たった一言だけの短い文面を送信するのに、どれだけの時間を要したのだろうか。
自分が打った文字を消しては打ち直し、消しては打ち直し…
その繰り返しで次へ進めずにいた。

いい加減、覚悟を決めなければ。

クラピカは大きく息を吸い込んだ。
ぎゅっと瞳を閉じて送信ボタンを押す。
確認画面を見ないまま、携帯電話を閉じた。

「すまないな…」

罪悪感がこみ上げる。
それと同時に湧き上がってくるのは言い様のない歯痒さと悲しみだった。

ぎゅうっと唇を噛み締め、ふるふると頭をふった。

(これで良い)


人を好きになるということは
その人の幸せを願うということなのだろう。
そして自分はそれを叶えることができない。
これ以上一緒にいてしまえば、確実に不幸にしてしまう。


相手の幸せを一番に願うのならば
そばにいるのは自分でなくてもいい。


だからこうするべきなのだ。
これが最善の選択なのだ。

これが、


自分が望んだ結果なのだ。


そんな理屈を自分に言い聞かせ、無理矢理納得しようとした。

扉が開き、ボスが呼んでいるわよと同僚に声をかけられ
クラピカはその部屋を後にする。

何時も堅い表情を崩さない彼がこの場で泣き喚きそうになっていたということを
ここにいる人間は誰一人として知るはずもない。







『それでいいよ』

キーを押す指が少しだけ震えていた。
キルアはそれに気づかないふりをしながら送信ボタンを押す。

送信しましたという無機質な文字を見るだけでどうして涙が溢れそうになるのだろうか。

ふらつきながら送った短文に
クラピカからの返事は届かなかった。
それ以降、彼の消息は知れていない。

「別に。こうなることくらい分かってたし」

こんな結果を招いたのは自分なのだから。


『キルアのことは好きだ。だが私には他にやるべきことがある。だから、これ以上お前と近づく訳にはいかない』

己のすべきことをやり遂げるために
お前を選ぶことはできない。

送られてきたシンプルな冷たい文面は
きっとそう言いたかったはずだ。

だからそれでいいと言った。

「友達に戻る」

クラピカがそれを望むならば構わないと
それが自分達にとって一番の選択なのだと

自分もずっと前からそう思っていたんだと。

そんな嘘をついた。






(どこに捨てればいいのかな?)

忘れた頃に届いた手紙を読み終えて
キルアは一番最初にそう思った。

今更こんなもの…貰ったって何の意味もないではないか。

そう思いながらも簡単に捨てられない自分に嫌気がさした。
物憂げに頬杖をつきながら、無意味な文面を読み返す。

そこには何てことはない、近況報告のみが書かれていた。

知り合いの知り合いにでも宛てたかのような他人行儀な文面。
量産型の暑中見舞いや年賀状と何ら変わりはないなと思って苦笑が零れる。

自分は一体何なのだろう。

友達ではなかったはずだ。
もっと近くにいて、そばにいて
呟いたら消えるだけのよそよそしい文字ではなくて
もっと暖かくてくすぐったい、記憶に残る言葉を沢山貰っていたはずだ。

(だからこうなることくらい分かってたし。何期待しちゃってるんだか)

自嘲をやめることはできそうにない。
キルアはごみ箱の前へ移動すると、呼吸を止めて手紙を破った。

ビリビリと乾いた音が部屋中に響き、小さな紙くずがはらはらと落ちていく。

「違うんだよ。違うんだよクラピカ…」

だって肝心なことは何も書いていないじゃん。
元気でやっているとか、お前は元気なのかとか、そんなのどうだっていい。

こんな薄っぺらい文字。
俺はいらないんだよ。


今、あんたは何をしているの?
どこにいるの?
何かを追っているの?

何を考えて生きているの?


「くそ…」

堰を切ったように涙が溢れ出た。

自分は何も知らないのだ。
自分が知りたい些細な情報を探しても、あの手紙には何の手がかりも隠されていない。

気が狂いそうだった。

こうなることは分かっていたのに。
全てを納得した、そのはずだったのに。





キルアからの返事は届かなかった。
それは分かっていたことだった。
そうなるように仕向けたのは自分だったのだから。

「クラピカ?顔色が悪いわ。睡眠をとっていないんじゃないの?」

「大丈夫だ」

自分にはやるべきことがある

それは決して、捻じ曲げられることではないのだから。

だから見ないふりをした。
その場から一歩も動かずに待ち続けている彼に、気付かないふりをした。









「捨てらんないよ」

涙は止まらなかった。
怒りさえも込み上げてくる。


キルアにとっての1番はクラピカだが
クラピカにとっての1番はキルアではない

彼は自分のことが好きなのだろう。
それは自惚れではないはずだ。

しかし自分は絶対に
彼の1番になれはしない。

失いたくないものがあっても己の成すべきことを1番に選ぶのが、クラピカという人間なのだろう。

だから何も言わなかった。
何かを言う勇気なんてなかった。

拒絶されるのが怖かったから。

結局のところ弱虫なのだ、自分は。

それでも記憶に焼き付いてしまった暖かい過去をさらりと捨てられるはずがないだろう。

忘れようとしても消えてくれないのだ。
あんたがくれた言葉たちは。


「ねえ、誰に譲ればいいの?」


あんたに言うはずだったたくさんの言葉を、感情を

一体誰にぶつければいいの?

あんたはそれを望んでいるんでしょ?
それなら相手くらい用意してよ。
自分で見つけるだなんて酷なことさせないでよ。


もうこれ以上進まないでよ。
戻ってきてよ。


「お願いだよ…」


無言の願いは届いているに違いない。
だから手紙を寄越したのだ。
しかしそれは返事ではない。

迷いを捨てきれないまま
それでも突き進むことを止めれない彼の、素直になれない彼の、精一杯の強がりなのだろう。


自分は一ミリたりとも動いていないのに、その背中はどんどん離れていく。

堕ちることを止めた自分は追いかけることができない。
だから待つしかないのだ。

他にどうやってこの距離を埋める術があるというのか。


「会いたいよ。戻ってきてよ」


早く返事、ちょうだいよ。


一人でに口に出してみたとしても
クラピカからの返事は今日も届かない。




ーENDー

すみません!!
訳わからない文章になっちゃいました(´Д` )

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