる方が安心するねと言った彼に鼓動が速くなる。
彼に抱く自分の感情に気付かないフリをするのは、これ以上無理なのだろう。
「クラピカはさ、どうしてハンター試験を受けようと思ったの?」
「………お前には言っていなかったか?」
「うん」
言っていいものかと、クラピカは頭を捻った。
ゴンとレオリオには伝えたがキルアにまで教える義理はないような気がする。
キルアと自分は先の二人ほど深く関わっている訳ではないし
部外者にさらりと言えるほど、自分の覚悟は浅いものではない。
「要約して言えば、ハンターにならねば追えない輩がいて、私は奴らを追っているからだ」
「それってさ、トリックタワーであんたの目が赤くなったことと関係あんの?」
「まぁ…」
ざっくばらんすぎた。
疑問の残る言い方をしたと言わざるをえない。
だがこれ以上は喋るわけにもいかないと焦ったが
キルアはふうんと一言相槌を打ったきり、それ以上は聞いてはこなかった。
まるで興味などないかのように
空中に視線を投げている。
「それにしてもさー。ウブだよね、あんた」
「は?」
「手繋ぐくらいで真っ赤になっちゃってさ。あまり人を知らないのかな?珍しいね、その年で」
「……」
「あ、別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。ちょっと意外だったんだ。あんた、顔がいいから色々経験してるのかと思ってたから。でもさ、ほら、ピュアな方が可愛いし」
黙りこくったクラピカを見てキルアが慌てて付け足した。
だか、クラピカは顔を上げず、俯いたままだった。
(誰が…知らないだと?)
『あまり人を知らないのかな?』
それは聞き捨てならない言葉である。
今の自分には重すぎて、屈辱的で、起爆剤になりうるには十分すぎる一言だった。
全てを失ってからこの5年間
どれほどの地獄を見てきたと言うものか。
復讐だけを糧にして生きてきたのだ。
慣れない外の世界で、外部の人間の冷気に触れながら。
それなのに人を知らないと軽口を叩かれた。
つまらない行為に対するつまらない反応を見て、たったそれだけで。
自分がどれほどの思いでこの試験に望んでいるのか、この少年は知る由もないだろう。
そういうつもりで言ったのではないと分かっている。
だが、プライドを壊されたような感覚に黙っていられるほど、自分は寛大ではない。
例え好意を寄せる相手の言葉であったとしても。
「ね、ねぇ…クラピ」
「黙れ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「お前に何が分かるというんだ。お前に教える義理はないが、私は外を知らないほど平和な人間ではない。二度とそういった口を聞くな。興味本位で試験を受けにきたお前と一緒にされたくなどない。」
「何もそこまで怒ることねーじゃん。本気で言ったわけじゃ」
「軽口が引き金になることだってあるんだ。人を知らないのは、お前のほうではないのか?」
固まって言葉を失ったキルアを見て、しまったと思わない訳ではなかった。
もう少し棘がない言い方をすればよかったと。
決して傷つけたい訳ではなかったのに。
キルアは数秒程目を見開いた後、寂しげにふっと笑った。
「そう、ごめんね。そんなつもりはなかったんだ」
「………」
なんとも言えない表情で俯いてしまった彼は何か思いつめているようにも見えて。
思ったよりも傷つけてしまったようで、少し戸惑った。
集合場所が近くなり、自分たちへ大きく手を振っているゴンの姿が見えた。
そこで手をつないだままだと気付き急いで振りほどこうとしたのだが
「ちょっ、キルアお前…離せ!!!」
「何で?別に見られてもいいじゃん、誰も何も思わないって」
「そういう問題じゃないだろう!」
子供とは思えない握力から逃げようと必死になっていた。
故にキルアの顔が視界を覆った時には反応が遅れ、彼の行動を回避できなかった。
唇を奪われたと気付くまで、数秒要したと思う。
(な…ななななななななななな)
ぴきん。
音を立てて固まった。
真っ赤になって驚いて、動かなくなってしまったクラピカの手のひらを、キルアはそっと解放した。
「さっきのお詫びだよ。じゃ、最終試験頑張ろーね」
放心したままのクラピカを置き去りにして
キルアは一人で歩き出した。
「くらぴかー!大丈夫?」
走ってきたゴンにぶんぶん揺さぶられ、ようやく我を取り戻す。
「あ、ああ」
「早く行こう。時間が過ぎちゃうよ」
ゴンは先の光景を目の当たりにしたはずなのだが、気にも留めていないらしい。
少し先には、頭の後ろで両手を組んで歩くキルアの背中が見える。
どことなく、寂し気な背中だと思った。
人を知らないのはお前だと言った時に見せたあの表情とぴったり重なった。
キルアのあのような顔を見たのは初めてだったし、どこか斜に構えた奴だと思っていたから尚更印象深い。
口先では興味本位で受けにきたと言っているけれども、トリックタワーで垣間見た彼の一面はどこからどうみても普通ではなかったのだし。
もしかしたら、キルアにはキルアの事情があるのかもしれない。
(残酷なことを…言ってしまったのかもしれないな)
自分こそ軽口を叩いてしまったのではないのかと、小さな後悔が押し寄せた。
それが大きな罪悪感へと変わり
言葉の重さに気づくのは数日後
最終試験にて、キルアと彼の実の兄という人物との試合を目の当たりにした時だった。
ーENDー
→arter words